第二部 人造人間編
第五章 長い冬
105 圧迫
「……ちっ! いつまでもめそめそしやがって! 本当に俺のガキか!」
ベジータさんはトランクスさんに向かって吼えた。
対してトランクスさんは口が切れたのか手の甲で拭っている。
表情は影でよく見えない。
ベジータさんは構わず歩き、トランクスさんを蹴った。
ひえっ!
トランクスさんは守りもせずにただ攻撃を受け、そのまま転がるように吹っ飛んでいく。
――なんという一方的な暴力。
まるで昭和のヤクザ映画ではないか。
こ、これはいったいどうしたらいいんだ。
そんなことしてる場合じゃないというのに、残念ながら私には止めるすべは無い。ヘタに手を出したら巻き添えになりそう。
「トランクス! なにしてるんだ! ちゃんと防御しないと!」
「やめろってベジータ!! ブルマさん生き返るから!」
悟飯さんとクリリンさんが止めようと声を上げる。
私も身を乗り出した時、「放って置け。死にはせん」とピッコロさんに止められた。本当か?
「そっかーブルマ死んだのかー。ぜったい死なねーと思ってたけど、あいつも案外フツーだったんだなー」
「悟空、言ってる事が何気にひどいぞ」
「それよりもわしの家……お前らなんぼわしの家壊せば気が済むんじゃ」
「あ、はははー。後で直しますよ。しかしブルマが死んだだけであんなふうになるとは……ベジータも丸くなったなあ」
なんてのんきな会話なんだろう。
目の前で親が子を殴る蹴るという虐待が行われているというのに。
私の右目は軽く引きつった。
「まあこん中じゃ悟空と悟飯ぐらいしか止められないだろうし」
「いやー俺もちょっと……遠慮したいな……」
反応がまともだったクリリンさんと悟飯さんですら諦めが早い。
呆れつつ独特の雰囲気にたじろいでいると、トントンと肩を突かれた。
顔を上げると悟空さんが困ったような顔をして首を傾げている。
「ずっと気になってたんだけどさあ。おめえ、すげー血の匂いだけど、だいじょぶなんか?」
「えっ」
血の匂いといわれて思い出したのはぶしゅーと手から血が出てきた光景だ。
そういえば私の服の中はスプラッタになっていたんだった。
そりゃ血の匂いもするかな、と訳を話そうとしたら悟空さんは頬をかきながらのたまった。
「女ってほら、いっぱい血出る日あるだろ? あれ?」
「こら! 悟空!」
「何聞いてんだ! セクハラだぞ!」
全くだよ。過去に引き続き現在でもセクハラ受けるとは思わなかったわ。
ぶんぶん頭を横に振って否定するが、悟空さんは「だってさあ」と続けた。
「鼻が曲がりそうになるくらいすげえ血なまぐさいぞ」
「まあ、確かに気にはなったが……」
悟空さんは鼻を摘んで思いっきり匂うと言い、ピッコロさんはそっぽを向いた。
そんなに!? なにも考えずに来たのがまずかった?
ピッコロさんが臭いっていうならナメック星に言っても皆に思われるじゃないか。
「さっきセ、いやっ、人造人間と戦ったとき血まみれになったので! そのせいだと思います! ……一旦帰って、洗い流してきます!」
トランクスさんには悪いが、私はさっさと地球に戻るためチルの気を辿ろうとした。――が。
「わざわざ帰んなくてもここの風呂に入ればいいよ。ちょうど入れるし」
「なんでお前がさも当たり前のように風呂を勧めるんじゃ。わしの家だぞ!」
「いいじゃんか風呂くらい。血まみれになってまで戦ってここまで来たんだし」
「……ダメとは言っておらんだろうが」
恒例の悟空さんと界王様のやり取りが行われた後、界王様は長い溜息を吐いた。
いや、よくはないかな。
風呂場血まみれになっちゃうんじゃないかな。
遠慮します、と喉まで出かかったけれど、界王さまは「ついてこい」と言ってさっさと歩き出してしまった。
「ほら行って来いよ」と悟空さんに追い打ちをかけられたが、トランクスさんの様子も気になる。
二の足を踏んでいると「大丈夫。危なくなったらさすがに止めますから」と悟飯さんに言われ、私は後ろ髪引かれつつも界王さまの後ろを追うことにした。
結果。
結構ハードなお風呂タイムになった。
まず、服を脱ぐ時に中途半端に乾いていた血液がはがれて痛い。
次に界王さまに借りたたらいで血の塊を溶かしつつ体や髪を洗うけど、どんどん汚れていくお湯につかる姿はさながら血の伯爵夫人。
洗っても洗っても頭から落ちてくるお湯が茶色いってどういうこと。
体はいい。浸かって擦れば落ちたし、確認できる。
でも髪の毛、つまり頭皮は自分では見えない。そして洗いにくい。
とれない頭の血は、たらいに座りながらシャワーを頭から浴びることにした。
体感時間数十分。
暇になった頭が考えたのはドラゴンボールのことだ。
ナメック星のドラゴンボールは三つ願いを叶えられたはず。
……そもそもどれくらい叶えてもらえばいいんだ?
ちょっと整理することにした。
まず重要なのはブルマさんやトーガ、戦って死んだ悟飯さんたち、両親を生き返らせること。……だけど。
この状態で両親生き返らせたら大変面倒なことになるから後回し。
地球人を生き返らせて、地球を治すほうが優先だ。
……どこまで治るんだろうか。
食料復元してくれるかな。ポルンガによく内容確認しないと皆餓死しちゃいそう。
あとは悟飯さんたちを生き返らせることだけど……。
悟空さんだけは生き返らない。
心臓病で死んでしまったからそれはそれでお願いしなきゃならない。
しかし昔トランクスさんに「魔人ブウが復活するなら皆で修行したら余裕」とか言ったけど、強さがセル編前なら悟空さん含め皆弱いままだな?
いくら死んでからも戦ったっていっても、相手はセルよりは強くなかったと思うし……。
――あれ。これ勝てなくね?
私はシャワーを止めた。そして再度頭を洗い始めると汚れた泡が手に纏わりつく。
うーん。とりあえず魔人ブウが復活するかどうかで悟空さんを生き返らせるか決めるか?
ブウ編では途中で生き返ったし、今無理してやるもんでもない。
魔人ブウが復活しなかったら地球はずっと平和ルートなはずだし……。
「はあ」
皆生き返らせれば終わるかと思ったけど、むしろ始まりなような気がしてきた。
広い湯船につかりながら、私は手を合わせて祈った。
「ブウ、復活しませんように」
+ + + + + + + + + + +
界王さまの家にはドライヤーなんてものは無い。
タオルドライのみ。
それでも念入りに水分を取り、仕度を終えると私は脱衣所から出た。
「ふむ。血の匂いはしなくなった」
ピッコロさんは頷いた。
お墨付きを頂いたのでほっとする。
「湯上りの女の子なんて久々に見たなー……あ、水飲む?」
ヤムチャさんが水分補給を勧めてきたが、断った。
「えー干からびちゃうぞ」とか言いながら頬杖をついてこちらを見てくるヤムチャさんが、気持ち悪い位にやけているのは気のせいだろうか。
過去ではもう少しびしっとしていた気がするんだが……あれは警戒されていたのかな。
「うん。やっぱり女の子はいいな……」
ぼそっと小さく呟かれた。
聞こえてないとでも思っているんだろうか。
他の人には聞こえていなくとも私には聞こえたぞ。地獄耳ほどじゃないが耳はいいほうなんだ。
しかし私でそんなニヤけるのか。この人はきっと女の人なら誰でもいいんだろうな。
ここに女いないし、飢えているんだろうなあ……。
なんだかかわいそうになってくる。
ヤムチャさんの後ろで壁を直している面々も。
「ヤムチャさん、休んでないで穴埋めるのやってくださいよ。あと顔気持ちわるいスよ」
「無駄だ。顔は元からだらしない」
「はん。なんとでも言え。お前らの嫌味なんて痛くもかゆくもない。それに俺がやんなくても終わりそうじゃん」
クリリンさんと天津飯さんとヤムチャさんは本当に仲がいいな。
過去でもそうだったけど、死んでからもそうなんだな。
まあ、それはさておいて。
憂いはなくなったのであたりを見回すがサイヤ人がいない。
純血もハーフもいないのだ。
「あの、トランクスさんは……」
そう聞けば皆して外を指差した。……まだ暴行が続いているのだろうか。
怖い。
見に行った瞬間なんか飛んできたりしたらどうしよう。
怯えがわかったのだろうか。
ピッコロさんは気遣うように「もう終わったようだ。外に出ても問題はない」とおっしゃった。
じゃあちょっと確認しようかな。
結構時間が経ってしまったし、早く行ってしまいたい。
はやる気持ちとは裏腹に恐る恐る外に通じるドアを開けると、そこには薄汚れた塊が転がっていた。
その回りには悟空さんとベジータさんがいて……よく見たら――ぼろぼろになったトランクスさんと悟飯さんだった。
大丈夫だと言っていた人が大丈夫じゃなくなっている。
「ひええ! 雑巾みたいになってる!」
「わりと言うことがひどいな」
後ろからヤムチャさんのツッコミが聞こえたが、それどころではない。
「わりいわりい、せっかく風呂に入ったんだから止めようと思ったんだけどさー。見てたらうずうずしちゃって」
悟空さんが「つい混ざっちゃった」と朗らかに笑ったが、そんな問題でもない。
慌てて駆け寄るとそりゃあまあ悲惨な状態だった。
服はぼろぼろ、顔も痣ができているし、これこのままナメック星になんて行ったら相手が心配するレベル。
私は〈かばん〉からソタ豆を取り出してトランクスさんと悟飯さんにそれぞれ渡す。
すると俯いたままトランクスさんが弱弱しく首を横に振った。
「俺は……いらないです」
なに言ってんだ。
「そんな満身創痍で行ったらナメック星の人たちが驚いてしまいます」
「ぐむ!?」
私はトランクスさんの鼻を摘んで無理やり口に入れた。
相手は驚いていたが構うものか。人の口を塞いだり指突っ込んだりしたことに比べればなんてことない。子供に嫌いなものを食べさせるのと同じ。
「この豆、仙豆なんですか? ……すごいな……」
「ええ! 仙豆あんのか! オラにもくれ! ……あ、本当だ」
「腹膨れるや」と悟空さんは自らの腹部を撫でた。
確認の仕方そっち!?
……ベジータさんにもあげたほうがいいのだろうか。
ちらりとそちらを見ると、ぷいっと顔を背けられた。
いらないってことだな。きっと。
「傷が治った……本当に仙豆なんだ……」
効能的に仙豆ですけど、本当の仙豆とはちがうし、紛らわしいからソタ豆って呼んでるんですけど。
驚いている悟飯さんに説明していると、しゃがんでいる私の頭頂部付近がなにかを感知した。
「うん。これなら大丈夫だ! 血の匂いなんかしねえ。石鹸の匂いだけだな」
声は真上から聞こえた。内容からして悟空さんが私の頭の匂いを嗅いだらしい。
最悪じゃないか。
思わず頭を押さえようと手が動いた。
しかし、まるで犬のようなその人は私の手が頭につく前に、ついでと言わんばかりにわしわしと頭をなでていった。
「悟空、お前……女の子の頭くんくん嗅ぐなよ。犬か」
「サーヤちゃん固まってるじゃん」
後方から皆が歩いてきた。
声をかけてきたのはクリリンさんとヤムチャさんだ。
「壁直ったの?」と問いかける悟空さんに「直ったぜ」とヤムチャさんが答えて「お前はなにもしてないだろう」と天津飯さんに抗議されている。
そんなやり取りを聞いていても私は固まったまま。
悟空さんの手がまだ頭にあるからだ。
恥ずかしいのと、悟空さんに頭を撫でられたという感動と、このまま握られたらリンゴのようにぐしゃっと潰されるのではないだろうかという恐怖が入り混じり、私の頭の中は闇なべのように混沌としている。
いやっ、やらないだろうと思うけど、寝ぼけて育ての親を踏み潰した人だって気づいたら恐怖が勝つよね……。
「あのさあ。オラ考えたんだけど、これからナメック星に行ってみんな生き返らせるんだろ? でもさ、ピッコロ生き返っても地球のドラゴンボールは復活しないよな」
「え! 神様と融合したからか!?」
「そうなんですか? ピッコロさん」
「……だろ? だからさ、行くついでに新しい神様連れてきてもらったほうがいいんじゃねえか?」
「来てくれる者がいればいいがな」
「そりゃ行ってみねえとわかんねえだろう。……ってことで頼む。新しい神様も連れてきてくんねえかな」
更に頭をぽんぽんされたがその勢いが結構強く、もはや羞恥心と感動を恐怖心が支配している。
しゃがみ込み、困ったような表情を浮かべて人の頭をぼんぼん叩くゴリマッチョ。
『今金ないんだよなー頼むよ』なんて台詞を当てても違和感は皆無だろう。
それぐらいの筋肉。頭の圧迫感。
目つきの悪い人が言うよりも怖く感じるのは気のせいだろうか。
私はよく考えもせずに頷いた。高速で。
