91.卵が先か鶏が先か

第二部 人造人間編

第四章 越える線

91 卵が先か鶏が先か

 昼餐会を終えた夜。
 また、話があるとトランクスさんが尋ねてきた。
 いよいよ明日セルゲームだからなにかの確認かな?と簡単に考え、テーブルへと誘導する。
 せっかくだからお茶でも出そうと準備していたら、トランクスさんがゆっくりと話し始めた。
 それを聞いた私は、固まった。

「え」

 お茶請けにしようとワンホールのタルトを切り分けていたときだった。

「だから、セルを倒したらすべてを話すべきではないか、といったんです」

 ご丁寧に気を消してと忠告され、それを実行したら言われたのだ。
 中々の爆弾をさらっと落としてくれたな。視線はタルトに固定されていたが。

 1ピースだけ皿に乗せ、後はトランクスさんに全部あげると私は用意したお茶をカップに注いだ。

「すべて、とは……最初からすべてですか?」

 貰った紅茶は前世のものと遜色ない。漂う香りが精神を落ち着かせてくれる。

「ええ。セルが来た事で未来が変わったのなら、サーヤが来たこの未来もきっと変わってしまうでしょう。皆に伝えておけば知らないよりは準備ができる。それに……俺は黙ったまま帰りたくない、です」

 ―――逃げるようで。

 そう付け足したトランクスさんの声は少しばかり小さかった。

 困ったな。
 私逃げる気満々だったんだけど。

 タルトをひとかけら口に入れると、ひどく甘ったるい味が口の中に広がった。

「……チチさんにも謝りたいし、皆を騙しているのもつらいんです。世話になったし。将来敵が現れるというなら、教えてあげないと」

 話し続けるトランクスさんに相槌を打つことも無く私はカップに口をつけた。
 そうして口の中をまっさらにした後、ゆっくりと声を出すことにした。

「私は、できることならなにも話さずにこのまま帰りたいです」

 言葉にすれば目の前の人の表情が驚きに変った。

「私、精神と時の部屋でずっと考えていたんですよ。未来が変った原因を」

 極寒な夜の時間帯。寝たら死にそうだったので勉強していたのだが、合間に考察していたのだよ。

 ドラゴンボールという漫画において過去を変えるという行為は、取り立てて不思議な現象ではない。
 なんでもありな世界観で、なにが起こるかわからない。

 漫画の知識があるからか、私は最初からトランクスさんが原因だろうと思っていた。

 ――なぜ、そう思ったのか。
 それを差ほどよくもない頭でずっと考えていたのだ。

「それはセルが俺よりも先に過去に来ていたからでしょう。だから変わってしまった」

 ゆるゆると頭を振って否定する。

「私はそうは思えませんでした。後か先かって考えると、それこそ卵が先か鶏が先かって話しになるじゃないですか。だからそもそもの元はどこだろうと考えたんです。……どう考えてもトランクスさんが過去に飛んだから、セルが来たのだとしか思えませんでした」

 見上げてそう言うと、なにか言いたそうにかすかに唇が動いている。
 かまわず、私は口を開いた。

「まず一番最初に、過去に来たトランクスさんが、悟空さんの代わりにフリーザと闘ってしまったから歴史がずれた。そして倒してしまったから、悟空さんは疲弊することなく健康なまま修行できてしまい、心臓病のタイミングが変わった。セルはセットしてある時間軸に飛んで来ただけで、トランクスさんが過去に行かなければセルだってたどり着けなかった」

 タルトの上には生クリームがたっぷり乗っている。その下にはバナナ、そして生キャラメルのようなフィリング。
 それを私は手持ち無沙汰気味にフォークで突く。

「それに敵が来ることを一回目に過去にやって来た時に教えたんですよね? その結果、皆修行することになって、人造人間もそれに比例して強くなった。つまり未来を変えるように行動してしまったためと、未来を話してしまったために、ずいぶん大きく歴史がずれてしまったんだのではないのかな、と思ったんです」

 言い切ると喉がひきつった。カップに口つけて喉を潤すと、高揚していた気分が落ち着く。
 一息つくと、また話し始めた。

「……大人しくしていたほうだと思いますし、なにも話していませんし? たぶんこのまま帰っても、この未来は平和のままなんじゃないかなーなんて……思ったり」

 漫画で描かれているストーリーとは少し変ってしまったが、おおむねそのまま進んでる。

 ―――別にこのままでいいんじゃない?

 そういったらトランクスさんが目を細めた。

「しかし、それはあくまで可能性の話でしょう。推論であって、確実ではない。もしそれで未来が変ってしまったらどうするんです。そうなったらこの未来は俺達の未来のように、いや、もっとひどい地獄になってしまうかもしれない」

 私は首を傾げる。

「……じゃあ、話してどうします? 次に敵が来ますよーって、言うだけ言ってさよならするんですか? それともまた過去に来て手伝うんですか? 次に敵が来るとしたら8年後ですよ? 私日付までは知らないし、それを手伝ったらまた未来変わっちゃいますよ」
「それは――」

 トランクスさんは顔を顰めた。

「自分達の未来もまだ平和じゃないのに、ここの未来の、その先までなんて面倒見切れないですよ。ヘタに喋って責任取れって言われても取れないし。そもそも私たちの目的はこの世界を救うことでは――」

 最後まで言い切る前に、ダン!とテーブルを叩かれた。ガチャンと食器の擦れた音が響く。

 ちょっと! 気は消してるけど、話してるから完全には気配消せてないんだぞ! 無駄になるじゃないか!

「そんな見捨てる、ようなこと……」

 冷えたように硬質な声だ。
 トランクスさんは苦しそうに顔をゆがめながら、訴えるように言葉を吐き出している。

「私、その考え武天老師様にばれちゃいましたけど」
「……ばれた?」
「一緒に魚釣ってたら、話の流れで……。しょうがないよねって言われました。だからいいかなって思ったんですけど」

「しょうがない……のか」とつぶやいたトランクスさんの姿は弱弱しかった。

 沈黙していたあと、まるで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたトランクスさんは、搾り出すように低く言葉を吐き出した。

「それでも、俺は……いやだ」

 二人ともそれから無言になってしまった。
 皿とフォークがぶつかる小さな音すら聞こえるほどの静けさの中で、もう一度タルトを口に入れる。
 くどい甘さだ。……紅茶がなければ食べられない。
 もう一度カップに紅茶を入れながら考えてみた。

 確かにここの人たちには大変お世話になったし、黙っているのもきりきりと胃が痛くなるくらいには罪悪感を感じている。

 しかしあっちもこっちも平和にしたいって理想としてはいいかもしれないけど、不可能だろ。
 トランクスさんはそこまで強くないし、私はどうしても未来に天秤が傾く。
 私の大切なものはここにはない。未来にしかないんだ。

 それに……セル倒したら平和になるじゃん。

 まだ細胞だったセルも倒しちゃったし、残るは魔人だけなわけだけど、それだって余計なこと言わなければそのまま普通に倒すだろう。
 絶対、私たちの未来より平和だ。

 そこまで考えて、喉元にひどく苦味が伴うものがこみ上げた。

 ――なんで、自分に言い聞かせてるんだろ。

 静かになった部屋で私は紅茶をくるくるとスプーンでかき回す。
 時折器とスプーンが接するかちりとした音が耳につくが、私は怠惰な動作で続けた。

 私たちがこうして話していたとしても、カップの中で紅茶が渦を巻いているように、ただ話がループするだけなんだろうな。
 明確な答えが出ない。
 それはきっと私たちが未来の人間だからで――。

「あっ」

 私はスプーンをソーサーに置いた。

「なら、こういうのはどうでしょうか。ピッコロさんだけに話すんです。元神様だし、きっと私たちが考えるよりもより良い答えを出してくれそうな気がします。元神様だし」

 項垂れていたトランクスさんの頭が上がる。

「皆に話して将来の敵に備えるか、話さないで平和になるのを待つか、それはこの世界の人が決めればいいのではないでしょうか。そうすれば影響も最小限に抑えられるだろうし」

 我ながらいいアイデアだと思ったのだが、トランクスさんの表情は硬いままだった。


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