115.母の味

第三部 魔人編

第一章 Happy Spring Day

115 母の味

 ことの発端は忘れ物したとかでいち早く食堂に戻ってきたヤムチャさんだった。

「チチさんいい歳だろ。いきなり死んだ息子が妙齢の女の子と子ども連れてきたら、心臓発作で死ぬんじゃないか~?」

 トーガもついていくというので三人で準備していた時にそんなことを言ってのけやがったのだ。
 悟飯さんが「まさか~」と笑っていたが、私は否定できなかった。

 だって過去で一緒に家に向かっただけでデート認定された記憶がまだ鮮やかだ。
 トーガはまだ背が小さいが、逆に私はこの間背が伸びた。
 確かにシルエット的には夫婦と子に間違われてもしょうがないかもしれない。

「つかぬことをお聞きしますが悟飯さん。今まで女性とお付き合いされたことは……?」

 ほら、一度でも彼女をチチさんに会わせていてくれればワンチャンいけるかなって。
 ビーデルさんにすでに出会ってくれてれば今後楽だなとか考えたりしたんだけど、悟飯さんはまず『お付き合い』という意味をいまいち理解してなかった。キョトンとしてた。

「サーヤちゃん、悟飯にお、お付き合いは、無理だと思っブハッ!!」

 ヤムチャさんにめっちゃくちゃ笑われた。
 こっちは笑い事じゃないんだよ。期待はしてなかったけどどうするんだよ。ショパナから前途多難じゃねーか。

「オツキアイってなに?」
「……えーと」

 傍らにいたトーガに聞かれた。
 幼い弟に質問されたらどう返すのが姉としての正解なのか。

「お付き合いってのは簡単に言えばお互いのことを深く教え合うことだ。相手の好きなところ、嫌なところがわかれば、一緒にいたいかそうじゃないかがわかるようになるからな」
「? わかったらそれで終わり?」
「一緒にいたかったら結婚して夫婦になればいいし、そうじゃなかったら離れればいいんだよ」
「ふーん?」

 私は今非常に驚いている。
 大まかだけど間違ってはいないことをヤムチャさんが言ったからだ。
 悟飯さんなんて「なるほど……」って真剣に聞いてる。

「なーに、かわいい子と会ったらとりあえずお付き合いしてくださいって言っとけばいいさ」

 ヤムチャさんはバチッとウインクした。

 ノリが軽っ。
 それはチャラ男の理屈では!?

「好きだからお付き合いするんじゃ」
「付き合う前にわかることなんて見た目が好みかどうかだろ? 好きかどうかなんて付き合ってみないとわかんなくない?」

 笑顔からちらりと見えるヤムチャさんの歯がまぶしい。
 しかし貴様、数打ちゃ当たるを素でいくクズだな?

「そんなんだから一生独り身なんですよ……」

 ぼそっと言えばヤムチャさんの顔はサッと青くなった。

「え……一生?」
「いたっ! 戻ってこないと思えば早速さぼりやがって!」

 呆然としていたヤムチャさんは額に青筋立てて走ってきた天津飯さんによって拘束され、引きずられていく。
 去り際のセリフは「オイッ! 本当なのかッ!? イヤだー!!」だった。

 昔は女の子が苦手な青年だったのに……。
 最初に付き合ったのが美少女ブルマさんだったのが悪かったのかな。
 逃した魚がでかすぎたんだよなあ。

 ひとまずトーガと悟飯さんにはお付き合いの話は概ね合っていたものの、お付き合いする人に関しては『絶対好きになった人とすること』と訂正しておいた。

 そうして肝心のチチさんだが、よくよく気配を探ってみるとなんだか狭いところにいるようなのだ。
 このまま瞬間移動するとスタックするかもしれないから飛んでいくことになったのだが、私は絶賛病み上がりである。
 とてもじゃないが〈西の都〉からチチさんの家まで身体は持たない。なので、悟飯さんとトーガが先行し家に近くなるくらい時間がたったら瞬間移動するということになったのだ。
 まあ時間通りに行ったら真冬の空ど真ん中で、私は直下に落ちていったんだけども。

 それからの今、外である。
 私たちは雪が降る真っ白な地面が美しい開けた場所にいた。

「サーヤ、それ飛べるか?」
「うーん……」

 トーガに言われて飛んでみるが、雪を伴った風に煽られてふらふらする。

「やっぱ担ぐか」

 グイッとお腹が締められたと思ったら想像以上に苦しくて、「グエッ無理!」と叫んだ。

「なんでこんなに着てくんだよー」

 そんなん私じゃなくてトランクスさんに言ってくれ。

 悟飯さんとトーガが先に移動していた時、聞きつけたトランクスさんが防寒具を手に戻ってきたのだ。
 そしてモッコモッコの着ぐるみ並みに着させられ、しゃがむことすらできない有様。
 ふと見た窓に映った自分の姿は顔の目のあたりだけあいていて、着ぐるみというより宇宙飛行士に近かった。

 転んだら飛ばずに起き上がれる自信はない。
 そう。このモコモコのせいでうまく飛べず空から落ちたのだ。


 断ったんだけど「また寝込むのは勘弁してほしいので」って真顔で言われたから逆らえなかった。
 まあね。更に寝込んでトランクスさんの手を煩わせるのは私としても避けたい。

「じゃあ俺が、いいかな。……身体あんまり曲がらないですね。どう持とう……」

 悟飯さんが私を持ち上げて言う。
 ズボンとコート重ね着してますからね。
 さらに一番上は分厚いスキーウエアみたいなやつ。
 腕も足も胴体もパンパンだから抱っこされてる感触がほぼない。

 ……この悟飯さんじゃない『悟飯』さんには前科がありますからね。
 薄い着衣だったら拒否していたことでしょう。
 その点ではこの格好でよかったなと思っている。なにも起こらなそうで。

 担ぐのもお姫様抱っこも苦しくて無理だったので、棒立ちで悟飯さんに抱えられ飛ぶことになった。
 抱え方が棒状の荷物を運ぶときと同じなので目の前は悟飯さんの上着だ。

 いざ空を飛び始めると風の音がすごい。他の音が聞こえない。
 ……ふと気づいた。
 『前』より安定感がある。
 『前』は浮遊感で気持ち悪くなってたのに、『今』はそこまででもない。

 ちょっとだけ、懐かしさを覚えながら脇から見える白い空を眺めた。

 + + + + + + + + + + + 

 悟飯さんとチチさんの家は過去で見た通り丸くて小さいお家だった。
 ここまで来るのに山の上を移動してきたがそちらは雪がたくさん積もっていた。でもここはそうでもないみたい。
 建物の上に薄っすらと雪がある程度だ。

 家には換気口や煙突があるが、どちらも雪か埃か白くなっている。

 ――チチさん、家にいないな。

「やっぱり俺にはわからない。サーヤさん、どこに」
「さん付けしなくていいです。サーヤと呼んでください。あと敬語もやめてください」
「えっ? は、はい……いや、うん」

 じっと見つめていると、困惑気ではあったものの悟飯さんは敬語をやめてくれた。
 よし。
 頷いた私は少しだけ浮いて周囲の探索を始める。

 サーヤさん――そう呼ばれて不覚にもドキッとしてしまった。
 低くなったものの、声の系統・・・・は変わってない。
 否応なく思い出してしまうのだ。『悟飯』さんを。
 もう会わないんだから極力、思い出さないようにしたい。

「どこまで行くんだよ。あんまり遠いなら悟飯さんに運んでもらえってー」
「うーん。下の方にいるみたいなんだけど」

 手で指示したほうは孫家の裏手。崖だ。

「家にいるんじゃなかったのかよ」
「家の気配なんかわかるわけないじゃん。だいたいの場所がそうだったの」

 トーガに文句言われたけど、無機物の気配はわかるわけがないのだ。
 過去でCCから孫家へ瞬間移動したことあるから大まかな位置がわかるだけで、細かな位置は気配がないと特定できない。

「ああ!!」

 後ろにいた悟飯さんがいきなり声を出したので振り向いたら天啓を得たみたいな顔してた。

「どーした悟飯さん」
「わかったかもしれない!」
「ぐえっ」

 悟飯さんは私の首根っこを掴むと引きずるように飛んだ。
 まってまってちぎれるちぎれる。服ちぎれる。

 さっき運ばれた時と雲泥の差だ。
 首は常に下を向き、手足は動かせない。
 安定性があるとか撤回する。めちゃくちゃ気持ち悪い。
 まるで旗にでもなった気分だ。
 せめてもの救いだったのが体感時間がジェットコースター一回分より短かったことかな。

 かなりの急斜面である崖を降りると、生い茂った草木に紛れて小屋があった。
 ……こんなところは過去でも来たことはない。
 原作で描かれていたかどうかも思い出せない。

「俺と母は人造人間が現れてから家とは違うところに避難していて、そこと家だけ今まで探してたんだ。ここはあまりに家に近いからいないと思ってたな……。母さん! 開けるよ!」

 悟飯さんが小屋を開けるとバキバキッという音とともに扉が外れた。
 中にチチさんはおらず、悟飯さんはきょろきょろとあたりを見回しているが、見つけることはできないようだ。

「たぶん奥の洞窟?かな。あそこにいるみたいです」
「洞窟? そんなものはなかったと思ったけど……」

 建物の影になっている部分に草が固まっている場所がある。
 冬によく見る深緑の上に白い枯れ草の塊が壁伝いに置いてあるのだ。
 ここは雪があまり降らないのか地面に雪はない。

 指差したところの塊を悟飯さんがざっと取り除けば人がひとり入れそうな横穴を見つけた。

「お母さん! いますか!? 悟飯です!! いたら返事を……がっ!?」

 洞穴に向かって悟飯さんが叫ぶが「ゴンッ!」とした音とともに途中で途切れ、はじき出されるように頭が後ろに傾いた。
 覗き込めば顔面が赤く染まり鼻血も流れているのが見えた。

「うわ痛そー」

 本当だー。
 トーガの声に同意する。

「なんだおめえ。今更なにしに来ただ」

 ずるずると洞穴から髪の長い人が出てきた。
 ゆっくり立ち上がると黒っぽい服を着ていることはわかったが、表情は髪に隠れてわからない。
 なんだろうあれ……。ひしゃげた……フライパンかな? よく似た形のものを手に持っている。

 これは……夜とかには絶対出会いたくないタイプ。

「おっおかあさん! 生きてたんだね! 家にいないから、もう会えないかと……!」

 悟飯さんは鼻血を出しながら泣き始めた。
 しかしチチさんであろう人はフライパンを悟飯さんの頭に押し付けながら憎々しげに言った。

「来るならなんでもっと早くに来なかった。子どもまでこさえて……!」
「え?」
「あ?」

 うん、トーガね! やっぱね!! 過去と同じ感じ!!
 私はあわてて間違いを正そうと声をあげた。

「違います。親子じゃな」
「女だったのかおめえ。子どもと嫁連れて最後に母親か。普通親のとこ先にくるもんでねえのか」

 おっと余計なことをしたみたいだ。
 フライパンでぐりぐりと執拗に悟飯さんの頭はえぐられている。

「いたっ! 痛いよ、おかあさ」

 あああ、悟飯さんの傷だらけの頭部に新たな傷が追加されてしまう。
 いやこれどうしよう。過去では誰がなにを言っても聞いてくれなかった。

 一回気絶とかさせたほうが良いのかな。
 そしてCCに運んで皆に会わせると。
 いいんじゃない? そうしよう。緊急事態だ。

「トーガ、ちょっと」
「やめろよ。悟飯さんの母さんなんだろ。ひどいことすんな」

 トーガにお願いしようとして顔を向けた先には誰もいなくて、首を戻せばトーガがチチさんの腕を掴んで止めていた。

 コラコラコラ、行動が速すぎるでしょ!

 トーガの背中をバシバシ叩くが振り向きもしない。
 上着のフードをひっ掴んだら「ううっ」って泣き声のような音が漏れ聞こえた。

「……ひどいのはどっちだ。オラはずっと待ってたんだぞ、悟飯ちゃんが天国に連れてってくれるのを。なのにこんな年になるまでこねえで、天国で嫁子こさえて……っ! あんまりでねえかあ……!!」

「うわああ」とチチさんはフライパンを落として泣き崩れた。

 我々天国の使者に思われている? なぜだ! 正反対な格好をしていると思うのだが!?

 そこでトーガがやっとこっちを振り返った。困惑気な表情をしている。
 困るよな。私も困っている。

 この興奮してる状態で説明して信じてもらえるか?

 あっまてよ。そういえば〈かばん〉に!

「な、なあ? 迎えには来たけどテンゴクには行かないぜ?」
「じゃあ地獄か! オラがなにしたっていうんだ!」
「ちがうってー」
「おかあさん! 俺生き返ったんだよ!」

 私はタオルを巻いて水着に着替えるのと同じ仕草で防寒具の一番下に身に着けている〈かばん〉を取り出した。

 くっそさっきのコンテナ手前に出てくる。入れなきゃよかった。あと上着邪魔!

「ううっ! うそつくでねえだ!! もうそんな期待なんてしてねえ!!」
「おかあさん、もう人造人間は皆いなくなったし俺もクリリンさんもピッコロさんも生き返ったんだ! 平和になったんだよ!」
「信じられねえ! ぜってえ夢だ! 覚めたらまた暗いとこなんだ……うあああ」

 あった! 過去でチチさんが作ってくれたちまき!! とっといてよかった!!

 私はちまきを掴めるだけギリギリ三つ取り出すと脱いだ上着の上に二つ置き、一つをチチさんに差し出した。
 チチさんに近づくと目がまんまるになっているのが髪の隙間から見える。
 次第にその目からぼとぼとと丸いしずくが落ちていく。

「うそだあ。中身は空なんだろ」

 私は無言でちまきの笹をめくり、チチさんの長い前髪を横に寄せた。

「ぐすっそういう夢を何遍もみてんだ。もうやめふぶっ」

 私はチチさんの口元にちまきをブチ当てた。
 チチさんは一瞬びくっと身体を揺らした後、動かなくなった。

「お、かあさん……?」

 悟飯さんが鼻をぬぐいながらチチさんに声をかける。
 するとチチさんはゆっくり動き出して、震える手でちまきを押さえた。
 程なくして「ふぐうっ」という泣き声と口に物を含む音が聞こえてきて、悟飯さんがチチさんの背中を摩った。

 悟飯さんが私の上着に目をやった。

「あれはちまき?」
「そうです」
「懐かしいな……おかあさん、もっと食べる? くれるかい」

 どうぞどうぞ。もとはチチさんのものだ。
 私は二つのちまきを悟飯さんに渡した。
 その最中さなか、トーガが無言でこちらを凝視していたのでまた〈かばん〉の中のちまきを探す。

 ついでに敷物を取り出した。
 地面は雪こそないものの霜が盛り上がっているところがある。
 敷物を二枚重ねて敷きその上に残りのちまきとお茶を置けば、ちょっとした休憩処に見えなくもない。

 さっそくトーガが座って歪な形のちまきに噛り付いた。
 悟飯さんはゆっくりチチさんを抱き上げて敷物の上に乗せ、長い髪をまとめてあげている。
 地面に落ちているさっきまで来ていた上着をバサバサとほこりをはらい、悟飯さんに渡せばチチさんの肩に掛けられた。

「悟飯さんもどうぞ。お昼そんなに食べてなかったでしょう」

 悟飯さんに向かってちまきを勧めつつ、温かいお茶をカップに注ぎ入れてそれぞれに渡す。

「……じゃあもらおうかな……ってトーガ、笹は食べないんだぞ」
「ささ?」
「包んでる葉っぱだよ」
「あー、食べにくいとは思ってた」

 いいよいいよトーガは骨も難なく食べるから。笹の葉も食物繊維ってことで腹の足しにしてくれ。

「ああ、おいしいな……うん」

 悟飯さんが一口食べて感心したようにしみじみと言う。

 そりゃあ美味しいでしょうとも。
 チチさんが作ったんだから。

 隣で食べているチチさんはもう二つ目だ。
 チチさんは無言で三つ食べ、お茶を飲み干すと呆然としていた。
 そしていつの間にかこっくりこっくり船を漕ぐように頭が揺れだし、悟飯さんが微笑みながら自分の身体にもたれかけさせた。

 ずいぶん苦労していたんだろう。
 髪はぼさぼさで細い手足は黒く汚れていた。
 食料、少なかったんだろうなあ。
 過去で見たチチさんより一回りほど小さく見える。

 私たちは眠ってしまったチチさんを見て、お茶を飲み終わった後帰ることにした。


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