111.子鹿の嘆き

第三部 魔人編

第一章 Happy Spring Day

111 子鹿の嘆き

 すごく胃が痛い。
 いや、胃以外も痛いんだけど心痛でひと際痛い気がする。
 私は長ーく溜息を吐いた。ついでに咳も出た。

 強行するトランクスさんに逆らえなかった私は今、便座に座っている。

 どこに年頃の娘のシモの世話をそこまで歳離れてない異性にさせることがあるんだよ。
 トイレまでの移動だけだったからまだよかったけれども。
 運ぶのも立派な下の世話だよ。
 しかも相手地球救った英雄様だぞ?
 いくら介護は肉親じゃなくて第三者を介したほうが良いからってな。
 おしっこ漏らしたら訪れるのは精神の死なんだよ!!

「サーヤ、動けなくなったら言ってくださいよ」
「動けますう!!」

 勢いよくしゃべったらゴハァッとまるで血を吐くような咳が出た。
 外で待ってるとか拷問か? ここには音姫はないんだぞ!

 しかも服は見覚えがあったのに、下着が知らないシャツとパンツなのも地味に堪える。
 誰が着替えさせてくれたの……?
 そこはブルマさんと双子であることを願いたい。トイレまで運んだのトランクスさんだけども……。
 なんで双子いないのぉ??

 私は頭を抱えた。

 一体私がなにをしたよ。なにもしてないとは言わないけど、こんな羞恥心煽られるようなことした?

 よりにもよってトランクスさんとか本当勘弁してほしい。
 まあブルマさんだったらそれはそれで心苦しく思うし、もし悟飯さんやクリリンさんその他知ってる人だったとしても皆等しく嫌なんだけど。

 涙目になりながら立つが、洗面台上の鏡に映った姿はまるで生まれたての子馬……いやそんな立派じゃないな。
 子鹿だ。みっともない子鹿。
 他に身体全体をぷるっぷるさせるさまを形容するボキャブラリーがない。
 私は今壁に手をついて内股で震えるという有様。
 まともな人間になりたいよお……!

 情けないやら恥ずかしいやら痛いやらでわりと本気で泣きそう。
 痛む身体を引きずってトイレから出ると、当たり前のようにトランクスさんは腰を低くし――抱えあげた。

 姫抱っこ再びである。
 それに対してもいろいろ思うことがあるけれど、今のところ成すすべがない私は口を一文字に引き絞っている。

 トランクスさんは私をベッドに運び終わると寝具を直し、タンブラーを渡してきた。私が床に転がしたものとは違うやつ。
 いつの間に変えたの? トイレ行ってるとき?
 ……離れてるならそう言ってくれれば心置きなく用を足せたというのに……。
 舌打ちしたい気分で当たり前のようにベッド横に腰掛けたトランクスさんに声をかけた。

「ゴホゴホッ……双子は? なんで二人ともバラバラで遠くにいるんですか? そんでここどこです??」

 トランクスさんは「うーん」とちょっと考える仕草をした後、口を開いた。

「一切覚えてないとなると……順を追って話していこうか」

 話してくれたのは私の記憶にはない4日間のことだった。
 私はまともに起き上がれず、一人で移動ができない状態になってたようだ。
 食事はとれず、トイレはたどり着けない。
 でも無意識ってわけではなくて、ぼんやり起きることもあったらしい。

 いや、トイレですよ一番気になってるところは。
 そこんとこ詳しく、尊厳を損なわない程度に教えてもらえませんかね。

「トイレ? チルが連れて行ってましたよ。一人でも行こうとするんだけど、途中で力尽きるんでしょうね。声をかけると『トイレに行きたい』っていうし、呼べば返事もしたので起きてるとばっかり……。てっきり今回もたどり着けなかったんだと思ってました」

 記憶はないが努力してたんだね私。
 ……道中漏らさなかっただろうな過去の私よ。でもそれ聞くのも……。

「トーガとチルはいつもと同じだって、特に気にせず看病してました。ただ、サーヤが大きくなった分運び難くなって、苦労してたみたいです」

 それはちょっと申し訳ない……。
 昔、旅をしていた時はたまに熱だして寝込んでたけど、小さかったからなあ。
 その大きさで慣れてるはずだから、大変だったろう……。
 元気になったら好物でも作ってあげよう……。

 しっかし、ソタ豆を手に入れたあたりから頻度が減ったものの、地球にきて今回で三回目。
 間に精神と時の部屋を挟んだけど、出てから今に至るまでの期間が短い。

 疲れてるんだなあ私。
 しみじみ思いながらストローに口を付けた。

 ……お、スポーツドリンクっぽい味。

「宇宙船の寝室は出入り口が狭いでしょう。看病するのに大変そうだったから、庭に広めの家を置いたほうがいいんじゃないかって話になって、このカプセルハウスを出すことになったんです」

 トランクスさんは「CCに住めればよかったけど、燃料エネルギーが足りなくて」と続けた。

 雨風雪が防げるだけで暖房なし。厳冬にそれはキツイ。
 この部屋にベッドがたくさんあるのは、双子と私のほかにトランクスさんとブルマさんの分だったってことね。

 なるほどーと聞いていたのに、そこでトランクスさんは言いにくそうに視線を下げた。

「それで、一緒に寝起きするようになると、母さんがサーヤの様子をよく見るようになって……もうその時点でトーガが飽きてしまったというか」

 あきて……。飽きた?

「サーヤが寝ている間に従業員を雇うことになったんですが、思ってた以上に人がやってきちゃって……俺と母さんでは手が回らなくてチルが手伝ってくれたんです」
「はあ、ゴホッ」
「従業員を他の都に運ぶのもチルがやってくれました。とても助かったんだけど……チルは人の気を覚えるのが得意でしょう? 運んだ人間を覚えて、各地を瞬間移動で飛び回れるようになったんです。だから運搬を頼んでて……」

 チル、エライ上にすごいね?
 でも気になるのはチルよりトーガだよ。

「その、それがかなり羨ましくなったらしくて……トーガがごねて、飛び出していきました」
「ご……」

 開いた口がふさがらない。
 耳を疑ったが、トランクスさんの様子を見る限り事実のようだ。

 えっなに? 私、弟に見捨てられたの?

「今は悟飯さんと一緒に世界中の町を確認してもらってます。……ふたりとも夜には帰ってきますよ」

 なんてこったい!
 チルがいないのは手伝いのためだからいいとして。
 トーガ、お前ごねて飛び出すって……!

 私はベッドの上でギギギと音が鳴りそうな身体を折り曲げた。
 謝罪するためだ。めちゃくちゃ痛いけど頭を下げた。
 が、途中で「なにしてるんだ」と肩を起こされた。それもまた激痛だった。

「とにかく、起きてくれてよかった。忙しくなってきたし、このまま起きなかったらどうしようって思ってたから」

 困ったようにわずかに口角をあげたトランクスさんに、衝動的に土下座したくなったができなかった。
 肩を起こされた流れでそのまま寝かされたからだ。

「すみませんでした。大変なご迷惑を……ゴホッ」

 寝たままトランクスさんに目線を向ければ見下ろしてくる瞳とかち合う。

「俺は隣の部屋で作業していたから特に大変ってわけでも」
「ゴホンッ、隣にいたんですか?」
「うん。近くに誰かいないと危ないし」

 ああ、私よく床に転がってたって言ってたな。
 放置すると風邪は確かに悪化しますもんね。

「サーヤが起きるのを待ってたんですよ」

 ? 治るのを、ではなく?
 私は首を傾げ……られなかったが、表情で伝わったらしい。
 呆れたような顔をされたのは予想外だったが。

「……忘れてるでしょ」

 そんなこの4日? 記憶がない女に忘れてるでしょとか言われても……。
 逆に私が呆れた顔をしたわ。

 トランクスさんはため息をひとつ吐くと、なまぬるーい笑みを浮かべた。

「人造人間を倒した証拠を作ってたんですよ。話してたより早めに必要になりそうだったから」
「あ」

 あ――――――――!!??
 そうだね!? もうみんな生き返ってるんだからミスターサタンも生き返ってる可能性高いですね!?

「人に見られないようにって部屋に籠って作ってたら、『隣の部屋にいるならオレいなくてもいいじゃん』ってトーガに言われてしまって……完成はまだ先なんだけど骨組みまではできてる状態です」

 私は両手で顔を覆った。

「たいへん、申し訳ありませんでした……」

 居た堪れなさすぎて消えたくなった。

 下の世話をさせたことにショックを受けている場合ではない。
 さっさとミスターサタンの生存を確認しに行かなければ!
 なのに咳は出るし身体は痛いし、なぜこんな有様なのか。

「簡単に言えば、筋肉痛」

 トランクスさんに聞いたら、そんな答えが返ってきた。

 信じられない。
 筋肉痛ってこんな痛くなる!?

「めっちゃくちゃ痛いんですけど……本当に筋肉痛ですか。ゴホッ」

 懐疑的にトランクスさんを見れば、なんか……なんていうの? 残念な人を見るような表情をしていた。

「デンデさんにも見てもらったけど疲労だとしか言われなかったし」
「絶対筋肉痛じゃないですよゴホッゴホッ」
「でも治せないから後はもう鎮痛剤飲むしかない」
「ゴホッ……」

 デンデさんでも取れなかった痛みに効く鎮痛剤か……。
 有るならさっさと飲んだ方がいいのかもしれないと考えていると、トランクスさんがポンポンと優しく肩を叩いた。

「よく食べて動けば治りますよ」

 その理屈はサイヤ人なのよ。
 確かに半分はその血が流れてるけどさあ。
 現実から逃避したくて遠くを見たが、長ーい溜息が出たあとの咳で引き戻された。

「とりあえず昼飯まで休んでいてください。食べたら頑張ろう」

 返事をする間もなく上掛けを首まで被せられ、眼鏡も取られ、「なにかあったら呼んでください」とだけ言うとトランクスさんはさっさと部屋を出て行った。

 なにをがんばるんだ。そんで昼ごはんまでっていつよ……。

 時計を見たいが起き上がる動作自体が痛い。ゆっくりと身体を起こし、サイドボードに置かれていた眼鏡をゆっくりかけ、置時計を見る。
 ……んん? これ、違うな。時計じゃない。それっぽいデジタル表示だから時計だと思ったのに……。

 部屋をじっくり見まわすと一番奥のサイドボードに目覚まし時計っぽいものがあった。遠くて針が見えない。
 ひいひい言いながらベッドを降り、ゆっくり這いずって目的地近くのベッドにつくとすでに疲労困憊。
 さらにその時刻が間違いでなければお昼まであと一時間しかなくて、ベッドにすら上がれなかった私はその場に寝転んだ。

「サーヤ、調子はど――キャアーッ!!??」

 部屋に入って来たブルマさんが大声をあげた。
 私はびっくりして飛び起き……れなかったけど、隣の部屋からトランクスさんがやってきた。

「なんでアンタはいつも床に倒れてるのよ! 心臓に悪い!」

 ブルマさんに怒られてしまった。もっともだと思う。
 でも私も精一杯だったんだ……。

「すいませーん」と謝っているうちにトランクスさんによってベッドに連れ戻された私は、ブルマさんの横にあるものに目がいった。

 なんか大きいものがある――前世で見たぞ。むしろ使ってたやつに似てる。
 デカいメタルラックだ……。

 本体も気になるけど、乗っているものも気になる。リンゴ、サンドイッチ、でっかい鍋……。あ、お昼ご飯か。
 上から下へと順に視線を下ろしていく途中で目の前にトランクスさんが立った。
 見えない。自然に頭がよける前に丈が短いエプロンをつけられた。
 汚れないようにだろうけど、今までもこんな感じだったんだろうか。介護されている……。

 気がついたら太ももの上には小さなテーブルが置かれており、上にはサンドイッチが並んでいた。
 トランクスさんは慣れたように次々とテーブルの上に食べ物を乗せている。
 なんということでしょう。いつの間にか私のベッドが食事会場に。
 いや、多いわ。

「ゴホッ……あの、こんなにはちょっと……」

 濁したがちょっとどころじゃない。だってサンドイッチは顔ぐらいの大きさだ。
 それがドドンとテーブルの大部分を占領し、横にリンゴ、ソーセージが乗っている。
 これは……海賊王目指してるゴム人間が食べる量では? それか『血が足りねえ』って爆食いする某怪盗三世。

「なに言ってるの。サーヤは病み上がりなんだからこれよ」

 ブルマさんの人差し指はトランクスさんが持っている小さい器に向いている。

「なんですかそれ?」
「お粥よ。ずっと食べてたじゃないの」
「寝込んでからの記憶が曖昧らしいですよ」

「ああ、高熱だったもんね」とブルマさんは憐憫のまなざしを私に向けた。

「スープとリンゴはいいけど、他のは食べさせちゃだめよ」

 椅子を持ってきたトランクスさんにそう言って、ブルマさんは部屋を出て行ってしまった。

「一緒に食べないんですか? ゴホッ」
「母さんは研究室で食べてるはずです」
「研究室」
「地下の、宇宙船を置いてたところの隣ですよ」

 トランクスさんはベッドの近くに椅子を置き、メタルラックを引き寄せた。

「ポルンガに頼んで地球の状態を20年程前に戻したでしょう。そのおかげで食料や薬なんかの物資には当分困らなくなったけど、人間のほうが少なくて物があっても運べないし使える人がいないんですよね。なので今ロボットを増産してるんです」

 はあー、なるほど。

「あとほら、地下から助けるためにいろんなところを壊したじゃないですか。そのせいで燃料を運ぶラインが壊れて漏れだしたり、管理できなくなった施設が動いて火事になったりしてて、社員総出でそれらに対処している最中です」

 ……聞けば聞くほど寝込んでいる場合ではないような……。
 そして布を膝に広げているトランクスさんもここにいていいような人間ではないような……。
 もっといえばなんでそのお粥かき混ぜるの……?
 それ私のなんですけど……。

「今は雪でみんなこもってるけど、俺たちが助けてまわった人たちは人造人間がいなくなったって知ってる。暖かくなれば動き出すはずです。その前にサタンを英雄にしたいけど……はい、どうぞ」

 トランクスさんはかき混ぜていたお粥を手の甲に少量乗せ、そのあとにお粥の入った器を私のところに戻した。

 ……え……なに……?

 困惑している私に構わず、トランクスさんはサンドイッチを掴んだ。

「証拠は材料が足りなくて完成までに時間がかかりそうなんです。その間に一度サタンを探しに行きましょう。いなければ別の手を考えなきゃならないし」

 トランクスさんはそこまで言ってサンドイッチにかぶりついた。
 話より動作が気になって内容が耳からすり抜けていった気がしないでもないが――私もお粥に目を向けた。

 思ってた以上に白っぽい、いやベージュ?
 知ってるものと違うものに見えるんだけど、お粥って言ってたしなあ。
 ちょっと悩んだが口を付けることにした。

「……ウッ」
「! ……熱かった!?」

「おかしいな」とか言いながらトランクスさんはお粥をまた少量手の甲に乗せた。
 もしかして温度測ってたの? 私は幼児じゃないぞ!

「――大丈夫です。想像と違った味だったので」
「はあ」

 お粥っていうから米だと思ったら違ったんだもん!

 器を返してもらい、中身をまじまじと見た。

 このドロドロしたクッソ甘いものなんなんだろう……。
 もしかして全部ブルマさんが作ったものなのかな。

 もう一度食べてみた。
 ――うーん。いつぞやの魚のパイよりは食べられる味。

 ちらりとトランクスさんが食べているサンドイッチを見た。
 ぱっと見雑誌に載ってそうなレベルの代物に見える。

「これって全部ブルマさんが、作ってくれたんですか?」

 ちょうどサンドイッチを口に入れるところだったらしく、トランクスさんは「あ? んん」と食べながら頷いた。

 ブルマさん、やればできるんじゃんね……。

 お粥と比べると緑と赤色の断面なサンドイッチがたまらなくおいしそうに見えちゃうな。
 そうやって見てるうちに、もうサンドイッチがひとつ消えた。

 次のサンドイッチは間から茶色いものがはみ出ていた。
 あ、落ちた。
 ――フライドポテトだ……間違いない。
 フライドポテトって付け合わせではないのか。

「ゴホッ……それおいしいです?」

 頬袋を膨らませていたトランクスさんはしばらくモグモグした後で「普通です」と答えた。
 普通ってなんだろう。
 明らかに芋とパンしか見えないんだけど「普通」に美味しいって意味なんだろうか。
 口の中パッサパッサになりそう。
 まあ芋以外が挟まってるサンドイッチもたくさんあるけどさ……。たくさん……そう、たくさんある……。

 私の思いとは裏腹にトランクスさんは淡々とサンドイッチを食べ進めていく。

 ……あなた、出会った時はメタルラックの1割食べてたかなってレベルだったよね。
 今メタルラックの収納量的に、90%埋まってない?
 それ全部食べるって、明らかに食べる量大幅に増加しているじゃないの。
 確かに食えとは言ったけれども、想定外の短期間で悟空さんに近づいていってるじゃん。

 ……トーガとチルも将来的にこうなるのかなあ。
 二人分……かあ……。

 次々となくなっていくサンドイッチを見て、胃がきゅってなりそうなのを誤魔化すためにお粥を口に入れた。


音姫……商業施設トイレにある流水音がながれるやつ。
海賊王……100巻超えした漫画より。
某怪盗三世……ミートボールスパゲッティが有名な映画より。

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