第二部 人造人間編
第五章 長い冬
104 あの世との境目
大きいごつごつとした手に握り締められ、思い出したのは3人。
一人目は父。
片方しかない手のひらには傷跡がたくさんあった気がする。
二人目は悟飯さん。
悟飯さんは私より少し大きいくらいだったが骨が痛かった。
三人目は悟空さんだ。
悟空さんは大きくて手がすっぱりと収まるくらいだった。そして手の皮が厚いのかざらざらしていた。
トランクスさんの手も大きい。側面に傷跡がある。それ以外には他の人と変わりがない。
けれど、誰よりも体温が高い気がした。
そんな比較をしつつ飛んだ先には、五回目になる光景が広がっている。
……はずだった。
「ぎゃあー!?」
「なんだー!?」
「だれだお前ら!」
「?」
「わあああ! かくせかくせ!」
大きすぎる声は反響し、びちゃんばしゃんと水音が同時に聞こえる。
気のせいだろうか。かぽーんとお決まりの音がどこかで響いた気がした。
界王星に来たはずなのだが……果たしてここは……。
私は今、なにも見えない。眼鏡が雲って目の前真っ白なのだ。
「あの、トランクスさん。聞き覚えがあるような声があるんですけど、誰がいらっしゃるんですかね。私今眼鏡曇って全く見えないので教えていただきたいんですけど……トランクスさん?」
頼みの綱である握った手の持ち主に問いかけるが、無視だ。
困るよ。ちゃんと状況を説明してくださいよ。
聞こえてくるのが明らかに男の声だけで、水音からして明らかに風呂場なんだよね。
眼鏡拭きたくないんですよ。見たら痴女じゃん。
呼びかけていると、ついさっき過去で聞いた声よりも大人びた声が代わりに答えた。
「トランクスだって……? どうして……まさか」
問いかけられたトランクスさんは呻いて、震えた手で私の手をぎゅっと握った。結構痛い。
「とりあえず外に出ろ。話はそれからにしてくれ。頼むから」
天津飯さんのような声が聞こえてきたが、見えない私は途方にくれた。
隣から鼻をすする音が聞こえてきたからだ。
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風呂場に瞬間移動してしまった私たちは、その後強制的に外に放り出された。私だけ。
泣いているトランクスさんは説明よろしく界王さまとよくわからない人たちに連れられ一緒に風呂に入っている。
そうしてようやっと眼鏡を拭くと、そこには期待通りの光景が広がっていてほっと息を吐いたのだが――。
金色の雲がモクモクと空の向こうに見える手前、小さく見える木を背にして座っている人にまず驚いた。
「なんだ貴様……? 死人じゃないのか。どうやってきた」
見間違えようもない。
2メートル超えの緑の巨神。
……ピッコロさんだった。
「な、なんでいるんですか?」
まあ、なんだ。
よぎった考えを禄に考えもせずに口から出すと、
「なんだと?」
どぎつい眼光で射殺されるから気をつけようね、と再認識させられた。
その後。
皆が上がってくるまで私はピッコロさんと経緯の説明と言う有意義な時間を過ごすことになってしまった。
よく考えてみれば風呂場で結構聞いたことがある声がいっぱいあるなーとは思っていたんだ。
しかし、まさかなあ。
「タイミング悪すぎじゃろ。なんで風呂に入ってるときに来るんじゃ馬鹿タレ」
ほかほかになった界王さまが顎の下を丹念に拭いている。
「すみません」
謝ったけど、しょうがなくないか?
相手の気配はわかれども、なにしてるかまでわかんないよ。
「もういい加減泣き止めよ。お前の親父睨んでるし」
今だ涙を零しているトランクスさんを見上げるのは肩にタオルをかけているクリリンさん。
そのクリリンさんがちらちらと横目で見る視線の先にはベジータさんがいる。
いたのだよ。
過去で恐怖の対象だったベジータさんが。
一緒に風呂に入っていたのかまではわからないが、トランクスさんは一体どこまで話したのだろう。
私を一切見ないということは余計なことを言ってないと思うけど、怖くて私はさり気無くトランクスさんの近くに寄った。
「そうそう。あんまり泣いてると彼女に愛想つかされるぞ~」
そう言って頭を拭いているのはヤムチャさんだ。
誤解が生じているようだ。彼女ではない。
「風呂場であれだけ泣いたじゃないか。せっかく人造人間倒せたんだし、強くなったんだから、もっと胸を張れ。……ああもう」
爽やかにトランクスさんの肩を叩いているのは傷がある大人な悟飯さん。
叩かれたトランクスさんはまた泣き出し、困ったように悟飯さんは笑った。
この人記憶では片腕なかったような気がしたけど、目の前の人にはちゃんと両腕がある。
確かこの世界って死んだら魂だけになるけど、閻魔様から身体をもらえるひともいるんだよね。
身体さえもらえれば生きている人と遜色ない。頭に浮かんでる輪っかが死人だという唯一の証明になる。まあ現世には行けないんだけど。
なんで閻魔様から身体がもらえるかは覚えてない。基準はわからないけど、ここにいる人たちはみんな身体をもらえたみたいだ。
悟飯さんはおまけでもしてもらったのかな?
「いーなーオラも闘ってみたかったなー」
空気読めてない発言をしているのは我らがヒーロー、悟空さんである。
そう悟空さん。
過去で死んでしまったのを思い出して、トランクスさんほどではないけれど、私も涙腺が緩くなった。
過去での出来事を謝りたいけど、この悟空さんに言っても仕方がない。
私は目頭をぎゅっと押さえてこらえると、意識を切り替えた。
あたりを見回すと過去でおなじみだった人たち皆でトランクスさんに声をかけている。
だからか余計にトランクスさんは泣き止みそうもない。
うんうん。死んだ人たちにまた会えたんだもんね。感動だよ……。
でもさ……あえて聞きたいんだ……。
「あの……なんで死人の皆さんが界王星にいらっしゃるんでしょうか?」
先の悟空さん並に空気読んでない発言だったかもしれない。
けれど、答えはあっけなく返された。
「あー、まずな。戦争したんだよ。天国と地獄で」
「そうそう。そんで終わったと思ったら悪いやつがでたりして」
「それを退治してたら自然とこうなったな」
は?
ヤムチャさんとクリリンさん、天津飯さんが仲良く教えてくれた。
「いやー。天国も中々だったけど、地獄には強いやつが多くて戦い甲斐があったよなー」
「そんなことを思うのはサイヤ人だけだ」
「こっちは毎度消滅ぎりぎりだっつの」
戦闘狂のお言葉にピッコロさんとヤムチャさんが苦言を呈した。
「そっかなー?」と頭をかいて笑っている悟空さんの顔を見て、私は思った。
そういえばこの人『主人公』だった。いれば必ずなにかが起きる人、いや、起こす人か?
「ほんとにもう。悟空がいると大概なにかが起こる。……わしはもう少し静かに暮らしたいのに」
やっぱりなあ……。
切実さがにじみ出るようなため息で持って界王さまはしみじみとおっしゃった。
「またまたあ! 界王さまだってにぎやかになって楽しいって」
「言っとらんわい!」
悟空さんと界王さまの掛け合いは過去以来だ。
周りはなんと言うか……失笑している人もいれば乾いた笑いをしている人もいる。
やはり、主人公はどこに行っても主人公なのだな。
まさか舞台をあの世に移してハッスルしているとは思っていなかった私は、主人公に課せられた使命の大きさに慄いてしまった。
きっと原作が続いていれば365日事件にまみれる少年探偵並みにずっと戦っていたことだろう。……おそろしや!
「それはともかく、お前らナメック星に行くんだろ? 大丈夫なのか? ドラゴンボールを貸してくれるには試練を受けなきゃなんないんだぞ? そうだったよな、ピッコロ!」
クリリンさんに問われたピッコロさんは頷く。
「一応、過去のムーリ長老とデンデさんから一筆したためて貰ったんですがダメですかね」
「見せてみろ」
ちょっと失礼して〈かばん〉を開く。……あ、あったあった。てが、み……!?
「あー!!」
手紙の隣に浮かんでいる球体を見て、私は思わず〈かばん〉に向かって叫んだ。
「ど、どうしたんですか」
鼻声になっているトランクスさんが覗き込んでくる。
「あ、あの。ブルマさんに渡すの忘れてきました……これ」
ナメック星に行った時、ブルマさんに渡すように頼まれていたCCの模型。
そういえば〈かばん〉に入れっぱなしだった。
手紙をピッコロさんに渡し、包まれたものを取り出して見せると、歓声が上がった。
「うわ! 懐かしい! CCだ!」
「おおーすげえな。こまけえー!」
「お世話になったブルマさんへのお礼と、出産祝いを兼ねて渡してくれって言われてたんですけど……」
すっかり忘れてたな。帰ってきたらそのまま二日寝ちゃったから……。
「……ふむ。手紙はまあ、問題なさそうだが、この模型も見せてみろ。ここに作り主の名前と、ブルマやその家族の名前が入っているから出せば説得力が増すだろう」
な、なるほど。なら持ってきてよかった。
「おい、またトランクス泣いたぞ。泣きすぎだろ」
見ればヤムチャさんがトランクスさんに追加のタオルを手渡している。
あー……。ブルマさんの話になったからかな……。
そうだ。こんなところでまったり状況説明している場合ではない。
生き返らせなければ。
そう思ったのは私だけではなかったらしい。
「す、すみませ……俺、行きます。母さん生き返らせないと」
タオルで乱暴に拭って、トランクスさんは顔を上げた。……鼻が赤くなっている。
「えっブルマ死んだの?」
「えっウッソ」
「えっあのブルマが?」
「ええっ!」
悟空さんやクリリンさん、ヤムチャさんに悟飯さんが驚いているが……なんなんだ。
そんなにブルマさんの死を信じられないのか?
ブルマさんだって一応か弱い地球人だぞ。
不思議に思っていたら、ふと風が一瞬そよいだ。
打撲音が近くで響き、そののちバキバキという音がする。
「トランクス!」
「ベ、ベジータ!」
悟飯さんとクリリンさんが慌てている。
隣を見ると、先ほどまでいたトランクスさんがいなくなっているではないか。
代わりにいたのはベジータさんだ。
しかも超サイヤ人になっている。
「わ、わしの家が……!!」
私の目には経過が全く映らなかった。
振り返った先には界王さまの家の壁にめり込んで……いや、もう外に出ているトランクスさんのみだ。
……今の一瞬で何が起こったというのだ。
私はベジータさんからじりじりと距離を置いた。
「死んだだと……」
ぼそりと聞こえてきた言葉は心なしか困惑気味にも聞こえた。
