第二部 人造人間編
第五章 長い冬
108 マッスルピラミッド
界王星につくと、待ち受けていたのは野郎共の熱烈な歓迎だった。
一瞬また風呂場か!?と思ったが、そんなことよりも筋肉盛盛の武道家が笑いながら勢いよく走ってくる光景に危機感を覚えた。
圧死。
思い浮かんだのは喜びではなく恐怖の言葉である。
私は右手を掴んでる人ごと前に思いっきり引っ張った。
「えっ? わっ!」
相手が力をまるで込めておらず、油断でもしていたからだろう。
思っていたよりも簡単にバランスを崩し、そのうちに私は逃げた。
「うぐっ! ぐっ……」
案の定トランクスさんは筋肉に押しつぶされて姿も見えなくなってしまった。
むごい……。
よく見ればどうやら今回は建物の中ではなく庭に着いたようで、緑の芝生にこんもりと人体ピラミッド(マッスル)が出来上がっていた。
皆笑いながら「よくやったな!」「生き返らせてくれてありがとよー!」とかいろいろ言ってるが、絶対一番下聞こえてないよ。
なんて恐ろしい。
逃げなければ巻き込まれていた。
尊い犠牲だ……。合掌しとこう。
心の中で手を合わせていたら、武道家ピラミッドの横からクリリンさんが首を出した。
こちらを向いて目をまん丸に変えている。
「あっ、デンデ!? もしかしてお前、デンデじゃないか!?」
「ク、クリリンさん! お久しぶりです!」
傍らのデンデさんは感極まったように目元に涙を浮かべている。
そうだよ。
トランクスさんを犠牲にして私とデンデさんは後退して逃げたんだよ。
そうしなきゃ貴方たちはせっかく光臨なされた神様を押しつぶしていましたよ。
無惨にも足先しか出ていない一番下の人のようにね。
哀れんでいると、下らへんから「デンデだって!?」と声が聞こえてピラミッドが破壊された。
悟飯さんが上に乗っかっているひとごとムクリと起き上がったようだ。
「うわー! 大きくなったなあ!」
「悟飯さんだって! ……クリリンは変わりませんね?」
「ほっとけ!」
「あはは!」と三人で笑う様子はまるで漫画を見ているようなやり取りだった。
その光景は微笑ましいが、ちらりと視線を下に落とすとトランクスさんは轢かれたカエルのように地べたに張り付いている。
うん……。自分のせいでもあるが、申し訳なさが際立つな……。
いささか心配したがそんなことよりも気になることがあった。
奥で佇んでいたピッコロさんである。
ピッコロさんは見たこともないくらい穏やかな顔をして前に出てきた。
「デンデ、此処にいるということはお前が……」
「ええ! 私が地球の神になります。皆さんの力になれればこれ以上うれしいことはないです!」
「……! そうか」
ピッコロさん。声音もすこぶる優しそう。
出会ったとき射殺させそうなくらい睨まれた私としてはじっくり見てしまうじゃないか。
「いやー、良かった良かった。やったな!」
そう弾んだ声で言ったのは悟空さんだ。
悟空さんはわざわざ私のところに来て頭を撫でた。ごりごりと。
ちょっとだけ震えた。怖くて。
そんな悟空さんをよく見ればまだ頭に輪っかがある。
これは仕方ない。病死だもんな。
周りをよく見れば、皆輪が取れている。
ヤムチャさんも天津飯さん……あれ? 気づかなかったけどチャオズさんもいるな。
まあいいや。
クリリンさんもピッコロさんも悟飯さんもみんな生き返ったようだ。
よかっ……………………あれっ。
私は眼鏡をとって目を擦り、もう一度眼鏡をかけた。
ベジータさん……。輪っかある……。
つんつんした頭の上には金色の輪っかが光を反射しながら『残念だったな。オレはまだここにいるぜ』ってな感じで存在を主張しているではないか。
「ベジータさん、生き返らなかったんですか?」
私の声が聞こえたのか、ベジータさんは片眉をあげ顔を逸らした。
「ああ、ベジータは断っちまったんだよ」
「なんで!?」
思わず声のしたほうを見ると、悟空さんがへらっと笑った。
「馬鹿だよなー。ブルマに会いたくないのかって聞いたんだけどよー」
「ブルマは関係ない! 鍛えるならここの方が効率がいい、それだけだ!」
ベジータさんは悟空さんに向かって怒鳴った。
「生身より食べなくていい分修行できるからなあ」
「悟空に抜かされたくないだけだろ」
後付されたクリリンさんとヤムチャさんのセリフは説得力があった。
「ポルンガであればベジータも悟空も生き返ることが出来る。次で生き返ればいい。それよりも帰るぞ」
ピッコロさんは周りを一瞥した。
私はその視線につられるように皆を見た。
皆は頷き、視線を交わしていた。
「ええ、帰りましょう」
最初に言い出したのは悟飯さんだった。
「地球か……どうなってるんだろうな」
天津飯さんが目を伏せがちに口を開いたとき、その肩をヤムチャさんが叩く。
「どうなってても構わないさ。そうだろ」
チャオズさんとクリリンさんも頷く。
「平和になったんだもんな! 壊れてたら直せばいいだけだし、ピッコロもデンデもいるからドラゴンボールでなんとかなるさ!」
「ふん」と鼻で笑ったピッコロさんはきつい眼差しを和らげている。
その表情の変化に驚いているとトランクスさんに声をかけられた。
……ボロボロである。
しかしその顔は期待が入り混じったような急いているような、そんな笑顔だった。
「帰りましょう。……地球へ」
「……はい」
私は頷いた。
頷いた後に固まった。
確かに後は地球に帰るだけだし、それ自体は問題ない。
ただ、この希望に満ちた雰囲気の中であれを言わなければならないと気づいた私の今の心境は絶望である。
言いたくない。
しかし、言わなければ帰れない。
私は意を決して、それでいてなんでもないように取り繕って言った。
「じゃあ帰りますので……あ、あの…………肩でも腕でもいいので掴んでてもらっていいですか……」
「えっ? ……いいの!?」
柔らかい感じのいい空気だったのにそれを口にした瞬間ヤムチャさんがすごく反応を示した。そしてなんだか妙な空気になった。
本当は触るだけでいいんだけど「触って」なんて言葉に出来なかった。
前も同じことを考えた覚えがあるが、あえて言おう。
痴女じゃん。
まさかはるか昔にへし折ったはずの痴女フラグは回収されておらず、こんなところで回収することになろうとは! 露とも思ってなかったわ!
「ナメック星のドラゴンボールが使えるようになったらまた来ます。悟空さん、もう少し待っててください……父さんも」
トランクスさんは界王さまたちに向かって朗らかに告げた。
それに答えるのは腰に手を当てた悟空さんだ。
「オラたち修行してるから最後でいいぞ。サーヤだっけ? おめえの両親生き返らせるほう先にしてくれ」
話を振られたが私は今頷くことが許されない。
頭を緑色の手で鷲掴みにされているからだ。
左手は変わらずデンデさん。左腕にはチャオズさんとクリリンさん。左肩には天津飯さん、右肩にはヤムチャさん。右腕に悟飯さんがいて、背中にはピッコロさんがいる。
乙女ゲームのパッケージですらここまで盛らないだろうってくらい私の周りはマッチョで溢れていた。
「やれやれ。やっといなくなるかと思ったがそんな上手くいくわけないか……この修行馬鹿を早く引き取りに来てくれよ。なまじデカい善行積んどるからそれを消化するまで転生させられんのだ」
界王様の言葉に悟空さんは「ひでーなあ界王様」と笑っている。
皆でそれに釣られて笑う中、私は集中して気配を探った。
身体は少し、震えた。
「痛いのか?」
「え?」
チャオズさんがつぶらな瞳で私を見上げていた。
「そんな顔をしている。どこが痛い? 腕か? 肩か? 頭?」
「痛い!?」
「ち、違います! 大丈夫です!」
チャオズさんが淡々と無表情で言うものだから、私の体を掴んでいる方々はあたふたしながら軒並み力を抜いたが、私は別に痛かったわけじゃない。
自分がどんな顔をしていたかなんてわかるわけもないが、確かに今私は泣きたくなっている。
「サーヤ?」
視線を上げると眉に皺を寄せている青い目とかち合う。
堪らず私は汗をかいた手のひらをトランクスさんに向けた。
「帰りますよ!」
地球に意識を向ければ、すぐに目的地の気配を感じ取ることが出来た。
チルの気配。
でもそれだけじゃなかった。
だから私は、その捉えた気配を逃したくなくて焦った。
トランクスさんは険しい表情で私の左手を掴んだ。
その瞬間、景色は変わった。
