102.超サイヤ人

第二部 人造人間編

第五章 長い冬

102 超サイヤ人

「――――――――――――!!!!」

 初めてだった。
 身体全体が震えるまで声を出したのは。

 びりびりと指先が震え、体の奥底から熱いものがどくどくと流れ出す。
 それはゆっくり行き渡って、頭にたどり着いたと思ったら眼鏡が落ちた。

 敵を前にして見えなくなるというのは致命的だ。
 でもそんなのどうでもよかった。頭の中にあったのはたった一つのことだけ。

 トーガ。
 あれは、トーガの服だ。

『オレ、サーヤとトランクス戻ってくるまでがんばるわ』

 過去に行く前夜、トーガはそう言った。

『だからさー、平和になっても一緒に住んでていい?』

 今考えてみると照れていたのだろう。
 ぶっきらぼうに告げた弟は、セルと、人造人間と、戦ったのだ。
 宣言どおり頑張ったのだ。
 破れたシャツが、土にまみれたズボンが、投げ出された靴が、それを現している。

 逆に言えばそれしか、無かった。

「トーガ、トーガが……!」

 トランクスさんは驚いた顔をしていた。
 一瞬だけ視線を逸らしたトランクスさんは私の肩を掴む。

「落ち着いて! チルのことを考えるんだ!」

 はっと前を見ればチルは泣いているままだ。
 その後ろにはセルが変わらず立っている。

「チル!」

 口にした音は、歌じゃなかった。
 単なる言葉。
 でも、〈壁〉が出た。

 その〈壁〉はセルを腹部で分断する。

「グギャアアアッ!!」という野太い悲鳴とともに紫色の液体がまき散らされた。
 それを境に私の周りに気弾が落ちてくる。

「行け!!」

 勢いよく肩を押され、私はそのはずみに逆らうことなく踏み出した。
 次の一歩で飛んで瓦礫を踏み越える。
 その間に落ちてきた気弾が瓦礫に当たって破片が飛ぶ。
 脚に当たれば傷ができて血が流れる。
 痛むはずなのになぜか感覚は鈍く、身体がじんじんと熱くなるだけだった。

「キ、サマァア!!!!」

 あと少し、というところでセルが血を吐きながら私に向かって気弾を放った。

「!」

 私の運動能力ではとてもじゃないが避けられない。
 タイミング的に歌えない。

 しかし、気弾はすぐ止まって消えた。
 また〈壁〉が出たみたいだ。

「なに!?」

 出方的に〈簡易壁〉のほうなんだけど、おかしいな。
 すぐ出る〈壁〉は気弾を防げるほど強くないのに。

「このクソがアッ!!」

 セルは更に数発私に向けたが、私の意志とは関係なく出現した〈壁〉がすべて防ぐ。
 さらに気弾を放ったセルの手を〈壁〉がすっぽりと覆い、ばつん、と勝手に切ってしまった。

「ああああーッ!?」

 ……勝手に出てくる私の〈壁〉有能だな。

 汚い悲鳴とトマトのヘタみたいにぼとっと落ちた手を横目に、私はチルに駆け寄った。

「チル! 大丈夫!?」

 瓦礫の上にしゃがみこみ、背中を撫でる。
 するとチルはガバッと顔を上げて目をぱちぱちと瞬く。

「……ひくっ、サーヤ? なの?」

 それ以外なにに見えるんだ。

 首を傾げるチルにそうだと答えても表情は晴れない。

「ほんとに? ……なんで大きくなってるの?」
「あっ」

 そういえば成長してたということを思い出した。
 いや、変わったの身長くらいだからそこはわかるでしょ。

 くしゃっとゆがんだチルの顔を、〈かばん〉から取り出したタオルで拭いた。
 土や血で汚れた顔を丹念にふき取ってもできた痣は消えはしない。むしろ細かい傷がいくつもついていることに気づき、私はチルを抱きしめた。

「がんばったね……。痛かったでしょ」

 絞りだすように声をかければチルの身体が小刻みに震えた。私は背中を優しく撫でた。

 ソタ豆を食べさせると顔の青い痣は薄くなって消える。
 ほっと息を吐けば、チルがシャツを握り締めながら口を開けた。

「あの、あのね。ト、トーガが」
「!」

 チルが話している途中、私の視界の端に突然〈壁〉が出た。
 ちょうど目線より上を中心として現れたらしいが、特に攻撃の気配は感じない。

「ぐッ!!」

 なにもないと思ったら違ったようだ。またセルがなんかしたらしい。
 有能な〈壁〉だ。
 でもなんだか〈壁〉が重なって見えた気がするんだけど気のせいだったのかな。……まあいいや。

 胴体切り離して手も無いのに元気だなあとセルのほうを見れば、なんてことでしょう。
 回復してました。
 げえっ。

「クソ……。お前のようなやつはデータに無い……。なんなんだ貴様は!」

 〈壁〉が出るからか少し離れたところに移動していたセルは、私に向かって怒鳴った。

 めんどくさいなあ。早くトランクスさんセル倒してくれないかなあ。

 セルの尻尾を見るまではそう思ってた。
 切れていたのだ。そして尻尾の先はチルの後ろに転がっている。
 それを見たとき、頭の中がスッと冷えた。

「サーヤ……?」

 怒られたときにする表情を浮かべたチルに笑いかけると、私はセルを睨んだ。

「ねえ――さっき吸収しようとした?」

 思い出したことがある。
 セルはフリーザに次ぐ強大な敵だ。
 完全体のセルこそ紳士的に振舞っていたが、勝つためには手段を選ばないやつだった。

 初期状態だとピッコロさんにすら勝てないからと逃げて、その裏で人間を吸い尽くし、18号を取り込むために17号の声真似までする、卑怯者。

 そいつは、私じゃなくて、チルを狙った。
 〈壁〉に阻まれるから、チルを狙ったんだ。
 見えないように、私の後ろから。

 トーガを溶かした尻尾で、チルも溶かそうとしたのだ。
 なんて腹立たしいんだろう!

 じわじわとさっきまであった熱が再度身体を熱し始める。
 ハラワタが煮えくり返るっていうのはこういうことなんだなと思ったけど、逆に頭の中はすっきりしていた。

「吸収できなくて残念だったね。死ねば?」

 言葉をすべて言い終える前に〈壁〉がセルを切り刻んだ。

「がっああああ!!」

 紫色の液体を噴出しながら崩れていくセルに近づきながら私は笑った。

「そういえば頭に核があるんだっけ? それが少しでも傷つけば死ぬんだよね? どこかなー」
「!!?」

 ぎょっとした風なセルに構わず首を落としてみる。
 さあこれから細切れにするぞ、と思ったときにふと気づいた。
 確か原作では自爆したときに核が運よく傷一つつかずに残ったから強くなって復活したんだった。
 核の大きさがはっきりしないからどのくらいの細切れ具合にしたらいいのかわからないな。
 〈壁〉でそこまで細かく切れないし、ミンチにできなければ原作と同じ展開になりそう。
 ――うん。

「トランクスさんに消してもらおう」

 細切れにして完全体になられたら目も当てられないからなあ。
 ここは確実性を取らなければ。

「フ、フフッ。トラ、クスごと、きが、この俺を……倒せるわ……がない、だろ、う……。ごふっ……エネ、ルギ……にして、くれ……わ」
「トランクスさんがお前なんかに負けるわけないだろバカか」

 血を吐きながら毒づく生首状態のセルに呆れつつ〈氷〉をぶつけるために歌う。
 ――が、でてきたのは意図していた〈氷礫〉ではなかった。
 〈氷〉はセルを包んで氷漬けの状態でにょきにょきと木のように大きくなっていく。

 おお……私はこんなこともできたのか。
 素直に潜在能力の高さに感心していると、服の袖が引っ張られた。

「 サ…サーヤ!」

 切羽詰ったチルの声に振り向くと、チルはゾンビにでもあったような顔をしながら私の袖を更に引っ張った。

「どうしたの?」
「き、気づいてないの!?」

 半ば悲鳴のように声を上げるチルに対して私は疑問符で頭がいっぱいになる。

「なにが? どっか痛くなった?」
「わたしじゃない! 手!! それ!!」
「え?」

 チルが指し示した手を見てみる。

「?」

 手のひらはごく普通だった。でも甲にいくつか線がある。
 線……?
 じっと見ているとその線から血が滲み始めた。

「顔もだよ! 痛くないの!?」

 痛くはない。
 線は見ている間もどんどん増えていき、徐々に傷は深くなっていくのに痛みはまるで感じられない。

 なにこれ?

 試しに腕をまくってみると、そこにもたくさん傷がついている。

 ……おやまあ。

 のんきに見ていたらチルがすがり付いてきた。

「それやめて!」
「それってどれ? 〈壁〉なら勝手に出てくるんだけど」
「〈壁〉じゃないよ! トーガみたいな、トラ兄みたいなやつだよ! わかんないの!?」

 トーガやトランクスさんみたいな……? さっぱりわからない。
 とりあえずセルの氷漬けオブジェクトを解体してみるが特に変化はなかった。

「ちがうよ! その身体のまわりにあるやつだよ!」

 ますますわからない。身体の周りにはなにもないし、〈壁〉も出てない。
 どうにもできないことが顔に出ていたのか、私の顔を見るなりチルは強い力で抱きついてきた。

「もうやめてよう! こわいよぉ!!」

 悲痛な声に動けないでいると、トランクスさんが降りてきた。

「あれっもう倒したんですか?」
「なんでこんな、痛くないんですか!?」

 こちらの質問には答えてくれそうにない。
 首をかしげてみると、トランクスさんの目が見開いて驚愕の表情を浮かべる。
 私としてもどうなっているのか。よくわからないんですけど。

「トラ兄! サーヤどうなっちゃうの!?」

 チルは泣きながらトランクスさんの服を掴み、トランクスさんは顔を険しくした。

「超サイヤ人になってるんですよ! それはわかってますか!?」
「えっ!? 超サイヤ人!?」

 髪の毛髪の毛……横にある髪の毛を取って確認しようとしたら怒られた。

「そんなことしなくていいから解いて!! このままだと体が持たない!」
「……ど、どうやって?」
「落ち着いて、怒りを解くんです!」
「落ち着いてますし、怒ってもいないですよ?」

 そりゃあさっきは頭に血が上るくらい怒ってたけど、今はそれほどでもない……。
 むしろ普通だと思うんだけど、とまっすぐトランクスさんを見れば苦しげな表情に変わった。

「とりあえずソタ豆食べて! このままじゃ!」

 焦ったようにチルに言われ、首を捻る。

 そんなに酷いのか? 確かに薄く切れてはいるけれども痛くないし。実感がまるでないんだよなあ。

 〈かばん〉を開いて中から一粒出そうとしたとき、指先からブシュ、と血が吹いた。

「うえっ」

 あまりに勢いよく噴出したので思わず声をあげたら、それを見たチルが「ひっ」と怯えた声を出した。

「気絶させます」

 なっ気絶だと?
 思わず〈かばん〉から顔を上げると「く」といううめき声が聞こえた。

「どうして壊れない!」
「サーヤ! 〈壁〉張っちゃだめだよ!」
「張ってないよ!」
「無意識なのか!」

 もうなにが何やらわからない状態の中で、背中につうーとなにかが伝い始める。

「っ、サーヤ! 血! 血が!!」

 見ればチルが指摘した両手の平から――腕にかけて、ぼたぼたと血が流れ始めた。
 その量はちょっと切ったとかそういうものではなく、まるでスポンジから水が溢れ出てくるみたいに表面に現れては地面に落ちていく。

 あ、これはまずいのでは。出血多量すぎる。真面目に死ぬ。

 認識すれば流れた血の量に比例してか体に力が入らなくなる。

「ど、どうしたらいいんでしょう……」

 いつ、超サイヤ人になったのかもわからないのに、元に戻る方法なんて全く検討がつかない。
 途方にくれてトランクスさんを見上げると、顔を顰めている。

 ……具体策を示してくれないのか。

 期待を込めて見つめても青い目と視線が絡むだけで、相手はなにも言わない。
 そうしているうちに、体は崩れて前のめりになっていく。

 ああ、これが倒れるってことか。

 胸元から――いや、全身かな。あたたかいものが流れていく感触がして、確認できないまま目の前が真っ暗になった。

「落ち着いてください。……お願いだから」

 耳元で聞こえる声はかすれていた。


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