第三部 魔人編
第一章 Happy Spring Day
118 昼起きは三文より大分損
3時半起きか……。逆算すると……あー考えたくない。絶対眠れない。
憂鬱になりながら食堂に足を踏み入れたとき、変なことが起こった。
そこにいた全員が一斉に私を見たのだ。
ちょっと引いた。
目を向けると、CCの従業員たちはみんな明後日の方向を向く。
ヤムチャさんは私を見るなり大きく溜息をつき、クリリンさんはやけに大きな声で喋っていた。
変な空気感だったからスルーしてチチさんのところへ向かったら、チチさんの奥でトーガがいるのが見えた。刃物を研いでいる。
私は「すみません、放り出して」とチチさんに声をかけた。
「あ、サーヤ。も、もういいのか?」
なんだかちょっと挙動不審だ。笑顔もぎこちない。
「はい……?」
「もう少しゆっくりしても大丈夫だったぞ!」
「はあ」
チチさんの手が落ち着きなく食材をさまよっている。
過去で見た洗練された動きと比べると雲泥過ぎてものすごく怪しい。
「……なんかありました?」
聞けば「なにがだ?」と返されてしまったので、なんの解決にもならず「なんでもないです」としか言えなかった。
「トランクスなんだって?」
宇宙船で手を洗って出てくると、床に座り込んでナイフを研いでいたトーガに話しかけられた。
トーガにトランクスさんと話してくるって言ったっけ? ……まあいいか。
「明日の朝出かけるからって話だった」
「どこ? 地下街?」
「わかんない。北東の町?」
「ふーん」
会話しながら無意識に〈かばん〉を開ける。
まだ残ってる食材あったっけ……あっ、それよりも明日朝いないって言っておかなければ。
「一緒に行ってくるから」
「何時?」
「4時半」
「朝の!? 早くね? 暗いだろまだ」
トーガがナイフから顔をあげた。
だよなあ。
私は〈かばん〉の中の料理の在庫を確認しながら頷いた。
「一番人目につかない時間なんだって」
「? なにしに行くんだ?」
なにしにって、言ってもいいのかな。
人捜してくるだけだからいいか?
「そっそういうのは、断らなきゃだめだべ!」
悩んで少しの間黙ってたら、大きい声が近くから聞こえてびっくりして〈かばん〉落としそうになった。
顔をあげると、包丁持って怒った顔をしているチチさんと、過去でよく見た眼光鋭い顔をしたヤムチャさん、その二人の後ろに困った顔をしたクリリンさんがいた。
「人目を気にして行く場所になんて、ついて行ったらだめだ! おめえは女の子なんだぞ!?」
「そうだ! 嫌なときは言わないと! 男は調子に乗るからな!」
なんのこっちゃねん。
チチさんとヤムチャさん2人の迫力に押された私の口は半開きになった。
「二人とも落ち着いて、トランクスはそんなことしないって」
クリリンさんが二人をなだめようとしているが、声が小さくて全く頼りにならなそう。
「わかんないだろそんなの! 弱みとか握ってるかもしれないじゃないか!」
「いやまさかそんな」
「弱み……金か!? なくても土地やるって言ったべ!! 大飯ぐらい食わせていけるくらいおめえにやるって!!」
「なっ、金!? それは良くないぞ! 確かにトランクスは金持ちの息子だけど!」
「それこそないと思うけどなあ……」とクリリンさんが額に汗をかきながら言うが、二人に睨まれて縮こまってしまった。
やっぱり頼りにならなかった。
勝手に白熱していく二人の会話に口を挟めず黙っていたのがいけなかったのだろうか。
私の沈黙を肯定だとでも思っているかのような話の展開に理解がまず追い付かない。
「まだ暗い時にこっそり会うだなんて、不健全だべ!!」
「そうだぞ! 朝4時に呼び出すなんて、明らかに俺たちが寝てるときを狙ってる。くそっ、そんなヤツだったとは……!」
すでに私の口は最大限に開いていた。
え、ええと。今何を言われたのかな?
朝4時に人目がないからと呼び出すトランクスさんと金目当てで付き合っている私……で、合ってる?
――あっりえねー。
開いた口が塞がらない。
トランクスさんがわざわざ金払って私をってのがもう無いわ。天地ひっくり返ってもない。
手遅れ的な感じで好き勝手に言われたけど普通に勘違いだし失礼じゃない?
正直、気分が悪くなりました。
「えー、なにか勘違いされてると思うんですけど……」
そんなわけないでしょって大声で叫びたいけど、そんなことしたら皆の鼓膜破けちゃうからね。
穏便に、冷静に、それでもって確実に否定しよう。
「サーヤ、カネでトランクスとオツキアイしてんの……?」
弟のぱっちり開いた目の中の瞳が、軽蔑でも映しとったかのようにレモン色になるのを見た瞬間、私は叫んだ。
「そんなわけないでしょ!!」
なんて勘違いを!
トランクスさんの耳には絶対入れたくない言葉だ!
「カネなしでオツキアイしてんの?」
首をかしげて見上げてくるトーガは上目遣いでかわいい。
しかし言ってる内容が腹立たしい。
「してない!! なんでそうなる!!」
「だって皆が『ツキアッテル』っていうからさあ~」
皆って誰だ! ここにいる2人か! それとも3人か!!
元凶を睨めば、3人は耳を押さえて唸っていた。
「お前は姉より最近知り合ったばかりの大人を信じるのか!」
3人を指して問えば、トーガはぬけぬけと「だって仲いいのはホントじゃん」と言い返してきた。
「よくないっつってんじゃん! 百歩譲って仲良くてもお付き合いはしてない! お付き合いは好きな人同士でするものだって言ってるでしょ!」
「だってヤムチャさんが好きじゃなくてもオツキアイするって言ってた! 男と女だったらフツーだって!」
私はヤムチャさんを睨んだがそのクズはまだ耳を押さえている。
「あのなあ、好きじゃない人とお付き合いできる人の話なんか真に受けるな! どうせ男と女一緒にいたら全部付き合ってるって言うんだから! 考え方が古いの!」
言い切れば「ぐぅ……!」といううめき声がどこからか聞こえた。
「じゃあなんでトランクスはサーヤにひっついてんだよ。熱だしてからずっとじゃん。――別にオツキアイはどーでもいいけど、皆うるせーんだよ! サーヤとトランクスはツキアッテルのかーとか、コイビト同士なのかーとか。違うっていっても信じてくれないんだぜ? トランクスに聞いたら笑われるし、サーヤは怒るし、もーヤダッ!」
トーガはうんざりとでも言いたげに顔をゆがめた。
というかトランクスさんに聞いたのか。笑われたってバカらしくて笑ったんじゃない?
なんだか一気に冷静になった私は深く呼吸して辺りを見た。
さっきまでいたはずの従業員たちはいつのまにかいなくなっていた。外に出たんだろう。
顔が死んでるほど忙しいと思ってたがそんなことを子どもに聞くなんてよっほど暇らしい。
「トランクスさんが私に引っ付いてるのはな、人探しのためだよ」
「んあ?」とトーガの口から音が漏れた。
「これからの地球の平和がその人にかかってんの。探し出せないと平和にならないの。探し出せるの過去で気配覚えてきた私しかいないんだわ。それにその人が死んでたら生き返らせなきゃだけど、ナメック星にだって私しか行けないし? 私に何かあったらイロイロまずいから、トランクスさんは異常に過保護になってんだと思うよ」
トーガはよくわかってないように目を瞬かせぼそっと言った。
「瞬間移動でさっさと行けばいいじゃん……」
「見つかったらだめなんだよ」
顔を覚えられたらダメなのだと伝えれば、トーガは呆れたように「はああ?」と口を大きく開けた。
その声が消えたころ、食堂の勝手口からチャオズさんと天津飯さん、悟飯さんが入ってきた。
チャオズさんはいち早くすすっとこちらに近づいてきて淡々と告げた。
「お前、声大きい。外で5人倒れてたからブルマのところに運んでおいた」
「すみませんすみません、ありがとうございます」
外からやってきたチャオズさんが言うくらいだ。よほど大きい声が出てしまったんだろう。
そして外に出た人たちを運ばせてしまうとは! 手間をかけさせてしまった……。
恐縮して身が縮こまる。
「小さい身体でずいぶん大きな声を出すんだな。しかし普通の人間のことを考えなくてはいけないぞ」
「すいません……」
目の下に隈がある天津飯さんにも頭を下げた。
ごもっともなんだけど、元々はその人たちとヤムチャさんたちが悪いと思う。
私だけ頭を下げているのが9割納得いかないが過剰反応だったんだろうか……。
いやでもトランクスさんと援助交際してるだろって言われたらブチ切れるでしょ……。
「サーヤ、ブルマさんが後で話があるって言ってたよ」
悟飯さんに至っては伝言であった。
明らかに従業員の鼓膜を破ったことに対しての説教だ!
「……大丈夫! 怒ってはいなかったから!」
考えが表情に出ていたらしく、悟飯さんに励まされてしまったが『怒ってはいなかった』ってところが引っかかる。
……呆れたのかな。説教は免れなさそう。
「……それで、お前たちはなにをしているんだ?」
「?」
「え?」
「ん??」
「お前たちはなにをしているんだ」
「はあ?」
「わかんねえ」
「なんて?」
「……」
もとから食堂にいた三人――チチさんとヤムチャさんとクリリンさんに天津飯さんが声をかけるが三人とも明瞭な返事をしない。
悟飯さんも「おーい」とか声をかけるが、チチさんとヤムチャさんは耳の遠いお年寄りのように耳の横に手を立てているだけで聞こえていないようだ。
「悟飯ちゃんなんだ? なんて言ってるだ?」
「なに? なんだって?」
「耳がキーンってあんまり聞こえないな……ふさいだのに……」
クリリンさんが眉をひそめながら耳をトントン叩いている。
「トーガは平気なの?」
「イーってなるけど痛くないし聞こえる」
「もう慣れちゃったの……」
まるで些細なことのようにトーガは平然としている。
丈夫な耳に育ったなあ。……トーガを止める手段が一つ減ったということだ。ちょっと困る。
なんてのんきなことを考えてたらじっと見つめてくる視線に気づいた。
……真顔で私を見てくるチャオズさんが怖い。天津飯さんにさえもじっと見られていたたまれない。悟飯さんに至っては泣きそうな顔になっている。
私は〈かばん〉の中からソタ豆を三つ取り出した。
「サーヤはトランクスとほんとに付き合ってねえのか?」
「ないですね」
「本当の本当にっ!?」
「命かけてもいいですね」
ソタ豆を食べたチチさんに神妙な顔で問われ答えれば、ヤムチャさんが身を乗り出して割り込んで来たので深く頷く。
「……そっか……」
なんかヤムチャさんがぼんやりしながら俯いたけど、そのあとなにも言わなくなったので私はほっと息を吐いた。
正直、この世界のヤムチャさんはウザすぎた。
チェンジできてたら即過去のヤムチャさんにしてたね。
「サーヤー! かまどできたんだってよ! 見に行こうぜ!」
どうやらチャオズさんたちがやってきたのは元々かまどが完成したと知らせるためだったらしい。
トーガについて外に出ると香ばしい匂いが漂っていた。小屋の屋根から生えた煙突からは煙がもくもく立っている。
中に入ると特有の熱気に目がしぱしぱした。
「こっちは窯だ。平らなところで湯も沸かせるが、まだ使わないでくれ。いま乾かしている途中なんだ」
かまどは等間隔に6つ並んでいて3つずつ形状が異なっていた。
天津飯さんが言う通り、3つは窯……オーブンのような形状で手前の天井が平べったい。
まだ濃い色をしている焚口からは煌々としたオレンジ色がもれ出ている。
しっかし、冬なのにじっとりと汗をかいてきた。
これかまど6つもいる? よく6つも作ったなと称賛するべき?
1日で小屋とかまどができるとは思ってなかったけどさあ。
「なんとか使えそうでねえか。よかったよかった。これなら間に合うな」
「お母さん、手伝うよ」
「天さん、材料を出していってほしい」
「わかった」
高火力の熱源を得たチャオズさんとチチさんは、本領発揮とばかりに作業を始めた。
火は燃え上がり、中華鍋がぶつかる音が響き始める。
ついぼんやり作業を見てしまったが、そんな暇はないんだった!
「トーガ行くよ! 米食べるんでしょ!」
「あ、おう!」
慌てて宇宙船に戻ると、トーガが慣れたように米を取り出して炊き始めた。
湯を沸かしつつ〈かばん〉の中や食糧庫から目についたものを取り出す。
向こうのかまどのように火力こそないけど、こっちは中華料理みたいに火が命的な料理はあんまり作らない。
できる範囲でがんばろう。
とか思いながら作業してたのに、トーガがこっちを見てまた変なこと言った。
「タマノコシって何?」
私は手を布巾で拭ってトーガの両肩に置いた。
「それ、ブルマさんとトランクスさんに言うなよ」
「なんで?」
「言われて嬉しいことじゃないから。言ったヤツ誰。ヤムチャさんか?」
「知らないやつ」とトーガは言った。
CCの従業員か。マジでろくな事言わねえな!
「……もしかして皆チルにもそういうこと聞いてるの?」
チルは一人でたくさんの人を抱えて飛び回ってる。
つまりトーガより下世話な話を聞かされることがあるんじゃないか。
そう思ったがトーガは「ねーよ」と吐き捨てるように言った。
「チルには話しかけねーんだぜ? みんなオレにばっか言ってくんの! ホントうるせー」
トーガは嫌そうにぶちぶち言いながらざくざく芋を切っている。
チルもトーガと同じ状況だったら、トランクスさんに殴りこんでチルと一緒に行動させてもらおうかと思っていたのに。
「あーあ、さっさとブルマさんとトランクスだけになんねーかな。悟飯さんたちはいてもいいけどー」
溜息を吐きながらトーガは言った。
あんまり他人についてなにか言う弟ではなかったけれど、そんなことを言い出すなんてよっぽどなんだなって思った。
私は特に何も言われない……というか寄ってくる従業員がいない。
その違いはなんなんだ?
トーガにだけ言っていくっていうけど、そもそもトーガは日中CCにいないし。
我々居候であるからして手も出せないし、口を出しても下っ端が聞くとは思わないし。
無視が一番かな。
軽く言い聞かせて夜は深まった。
