第三部 魔人編
第一章 Happy Spring Day
Trunks side きょうだい〈後〉
宇宙船に向かうと、ジト目のトーガに出迎えられた。
「今度は何だよ。メシか? 昼過ぎてんだけど」
トーガはチルと違って、蔑むこともなければ好意的でもない。
力さえ示せばそれまでの態度を変えるような、わかりやすくて好戦的なやつだ。
正直、思ってることが顔に出る分、他の二人より接しやすい。
「違う。これを設置したくて」
作った機器を見せながら説明すれば「マジで?」と大声を上げて身を乗り出してきた。
「必要な時音鳴るの!? じゃあ近くにいなくてもいいってこと!?」
「やって! いますぐ!」というトーガの目は輝いている。
――こういう所が、本当にわかりやすい。
寝室に飛んでいくと「なに~?」と言いながらチルが顔を出した。
「あ、トラ兄! サーヤ、アイス食べたよ! 吐かなかった!!」
「そうか。よかった」
「チル邪魔ー。トランクスが通れないだろー」
「邪魔じゃないもん。ねっ」
二人のやり取りに苦笑する。
設置し試運転と微調整を終えると、双子が出入り口からひょっこり頭を出して見ていた。
見張ってるのかと思ったが、どちらかというと心配している表情のような気がする。
――得体のしれない機器だし、当たり前か。
手招きして使い方を教えると、真剣な表情で聞き始めた。
母さんが提案した機能でCC程度の距離であればブザーが鳴るようになっている。
急変したとき以外にも、水分補給や排泄も時間と兆候から教えてくれるから、付きっきりにならなくていいだろう。
そう言えば双子は目に見えて喜んだ。
作業を終えて宇宙船の外に出ようとしたとき、思いっきり服を引っ張られた。
……危うく首が締まるところだった。
「どこ行くんだよ、こっちだろ」
「うん?」
トーガが親指でキッチンを指差す。
よくわからないでいると、チルが「ほら、行こー」と押してきた。キッチンに入り、そのまま隣の部屋まで。
目についたのは俺が作ったテーブルだ。
「トラ兄お腹鳴ってるよ。ごはん食べたら?」
驚いて振り返るとチルが眉を八の字にして見上げていた。
――そういえば起きてからなにも食べてない。
「ごはんの時間に来ないから、食べたんだと思って片付けちゃったんだよ? おかずはあんまりないからね」
責めるようなチルの口調に、なにかを言おうとした口が半開きで止まった。
そうしているうちにトーガがテーブルになにか置いていく。……白米と、シロの卵?
「肉焼いてくる」
「瓶詰めもあるよ。梅干しとー、塩魚とー、なんかの肉ー」
「いや、だけど…………いいのか?」
食べても。
「そんなデカい音させていいもなにもあるかよ。オレは卵焼き作れねーからなー」
トーガは呆れたように言うと、キッチンへ歩いて行った。
「別にいいよね? 卵焼きはサーヤしか作れないんだー。熱下がるまで我慢だね」
チルはニコッと笑った。
なんだか、無性に恥ずかしくなった
言われたことになのか、雰囲気になのか。
なにがそんなに恥ずかしいのか自分でもよくわからないまま俯いた。
+ + + + + + + + + + +
胃にものが入ると身体は温まる。
その状態で外に出れば、目の前が真っ白に染まった。
しんしんと降り積もる雪は、CC周辺ではあまり見たことがない量だ。
気合を入れて除雪しようにも、スコップでは埒が明かない。
たまに強風が吹いて、寄せているのか巻き上げてるのかわからなくなってくるのも徒労感が増す。
嫌気がさして、最終的には気功波で吹き飛ばすことにした。
除雪をしたところにカプセル型の家を起動させる。
不要そうな家具はしまい込み、ベッドを均等に設置していく。
燃料は予想通り少なかったが、システム系統の不具合を調べるには十分だ。
そうしているうちに「トランクスー、CCから荷物運んでー」と母さんが雪まみれでやって来た。
荷物は思ってた以上に大きい。重量も結構ある。
一体何なんだろう。
言われた通り、勝手口の近くにある動力室に運び込むが……母さんがやけにニコニコしていて、不安だ。
「よーし! 朝までに完成させるぞーっ!」
「え? 朝までかかるんですか?」
思ったまま口にすれば「なによ」と睨まれた。
「べつに寝れるわよ。寒いけど」
母さんはそう言うなり工具箱を開ける。
俺は少し考えた後、CCへ行くことにした。
宇宙船へ向かう途中、増築した部屋に双子はいた。早速宇宙船から出たらしい。
「――いえ?」
「ああ、外に新しい家を出したんだ。いちいち寝室まで上がっていくの面倒だろ?」
ボードゲームをしていた二人に話をすれば顔を見合わせる。だが、カプセルハウスに案内すると想像以上に食いついた。
「うわあ、広ーい! このイスふかふか!」
「ここなに? ……トイレ広っ!」
探検するようにドアノブをガチャガチャ回しながら二人は進んでいく。
寝室に行き、「ベッドどこがいい?」と聞くとチルが驚いた声を上げた。
「ひとりひとつなの!?」
「ヤッター!」
ベッドに飛び込んだトーガはそのままベッド間を飛び跳ね周りだす。チルは周りをきょろきょろした後、同じようにベッドを飛び跳ねた。
「あんまり力入れると壊れるぞ」
「オレここっ!」
トーガは真ん中のベッドに飛び込んだ。
寒くないか聞けば「ぜんぜん!」と言うので「今夜から寝てみるか?」と誘ってみる。
すると「寝るー!!」と天井を破りそうな勢いで跳ねた。
「じゃあ今日からこっちで寝るの!?」
「悪いけどチルはサーヤといてくれないか?」
チルは目に見えて肩を落とした。
「明日には皆で眠れるようにするから」
「あした……」
「うえーい!」
喜ぶトーガを見て、チルはわかりやすく口を曲げた。
「サーヤはここだと寒すぎて悪化してしまう……あとで朝のとは違うのをあげるから」
途中から小さく耳打ちした。
「……? ……アっ! ……!」
チルは怪訝そうに首を傾げたが、俺が『アイス』と音を出さずに言えば、慌てて口を押さえた。そしてちらっとトーガに視線を移す。
トーガは上掛けを被って寝る真似をしていた。
「わかった。あとでね」
チルは真顔でジャンプし、トーガの真上にいったかと思ったら――足が綺麗にトーガの鳩尾に入った。
「ご飯つくるよっ!!」
「グオッ!? おっ、おまっ、ぐええ……オエッ! みぞおちはヤメロ! ――ってチルは!?」
今しがた出て行ったドアに指を向けると「待てコラァ!!」とトーガは鳩尾を押さえながら飛んで行った。
ふう、と無意識に息が漏れる。
あの様子ならすんなりトーガを離れさせられそうだ。
チルもアイスクリームで言うことをきいてくれてよかった。
そのまま双子を追って手伝おうかと思ったが、母さんのところに戻ることにした。
進捗も知りたかったし、単純になにしてるのか気になった。
動力室に近づくと溶接の独特な音が聞こえてくる。
「これ? サーヤたちの宇宙船の動力変換システム。作ってみた」
全面マスク姿の母さんはバーナー片手に人差し指と中指でVの字を作る。
これ、というのは母さんの背にある筒状の循環装置のようなものらしい。
見慣れないそれは、俺たちが過去へ行っている間、思いのほか暇になったから宇宙船を分析して作った――と聞けば閉口してしまう。
確か、太陽光及び接触面からの生体エネルギーを吸収することで動力に変えるシステムだったはずだ。
前に解析した時、『搭乗者の負担になる物をつけるなんて非人道的だ』と話し合った記憶があるが、それを使うと?
「まかなえるんですか? 冬だけど……」
「燃料少ないから仕方がない! 当分我慢よ!」
「我慢……母さんもエネルギー取られるんですよ?」
「私とサーヤのベッド周辺は除外するつもり」と、Vの字にした指を開いたり閉じたりしながら言われた。
……それだと俺と双子が並んで寝たほうがいいんじゃないか?
「血の気多いの三人もいれば大丈夫でしょ」
のんきなことを言って、またバーナーから火を出し始めた。
こうなると完成するまで止まらない。
頭が痛くなってきた気がして思わず額を押さえてしまった。
サーヤ以外に誰かいないとすぐエネルギー切れになるだろうな。
気をつけておかないと。
――とは、その時確かに思ったが、まさかシステムが起動してからほぼ外に出ずに過ごすことになるとは思っていなかった。
人が増えるとチルは「手伝う!」と張り切って要所に人と物資を運ぶようになり、カプセルハウスに移ってからトーガは「暇だー!!」とどこかに飛んでいき、なし崩しに俺がサーヤの世話をすることになってしまった。
「あーん」
「やら……ゲホッ」
粥をスプーンで口元に運ぶが、サーヤは舌足らずに拒否だ。
食べられないわけではないはずなのに。
「まじ、むり」
サーヤの目はほぼ開いてない。見えてないんじゃないかと思うが、粥の乗ったスプーンを近づけると顔を背けられた。
初めて母さんが食べさせようとした時、「二度と食べない」みたいなことを言って「一度も食べたことないでしょ」と口に突っ込まれていたのが一昨夜だったか?
「食べないと治らないぞ。ほら口開けて」
鼻を押さえて突っ込むと、嫌々ながらも口に含む。そして口を動かしながら首を傾げる。
粥に関しては毎度こうだ。一度口に入れるとおとなしくなる。
何故なのかはよくわからない。
そうこうしているとサーヤが咳をして口の中のものをこぼした。
「ゲホ……あいすがいい~……はーげん、だっつ……すーぱー、か、ぷ……ぇも、いい~……」
……ぼんやりしてるのに食べたいものは欲しがるんだよな。
「全部食べたらあげますよ」といえば、嫌な顔をしつつもあっさりと口は開いた。
半分夢の中なのか、食べ物をよく望まれる。
叶えてあげたいが、知らないものは無理だ。
再度粥を与え、最後にほんの少しアイスを食べさせるとサーヤはぐったりしてしまう。
その状態を横目にサイドボードに置かれている機器を操作する。
するとサーヤの健康状態の記録が表示され、確認しながら食事を済ませるのが最近の日課だ。
熱は朝より下がっていた。
やっと下がり出したことにホッとする。
これで落ち着いてくれればいいんだけど。
片付けをして覗き込むとまだ顔は赤い。
熱を出したと告げられた朝とあまり変化のない顔色だ。
でも、頬を触っても逃げない。熱が下がり始めたのは確定だろう。
背中のクッションを取れば、呻くような声が上がった。
眉間に皺が寄っている。
「……ぉか……さん……。ど……」
また悪夢を見ているのだろうか。
布団をかけて、子どもを寝かしつけるように肩を軽く叩く。
一番最初は母さんがやっていた。それを双子がぎこちない手つきで真似をし始め、最終的に俺がやることになった。
その都度行っていたら、さすがに慣れる。
――そういえば、過去でもうなされていたっけ。
『馬鹿』
『なんで助けてくれないの』
『ベジータさん怖い殺される』
『死にたくない』
『もうやだ』
『ひとりやだ』
『なんでいないの』
『ビックバンアタックで殺されちゃう』
『助けろ馬鹿ー』――だったか。
あの時は、見かねて起こしたら散々言われたんだった。
縋りついて訴える様子はまさに怯えた子どものようで、ずいぶん怖がらせてしまった、と心が痛んだ。
同時に強がっていたのかと驚いた。
出会った時から普通の子どもとは違うと思っていたが、過去へ行く頃には普通の大人と同じような態度で接していたからなおさら。
悪夢を怖がって震えて泣くサーヤに、それまでの自分の態度を反省したんだった。
俺には母さんと悟飯さん――大人がいた。けれどサーヤには双子しかいなかった。
あんな風に言える相手や頼れる相手が今までいたんだろうか。
ずっと気を張って生きてきたんじゃないだろうか。
証拠に、時折うわ言で母親を呼ぶ。双子の名や知らない名前も、苦しそうに呼ぶ。
サーヤは大きい声を出せるのに、うなされているときは大抵小さな声しか出さない。
まるで隠れているみたいに。
それでもたまに声が大きくなる時は何かを嫌がっているようだった。
寝かしつけるようになって初めて知り、手助けしたいと思うようになった。
せめて、泣きながら眠らなくてもよくなるようにしたかった。
助けを求めるような小さい泣き声を聞いて誰より早く駆けつけるのはトーガだ。
寝ていても反射で起きているようだった。
大体トーガの後にチルが続く。そして二人でサーヤの傍で眠る。
シロも枕元で寝ていたのはちょっと驚いた。
ずっとそうやって、身を寄せ合いながら生きてきたんだろう。
早く、両親を生き返えらせてあげたい。
早く、地球でのびのびと暮らせるようにしてやりたい。
夜になる度に、そんな思いが強くなっていく気がした。
――その光景は、シロが動き出すと様相が変わる。
続いてトーガとチルも動き出し、今度は別の意味でサーヤがうなされ始める。
俺は毎晩苦笑しながらそれぞれをベッドに戻し、布団をかけてまわった。
――ずいぶん手のかかる『妹弟』だ。
苦ではなかったし嫌でもなかった。
だけど目覚めたサーヤが全く覚えていなかったのは、結構ショックだった。
