第二部 人造人間編
第四章 越える線
90 昼餐会
「ねえ~今日さあ、皆でお昼食べるんだけど、孫くんは電話したくらいじゃ来ないのよね~。連れてきてくれない~?」
ブルマさんにお願いされたのは、よく晴れた爽やかな今朝のこと。
「……はあ」
あくびをかみ殺しながら返事をする。
焼きたてのクロワッサンを食べ、ボーっとしながらカフェオレを飲んでいたところだった。
「アンタ起きてる? 目が開いてないわよ? おーい」
覗き込むように顔を近づけてくるブルマさんにはびっっちりまつげが生えており、威圧してくる。
「起きてますよ」
昨日ミスターサタンのところから帰ってきた後、トランクスさんと打ち合わせをして寝たから寝不足なだけだ。
あと目は開いてないんじゃなくて細いだけですよ。失礼だな。
「……まあいいわ。ついでにクリリンくんたちもお願い。急いでね!」
言うだけ言って、ブルマさんは「よろしく~」とベビーカーをガラガラ押しながら去っていった。
「ふぁーあい」
まるで返事をしたようなあくびが出た。
私は大きく伸びをすると、ちょうどいい温度にまで下がったカフェオレに口をつけた。
めんどくさいことこの上ないけれど、服を大量に買ってもらい、美容室代も食事代もおごって貰った私には従うしか道はない。
カップの中身を飲み干し、もうひとつあくびをしながら瞬間移動した私は、外のまばゆい光に思わず顔をしかめた。
「ん? サーヤか?」
ついたところは悟空さんの家の裏だ。悟空さんはまぶしい太陽光から逃れるように木陰でひとり座禅を組んでいた。
「すっかり元気になったみてえだな! 慣れてねえと瞬間移動での消耗はわかりにくいからよう。気いつけろよ?」
そういえば先日公衆の面前で派手にすっ転んだんだった。
ちょっと恥ずかしい。
「ところで、わざわざ家に来てなんか用か?」
「今日の昼、皆で集まってご飯でもどうかってブルマさんが」
「昼? ああ、そういや電話あったってチチが言ってたな。セルゲーム終わったらおめえら帰るからその前にとかなんとか」
そうそう、明日セルゲーム……。
――セルゲーム?
頭の中で反芻したとき、私の視線は目の前の人で止まり体は硬直した。
そうだ。
明日この人、死――。
ざぁっと音が聞こえてしまうようなくらい、血の気が引いた気がした。
「それで迎えに来てくれたんか? わざわざ悪ぃなあ。ちょっと待っててくれよ」
立ち上がり家の中に入っていく悟空さんの広い背中を目で追う。
声を掛けることもできずに、突っ立ってるだけの私に容赦なく襲いかかる罪悪感は、まるでナイフのように深く鳩尾あたりをえぐる。
チチさんを伴って家から出てきたときは、罪悪感は喉元まで来ていて吐き気を伴うくらいだった。
「おめ、サーヤか!? ええー! 見違えたなあ!」
チチさんは肩を掴み、上から下まで何回も視線を行き来させ目をぱちくり瞬いた。
「あらまぁ……かわいくなっただなー……」
しみじみと言われても素直には喜べなかった。
チチさんの目を直視できないまま言葉を濁すと、悟飯さんが「行きましょう」と笑いかけてくる。
牛魔王さんも悟空さんも一緒に行こうと手招きしてくれている。
――私はこの人たちを騙していることになるんだろう。
そう思ったら胸元がぎりぎりと締め付けられるくらい苦しくなったけれど、私は口元に笑みを貼り付けながら悟空さんの腕に手を置いた。
+ + + + + + + + + +
「はーい! ではこれより最後の昼餐会をはじめまーす。食べ過ぎないようにしなさいよー!」
ブルマさんの高い声があたりに響いた。
「最後とか縁起でもない事言うなー!!」
「そうだそうだー!」
元気よく手を上げるブルマさんの挨拶に野次が飛ぶ。
しかしブルマさんは気にした風でもなく小さいトランクスさんを抱え、野次を飛ばした元彼のいるテーブルへと歩いていく。
テーブルではクリリンさんとヤムチャさん、天津飯さんが三人で固まって座っており、ブルマさんはそこで立ち話を始めた。
後ろで小さい豚……ウーロンさんが皿を持ちながら話に加わり、話が盛り上がったのか賑やかな声が上がった。
その一方でチチさんがワイングラスを片手に持った武天老師様をフライパンで殴り、「尻触ったべ! このスケベ爺!」となおもフライパンを振り上げるチチさんを悟飯さんがなだめ、そのすぐそばでは悟空さんとベジータさんの食後の皿が猛スピードで詰みあがっていく。
視線を巡らせれば牛魔王さんやブリーフ博士はグラスを片手に笑い合い、プーアルさんはヤムチャさんがいるテーブルと料理とを忙しそうに往復し、隅ではデンデさんがアカネちゃんと戯れ、それをピッコロさんが静かに見守っていた。
壮観だ。
私は目の前で繰り広げられている景色を、目を細めながら見ていた。
ドラゴンボールの主要な人物が一堂に会して和やかに食事している。
その現実は私に長い長いため息をつかせた。
「はあー」
私はずいぶん狭くなったように感じる庭の端っこで、卵を割っては顔を上げ、また卵を割っては顔を上げ、ついでにため息をつく、ということを繰り返していた。
「サーヤ?」
「うわ!」
がちゃっという音を立てて、手に持った卵は机に当たって割れた。
慌てて視線を上げると、串焼きを持ったトランクスさんが目の前に立っていた。
「……どうしたんですか、ぼーっとして」
そんなつもりは無かったんだけれど、確かにぼんやりはしていたかもしれない。
布巾で卵をふき取りながら「寝不足で」と誤魔化していると、目の前に肉が現れた。
こんがりと焼かれた美味しそうな串肉だ。
食べかけだけれど。
「……食べます?」
「へ?」
トランクスさんを見上げれば無表情で肉を差し出しているではないか。
意図が読み取れない。
家族でもないのに、食べかけの串を「わあ、ありがとう」と食べる女がいるなら、そいつは恋愛的な好意を持ってるか、もしくは天然だ。
私はどちらも違う。肉は美味しそうだけれども食べかけじゃないのが欲しい。
「食べません」
「そう?」
「おいしいけど」と食べ始めるトランクスさんに脱力したのは言うまでもない。
「はぁ~」とこれ見よがしにため息を吐きながら卵を割ってバケツに入れていると「なにか手伝いましょうか?」と声をかけられた。
いやいやまさか社長の息子に手伝いなんてさせるわけには!と、断りの返事を返そうと思ったのに、いざトランクスさんを見たら――その姿の向こうに悟飯さんの姿が見えた。
手には皿を持って、ちらちらとこちらの様子を窺っている。
私は見てない振りをしてトランクスさんにヘラを渡した。
「…………これ、混ぜてください」
寸胴で大きなバケツの中にはすでに刻んだキャベツと小麦粉が入っている。
串焼きを口にくわえながら手をつけるトランクスさんの横で卵などの材料を入れていく。
「む……結構力が要るんですね」
「量が量ですからね」
事も無げに腕を動かすトランクスさんのおかげですぐに混ぜ終わることができた。
その生地を熱した鉄板に落とし丸く整形したあと、薄く切った豚肉をのせる。
ひっくり返せば肉の脂が焦げたいい匂いがあたりに漂う。
そのせいなのか、ぞろぞろと人が集まってきた。
「なあ、これ他の星の料理か?」
まず指をさしてきたのはヤムチャさんだ。
「お、お好み焼きっていうんですけど」
日本料理ですなんて答えられなかった。けれど特に追求されることなくヤムチャさんは「ふーん」と返事をしたきり黙ってしまった。
「ずいぶん作るなーってそりゃそうか。食うもんなあ……」
「なぜ具は混ぜ込むのに肉は乗せるだけなんだ? 一緒に混ぜたらどうだ?」
クリリンさんは後ろを振り向き悟空さんたちを見て呆れている。
質問をしてくるのは天津飯さんだ。一緒に混ぜてもいいけどその場合ひき肉にでもしなければ均等に混ざらないし、食感が変わってしまうと言えば不思議そうな顔をしていた。
あまり突っ込まないで欲しい。
ブルマさんに変わったものが食べたいと言われたからお好み焼きにしたのであって、作るのは今世初めてなのだ。
しかも私は北の人間だ。このお好み焼きを関西の人が見たら、私はきっと殴られる。
だが手持ちの材料と組み合わせて作れるものは、これしか思いつかなかった。
「サーヤ、焼けたらできあがりですか?」
「いえ、ソースをかけますんで……かけていって貰えます? 私つぎの作業するので」
手本として一枚に塗るようにかけると、適当に作った割に上手くできたソースがお好み焼きから零れ落ちて、じゅう、と音を立てた。
「うわっうまそうなにおいだな!」
クリリンさんの反応に微笑ましく思いながら、ソースの塗られたお好み焼きにマヨネーズと鰹節風味の粉をかけていく。
これで完成だ。
「なーまだできねえのかー?」
「さっさと持って来やがれ!」
暴食の二大巨頭……もとい悟空さんとベジータさんのところまで香りが運ばれていってしまったらしく、催促されてしまった。
焦りつつトランクスさんにソースかけはやめてもらい、皆に渡してもらうことにする。
「自分で取りに行きなさいよ!」と二人に向かって怒るブルマさんの声を聞きながら、私はせっせと手を動かした。
「なるほど。後で切り分けて食べるのか」
「はふっ……んあい」
「へええーおいしいじゃん」
「邪魔だカカロット!」
「ほぐうほぐう。ん」
「え? 5つですか?」
「なっおい! 俺には10だ! さっさと寄越せ!」
「父さん、急がなくてもまだありますから」
皆が和気藹々としている中、私は熱い鉄板の上を四苦八苦していた。トランクスさんが塗ったソースの上にマヨネーズをかけて粉をふる。そんな単純な作業なのに追いつかないのだ。
できたそばからトランクスさんが皿によそうのだがソース塗ってるくせに早い。忙しいなんてもんじゃない。
ヒーヒーいいながらやり終え、椅子に座ってもたれていると横から皿がにょきっと現れた。
「これ、少なかったので取って置いたんですけど……」
差し出されたのはローストビーフだ。
それはいい。問題だったのは皿を持っているのが、悟飯さんだったことだ。
「え、えーっと今はまだ」
「食べれるときに食べたほうがいいですよ」
困った私に構わず、悟飯さんは朗らかに笑みを浮かべながら皿を押し付けてくる。
あわてて周りを見回すと、お好み焼きはトランクスさんの手によって他のテーブルに給仕されていた。
「一緒に食べましょう。僕、飲み物取ってきますね」
「えっいや、自分で……」
悟飯さんはさわやかに返事を無視して走り去っていった。
困った。目を合わせないようにしていたのに……。
押し付けられた手元の皿に目を落とせば、ローストビーフのピンク色の肉汁が皿の窪みにそって回っている。
実に美味しそうなお肉だ。
……もしかして、ずっと皿を持って待っていたんだろうか。
どうしてそんなに、私に構うのだろう。
友達にはなれないと断ったし、精神と時の部屋に入るときだって関係ないとか言ってしまったし、遊びに行くのだって断った。
それまで仲良くしてたからといって、立て続けに断っていたらさすがに距離を置くのではないだろうか。
じっとローストビーフを見ていたら、悟飯さんが帰ってきてしまった。
「これも焼きたてだったんで持ってきました!」
そんなニコニコしながら食べ物持ってこないで欲しい。
山に盛られた皿を見て、私は意を決して息を吸った。
「あの、友達にはなれないって言いましたよね。もうすぐ未来に帰るし、こんな風に気を使われるのも困るし……意味がないと思うんですが」
言ったぜ……。胃がきりきりしてきそうだ……。
はっきりと拒否すれば悟飯さんは視線を地面に落として黙ってしまった。
けれどそれはほんの一瞬だけだった。
「――友達は、もういいです。でも、一緒に話したいって思うのに意味は必要なんですか?」
「えっ」
「どうせ帰ってしまうなら、それまで仲良くしたいです。それとも僕と話もしたくない?」
悟飯さんの目は黒ではなくなっていた。
透き通った青緑に変わったその瞳は清らかな泉にも似ていて、思わず目をそらした。
「いや、あの……そ」
「僕と話したくないなら、他の人とも話したくないんですか? でも話さないだなんて無理ですよね? ……お腹鳴ってますよ。はい!」
そうです、話したくないんですといいたかったのに、私のお腹は空気を読まなかった。
そしてそれが仇となってしまった。
口に焼き鳥を突っ込まれ手を引かれた私は、なし崩しに孫家のテーブルにお邪魔することになってしまった。
なんて強気なんだ。超サイヤ人効果か?
ニコニコと笑いながら話している悟飯さんの隣で私は小さく呻いた。
負けた。
悟飯さんの言い分は理解できる。
私だって許されるなら仲良くなりたい。
そうだ。私はできることならみんなと仲良くなりたかった。
だって前世から好きだったんだ。
機会があって、縁があるなら話だってしてみたいじゃないか。
漫画だぞ? ストーリー以外のことを知りたいと思うのはファンにとっては当たり前ではないか?
それが、いけなかった。
『捨てるならそれなりの態度を示すべきだったな。少なくとも悟飯やチチはお主になついてしもうた。そんなつもりがなくともな』
武天老師様の言葉が頭に重くのしかかる。
普通に過ごしていたはずなのに、いつの間にかみんなが周りにいた。
楽しかったのだ。
亀ハウスで皆と一緒にご飯を食べたのも、チチさんとご飯を作るのも、イカをみんなで食べたのも……心配されたのも。
嬉しかったのだ。
友達になろうといわれたことが。
遠かった距離を詰めたのは私なのか。……向こうなのか。
本当に傍観を決め込むなら、距離を置かなければならなかった。
いまさらそんなことに気づいても、遅いのだけれど。
「サーヤー! また焼いてくれないー? 私の分食べられちゃったのー!」
ブルマさんの声が天の助けかと思った。しかし、そうではなかった。
「ちょうどいいな、お好み焼きの作り方教えてくれ!」
「おっやった! じゃあ家でも食えんな!」
「よかったね、お父さん」
何気ない家族の団欒。
聞こえたとたん耳が痛んで、胸に何かが刺さったみたいになった。
悟空さんは、チチさんが作ったお好み焼きを食べることができるのだろうか。
死んでしまえば、当分家族とは会えない。
少なくとも悟飯さんが高校生になるまでは会うことができない。
悟空さんの一言はこれから先の未来を示していた。
気付いてしまったら耐えられない。
私は逃げるようにその場を離れた。
そして同じように生地を混ぜながらチチさんに作り方を教える。
笑顔を貼り付けながら胸はじくじくと痛んだ。
私は愚か者なのだろう。
私の未来と、この過去は全くの別物。
そんな考えがいけなかった。
つながっていないのだからなにをしてもいいのだと軽く考えていた。
仲良くなろうが、騙していようが、見捨てようが。
所詮利用するだけして未来に帰るつもりだったのだ。
平和になるのだから構わないだろうと。
――そんな理由は、免罪符にはなり得ないのに。
「明日死ぬかもしれないんだから、悔いの残らないようにしなさいよー!」
「不謹慎だぞー!」
わっと笑い声が上がるのに、私の体はびくりと震えた。
逃げてしまいたい。
誰も知らないところで一人で待っていたい。
けれど。
「あ、サーヤ。戦いが終わってもすぐには帰らねえでくれよ? ちまきの作り方覚えるっつってたべ。一緒に作るべな」
チチさんはお好み焼きをひっくり返しながらふわりと笑い、退路を断つ。
――逃げることは許さない。
そんなふうに言われた気がした。
「はい。……喜んで」
私はうまく笑い返せていただろうか。
こげた匂いが胃袋を刺激するが、不思議と私は食べたいと思えなかった。
