第二部 人造人間編
第五章 長い冬
101 人造人間
私たちが過去へ向かうとき、季節は冬だった。
雪は積もらないけど、慣れてない私たちにとって顔が真っ赤になるくらい寒かったあの日。
白い息を吐きながらタイムマシンに乗り込み、トーガやチル、ブルマさんに見送られた日。
長い暗闇を抜ければ、そんな冬の寒さが残る懐かしい空の下に出るはずだった。
でも今、この目に焼きつく光景は望んでいたものとはまるで違う。
私は窓に手をついて叫んだ。
「チル!!」
よく見ればチルの周りは火事でもあったかのように黒く焦げていた。
「まさか、未来にまで影響が出たのか!? くそッ!」
悪態をつくトランクスさんに私は反応できなかった。
目下に広がる異様な光景が信じられなかったから。
黒く見えた一帯は瓦礫の山だ。
大きく地盤が沈下している場所もあり、黒い煙が地面のいたるところから立ち昇っている。
瓦礫の多くにオレンジ色の火がまだ煌煌と残っていた。
地下道の入り口だったんだろうか。わかりやすく人の死体が転がっている。
その近くに4人はいた。
チルだけがうずくまっていて顔がよく見えない。
「トランクスさん! チルが!」
「駄目だ、まだ!」
待ってなんかいられなかった。
ビッタリとタイムマシンの蓋に張り付き歌う。
それこそ人造人間の首を切り離すように。
なのに、まるでテレビを見ているように透明な壁の向こうにはなにも起こらない。
「なんで!?」
「まだ着いていないんだ! 停止するまで待って!」
暗闇のときから続いていたブウウンという羽ばたきにも似た音は小さくなっていき、バツンバツンというなにかが切れる音がそれを打ち消す。
「はやく! チルが死んじゃう!」
「どいて!」
反応する前に体が後ろに倒れた。
と、思ったらぐるんと体が横に反転し、目の前が暗くなる。
驚いて硬直していると背後から、ピー、ピ、ピ、と音が鳴った。
バチンバチン、カタカタとなにかを叩く音が聞こえる。
ダン、と一際大きい音がした後、目の前の壁――いや、トランクスさんの胸部は離れた。
「いいですか、俺が相手するからチルたちを安全なところへ。頼みますよ」
トランクスさんは私を見つめながら言い聞かせるように、言葉をかけた。
その顔が眉根を寄せた真剣な表情で、私も顔を引き締めて頷いた。
そのうちにプシューと開いたような音が聞こえて、バキ、ガキンとなにかが壊れるような音がそれを追う。
上を見上げるともう蓋はなかった。
ビュウ、と突如吹いて来た風に乗るように、私はタイムマシンを蹴った。
+ + + + + + + + + + +
チルは囲まれていた。
無事近くに降り立てたものの、駆け寄ることはできなかった。
オレンジ色のスカーフを見につけている少年が行く手を阻むように立ったからだ。
「――生きていたのか、トランクス」
鮮やかなスカーフに落ちるストレートな黒髪。青春映画にでも出てきそうな整った顔立ちと切れ長の青い目。
服が少し破けているが、物ともしないハーフ系美少年だ。間違いなく17号だろう。
未来を変えたほうの17号は話せば理解しあえるような人物だったような気がするが、敵だったような気もする。いかんせん出番が少なくてあまり記憶に残っていない。
「……」
問いかけられたトランクスさんは無言だ。
隙を見せれば殺されそうな雰囲気の中、私は静かに息を整えながらチルに意識を集中させた。
チルは小さく丸まった状態でうつぶせになっていた。
顔はよくわからないが、気ははっきりと感じられる。
元気そうだ。
近くにいけないのがもどかしい。
私とトランクスさんの前には17号、その向こうにチルがいて、さらに後ろにセルがいるのだ。
位置的にチルを〈壁〉で守ろうとすれば私が無防備になる。それは無意味だ。
近寄って二人で〈壁〉の中に閉じこもってれば安心なんだろうけど、チルの周りは瓦礫が多く、もしトーガが近くに隠れてたりするなら〈壁〉を出すのは難しい。
確認せず出したら瓦礫ごと身体を分断してしまう。
そんなことにならないようにチルに話を聞くまで空中で〈壁〉張ってたほうがよさそうだ。
それを達成させるためにもトランクスさんに17号たちを引き付けて貰う必要がある。
でも、トランクスさんは動かなかった。
トランクスさんの数歩後ろにいる私はその表情を知ることはできないのだけれど、なんだか背中が、怖いくらいに微動だにしないのだ。
そういえばブルマさんが見当たらない。
トーガは気配を消せるからそこらに潜んでいるかもしれないけど、ブルマさんは消せないはず。
気配を見つけられないとなると……まさか地下?
私は地下に通じる扉に視線を移したが、立ち昇る煙を見て目を逸らした。
「ふん。女連れなんて生意気じゃないか。弱いくせに」
ざりっと地面が擦れる音とともに聞こえるのは女性らしい高いトーンの声だ。
その声の持ち主はサラサラな金髪を手で髪をかき上げながら不敵そうに笑った。
いや、目は笑ってなかった。
見た目は可愛い美少女だ。前世で見たアンニュイな感じに歌う外国の歌手に似ている。
けど、17号と同じ青い瞳はなにも映していないかのように無機質に見えた。
私は過去で18号に会っていない。
知っているのは漫画とアニメの彼女だけだ。
それを思い出していると、18号がキッと目を吊り上げて私を睨んだ。
「なんだよその目は。むかつくなあ!!」
その言葉と同時に気弾が放たれて、トランクスさんが事も無げにそれを防ぐ。
「!」
「ははは! 一丁前に騎士気取りか!」
驚く18号とは別に17号は声を上げて笑った。とても楽しそうに。
「ねえ! もうコイツ、やっちゃってもいいだろ!? いい加減、うっとうしいからさ!」
「スキにしろ――と、言いたいところだがあっさり殺すな。先に女を殺すほうが面白そうだ」
17号と18号が向けてくる殺気の篭った視線に身じろぐ。
「やられるのは貴様らのほうだ……片付けてやる」
そういうや否やトランクスさんの気がガソリンでも注いだ火のように増大した。
私は声こそ上げなかったものの、つい離れてしまう。
そのときだった。
「待て、兄弟よ。そんなヤツなど放って置け」
聞いたことのない声が聞こえた、と思ったら17号が消えた。
代わりに現れたのは緑色の皮膚に黒のまだら模様の細長い尻尾だった。
数歩離れたところに移動していた17号が表情を消して尻尾の元を見た。
「……お前、なんのつもりだ」
「究極の戦士になるために必要なことをするつもりだ」
チルの後ろにいた緑色のでかい虫――完全体じゃないセルが「くっくっくっ」と笑う。
セルを見れば自然とチルも目に入る。
見たとき、いつの間にかうつぶせになっていたチルの顔が上がっていることに気がついた。
チルの顔は、涙で濡れていた。
「そいつはお前たちを吸収し完全体になる。――その前に倒させてもらう」
トランクスさんが話してる。
聞かなければならないのに内容が頭に入ってこない。
だって、チルが泣いている。
顔も、殴られたのか頬が青紫だ。
見た途端、ぞわっと膝の裏が粟立った。
「おいおい、俺たちを雑魚扱いか? ずいぶん笑える冗談を言うようになったじゃないか」
大きく瞬きをしたチルは口を動かした。
なにかを言っているけど、17号の声のほうが大きくてかき消される。
思わず一歩踏み出そうとすればトランクスさんの手が私の歩みを阻んだ。
同時に、ぐしゃぐしゃに顔を歪めたチルは、腕をゆっくり広げてみせた。
「命乞いさせながら殺してやる。せめて孫悟飯よりは楽しませなよ?」
18号の声より、気になるものがあった。
チルの腕の中だ。
白っぽい、しわくちゃな衣類のようなものが見える。
まさか、と心臓が早鐘のように打ち始め、足は震えた。
「サーヤ。……?」
近くにいるはずなのに。
トランクスさんの私を呼ぶ声が、ずいぶん遠くに聞こえる。
目は、ある一点から離すことができなかった。
ピンク色。
白いシャツは透き通ったピンク色に染まっていた。
トーガの服と似ている。
過去に行く前に着ていたものだ。
チルはぼろぼろと涙を流して、その涙がシャツにぱたぱた落ちていく。
服の色は見たことのある色だった。
過去でもよくテレビに映っていて、なにを意味するのかもうすでに知っている。
答えにたどり着いた瞬間、私はなにも考えられなくなって。
――叫んだ。
