第二部 人造人間編
第三章 目的
Trunks side 春暁
「トランクスー! 一緒に修行しねえかー」
サーヤを運んだ後、神様の宮殿に戻ると声をかけられた。
悟空さんはニッと笑って「悟飯の特訓にもちょうどいいし、かまわねえだろ?」と続ける。
構わないもなにもない。願ってもない申し出だったので、もちろん是非、と答えた。
すると悟空さんや悟飯さんだけじゃなく、天津飯さんやクリリンさんまでも一緒に修行することになって、心が弾んだ。
そんなに大勢で組み手をするなんて、なかったから。
未来では悟飯さんが組み手を教えてくれた。そして相手は悟飯さんしかいなかった。
師匠であり、唯一の修行相手だった。
でも、その悟飯さんだってここでは立場は同じ。
俺は悟飯さんと向き合い、構えた。
「サーヤさんは大丈夫でしたか?」
心配そうに眉を下げる悟飯さんの表情に、よほど好きなんだなと苦笑がもれた。
「寝てますよ。よほど疲れていたのか、横になったらすぐでした」
安堵したようにほっと息を吐いた悟飯さんに「いきます」と告げて俺は地面を蹴る。
組み手は嫌いじゃない。
やっているのはもっぱら自由に技を掛け合う方式だが、相手の動作の一歩先を考えるのが面白い。
ましてや相手が悟飯さんとなると、なんとなく技のかけ方の予測もつく。
「結構長く続くな」
「ああ、体格差があるわりによく動けている」
悟空さんたちの声を聞きながら浅く拳を繰り出す。すると悟飯さんが手のひらで受け止め、拳が合間に飛んでくる。
それをかわしつつ隙を狙う。
腕と腕。
脚と脚。
ぶつかり、いなし、受身を取る。
顔を狙う蹴りに対して頭を落としてかわすが、そのとき悟飯さんと目が合った。
「!」
思わず後ろに飛び退く。
少しでも隙があれば致命傷を負わされそうな、そんな気配を感じたのだ。
注意深く見つめていると悟飯さんは「ふう」と浅く息を吐いた。
そしてニコッと笑った。
つられて口角を上げれば、悟飯さんは体勢を低くし再度構えた。
よほど熱中していたのだろう。
悟飯さんのあとに天津飯さんや悟空さんとも拳を交え、散々身体を動かしたあと、気がついたら空は赤くなっていた。
「トランクスさん」
CCに帰ろうとしたとき、悟飯さんに呼び止められた。
「明日……なんですけど、お見舞いに行ってもいいですか? サーヤさんのところに」
「はあ」
「あっクリリンさんが持って行き忘れたものがあったって言ってて……僕もついでに……」
言い終わる頃には悟飯さんは俯いてしまった。
「いいんじゃないですか? 俺は朝からここに来る予定なので案内はできませんけど、母さんも祖母もいますから」
そう答えればぱっと悟飯さんの表情が喜びに変わる。
「よかった! じゃあ明日!」
手を振って軽やかな足取りで飛んでいった悟飯さんを見て、ちょっとびっくりしてしまった。
好きな子に会うのはそんなに嬉しいことなんだろうか。
――わからないな。
まず同じくらいの子供に会う機会がなかった。
昔に思いを巡らせていると、天津飯さんに怒られてしまった。
「早く帰って身体を休ませたほうがいい。休息は重要な鍛錬の一つだぞ」
「は、はい。じゃあまた明日来ます」
頷く天津飯さんに会釈すると神殿から飛び降りた。
そして次の日、俺は前日と同じように神様の神殿に向かった。
天津飯さんや悟空さんに教えてもらいながら身体を鍛えていると、悟飯さんとクリリンさんが合流し、じゃあ技でも学ぼうかという流れになったとき、唐突にそれは鳴った。
母さんから連絡があったのだ。
出れば持たされていた小型端末のスピーカーから悲鳴に似た声が耳を裂く。
「なんかサーヤが球体?みたいなものに包まれちゃって! どうしたらいいのよ!!??」
端末を落としそうになった。
「待ってください。今行きます!!」
走ろうとしたとき、悟飯さんに呼び止められた。
「どうしたんですか? サーヤさんがって聞こえたんですけど」
「あっ、えーとサーヤの持ち物で、母さんが聞きたいことがあるらしいのでちょっと行って来ます!」
とっさに嘘をついてしまった。
全速力でCCに戻ればサーヤの部屋の前に母さんも祖母も祖父もついでに猫まで立っている。
部屋に入れば予想通り、サーヤはベッドごと薄い色がかっている球体に包まれていた。
俺は頭を抱えた。
「ねえ! これなんなのよ?」
「いや……その……、いつからこの状態だったんですか?」
腰に手を当てて顎で指し示す母さんに答えることはできず、祖母に聞いてみた。
「朝はなんともなかったのよ~。さっき悟飯ちゃんとクリリンちゃんがお見舞いに来てくれたんだけど~二人が帰ったあとで様子を見に来たらこうなってたの~」
「えっ」
二人に見られていたら更に面倒だな。
俺はここにいる三人と悟飯さん、クリリンさんを誤魔化さないといけないのか……。
「あんた今日来るって言ってたじゃない」
「い、言いましたけど、もしかしてサーヤ、昨日から起きてないんですか?」
サーヤが起きたら悟飯さんたちが来ると伝えておいて欲しいと俺は昨日言ったんだが、サーヤは眠り続けていたらしい。
眠りについてから丸一日は過ぎている。
一度もまともに起きてないのは流石に、想定外だ。
「取り除けないのかね。材質はよくわからんがこのままだと息が保つかどうか」
「そうですね……」
祖父の言うとおりだ。俺はコンコンと〈壁〉を叩いた。
確か歌で出る〈壁〉は壊せないけど、その他は壊せると言ってた。
力を入れて叩いてみると、「ガチャン!」とガラスよりも高い音を立てて壊れた。
「え、あれ? 破片は? 消えてる……!?」
「不思議じゃのう」
破片は床に落ちることなく消えた。その様子を見ていたのに母さんたちは床をキョロキョロと見回していた。
ベッドを覗き込めば、サーヤはそ知らぬ顔ですやすやと眠っている。
その顔を見ると自然とため息が出た。
「よかったわ~! あっ、あまり大きい声出すと起きちゃうわね」
俺としては起きて欲しいくらいだけど。
今まで普通に会話していても起きなかったから、そのぐらいでは起きないだろう。
「意味わかんない。なんだったの? 消える割には硬いし、勝手に出てくるし……〈かばん〉と同じ系統の代物?」
「えーと俺にもよく……ただ護身用みたいな感じのそういう道具?とか……」
本当に困った。母さん相手に誤魔化せるかどうか。
ぐいぐい来る母さんをなだめながらそろそろと移動し、退室しようかというとき、「あっ!」という祖父の焦った声が聞こえた。
見ると、祖母が〈壁〉の向こう側でおろおろしているではないか。
なにか言っているようだが小さくて聞こえない。
「え? なに? 聞こえない!」
母さんが駆け寄り俺が壊したみたいに〈壁〉を殴るが、壊れない。
駆け寄りガンガン叩いて壊していると、サーヤが「うーん」と唸って体勢を変えていた。
「はあ、これじゃあ近づけないわ~」
「叫んでも小さい音になるんじゃ閉じ込められたらどうしようもないじゃない。起きるまで出られないって事?」
「うーん。叩けば壊れるみたいだから、ハンマー試してみようか」
祖父が足早に部屋から出て行く。
するとまた〈壁〉がでてきた。
どうやら無意識にやっているみたいだ。
「一度起こします。埒が明かない」
俺は出てくる〈壁〉を割り、布団を剥いだ。
口を半開きにして気持ちよさそうに寝ている顔に、イラついたのは仕方ないだろう。
「サーヤ! 起きて!」
「ううーん」
肩掴んで起こそうとすればまた〈壁〉が出る。
「本当、なんなのよこれ……」
割れば母さんの呆然とした呟きが耳に入ってくる。
流石に腹が立ってきた。
人が心配してやめろと言ったのに振り切って部屋に入り、倒れた挙句にこれか。
「サーヤ、いい加減に…………!?」
両肩を掴んで無理やり起こすと、閉じていた目が薄っすらと開いた。
やっと起きたか。
そう思ったら腕が伸びてきて――その手が後頭部を掴んだ。
えっ、と言う間もなく、増えた上半身の重みでバランスを崩した俺はベッドに落ちてしまった。
「もーおねえちゃんはねむいんだってば」
はたと気づけば落ちた先は心臓の音が聞こえる柔らかな場所で。
サーヤは宣告通りの眠そうな言い方をしながら頭を撫でる。
「っていうかトーガ、汗くさ……」
小さくそれだけ言うと、そのまま寝息を立て始めた。
……汗臭くて悪かったな!
恥ずかしさみたいなものが駆け巡り、カッとなった衝動のまま起き上がろうとしたが、ことのほかがっちり腕が締まって簡単には抜け出せない。
「くっ……」
頭を下方に移動させて脱出しようとしたとき、なんとなく視線を感じた。
抜け出して扉付近を向けば、面白いものを見たかのようにニヤニヤ笑っている祖母の顔と、唖然とした顔をしている母が見える。
口元が動いているのでなにかを喋っているみたいだけど、また〈壁〉がでたせいでわからない。
でも間違いなく二人の表情からして碌なことではないことはわかる。
急いで〈壁〉を割れば、去ろうとしている会話がよく聞こえてきた。
「母さ……!」
「いいのよ~気にしないで~。行きましょうブルマさん~」
「お、おねえちゃんって……」
プシューというドアが締まる音だけが部屋に虚しく響きわたった。
「――サーヤ!! 起きて!! 起きろ!!!!」
肩をガツガツと揺らすと「ふが?」という間抜けな音を出してサーヤの目が開いた。
「サーヤ、〈壁〉が出てる!! 出さないようにちゃんとして!!」
焦点の合ってない瞳に向かって声を上げるが、サーヤはとろんとした目のまま首を傾げた。
「かべ……」
「今も出してるこれですよ!」
指せば視線が一応その方向を向くが見えているのか不安だ。
「あー。わかった。だしゃない」
「おっと」
舌っ足らずな言い方でこくりと頷くが、その頷きがそのまま首が落ちてしまうんじゃないかってくらいに勢いがあったから、つい顎の下に手を差し出してしまった。
そしたら手のひらの上に顔が乗った。
いくらなんでもこのまま寝ないだろうな。
「サーヤ?」
声をかけた瞬間、ふにゃっと笑った。
いつも俺に向ける少し強張った笑顔ではなくて、弟妹に見せるような、気を許している柔らかい笑顔。
驚いて、焦って、固まった。
そんな俺のことなど露知らず、サーヤは笑ったまま明らかに体の力を抜いた。
「あっ、寝ないで! 起きて!!」
崩れ落ちないように左腕を掴むが、右肩は落ちていく。
半ば俺に寄りかかっているような状態のサーヤはまさかの寝息を立て始める。
どうしたらいいのか解らず、俺は声を荒げた。
「起きろって!!」
ガシャン!
サーヤを支えながら音がしたほうを向くと、〈壁〉を叩き割ったらしい祖父がハンマー片手に首をかしげていた。
「お邪魔だった?」
俺はブンブンと頭を横に振って否定した。
――その後、神殿に戻ったら悟飯さんに執拗に問い詰められるわ、CCに帰れば母さんがサーヤを調べてるわ、祖父母がやけにニコニコしているわ散々だった。
幸いだったのはピッコロさんと入れ替わりに父さんが精神と時の部屋に入ったことで〈壁〉のことを父さんに知られなかったことと、クリリンさんと悟飯さんが見ていなかったことだったけど、些細なことだ。
どうやっても〈壁〉は出るし、誤魔化すのは大変だし、サーヤは起きない。
いい加減にして欲しい。
俺は切実に思いながら目覚めるときを待った。
