第二部 人造人間編
第四章 越える線
92 セルゲーム
口ではどれだけいいことを言っても、私はつまり逃げてしまいたかった。
もう関わりたくなかったのだ。
悟空さんは死なねばならないと考えるのにも、
強引な悟飯さんのことも、
心臓を貫かれて苦痛に陥るだろうトランクスさんのことも、
すべてを偽っているということも。
平和のためと書かれた大きな風呂敷にすべてを包み、未来のためと書かれた看板の向こうに投げ捨てて、なかったことにしたいのだ。
それを肯定も否定もされたくなかった。
なんという利己的な考え方なのだろう。
最低だと思う。
最善だと思っていたその行いは今、私の首を絞め始めている。
+ + + + + + + + + +
運命のその日。
いつものように起きて、挨拶をして、朝ご飯を食べる、普段と変わらない朝を迎えた。
皆もごく普通の態度で過ごしていて、少しばかり拍子抜けしてしまった。
私は寝坊こそしなかったものの、緊張というか、心臓が強張るというか、とにかく気が張って仕方がなかった。
だからカフェオレなんか三杯も飲んでしまったし、トランクスさんにもちゃんとお守りを着けているか再三確認した。
これまでに何度か言ってきたからか、さすがにトランクスさんは呆れた顔をしていた。
「そんなに確認しなくても、ちゃんとつけてますよ。ほら」
「……はい」
トランクスさんは長い髪を寄せて、お守りを服の中にしまった。
ふと、ベジータさんの気が遠のいていくのに気がついた。
話している間にさっさと先に行ってしまったらしい。
トランクスさんは一瞬だけベジータさんが向かった方向を見たけれど、すぐに私に向き直って口を開いた。
「もし……その、……」
それだけ言って、トランクスさんは言いづらそうに口を何度も動かしては止めた。
「……なにか?」
続きを促すが、トランクスさんはまぶたを伏せて頭を横に振った。
長くなった髪が揺れる。
「……なんでもありません。……サーヤはここにいてください。決してついて来ないように」
「それは、わかってますよ」
私だってついていこうとは思ってない。
そう返事をするとトランクスさんは満足そうに頷いた。
「サーヤは私と一緒に行くのよ!」
「うわっ」
いきなりがしっと肩をつかまれたと思ったら、ブルマさんだった。
見ればブルマさんは小さいトランクスさんを抱えて、出かける気まんまんの服装をしている。
「亀ハウスで一緒に見ましょ。解説がいないとわかんないし。あっ録画してるからがんばってきてねー」
トランクスさんは始まってもいないのに疲れた顔を見せると、挨拶もそこそこに飛んで行った。
流石ブルマさん。イヤなプレッシャーのかけ方をする。
見送ったあと、私たちも急いで準備をして瞬間移動した。
久しぶりの亀ハウスにつくと、すでに武天老師様がテレビの前に陣取っている。
「ん? おお、ブルマとサーヤか。よくきたな。小さいトランクスも一緒か。乳触らせろ」
思わずはいと言いそうになったが、語尾がおかしかったような気がしてやめた。
聞き間違いだろうか。
「早速戦ってるの? 嫌よ」
ブルマさんはゆりかごを傍らに置くと自らも座った。
「いまあのサタンとかいうやつがぶっ飛ばされたところじゃ。減るもんでもなし」
「あー、あの格闘技のチャンピオンか。減るわよ母乳が。刺激したら出ちゃうじゃない」
……なんか、会話がおかしくないか?
「一般人よりちょっとチカラ強いだけの……」
突然、武天老師様は「ぼにゅうー!」と叫んで鼻血を噴出し倒れた。
うわ……。これが馴染みの掛け合いというヤツか。ついていけない。
点々と血痕がついて一気に殺人現場に早変わりしたラグを細目で見つつ、とりあえず雑巾はどこだったかなと思い出すことに専念した。
≪ものすごいスピードでしたよねミスターサタン!≫
≪ま、まあまあかな……!≫
「強がりー。見えるわけないじゃん」
「テレビじゃコマになってようわからんな」
鼻血の処理をした後お茶を用するために台所に立つと、後方からテレビの音が聞こえてくる。
ブルマさん達二人の会話が変すぎて気が取られてしまったけど、落ち着いて聞いてみると、まだミスターサタンが戦っているところみたいだ。
……ならまだ大丈夫。
薬缶を火にかけ、お茶請けのお菓子を探していると、次第にガガガとなにかにぶつかる音が生々しくテレビから流れ始めた。
悟空さんが戦い始めたらしい。
「あっ!」
ピーという薬缶の笛の音と驚いたブルマさんの声が重なる。
急いでお茶を用意して、テーブルに乗せるころには、セルの上半身が吹っ飛んでいた。
「あーんおしい! あと一息だったのに!!」
膝立ちになって悔しそうに両手で拳を作るブルマさんは、紫色の断面テレビ画面いっぱいに映されても平然としていた。
私は座って見たのだが、ちょっと吐き気がこみ上げた。
断面図だよ? これ、前世だったらR20の規制かかっちゃうやつだよ。
というか古いブラウン管のテレビなのに、ずいぶん鮮明に映るなあ。
ズームで撮っているんだろうけど、悟空さんの姿がはっきりくっきり映っている。画像はあんまり荒れてない。
カメラ性能がよすぎるんだろうか。
断面図ははっきり見たくなかった。
「……一息なもんか。確かにいい勝負をしておるように見えるが……悟空と違ってセルにはまだ余裕がある」
「えーっ!? そ、そうかしら」
鼻にティッシュを詰めた武天老師様は難しそうな顔をして批評している。
うーん。ブルマさん等しく私にもちょっとわからない。
気の量だけで判断できるんだったら悟空さんといわず、誰よりもセルのほうが多いんだけど……。
「悟空は勝てん。……しかもそれを知って闘っておるようにわしには見える。どういう気か知らんが」
「え!? ……か、勝てないって……」
武天老師様の唸る声と、ブルマさんの呆然とつぶやく言葉を耳に、熱めのお茶をそーっとすすった。
見ていても戦い自体の動きが早すぎてテレビにはまったく映ってない。
そうなると見ていても意味がない。
――そのうち悟飯さんが戦う番になったらみんな映るのかな?
なんてのんきに考えていたら、だん!とテーブルが叩かれた。
「うあっつい!!」
揺れたせいでお茶が跳ね、唇にかかってめちゃくちゃ熱い。
驚いて顔をあげるとブルマさんが両手をついてこちらを睨んでいた。
「ちょっと! アンタなんでさっきから黙ってんのよ! 応援ぐらいしなさいよ!」
「し、してますよ。心の中で」
「はあ!?」とブルマさんが目じりを吊り上げたまま顔を寄せてくる。思わず体を引いて逃げの体勢になってしまった。
「トランクス死ぬかもしれないのよ? もっと危機感持ったらどうなの!」
「静かにせい! 聞こえん!」
ぴしゃりと叱られブルマさんは子供のように口をつぐんだ。
その代わりに聞こえてきたのはテレビの音だ。
≪降参、無名の選手は降参する模様です!! さあ、ミスターサタン! 再び出番がまわってきましたぞ!!≫
「……え……? ちょっと、降参……? 孫くんが? え?」
狼狽するブルマさんとは対照的に、武天老師様は黙ったままじっとテレビを見ている。
「ど、どういうこと!? ねえ!」
「……」
「そ、孫くん降参したら次ベジータ? トランクス?」
「……だまっとれ!」
ブルマさんは微かに震えると、寝ているトランクスさんに駆け寄った。
テレビはリポーターが悟空さんたちをのんきな奴らだと貶し、セルの姿を映す。
最終形態のセルはわりと整った顔をしていて、不遜に笑っていた。
そのあとやっとセル以外にカメラが向けられたと思ったら、映っているのは悟飯さんだった。
「ご、悟飯!?」
「悟飯くん!? ええっ!?」
二人は膝立ちになってテレビに身を乗り出した。
そして悟飯さんはあっという間に山に沈んでしまった。
≪なんということでありましょうか……! ゴハンを食べると言っていたにもかかわらず、一人の少年が無謀にもセルに挑み……若い命を失ってしまいました……≫
リポーターの悼む台詞が煩わしい。
ブルマさんも武天老師様も呆然と動かない。
少しだけ震えるように動く口元が、悲壮さを誘う。
見ているこちらが痛々しくなって、私はつい声をかけてしまった。
「あの、大丈夫ですよ。悟飯さん生きてます」
テレビは悟飯さんが埋もれているであろう山を映した後、再度セルにカメラを向けた。
「……そんなわけあるか……い、一瞬じゃったぞい」
「大丈夫ですって。まだ気配がありますし。ほら私、地球上の気配だったら察知できますから、間違いないです」
「そ、そっか……じゃあ無事かどうかわかるのね……」
ストン、とブルマさんが座り込み、どさっと音を立てて武天老師様も腰を下ろした。
ほうっと息を吐くと崩れた山の下から悟飯さんが歩いてくるところが映った。
≪い、生きていました! なんということでしょう! 少年は驚くべきことに再度セルに立ち向かおうとしています!≫
「無理じゃ! 悟飯では……!」
「ベジータは? あいつどうしちゃったのよ!」
二人はまた身を乗り出してテレビにかじりついた。
私もまたテレビを睨みつけながら考える。
ふーむ。今のところ記憶との違いは感じられない。
このあと、悟飯さんがキレて追い詰められたセルは自爆する。
その時、悟空さんはセルごと瞬間移動して界王星に移るんだけど……ふと思った。
もし、悟空さんが気づかなかったりしたら……地球、なくなるんでない?
――ヤバくねえかソレ。
今の今までほぼ漫画の通りに進んでたけど、ここで変ってしまったらすべてがパアだ。
まずい。それだけは非常にまずい。
確認しに行ったほうがいいだろうか。
最悪ばれてしまってでも地球が爆散するのだけは防がなければならない。
その場合未来がだいぶ変わってしまうが……仕方ない。
地球と引き換えにはできないし、私も死にたくない。
……もう少ししたら出て行こうかな。
忘れ物したって言えば……怪しすぎるか?
「ああ! 悟飯くん死んじゃう! 孫くんなにしてるのよ! 助けなさいよー!!」
その声に我に返ると、ぎちぎちぎちと音が聞こえてきそうになるぐらい締め上げられている悟飯さんが、テレビに映っていた。
「あ……」
この姿は知ってる。
ドラゴンボールのアニメは前世で小さい頃見ていた。
ずいぶん遠い記憶だけれど、フリーザからセル編までをよく見ていた気がする。
前世では楽しんで見ていたのに、今見る光景は顔を背けたくなってる。
――同じテレビに映るものなのに。
私は、拳を握りしめた。
≪さ、流石にこれはやばい! い、今のうちに引き上げよう!≫
「あっあっ! ベジータ! トランクス!」
「く、クリリン! ヤムチャ! 天津飯! なんてことだ!」
テレビでリポーターが叫ぶ。
画面が映し出すのはあせったような顔のミスターサタンと、小さくなったセルたち。そして苦痛にゆがむ悟飯さんたちの顔だ。
ブルマさんと武天老師様は身を乗り出してテレビを見ている。
雰囲気的にちょっと行って来ますなんていえる空気ではない。
けれど……!
「み、見ていられません!」
「えっ!? あっ! どこ行くのよー!!」
「あ、ご、悟飯が……!」
ブルマさんと武天老師様の声が耳に残るまま、外に向かって駆け出した。
セルゲームが行われている場所は、〈中の都〉よりも少し北にある。
亀ハウスからだとずいぶんな距離だから、飛んでいたら間に合わない。
手っ取り早いのは誰かの気を探って瞬間移動することだけど、それだとセルゲームに乱入することになる。それは避けなければ。
となると手段は一つしかない。
ビーデルさんのところに行くことだ。
ビーデルさんは〈中の都〉に住んでいる。気配も間違いはない。
図らずも会ったことにより〈中の都〉にいけるようになったというわけだ。
もう、手段を選んでられるほど時間はない。
瞬間移動したら即出て行けばいい。
そう考えて私は気配に集中した。
移動した先はちょうどビーデルさんの真後ろで、当人は母親らしき人とテレビに夢中らしく、こちらにはまったく気づいていない。
ラッキー!
しかし、つい見えたテレビではすでに悟飯さんがセルジュニアを殴り殺していた。
早い! 思ってたより時間がない!
慌てて窓から出ると、私は全速力で空を飛んだ。
本当は飛ぶと気配は消せない。
でもそんなことは言ってられないし、どうせ皆セルしか見てない! たぶん!
そのままできる限りの速度で飛んで会場に近づき、岩陰に隠れた。
気配を確認するとセルがいるところを中心にして、右にトランクスさんたち、左にミスターサタンたちがいる。
……ヘタな場所に隠れると攻撃を受けるかもしれないし、トランクスさんたちに近付きすぎると引っ張り出されそうだし……見えづらいけどこのまま我慢するしかない。
それでもこそこそっとミスターサタンの後ろに移動し、岩陰から頭を出すと私は息を飲んだ。
漫画で、テレビで見ていたものとは全く違う世界がそこにはあった。
色づいたセルはテレビで見るよりも禍々しく、気持ち悪い。
悟飯さんは体に雷を纏っているように見える。
「!?」
自分の目が信じられなかった。
何度も目を擦るが現実は変らない。
普通、気なんて意識して留まらせているときか、攻撃するときに手のひらに集まっているものぐらいしか見ることはできない。
下手すれば見えない。
体に纏うオーラなんて空気がゆがんで見えるぐらいで、よく漫画やアニメで黄色いオーラみたいなのを纏っているように描かれていたのはただの誇張表現だったんだなと思っていたのに。
セルと悟飯さんの周りはまるで色が着いているかのように明るい。
トーガとは比べ物にならない。トランクスさんだって。
そんなに濃密で膨大な気を感じたことは、今まで一度だってない。
「悟飯! なにをしている! とどめだ!! すぐにとどめをさせ!!」
無意識に岩をがっちり握っていた私は、悟空さんの焦った声で我に返った。
そしてそのまま声の先――、悟飯さんを見るとその人はゆっくりと悟空さんを振り返った。
笑って、いる。
全身の毛が逆立った気がした。
「悟飯! とどめをさせるのはお前だけだ! はやくやれ!! これ以上あいつを追い詰めるな! なにをするかわからんぞ!!」
怒鳴る悟空さんに対して、悟飯さんはただ静かに笑っているだけ。
その表情は知っているものとまるで違う。
『駄目ですか? 恐いですか?』
そう気遣ってくれた少年はもういない。
殺し合いを楽しんでいるような、冷酷な笑みを浮かべる少年がそこにいた。
まるで目を合わせたら殺されてしまいそうな、そんな表情。
殺気が篭っているということだろうか。
鳥肌と共に、ぞっとした感覚が背筋を走る。
両腕で体を抑えて震えないようにするのがやっとだったのに、その甲斐もなくセルの声で私の体は大きく震えた。
「ちくしょう……! ちくしょおおおお……!!!!」
地獄の底から這いずり出てきたような怨嗟の声をあたりに響かせながら、セルは悟飯さんに向かっていく。
「貴様なんかに、貴様なんかに負けるはずはないんだぁあ!!」
セルは殴りかかるも空振りし蹴られている。
私は恐怖を紛らわせる為に震える手を噛んだ。
怖がってる場合じゃない。
タイミングを見極めないと地球がなくなってしまう。
赤く痕がつくのも構わずかみ締めるとようやく震えは止まった。
そうしているとセルが18号を吐き出した。
リポーターの戸惑った声が聞こえてくる。
「ど、どうなっているのでしょう!! セルがどんどん形態を変えております……!! 今度は風船のように膨らんで……」
――はじまった。
私はゆっくりと息を吸い、呼吸を整えようとした。
「あ、後一分でオ、オレは自爆する……オレも死ぬが貴様らも全部死ぬ! ち、地球ごと全部だ!!」
セルは大きな声で弾むように言い放った。
――怖い、のだろうか。うまく息を吸う事ができない。
どうしても浅くなってしまう息を、無理やり深く吸う。
「あ、あと30秒だ……」
セルのカウントを耳にすれば恐怖でやっぱり体が震えてしまう。
――だめだ。声が震えたら〈壁〉は消える。
歯が鳴りそうになるのを必死に噛み締めて堪える。
あと20秒もない。……悟空さんは動かない。
〈壁〉は、音すら合っていれば声を出した瞬間に発現する。しかし防ぐためには、セルを浮かせて持ち上げ、地球自体に〈壁〉を張らなくてはいけない。
どう見積もっても数秒かかってしまう。
見誤れば、終わる。
深呼吸を繰り返せば、なんとか息は整ってきた。
それでも悟空さんは動かない。
―――だめか?
肝心なところで変わってしまった?
「あーっはっはっはっはっは……!!」
セルの高笑いに顔を顰めると、私は目蓋を閉じた。
――もう、10秒きった。……間に合わない。
目を開けて、岩の上に飛び上がる。
あたりには私のことなんか気にする人はどこにもいない。
皆がセルを見てる。
それを見下ろしながら、深く深く息を吸う。
口を望む音の形に変える。
少しだけ漏れた空気が、徐々に音に変わろうとしたとき。
悟空さんが振り返った。
そのとき、顔がこちらで止まった。
――目が、合った。
「えっ」
意図せず音が外れる。
悟空さんは一瞬だけ驚いた表情をすると――微笑んだ。
それを見たとき、整えたはずの呼吸が乱れた。
まずい、間に合わな――!
吐いてしまった空気を取り戻そうと吸ったとき、悟空さんの気が一瞬消えた。
「ご、悟空――――っ!!」
吸いこみきれていない息はそこで止まる。
クリリンさんが悟空さんの名前を呼ぶ間に、かの人はセルとともに宇宙へ消えた。
残されたのはただの荒野だ。でこぼこに穴が開いている。
その景色をじっと見ていると、クリリンさんが地面に膝をつくのが見えた。
そこではっと我に返った私はすぐさましゃがみこんだ。
やっばい。
いることがばれる……!
音を立てないようにこっそり気配を消しながら私は瞬間移動した。
……もしかしたらピッコロさんあたりにはばれていたかもしれない。
でもしょうがなくない? あの一瞬ではさすがにどうにもできないよ。
もっとよく考えて行動するべきだったかな……。
ふう、と息をつくとタン!と音がした。
目を向けると、青いフリフリのワンピースに身を包んだビーデルさんが、仁王立ちして私を睨み上げていた。
「人の家でなにやってるのよ」
「あっ!!」
行く時はまったく気づかれなかったから大丈夫だろと安易に移動したんだけど、今回はだめだった!
「ごっごめんなさい! お邪魔しましたー!!」
「あなた、この間家に来た人でしょ!! 待ちなさい! コラ――!!」
ひええ顔を覚えられている!
謝りながら窓から飛び出すと、急いで〈中の都〉から離れた。
飛んで飛んで人が小さく見えるところまで離れると、今度こそ長く息を吐いた。
そして少し、しんみりした気持ちになりながら、セルゲームの行われていた方角を向いた。
私が心配していたようなことは起こらなかったし、知っている通りちゃんと悟空さんは死んだ。
でも、最後の微笑みはなんだったんだろう。
『じゃあがんばれ。死ぬなよ!』
精神と時の部屋に連れて行ってくれたのは悟空さんだ。
奥さんのことをなにも知らない朴念仁だけど、優しい人だったと思う。
……チチさんは泣くだろうな。
仲良かったもんなあ。
ぎゅう、と胃のあたりが締め付けられてつい手で押さえた。
「つらいな……」
ぼそっと口から漏れた声は、自分で言うのもなんだけどひどく疲れてそうな声だった。
見殺しにしたって悟飯さんに知られたら、殺されるだろうか。
まずいな。さっきの……あの悟飯さんなら間違いなく殺しに来る。
――あの、悟飯さん……強かったな……。
攻撃こそ早くてなにやってるか見えなかったけど、気の質はわかるつもりだ。
セルは圧倒的な力で叩き潰された。
トーガが人を殺したときとは次元が違う。
『おいしいですね。うな丼!』
そういって笑った悟飯さんに戻るのだろうか。
戻らないんじゃないかな――そんな風に思わせるぐらいには雰囲気が変わっていた。
正直に言えば、恐ろしかった。
いや、今でも思い浮かべるだけで体が震えてくる。
悟飯さんの太陽のような笑った顔と、残忍そうに笑った顔が交互に思い浮かんでは消えた。
