第三部 魔人編
第一章 Happy Spring Day
120 避難所
地球にやってきたとき、トランクスさんは剣を向けた。
未来を知ってるって自称する胡散臭い異星人である私に。
至極当たり前な反応だったと思う。
だから仲良くなろうとは思わなかった。
信じてくれるだけでいいと思っていたのだ。
だけどトランクスさんは仲間だと言ってくれた。
家族だと、妹だと言ってもらえた。
それだけで、ここで生きていてもいいよと。
このDBの世界に本当の意味で、受け入れてもらえたような気がしたのだ。
私は第三者から見たら引くだろうなってレベルで泣いた。
顔面どころか巻いてたマフラーがびちゃびちゃになるくらい泣いて、しばらくすると「ぐーっ」と下の方から音が鳴った。
明らかな空腹の訴えは自分のお腹。
それでも涙は止まらず、そのまま朝食を食べるという事態になった。
号泣だったから鼻も詰まり、大変な苦行と化した朝食だったが数回咀嚼したら流石に涙は止まった。
それから街中まで歩いていくことになった。
もちろん、私たちの間に会話は無い。
トランクスさんは少し前を歩き、私はその後ろをついて行く。
泣いた分だけ心が軽くなった気がしたけど、気まずさで雰囲気は重い。
雪を踏むサクサクとした音だけ響かせながら歩いた。
近づくにつれ人の気配が格段に多くなってくる。
どうも避難所のようだとトランクスさんは言った。
さらに近づけば、まるで祭りでもあるかのように人がごった返していた。
避難所とされる建物も大きく、中に入っていくには少し骨が折れそうだ。
「……どう、ですか。いる……?」
トランクスさんに聞かれ、少し離れた建物越しに気配を探る。
どうやら建物内は動く人が集まっている場所と、動かない人が並んでいるところで分けられているようだ。
ミスターサタンは動かない人のほうにいる。
起きてはいるようだが、気配が過去より小さい。弱っているのかもしれない。
避難所を指差して頷くとトランクスさんは神妙に顎を引いた。
「……行ってみましょう」
トランクスさんは歩き出し、私はその後をついて行った。
「CCですが、うちの機材を見せてもらってもいいでしょうか。――ええ、医療用のロボットも――」
トランクスさんは社員証みたいなのを片手に避難所の人と率先して話し始めた。
いくつかやり取りするとすんなり中に通される。
それほど詮索されず入ることができたのには驚いたが、もっと驚いたのは営業用っぽく微かに口角を上げつつそれらしいことを言ってのけたトランクスさんである。
そういうこともできたんだね。
中に入り、キョロキョロしたいのを我慢してトランクスさんについて行く。
動き回る人が多い場所では危うくはぐれそうになったが、気配をたどってなんとか追いついた。
「場所を確認してきてもらえますか。俺は仕事をするから……」
小さな声で言われ頷く。
二手に分かれたあと、ゆっくり歩きながら目的の場所を目指す。
四角い部屋に均等に並べられている人々は、身体の至る所に包帯を巻かれていた。
中には腕や脚がない人もいた。
遠目に見つつ、気配のする方向へ歩く。
早くしないとまた眠ってしまうかもしれない。ここに来るまでですでに一度気配が途切れたことがあったから。
弱くなっていく気配に焦りながら足を動かせばすぐに目的地の手前にたどり着いた。
わかりやすい髪型でよかったのか悪かったのか。
近くまで行かなくても誰がミスターサタンなのかすぐにわかってしまった。
ミスターサタンは、端的に言えば腕も足も失っていなかった。
しかし、全身が包帯でぐるぐる巻きになっている。
かなり重傷なのか他の人より腕や口から出ている管が多い。
――近くにビーデルさんがいるかと期待したけど、いないみたいだ。
過去だとビーデルさんはとてもわかりやすい気配をしていて、遠く離れていても居場所がわかったのに。
『この世界』では捉えられるほどの気配が見つからない。
ミスターサタンに近づけば気配が強くなるかと思ったけどそんなことはなかった。
「その様子だと厳しかったみたいですね」
戻ってきた私にトランクスさんは視線だけ寄こす。
トランクスさんはロボットを組み立ている作業中だったようだ。
「飲食はできそうだった?」
私は首を横に振った。
口が開いてたら周りを見計らってすでにソタ豆を入れている。
しかしミスターサタンの口には管が入っており、周りは包帯で巻かれていた。
「……どうしても、その人じゃないとダメなんですね?」
疲れがにじみ出るような声で念を押されたが、力いっぱい頷いて肯定する。
実際見た後だと、ちょっと無理かなって思い始めてるけども。
「わかった。じゃあ人が来ないか注意していてください」
トランクスさんはそう言うなり筒に入った緑色の液体を取り出した。
筒をロボットの内部、しかも結構奥に設置すると、隠すように板を手前にネジで止める。
その作業中には周りに人はいなかったけれど、少ししてから人が増えてきた。
「あら、新しい看護ロボットですか?」
いきなり白い上着を羽織りマスクをした人に声をかけられた。
「――そうです。他のロボットより力がありますから、動けない重症者の看護に役立つと思いますよ」
トランクスさんが看護師さんと話している間、心臓ばくばくしていた。たまに横切る人がいたけど、話しかけられるのはこれが初めてだったからである。
「ありがたいわ! 全然人が足りなくて困っていたんですよ!」
「ここの担当医師はどこですか? 説明に行きたいんですが」
看護師さんは喜んで医者の場所を教えてくれた。
「完成したら伺います」と言ったあとは、スキップしそうなくらい歩幅を広くして歩いて行った。
その後完成したロボットを動作確認がてら起動しつつ医者のところまで歩いていくと、まあ絡まれる絡まれる。
一人一人が「やったー!」とか「今日から!?」とか「1台だけ!?」とか短い言葉だけれど声をかけていくのだ。
最終的に医者の所にたどり着いたトランクスさんはハゲのおっさんにハグされてた。
説明を終え壊れている機器を回収し、「また明日きます」と笑顔で返したトランクスさんをみて驚愕したのは私である。
CCの支店に戻る道すがら、人の気配がまばらになったところで私は前を歩くトランクスさんの上着を思いっきり掴んだ。
「あのっ!」
立ち止まったトランクスさんは私にバッと顔を向けた。
「明日も4時ですか!?」
一瞬止まったトランクスさんは目をぱちぱちと瞬かせた後、微かに口を曲げ、堪えきれないといった風に明後日の方向を向き「ハッ!」とふき出して笑った。
「まともに喋ったと思ったらそれ?」
「や、だって……声聞かれたらダメかと思って……それより明日も4時半なんですか!?」
本当は朝のが気まずくて話さなかっただけなんだけど、それは今どうでもいい。
重要なのは明日も4時半に出かけるのか否かだ。
「明日は……」
口角が上がったままの声でトランクスさんは続けようとするが、いきなり何の前触れもなく私の腰を掴んだ。
かと思ったら一足飛びに建物まで飛び、壁に私を押し付けた。顔を壁側に向けてだ!
「いっ」
痛い、と言おうとしたその瞬間にパンパンと乾いた銃声が鳴り、バキッゴキッという音とうめき声が続いた。
市街地でいきなりの銃撃戦!? ヒエエ!
気づけばトランクスさんは近くにおらず、離れたところにいるではないか。
地面に転がってるのは3人。気配は弱弱しくなっていた。
そこまでわかると落ち着いてきて、自分のいるところが細い路地だということに気がつく。
音がしなくなったから壁から身体を離し、路地からそろっと頭を出した。
「いいって言うまで出てきちゃダメだ」
「わっ!!」
びっくりした! 離れてると思ったのに目の前にいるんだもの!
驚いて後ろに飛びのいてしまった。
トランクスさんはそんな私に構わず、先に行こうとする。
「もう大丈夫だから行こう」
「え、ちょっと! あの人たちはどうするんですか!」
三人がいる方を指さすと、不思議そうな顔をされた。
「どうもしないけど……ああ、止めをさせってことですか?」
「なに言ってんですか!? 違いますよ、避難所とかに運んだ方がいいと思うんですけど!」
人として真っ当なことを言ったと思うんだけど、たちまち呆れた顔をされてしまった。
「あいつらはサーヤを撃ってきたんですよ?」
「えっ、私? なぜ?」
「女子供は狙われやすいんです。それなのに避難所って。明日も行くのに」
「だってもったいないじゃないですか。生き返らせた人なのかもしれないのに。あと明日死体見たくないです」
狙われてたのは知らなかった。でも生きてるじゃないか。
死んだならしょうがないけど、ポルンガからあんなに時間かけて勝ち取った人類よ? 簡単に減らすことに抵抗はないのかと逆に聞きたい。
それにこのまま死んだら明日死体の横を歩いて避難所に行くことになるんでしょ。シンプルに嫌。
トランクスさんは腰に手を当てて「はあー」とこれ見よがしに溜息をついた。
考えていることわかるぞ。めんどくさい、そうでしょ。
「じゃあ、どこか…………」
トランクスさんは言いかけて止まった。
そして逡巡するように地面を見つめたかと思ったら「わかった。連れて行きましょう」と言ってスタスタ歩いて行ってしまった。
トランクスさんは地面に転がってる三人の前につくと、どこからか出したロープでまず三人を縛った。そして三人を背中合わせにし、胴の部分をつなぐと、あろうことか肩に担いだ。
つい呆然と見上げてしまった。
まるで祭りの神輿を一人で担いでる人みたいだ……。
すごいんだろうけど……なんでかな。馬鹿じゃないかなって思ってしまった。
あっけにとられているうちに、トランクスさんはのしのしと支店のほうに歩いて行った。
どうやら避難所には行かないらしい。
支店につくと、地下の階段を下りて行った。
黙ってついて来てなんだけど、その三人どうするんだろう。地下って実験とかしてそうなイメージがあるんだよな……。
CCの研究所も地下だし。
その予想は外れてなくて、神輿だった三人はまとめて個室にぶち込まれた。その後縛られた三人を放置したままトランクスさんは階段を登っていき、帰ってくる頃には毛布などを大量に抱えていた。
「ソタ豆三つください」と言うのでその通りに渡すと、トランクスさんは大量の毛布と共に個室に入っていき、しばらく出てこなかった。
時折バキバキッというなにかが折れる音とか、叫ぶ声とかが聞こえてくるのが怖い。
一応ランタンを一つ置いていってくれたのだが、機材が転がった暗い部屋に取り残されるというのは完全なホラーゲームの導入である。
きっと怖いのはおばけじゃなくて人間の方みたいな展開のヤツだ。
出てきたトランクスさん血まみれだったら怖すぎて漏らすかもしれない……。
音が聞こえなくなって少ししてから、扉が「キイ……」とありがちな音を出した。
「サーヤ、この三人の気覚えてください」
出てきたトランクスさんは血まみれではなかった。
けど、上着が所々破けている。それはそれで怖い。
「覚えてどうするんですか?」
そんな必要ある?
しかしトランクスさんは親指で扉を指しながら言った。
「ここに置いていくので明日は瞬間移動で来ましょう。そうすれば早起きしなくていいし」
淡々と話すのでそっか、って納得しかけたけどまさかそのために捕まえたの!?
「明日以降はどうするんですか? 逃がしたり……?」
「さあ? あいつら次第かな」
個室のドアに目を向けると気配がはっきりしているのがわかった。意識ははっきりしているようだし、健康そう。
三人の食事とかはどうするのか聞いたら「ソタ豆食べさせたし明日まで持ちますよ」と投げやり気味な返答だった。
敵認定した相手だからだろうか。厳しい態度だ。
まあ明日逃がしてあげよう。今日一日は私を狙った罰として我慢してほしい。
「とりあえず帰りましょう」
そう言ってトランクスさんはあくびを噛み殺した。
珍しい。まだ夕方にすらなってないんだけど眠そうだ。
「眠いんですか?」
「最近忙しくて、寝てな……ふ」
手の甲で口元を隠しているものの、あくびはかみ殺せなくなっていた。
……寝てない?
「まさか徹夜? 徹夜したんですか!?」
「昨夜は看護ロボットを改造して、ふあ……」
道理で夜も朝も寝室で見かけないと思った!
「徹夜は昨日だけですか?」
「一昨日もかな……でも別に大したことじゃ」
「帰りましょう! すぐに!」
二徹はダメだ! さっさと帰らないと!!
トランクスさんの上着を掴んで瞬間移動しようとしたら、掴んでいた左手を取られ握られる。
「ん!?」とトランクスさんを見上げたら、とろんとした目で「ん?」と頭が傾いた。
「うっ! なんでもないですっ!」
いきなりブワッと恥ずかしさが込み上げて、誤魔化すために移動した。
ちょっと可愛く首を傾げたからといってそれ以上でも以下でもない!
兄! この人は兄……あ、でも、前世含むと私のほうが大分年上だな?
かといって弟って感じじゃないし……。
兄になるのか? ……兄とは……?
「トランクス、眠いの?」
考え込んでいたら、ブルマさんの声で現実に引き戻された。
「あ、はい。徹夜したそうです」
「そんなのな……」
ブルマさんはぱちぱちと睫毛がびっちり生えた目を瞬かせトランクスさんを覗き込んだ後、口をきゅっと締めた。
「……? 二日も徹夜したらしいでこのまま連れていきます」
「へ、へえ~そう~」と続けたブルマさんはなんだか含み笑いをしているように見えた。
ブルマさんの表情が気になったものの、周りの従業員がチラチラと見てくる視線に耐えられず「それじゃあ」と言ってさっさとその場を後にした。
「寒……」
CCを出たところで横風が吹き、トランクスさんは少し目が覚めたようだったが構わず手を引っ張って歩いた。
共用の寝室にたどり着くとトランクスさんが着替え始めたので慌てて部屋を出た。
――そろっとドアから見てみると、トランクスさんはすでにベッドに入っていた。早いな。
足音を立てないように近づくと、寝息が聞こえた。
ベッドの上からそっと覗き込んでみる。
……おっと、眉間に皺がないからかけっこう可愛く見えるぞ。まあ寝顔は猛獣でさえ可愛くなるものだからな。
……。
精神年齢は上でも肉体年齢は下なんだから一般的に『妹』でいいのでは。
というか、『妹』で何か不都合があるか? ――全然ない。
兄なんて前世でもいたことなかったんだからむしろお得感がある。
ベッドの上に脱ぎっぱなしな衣類が目に入った。
――しょうがないから片付けてあげましょうかね。『妹』なので!
クローゼットにしまったりしてたけど、よっぽど眠かったのかトランクスさんは身じろぎすらしなかった。
