第二部 人造人間編
第五章 長い冬
106 応報
私にとって見れば三度目の訪問であるナメック星。
訪れてみれば、変らず空が緑色をしていて、湿度でじめじめしている。
しかし過去よりも木や家が多くなっており、人も多くなっているようで時の流れを感じた。
そんな中でも目の前のムーリ長老は特に姿が変っておらず、私は出会ってすぐに深々とお辞儀をした。
「なんと……ブルマさんの息子? ……いやはやそれは遠いところから来られましたな。ブルマさんはお元気で?」
過去であったときと変らないムーリ長老の言葉に、私は続けることができなかった。
「……母は……戦いに巻き込まれて……」
トランクスさんがそういえば、最長老は「そんな、まさか」と驚愕の眼差しを向ける。
「今、地球は地獄のようなところなのです。それをどうにかしたい。あなた方のドラゴンボールを貸していただけないでしょうか」
強すぎる残忍な敵のせいで地球が壊滅状態なこと。
それを倒すために自分たちがしたこと。
包み隠さずに話していると、最長老の顔がどんどん呆けた顔になっていく。
それと共に周りに人が増えてくる。
ナメック星人が皆家から出てきているようだ。
「……」
「死んだ人たちを生き返らせたいんです。孫悟空さんやクリリンさんたちを。お願いします」
トランクスさんと共に頭を下げる。
周りは緑色に染まっていた。
威圧感すら感じる視線に焦りつつ〈かばん〉を漁ると、誰かが驚きの声を上げながら近付いてくる。声の感じからして若そうだ。
「通して! 通してください! 今の話は本当ですか! クリリンさんが死んだって!? 悟飯さんも!?」
「デンデ! 落ち着け!」
必死な形相で詰め寄ってくるその姿は過去で見たものより大人びている。
身長も私と同じくらいだ。
そのデンデさんはトランクスさんに肯定されると、悲壮な顔をしてうなだれた。
「あの、先ほど話した過去のあなた方からの手紙を預かってきていますので、こちらを」
渡そうとすると、近くにいたナメック星人がそれを制した。
「……最長老の前に私が確認する」
その人に手紙を渡すと、おもむろに中身を改め始めた。
……中身はナメック語で書かれているから私には何が書かれているのか確認できていない。
それでも、特に変なことは書かれていないはずだ。
そう、思っていた。
「……なんだと……」
その人は手紙の中身を見るなり、ぐしゃっと握りつぶした。
「な……」
「長老! なにを!」
「我らのうち一人地球に行けと書いてある! 貴様らがいう地球が地獄なら、生贄に出せということではないか!! 最長老がこんなものを書くわけがない!!」
ぐしゃぐしゃになった手紙を指差し怒鳴られるが、読めないのでなんとも反論できない。
しかしそれを横から除き見るナメック星人の表情を見るに長老が言うことはその通りなのだろう。
……過去の最長老、空気読みすぎ。
確かに過去ではデンデさんが地球に来てくれたけど、そこまで書いてほしいとは言ってない。
ただドラゴンボールを貸してくれるように一筆お願いしますと言っただけだ。
――どうしたもんか。
目の前の長老さんが緑色の肌を紫に変えて怒り心頭というような状態に危機感を感じた。
「もう脅威は去りました! でも地球には神様がおらず、そちらがよければ来て頂けないかなというお願いであって強制ではありません! それに手紙は本当に最長老様に書いて貰ったもので!」
「フン!! 〈願い玉〉を狙う者が使う姑息な手だ! 信用できるものか!」
長老の大きな声に周りにいたナメック星人は離れていき、代わりに体格がいいナメック星人が私とトランクスさんを取り囲むように輪に並んだ。
「それにそこの男もブルマさんの息子だというが、ツーノ長老たちを殺した男にそっくりだ……その男も〈願い玉〉を狙っていた。お前たちがそうでないといえるのか!?」
長老さんは手紙を投げ捨てて肩を怒らせた。
ま、まずい。
ベジータさんってナメック星人殺したんだっけ?
「父さんが……殺した?」
トランクスさんは困惑気に私を見るが、なんとも返しようがない。
覚えていないのだから。
どうしよう。
断られるとは思っておらず、頭の中は混乱である。
ぐるぐると回る思考ではまともな答えなど出てくるわけも無く、沈黙してしまった。
すると肯定と受け取ったのか、周りがざわざわしてくる。
「確かに、ベジータに似ている……」
「騙そうとしているということか?」
「そうだとしたら、〈願い玉〉を貸すわけには行かない」
「なんとかいったらどうなのだ」
大きくなっていく周りの非難に、私はもう一つの証拠を〈かばん〉から出そうとした。
切り札かなと思ってとっておいたのだけど、そんなこと考えている場合ではない。
とりあえず、私たちは敵意があるわけではないと信じて貰わねば意味がない。
ピッコロさんの言うとおりならあのCCの模型を出せばこの事態から脱脚できるかもしれない。
〈かばん〉の中に手を入れたとき、「動くな!」とガタイのいいナメック星人に手のひらを向けられながら怒鳴られてしまった。
明らかに私に向かって攻撃する気まんまんの姿勢だ。
私は〈かばん〉から手を引くしかなかった。
「その入れ物も不思議な力を感じる……。いきなり現れたことといい、魔族ではないだろうな」
それは人違いです!
ぶんぶんと頭を横にふって否定しても、向けられる視線は険しいものばかりだ。
窮地。
そんな言葉がまさしくふさわしい。
下手なこというと、火に油を注ぐことになる。
どうすればいいのか、口を開けたり開いたりしても、頭の中は真っ白だ。
「……やっぱり、俺じゃなくてチルが来たほうがよかったな」
何、と問いかける前に横のトランクスさんがいきなりしゃがみ込んだ。
「俺の父はベジータです。父がこちらの人々を害したというなら、俺が代わりに謝ります。申し訳、ありませんでした」
トランクスさんはムーリ最長老に向かって頭を下げた。
そのまま紡がれた言葉にまるで木の葉が揺れるように周りがざわめいたが、私は石のように固まった。
「殴ってくれても蹴ってくれてもいいです。なんなら殺されても文句は言いません。ですが、地球の人々は生き返らせてください。お願いします。悟飯さんやクリリンさん、悟空さんたち……母さん……ブルマも死んでしまいました。俺はどうしても皆を生き返らせたい。そのためになら俺はどうなっても構いませんから」
土下座だ。
トランクスさんは地面に頭をこすり付けんばかりに深く頭を下げた。
「だっ、駄目です!」
私はトランクスさんの肩を掴もうとした。立たせようとしたのだ。
しかし掴めなかったから服を引っ張る。
「動くな!」
ナメック星人に怒鳴られても無視した。
見たくなかったのだ。
私にとってその光景はまるでヒーローが地に伏せたときの絶望そのものだった。
だってそうだろう。
サイヤ人が頭下げるか? 下げた場面を見たことがあるか? 土下座だぞ。
私の記憶には無い。
しかも殺った本人じゃなくて息子が頭を下げてるんだぞ?
見たとき、私の頭の中ではベジータさんが思い出された。
しかし、コレはベジータさんが悪いけれど悪くない。
覚えていなかった私が悪い。
頭を下げさせたのは私だ。
肝心なところを覚えてもいなかったあいまいな知識を振りかざし、完璧だと驕りたかぶった結果がコレだ。
私は、トランクスさんに頭を下げさせてしまった!
ベジータさんとブルマさんの息子を!
ドラゴンボールの登場人物を!
なんというとんでもないことを!
私は自分への情けなさで泣きたくなった。
しかもどうなっても構わないだと?
貴方いま〈お守り〉も身につけてないんだよ?
今すぐそこをどけ!
「女!! 動くなといっているだろう!!」
トランクスさんをどうにかしたくて横から体当たりでもしてやろうと動いたらまた怒鳴られた。
構わず私は声を張り上げた。
「私が代わりになります! トランクスさんは駄目です! そんなことをさせるために一緒に来たわけじゃない!」
トランクスさんは黙ったままだ。
「っトランクスさんが、地球を平和にしたんでしょ! 今まで戦ってきたんでしょ! どうなってもいいとか、言わないでくださいよ!」
トランクスさんに向けて訴えても頑なに頭すら上げない。
強情!
……この状態でCCの模型を出してもすぐ壊されてしまいそうだな。
そうなったら終わりだ。
今は引いたほうがいいかもしれない。
私は最長老に向き直り頭を下げた。
「後でまた来ます。もっと信じて貰えるようなものを持ってきます。トランクスさん! 帰りますよ!」
「まだ話は終わっていない!」
瞬間移動しようと気を練り上げたところで、周りにいたナメック星人たちに拘束されてしまった。
なんで!? 帰るって言ってるんだから帰らせろよ!!
「サーヤ!」
「悪いが、少し大人しくしていてくれ」
頭上からそんな声が聞こえてきたが、言うとおりにするはずないでしょ!
くっそー腕が〈かばん〉に届けばすぐにでもCCの模型を突き付けてやるのに!!
もがいていると、拘束の力が強くなり呻くことになった。
「彼女は弱いんです! 乱暴なことは!」
「それはお前次第だ」
ナメック星人が忌々しげに吐き捨てると、トランクスさんの顔が歪み叫んだ。
「なら早く俺を殺せばいい!」
「馬鹿っぐ!」
かっとなって思わず口が出かけたが、緑色の腕に押さえられてできなくなってしまった。
少し苦しい。
顔を歪めていると、人垣の中から一人、すっと前にでてきた。
「ツーノ長老を殺した男の息子で間違いないのか。――ならば長老たちの苦しみを、息子であるお前が親の代わりに受けると……耐えがたい苦痛を与えた上での死であってもか」
ピッコロさんによく似た体つきのよいナメック星人だ。見るからに戦闘タイプであるその人はゆっくりと歩いてトランクスさんの前で止まった。
「はい」
即答したトランクスさんがゆっくりと頭を下げると、あたりはそのまま時が止まったように静まり返った。
さわさわと風が吹く音が聞こえるが、その風は爽やかさなど全く無くじめじめとしている。
その音が止んだ時、戦闘タイプのナメック星人が勢いよく手を振り下ろした。
しかしその手はトランクスさんに到達する前に止まった。
「な!?」
じっと見ていたら簡易な〈壁〉が出てしまったらしい。
それに驚いた戦闘タイプのナメック星人――ピッコロさん(仮)は一足飛びに後退し、ナメック星人は総じてどよめいた。
「サーヤ! 〈壁〉出さないでください!」
トランクスさんは私に向かって怒ったように言ったが、私は知ったこっちゃない。
勝手に出たのだ。
トランクスさんを守るように。
そうだ。
トランクスさんは強い。
紳士的で、正義感に溢れ、優しいひとなのだ。
そんな人が
理不尽にもされるがままになっているのを
ただ見ていろと言うのは
「嫌だ。絶対、いやだ」
言った瞬間、弾みで眼鏡にしずくが垂れる。
ぼやけた視界の先のトランクスさんは黙り、なぜか拘束が緩まった。
周りのナメック星人が「どうしよう」「大丈夫?」とかうるさい。
おろおろするぐらいなら離せ。
「もう、やめなさい。充分でしょう。……放してあげなさい」
穏やかな声が聞こえてきたと同時に開放される。
そのままトランクスさんの下に駆け寄り服を掴んで強面のナメック星人を睨むと、その人は一歩下がった。
「ああ、お待ちください。話をいたしましょう」
さっさと逃げようとしたのに、焦ったような声に振り向けば、最長老が前へ出た。
「申し訳ない。試させていただいたのです。〈願い玉〉を扱うにふさわしい人間なのかを」
それを聞いた私の顔は、たぶん大層ひどい顔だったと思う。
