109.冬の果て

第二部 人造人間編

第五章 長い冬

109 冬の果て

 思い返せばずいぶん昔のことのように感じる。

 始まりは料理だった。
 今でも鮮明に思い出せる黄土色の粥。
 あれほどの強烈なまずさを誇った食べ物は未だにお目にかかれていない。
 そういう意味では間違いなく母の味だと言えるのだが、間違っても乳幼児に与えていいものではなかった。

 でも、だからこそ私は奮起したのだ。

 美味しいものが食べたい。

 後にも先にもあれほど私を突き動かした想いはないだろう。
 赤ん坊になろうが見知らぬ土地だろうが知らない種族だろうが関係ない。
 それだけを求めていたはずだった。

 しかし、私が作った料理で母が笑い、父が無言で大量に頬張る姿に私の欲は加速した。
 弟妹が出来てからは一層だ。

 ――皆でお腹いっぱい美味しいものを食べたい。

 一度でも達成されてしまえば望むものは大きくなる。

 たくさん食べ物が欲しい。
 暖かい布団で眠りたい。
 誰にも蔑まれずに暮らしたい。
 脅威に怯えず平和に暮らしたい。

 なまじ知識があったから、出来そうだと思ってしまった。

 それが、両親をなくした原因だ。

 しかし少なからず知識があったから生き残ることができたのだと思う。
 真っ黒い宇宙にたった三人、子供が放り出されて生きていけるような旅ではなかった。
 たくさんの星を巡っていろんな人たちに出会って、いい人もいたけどすこぶる悪い奴もいた。

 餓死しそうになったとき、奴隷にされそうになったとき。
 それらは大体油断しているときに起こった。
 何度唇を噛んだだろうか。
 何度頭を抱えただろうか。
 悔しくて泣いた事はたくさんあった。

 途中で止まることなく地球に行けたのは運だったけれど、旅を続けられたのは地球の記憶があったからだ。
 そこに行けば誰からもなにも奪われることが無く、美味しいものが手に入り、温かく柔らかな寝床で平和に暮らしていけると信じていたからだ。
 たとえ幾つ年月を経ようとも必ずたどり着こうと思うくらいには私は欲深かった。

 ――けれど、やっとたどり着いたと思った地球は滅亡寸前だった。

 残忍な人造人間がいて、頼みの綱であるドラゴンボールが無く、唯一の希望には剣で持って脅され、――散々だった。

 それでも過去に行けばなんとかなるかもって期待しながら行ったら、想像以上に精神的に参ることばかり起こるし、行ったら行ったで帰ってきたら最悪の結果になっていて。

 思い出せば思い出すほどハードモードいや、アンノウンモードだ。

 もし自分をこの世界に転生させた神様に会えるなら、私は会った瞬間に殴って首を絞めるだろう。

 なんでイージーモードにしなかった?
 もっとチート積んでくれても良くない?
 つかチートなんて前世の知識くらいしかなくね?
 しかも完璧じゃないって舐めてるのか。

 きっと笑いながら絞める。断言できる。

 それでも足りないくらいだ。

 それくらい、つらかった。

 遠かった。

 ……長かった。

 + + + + + + + + + + + 

 青い空は天高くどこまでも続いていた。
 雲は流れるように薄く空に浮かび、風は柔らかく地面を撫でる。
 以前聞いていた、カラカラと石が転がる寂しい音はしない。
 耳に入るのはさわさわとした心地いい葉っぱの擦れる音だ。
 道路の脇には手入れされた木が、何年前も前から生えていたのが当然だというような顔をしてつっ立っており、傍らには小さな花が咲いている。
 整えられた花壇の前には舗装された歩道があり、道路も同じくひび割れすらない。

 見上げればかつて鉄芯が剥き出しになっていた建物が今では汚れすら確認できない状態でそびえ立つ。
 【カプセルコーポレーション】と描かれた看板も健在だ。
 周りは建物が立ち並び、人の気配こそ少ないものの前漂っていた不穏な空気は微塵もなくなっていた。

 朽ち果て、滅びた後のようだったその場所は、見違えるような景色に変わっていた。

「こ、こは……」

 誰かが感嘆としたように呟いた。

 無理もない。
 界王星に行くまでは地獄絵図だった。
 それがまるで最初からなにも起きていなかったかのような美しい街に変わっている。

 今までの出来事は夢だったんじゃないか――。
 そんなことを考えるくらいには現実が信じられなかった。

 まるで時間が止まったように感じたそのとき、耳に馴染んだ声が弾むように聞こえてきた。

「サーヤ! トラ兄!」
「えっサーヤ!?」
「ちょっとやだ!! 皆いるじゃない!?」

 目の端に、知っている色が見えた。
 私は堪らず体の至る所を掴んでいた手を振りほどき、大きく足を前に出した。

「あ!? おい!!」

 後ろから掛けられる声に返事は出来なかった。
 まるで高飛びでもするみたいに勢いよく踏み切り、砲弾のように飛び出した。
 その先にいるのはくしゃくしゃに顔を歪めたチルと恥ずかしそうに顔を片手で隠すブルマさん、呆けた顔をしているトーガ。

 私は堪らず手を伸ばし三人に抱きついた。
 その拍子にぼろっと涙がこぼれる。

「あっ!」

 ブルマさんが焦ったような声を上げたすぐ後に、脇にどすっと重い衝撃を受ける。

「うげ!!!!」
「わあ!!」

 トーガやチルがうめく声が続き、私も思わず顔を顰める。
 顔を上げて見ればトランクスさんだった。
 トランクスさんも泣きながら抱きついてきたのだ。
 私たちを抱え込むように。

「アンタ、たち! く、苦しいわよ!!」
「ト、トランクス……しま、しまる……しぬ……」
「あはは! くる、しい!」

 チルだけが楽しそうに笑い、ブルマさんとトーガが文句を言うが、私は応えられない。

 絡まった腕にトーガたちの体温が、動きが、息が、気配が、確かに伝わってくる。
 その場に存在しているのだという証拠が私の口を震わせ、歪ませた。出るのは嗚咽ばかりで言葉にできない。
 同じようにトランクスさんもなにも言えていなかった。

 そんな中、後ろからわいわいとたくさんの声が近付いてくる。

「よおブルマー! 久しぶりー!」
「懐かしいなー!」
「うわトランクス! 力緩めないと!! 顔が真っ青になってるから!!!!」

 見なくても解る。
 皆笑っていた。
 ヤムチャさんもクリリンさんも悟飯さんもピッコロさんも天津飯さんもチャオズさんも。

「あー苦しかった。なあ、なんでサーヤでっかくなってんの?」

 開放されたトーガが大きく息を吐き、私を見上げる。
 トーガはあの服を着ていた。
 でもピンク色には染まっていなくて、戦ったような汚れや跡も無い。
 人造人間やセルと戦ったなんて信じられないくらい普通に、平然とトーガは立っていた。

「ひっく、びっくりだよね! あはは!」

 笑いながら泣いているチルはトーガと違ってボロボロだった。
 埃で汚れた髪に破れた服から覗く血の跡。
 それが今までのことは夢じゃなかったのだという証だった。

 そんな双子の対比に私は号泣した。

「もー泣くなよー……チルーお前は泣いてんのか笑ってんのかどっちかにしろ……ってぶっ」

 トーガの呆れたような声は体にぶつかるような衝撃の後途絶える。

「えへへへ! ぐすっ……よかったよう!!」

 チルがトーガを伴って抱きついたらしい。
 抱き返しながら返事をしようとしても、しゃくりあげてしまって声が出せない。

「……よくやったわ二人とも。……アンタたちもよく生き返ってきたわねー!!」

 ブルマさんはぽんぽんと私の肩を叩くと、うれしそうに声を張り上げる。

「ブルマさーん! お久しぶりです!!」
「お前老けたなあ」
「何年経ってると思ってるのよ! ばか! おかえり!」

 悟飯さんやヤムチャさんたちのやりとりと、それになんの憂いも無く笑う皆の声に一層胸が熱くなって、肩が震えた。

 ――今、季節は冬だったはずだ。
 私たちが過去に飛んだとき、間違いなく雪が降っていた。
 うち捨てられた車、折れ曲がった支柱、瓦礫の山。
 しんしんと降っていた雪。
 寒かった夜。

 それらがこんなにも違う。

 明らかに荒れ果てていた大地は、今、緑で溢れている。
 ぼやけた目にさえ映るカラフルな色に包まれたこの世界は、なんてまぶしいんだろう。

 肩を大きな手が包んだ。
 トランクスさんだ。

「――ただいま」

 トランクスさんの声は震えていたけど、そこには間違いなく喜びが含まれていて。
 私もうんうん頷きながら笑った。

 まるで長い長い冬の終わりのような暖かさを感じる日の下、私たちは喜び笑い合った。


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