117.場所と設備

第三部 魔人編

第一章 Happy Spring Day

117 場所と設備

 ふと目が覚めた。
 カーテン越しに入ってくる光は冬らしく弱い。
 私は手探りでベッド横のキャビネットに置いてある眼鏡を取った。
 のろのろと眼鏡をかければようやくはっきりした視界に変わる。
 周りを見れば誰一人としていない。
 あくびをしながら時計を見れば昼10時。

「じゅっ!? うわーッ!!」

 寝坊だ!

 やばいやばいと言いながら慌てて身なりを整えて走り出す。
 ありえない! 昨日は早めに寝たのに10時に起きるとか!!
 いつも双子が起きる音で目が覚めるのに!!

 外に出ればはらはらと雪が舞う冬の寒さが一気に顔を冷やすが、構わず出せる限りの速度を出して食堂に向かう。

「すみません! 寝坊しまし……」

 到着と同時に謝ろうとした。
 しかし、中央に立ってる人を見たらその後が続かなかった。

「おはよう」

 チチさんだった。
 私はびっくりして言葉が出なかった。
 だって、昨日の様子と全然違ったのだ。
 ブルマさんから借りたのかラフなトレーナーとジーパンという珍しい格好をしつつ、髪を一つにまとめていた。
 なにより驚いたのは顔だ。

 別人!?って思うくらい出会った時より表情が生き生きとしていた。

「もっ、もういいんですか!? 大丈夫ですか! 寝てなくても!」

 駆け寄ればチチさんは作業の手を止めて「大丈夫だ」と言う。

「昨日は悪かったなあ。変なこと言っちまって。人が来るなんて思ってなかったからよ。オラ気が動転して」
「いっいえいえっ! 気にしないでください! 元気になってよかったです!」

 チチさんに頭を下げられてなんだか無性にじっとしていられなくなった。
 まだ過去を引きずってるからなのか、なんか気持ち的に落ち着かない。

 頭を下げたチチさんは私の言葉が終わった後にゆっくり顔をあげた。
 そして今しがたしていたしおらしい態度とは打って変わってにっこりと笑った。

「そうか。じゃあ改めて今日からよろしくな。当分ここで世話になるからよ」
「よ、よろしくお願いします!!」

 テテテテーンテーンテッテレー! 私の頭の中では勝利のファンファーレが鳴り響いた。
 ヤッター! チチさんが住む!!
 これで毎食の戦に常勝できる!!

 心の中で小躍りしてたら鍋を両手で持ったチャオズさんがやってきて「遅かったな」って言われた。
 チャオズさんは持っていた寸胴鍋を外用コンロの上に置いた。

「チチと話したがここはかまどが足りない。もっと火力があるかまどをいくつか置かないと湯すら時間がかかる」
「そうさなあ。見せてもらったけど流し台も足りないべ。ここの調理室が動けばマシになるってブルマは言ってたけどよ」

 チチさんは首を横に振った。動かないって意味だろう。
 CCの調理室にさけるエネルギーがあるならそもそもここで調理してないのだ。
 当分動かないとみていいだろう。

 日中少しずつ作りためて〈かばん〉に収納して置き、食べるときに出せばいいかと思っていたんだけど、二人に話したらチチさんに渋い顔をされた。
 ずっと作ってなきゃならなくなるのは嫌らしい。
 チチさんとチャオズさんは大量の素材を最大火力で調理したいようだ。さすが中華料理を嗜む方々。

「昨日余るくらいは作ったがトランクスと悟飯とお前の弟妹で平らげた。日中に作り貯めるといっても、かまどと作業場所がなければ貯まらないぞ」

 チャオズさんは粉を空中でこね始めた。作業しながらも無表情で淡々と現実を語る。
 空中で作業できても火がないとそこで詰むからか。
 チチさんとチャオズさんが居れば無敵だと思ったけど、設備……。うーん。

 増やしようがないからこのままで頑張るしかないのでは。
 どう考えてもその答えしか頭に浮かばなかったが、チャオズさんが食堂と外をつなぐ扉を指差して言った。

「外に調理場を作るのはどうだ」
「んだな。そのほうがいい」

 チチさんも深く頷く。
 えー。わざわざ外? 横殴りの風が吹いてめちゃくちゃ寒いんですけど。

「ここじゃあだめなんですか?」
「ここに? さらに狭くなるだろう」

 うっそだろ。ここかなり広いんですけど、どれくらいの規模の代物を考えているんだろう。

「……外寒いし」
「食材が痛みにくいからいいべ」

 所詮しょせん冬ですからね!

「天幕張るのか?」
「木を組む方がいい」
「そんなら小屋か。棚が多いといいな」

 とんとん拍子に話は進み、私があんまり口を出すことなく外に調理場作ることが決定してしまった。

 宇宙船から遠くなるな……。
 などと考えていると、チャオズさんがすっと目の前に歩み寄ってきた。

「お前、このままでいいのか」

 いきなり抽象的な質問を投げかけられて返事できない私に構わず、チャオズさんはざっくりと切り込んだ。

「お前の弟妹、悟空くらい食べるようになるぞ」

 ウッ。チャオズさんに真顔で言われるとひるんでしまう。

「親も生き返らせるんだろう。その親はどうなんだ。片方はサイヤ人だろう。悟空ぐらい食べるのか」

 食べるわ。
 言われて思い出したけど、父さんはいつも火を焚いてなんか焼いてたわ。
 でもどのくらい食べてたのか把握してないな。怖っ。

「三人のサイヤ人を食わせていけるのか」

 チャオズさんは真顔を崩さず、あんまり考えてなかったところを的確に指摘した。
 確かに、双子に追加して生粋のサイヤ人の胃袋を満たすのは容易ではないだろう。
 最悪、各々肉魚獲ってきてもらって自分で焼いて食ってもらうしか思いつかない。

「お前はどんなものでも簡単に真っ二つにできるって聞いた。――それで解体はできないのか」

 〈壁〉のこと? 考えたこともなかった。
 目から鱗が落ちそうだったけど、できるか?
 ぶつ切りならできるけど解体か……。

「わからない、です」

 正直に答えたら「できたほうがいいぞ」と言ってチャオズさんは作業に戻ってしまった。

 変形自体はできる。というか間違った音程で歌ったら鏡餅くらいに平べったくできたからそれは今まで使ってた。
 それ以外だと半球形状しか出せない。
 教科書にはやり方は載ってなかったし、自在に変形なんてセーリヤではやってる人いなかった。
 母さんだってできなかったはずだ。見たことないだけかもしれないけど。

 ……大きい獲物を〈壁〉で解体できるようになれば時間短縮になるのはわかりきってる。
 ただそれを習得する時間とやる気があるかと聞かれたら、首を縦に振れないだけで。

「弟って昨日悟飯ちゃんと一緒に来た赤髪の子だろ? どおりで」

 昼食の準備をする流れになったため、〈かばん〉をあさっていると声をかけられた。

「朝たくさん食ってったから小さいころの悟飯ちゃん思い出しただよ。もう一人のよく似た子もよく食べたけど、そっか。悟空さとおんなじかあ」

 肉の塊に味付けをしているチチさんにしみじみと言われてしまった。どのくらい食べたんだろう……。

「父親含めて三人か……どれだけ金があっても食い物に消えるな。農家やらねえと食っていけねえんでねえか」
「そうかなあとは思ってました」

 チチさんは顔をあげて「うーん」と唸ると、少ししてこちらに向き直った。

「落ち着いたらうちの土地使うか? ほら、オラが隠れてたとこなんだけどよ」
「えっ、いいんですか?」
「ああ。広いし川が近いから水やりもそんなにいらねえ。ただし泥が多いんだけども。まあ力あるのが三人いればすぐ畑にできんだろ。家はうちの隣に建てればいいべし」

 とても魅力的なお誘いだ。お代は?と聞いたら「金持ってんのか?」と逆に聞き返された。
 持ってはいない。でも私は平和になったらブルマさんにねだって土地をもらう予定なのだ。
 そして家族でそこに住むという夢を抱いている。ご近所さんが孫家だととても頼もしいな……。
「考えておいてくれ」と言われたので候補の一つにしておこう。

 話をしているうちに「ただいまー」という元気な声が食堂に響き、昼の戦が始まった。

 + + + + + + + + + + + 

 朝寝坊した分、それからの一日は濃かった。

 まず昨日飛び出して行って今日帰ってきた天津飯さんは大変憔悴しきった顔をしていた。
 ランチさんの安否確認に行っていたらしい、と教えてくれたのはヤムチャさんだ。見つからなかったんだろうと添えて。
 私の記憶が正しければ、ランチさんは二重人格の女性だ。過去で会わなかったから力にはなれない。
 ドラゴンボールでの安否確認者がまた一人追加されたわけだ。

 樹海にでも身を投じそうな天津飯さんに対して、小屋を建てたいと言ったのはチャオズさんだった。
 曰く、「天さんは考えすぎるから動かしたほうがいい」のだそうだ。
 チャオズさんに頼まれた天津飯さんは死んだ顔で飛んでいった。

 様子が様子だったからかなり時間がかかるんじゃないかと思ったけど、いやー、びっくり。
 昼食を食べ終わった後、手伝ったほうがいいかなーって外に出たら柱がデンと立っており、数時間後には小屋が建った。
 外は雪なのにだ。

 天津飯さんとチャオズさんだけではなく、途中からクリリンさんやヤムチャさんも手伝ったらしい。にしても早い。
 こんなに早いなら使われている木はそこら辺に生えていたものなんじゃないか?
 チラッと『乾かさなくていいのだろうか』なんて思ったけど、周りの枝を切り取る時に軽く炙っていたらしい。
 というかそんな厳密に建てるつもりは最初からなく、そもそも長く使うことを想定していないと後で知った。

 とりあえず外観はなんとかなったので、次は皆で中に作るかまどの材料を採りに行っている。
 皆ってブルマさんと従業員の方々は言わずもがな、私にトランクスさんとチル、そしてチチさん以外だ。
 クリリンさんとかノリがキャンプなんだよな。ちょいちょい帰ってくるチルはその都度羨ましそうに見てた。
 小屋を作るためにブルマさんは皆を呼んだわけではないと思うんだけどなあ。

「サーヤ、ちょっと」

 夕飯の準備をしているときにトランクスさんに呼び出された。
 手に持っていた食材をチチさんが見えるように置くと、軽く謝って食堂を抜けだした。
 廊下に出ると目が合ったトランクスさんが頭をくいっと向こう側に示す。
 その方向に向かえば、着いた先はお馴染みの作業部屋だった。

「明日あたりサタンを探しに行きたいんですが」
「えっ明日!?」

 扉が閉まるなり唐突に言われた。

「ダメですか?」
「ダメじゃないですけど、いきなりですね!?」
「前にも言ったと思ったけど」

 そういえば人造人間の証拠アレが出来上がる前に一回ミスターサタン確認しに行くって言ってた気がする。
 でもいつ言われたか思い出せなかったので黙った。

「サタンの気配はわかりましたか?」
「あー」
「もしかして、探してな「わかります! 大丈夫! あっちの方角にそれっぽい気配があります!」

 疑わしい視線を投げかけられたがその通りである。
 でもほら、ちゃんと居たし!

「北東か……」
「結構人が多いところにいますね」

 トランクスさんは机に向かった。手招きされて歩み寄れば、指がパソコンのような端末に当てられる。
 映っているのは世界地図だった。

「ここがCC。畑、亀ハウス、悟飯さんの家。CCから北で人が集まっているところはこことここ。東よりだと……」

  ほうほう、なるほど。説明されると位置関係がはっきりする。

「ここから北東となると、少し外れて大きい地下街があったはず。その周りに人が住み着いてるけど、そこらへんですか」
「えーと……」

 指示された方角を向いてみるが気配が小さくなり途切れた。

「あれ? 寝ちゃったみたいです」
「寝た? ……場所は」
「たぶんこのあたりだと思うんですが、近くに行かないとわからないですね」

 大まかな場所を大きく円を描くように指でなぞる。
 トランクスさんはその円の中の一点を指差した。

「ここら辺で一番人が多いところはここです。それ以外は小規模な集落が近くにいくつか」
「へー」

 そこらへんの地理については過去でも触れられなかったので全くわからない。
 トランクスさんは私の方に顔を向けて問いかけてきた。

「明日はサタンの状態確認のみだけど……見つけたら、どうしますか? 英雄にするならアレができ次第いつでもできるけど」

 『アレ』の部分で視線を別に向けたトランクスさんにつられ、視線を寄せると端子が出ている機械の塊が見えた。

 うーん。
 私は腕を組んで唸った。

 ミスターサタン、わりと手段を問わないやり方をする人だったはず。
 CC関与で英雄になってしまうと、後が大変にならないかな?

 もし魔人ブウが復活したら……というか、それ以外でもCCを頼ってきそう……。
 そんなの絶対知ってる未来にならないしブルマさんとトランクスさんに迷惑がかかるかも。

 非常に困る。
 できる限りこちらを認識されないままことを進めたい。

「私が知っている未来ではミスターサタンとCCの人たちは知り合いでもなんでもないので、できればこちらの姿は隠しておきたいです。そういう感じにできますか?」
「隠す……。じゃあウチが協力したっていう話は」
「それは最終手段にしましょう。どうしても英雄にできなければCCの名前を借りたいと思います」

 CCは今世界で一番力がある企業だ。一度ひとたび縁ができたらそれこそ無茶振りさせられそう。
 ミスターサタンの性格上、目的のためだったらいろいろやらかしそうだから、現時点でCCを巻き込みたくない。
 そして私も巻き込まれたくない。

 トランクスさんは思案気に視線を伏せた後、少し経ってから顔をこちらに向けた。

「……わかった。正体を隠して接触する方法は考えておきます。まずは明日、早朝に行ってみましょう」
「何時出発ですか?」
「4時かな」
「よ……」

 それ朝違いますよ。冬だから夜だよ。準備考えたら3時起床じゃん!
 この意識を取り戻してからの怒涛の日常にさらに負荷をかけろと!?

 絶句してたらトランクスさんが私を見て目を細めた。

「俺が先に行くのでサーヤは後から瞬間移動してください」

 私はホッと胸をなでおろした。

「じゃあ何時に合流すればいいですかね」
「うーん、4時半くらいかな」
「あんま変わんないじゃないですか! ミスターサタン起きてないと思いますけど」

 もっと慈悲をくださいよ。
 ただ確認しに行くだけなんだからそんなに早くなくてもいいと思うの。

「移動も含めると一番人目につかない時間なんですよ。……起きられますよね」

 無慈悲だった。
 しかもトランクスさんはちょっと意地悪そうに口角をあげながら言ったのだ。
 今日思いっきり寝坊したことを揶揄からかってるなこれは。

「おっ、起きますよ……!」

 その後トランクスさんの部屋を後にした私は、唸りながら食堂へ向かった。


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