第三部 魔人編
第一章 Happy Spring Day
123 期待のケーキ
最近雪が降らない日が増えてきた。
大寒波は去っていったらしい。
長かった冬がやっと春めいてきたことが単純に嬉しい。
雪が降らないということは積もってる雪もだんだん解けていくというわけで、まずCCの従業員が増えた。
人が増えるということは地域が活性化するということだ。
CC周辺の空洞化した建物に人が住み始め、最近では小さな商店みたいなのもできたらしい。クリリンさんが言ってた。
さて、大勢になったCCの従業員だが、庭に高層タイプのカプセルハウスが設置されそこに住んでいる。
私たちもいまだにカプセルハウス在住。
CCはデカすぎるため、まだすべての階にエネルギーが供給されないのである。
調理場である小屋を作ったのがついこの間。
チャオズさんやチチさんの言う通り、かまどが増えたおかげでかなり楽になったものの、人が増えるたびに小屋が増築されていってる。
やはり重要なのは設備。後でちまちま作ろうなんて考えはサイヤ人と武闘家と50人に増えたCC従業員の前では甘いを通り越して無謀であったのだ。
しかし、そんな大勢でも武闘家料理人二人と高火力のかまどのおかげで調理時間が短縮され、他のことができるようになった。
増えたのは歌う時間である。〈氷〉の。
正直なにも進展はなかった。威力については100%諦めモードだ。
地球人相手に使うときは頭以外を狙うようにしよう!
銃だって頭を狙ったら死ぬけど足だったら死なないでしょ。
そんな風に投げやりになっていたある日、トランクスさんに外へ連れ出された。
「これ全てに当ててみてください」
トランクスさんの指は庭の雪――に、刺さってる細長い鉄くずを指していた。
数は7個。
私が出せる〈氷礫〉は最大で5個だ。教科書にも書いてある。
「数多くないですか」
「まずやってみてください」
文句を言う前にやれ。
そんな言葉が副音声として聞こえてきそう。
腰に手を当てたトランクスさんに見下ろされたら、やるしかない。
無理だと思うけどなあ。
やる気もなく歌えば、なぜか7個の鉄くずはひしゃげた。
「……なんで?」
「じゃあ次」
トランクスさんは淡々と鉄くずを雪に刺していく。
まるでこうなることを予測できていたかのような動じなさ。
……こっちは今までの教えを否定されて混乱しているというのに……。なんにも話さねーなこの人。
そのまま他の〈氷〉の歌を続けて歌わされた。
そして、どの〈氷〉も、自分が目標とした鉄くずだったらすべて潰せるとわかった時、私は唸った。
いつから使えるようになってたんだろう。
もっと早く知ってたら、使えてたら、セーリヤから逃げるとき両親死ななかったな。
――なんて、今考えてもしょうがないけど。
全弾命中が可能だと判明したが、威力についてはさっぱりだった。
どの〈氷〉もほぼ同じ速度で飛んでいく。
トランクスさんはその都度考え込んだ。
「母を生き返らせて聞いたほうが早いと思いますよ」
「それまでなにもしないんですか? 無意識に落とすのに?」
正気か?とでも言いたげな呆れた顔で返されてしまった。
思ったことを正直に言っただけなのに。
そう言われると黙ってポケットに手を入れて過ごすしかない。
「いろんなパターンを試していこう」と言われたので、その日以降毎日どこかの時間で歌っている。
夜はノグレとアルトンに様子を聞きに行った。
始めの頃は昼間に聞きに行ってたけど、二人がなかなか抜けだせないことに加え、ノグレに目立ちたくないと言われたため夜に会うことになったのだ。
トランクスさんはその都度同行し、ミスター・サタンや他の収容者の様子を聞いて、昼間保守点検と称して避難所に赴く。
ソタ豆の栄養剤は与えすぎると不自然な速度で回復するため、ミスターサタンはゆっくり治療中だ。
その『ゆっくり加減』はブルマさんと話し合い、トランクスさんが調整している。
ぶっちゃけると私はやることがない。
避難所にいる時間、トランクスさんは忙しかったが私は暇だった。
なにせ余計なことをするなと言われていたので、私は往復路を瞬間移動するだけの存在だったのである。
なのでずーっと、ミスターサタンを英雄にする方法について考えていた。
誰とも知り合わないようにっていうのがなかなか難しい。
考えながら避難所を散策していたある日、裏手に積み上げられたゴミの山で折れた掲示板を見つけた。
そこにすごく特徴的なアフロ……もとい、ミスターサタンの姿があったのだ。
ポスターかな? 文字が書かれていて中央で挑発するような姿のそれは、過去でみた姿のまま。
めっちゃくちゃ驚いた。
慌ててトランクスさんに相談すると、次の日の朝にはミスターサタンについて調査が終わっていた。いつもながら仕事が早い男である。
『今から約20年ほど前までのだけど』
そう前置きして教えてくれたのは、ミスターサタンが格闘技の世界チャンピオンだということだ。
しかも結構な有名人で、人造人間が現れる前まではあらゆるメディアに出ていたらしい。
裏付けるように出されたのは新聞だ。19年前の新聞にはでかでかと写真が載っていた。
書いてある内容は英文で全然わからなかったから、トランクスさんに読んで貰ったんだけど――ミスターサタンを称えるような内容だったらしい。
他にも同時期の本や雑誌にも載っていて、かなり人気者だったのがわかる。
極めつけはトーガとチルがその新聞に反応したことだ。各地の至る所にポスターが貼ってあってよく見るんだそうだ。
人造人間によって破壊された建物にポスターが貼っており、ポルンガに修復された今、当時のままの状態で世界各地にある。
それで思いついた。
ミスターサタンが喋れないうちに、周りに人造人間を倒した人物だって匂わせておけば楽なんじゃない?
トランクスさんに相談したら、『回復した時、本人が否定するでしょう』って呆れられた。
真っ当な人間だったらそうだろう。
私は否定した。
ミスターサタンは絶対肯定する。むしろノリノリで乗っかるはずだ、と。
力強く訴えた結果、とりあえずノグレとアルトンに噂を流してもらうことになった。成果が出たら御の字ってところだ。
トランクスさんは不審げだったけど私は内心ガッツポーズである。
そんなこんなであっという間に三月。自分の誕生月である。
こんな時だしー、自分の誕生日だから特になにもしないでいっか。
なーんて思ってたら案の定、チルとトーガが前日に聞いてきた。「まだケーキ作んないの?」って。
私はにっこり笑ってお茶をカップに注いだ。
「今年はいいかなーって」
「ケーキないの!!??」
「なんで!?」
双子は顎や口の端に米粒を付けつつ目をクワッと見開いている。……圧力を感じるなあ。
「私たちだけ食べるわけにはいかないでしょ。そうなると人数増えたしそんな量作ってられないし」
「えええ……」
昼ご飯を食べているときに言えば双子が、というか主にチルが目に見えて落ち込んだ。
「お前らも声大きいな~」
「ケンカなら外でやれよ。耳がまた……」
双子の声が結構大き目だったからか、離れたテーブルで食べてたクリリンさんとヤムチャさんが反応した。ヤムチャさんは耳を押さえている。
「ケンカしてません。大丈夫ですー」
「めちゃくちゃ落ち込んでるけど」
クリリンさんがチルを指差す。
「ケーキが食べられると思って……楽しみにしてたのに……ケーキ……」
「本当に作んないの? ……ええー」
チルの目は虚ろでトーガは口を尖らせていた。
「ケーキ?」
クリリンさんが目をぱちぱちさせている。その横では耳を塞いでるヤムチャさんが訝しげな表情でこちらを見ていた。
「12月に食べただろ?」
呆れた声を出すのは卵焼きを皿に取っている途中のトランクスさんだ。
チルは「それはそれ。コレはコレ」と言い返し、トーガも頷く。
私の記憶が正しければ君たちトランクスさんの誕生日にたらふく食べたよね。
お姉ちゃん、もうあんなに作りたくないんだけど。
「もしかして誰か誕生日なのか?」
クリリンさんがこちらのテーブルにやってきたとき、双子が無言で私に人差し指を向けた。
「そうなの? いつ? 今日?」
「あしたー」
そっけなく返すのはトーガだ。
「何歳になるんだ? ……16歳かー。若いなー」
歳を答えると、クリリンさんは眉を八の字にしながら「おめでとう」と笑った。
「それでケーキがないってごねてるのか……。今年はしょうがないだろー」
「だって毎年っケーキ食べてたのにっ」
「今食わなかったら10月まで無しなんだろ? ちょっとなあー」
「うーん」
「クリリンさん。12月にこの二人、それぞれこれくらいの3つ食べてたので相手にしなくていいですよ」
「3つは食べてねーし! 2つと半分だ!」
「そうだよ! それに歳が2つも変わったんだからいいの!! でも明日は……楽しみにしてたのにー!!」
私が口を出さなくてもトランクスさんが手で大きさを表してクリリンさんに教えている。
それを見たクリリンさんがなにか言いたげな視線を私に向けた。
「いや、しんどいんで今年は作んないです」
旅してた時は双子のためにイベント気分で自分の誕生日でもちょっと豪華にしてたけど、今年は遠慮させていただきたい。
手をひらひら振りながら作る気ゼロだと示したら、トーガが嫌そうになにか言ったがチルの「ヤダー!!」という叫びでまったくわからなかった。
「本人がしんどいって言ってるんだから我慢しなさい!」
「うおお!?」
「うえええん!!」
クリリンさんが二人の頭を掴みつつ叱ってくれたので私はホッと胸をなでおろした。
これで大量ケーキ作成フラグは叩き折ったぞ……。
昼食を終え、背を丸くしたチルの後姿を見送り、片付けをしていると流し台の前のチチさんに声をかけられた。
「誕生日って聞こえたけど、いつなんだ?」
明日で16歳でーすと答えると「明日かあ、おめでとう」と皿洗いの片手間に微笑まれた。
「ケーキってあれだべ? ふわふわなお菓子。ずいぶん昔に作ったけど、作り方は忘れちまったんだよな」
「私作り方メモしてるので教えましょうか?」
「本当か! 教えてくれ!」
チチさんは「紙貰ってくる!」と出て行ってしまった。私は汚れたお皿をチチさんがいた場所の横に積み上げ、〈かばん〉を開いた。
中から紙の束を取る。一番上が星を眺めるパイのレシピだった。今回はそれじゃないので数枚めくる。
すぐに戻ってきたチチさんに内容を話すと、「そんな簡単なのか」と目を瞬かせた。
簡単って言うけど、卵泡立たせなきゃならないんですよ。それが一番やりたくないんですよね。
宇宙船にフードカッターついてるけど泡立て機能はなかったから私は今の今まで己の手でやっていた。
普通にしんどかったから双子にも手伝わせてみたことはある。
結果は散々だったわけだけれども。
トーガにやってもらおうとすれば辺りに中身をすべてまき散らした上に泡だて器粉砕するし、チルは何回やっても一瞬で卵が液状化してしまって二度とメレンゲにならない。
トーガはしょうがないと思ったさ。でもチルは器用そうかもって期待してたんだよね。
だからメレンゲ以外のこともやらせてみたんだけれども、これがもう悲惨。
砂糖大量に入れるし、まだだって言ってるのに温まってないオーブンに生地入れる。
ちなみに粉を混ぜるときは、卵のときより悲惨だった。軽いから舞う。
作れるようになればいつでも食べられるようになるよ!
そう唆したのを後悔するくらいにはチルはお菓子作りに向いていなかった。
粉をまき散らすのは百歩譲って諦める。
でも、『なんで砂糖大量に入れたの?』って聞いたら『甘いのが好きだから!』と満開の花畑みたいな笑顔で言われ、『なんで温まってないオーブンに入れちゃうの?』って聞いたら『早く出来上がるでしょ!』って期待するようなギラギラな目で言われた。
それを受け止めた私はシオシオに萎びた。
トドメに途中でオーブン開けて取り出すという有言実行をし、見事半生なスポンジケーキが出来上がり。
『まだだよ!』そう止める私の声は届かず、チルはクリームのっけて食べて『まあまあかな』って言った。
私は教える気力が根こそぎなくなった。
料理だと言ったとおりに作業してくれるのにお菓子だと暴走するのなんなの? 愛故なの?
「すぐ作れそうだな。材料あるんだろ?」
「材料はありますけど」
チチさんの疑問に私は軽く笑って首を振った。
過去に行く前だったら悟空さんたちに会えるってことでモチベーション維持したけど、もう帰ってきたし?
正直、ケーキ焼くよりチチさんとチャオズさんの料理食べて一日終えたい。
「自分の誕生日なので作るよりだったら違うことしたいです」
ぶっちゃけると寝て過ごしたいんだけど、それはさすがに言うのが憚られる。
チチさんは「なるほどな」と深く頷いていた。
そうしてあっという間に夜になり。
前みたいにケーキの合唱でうるさくなるのかなと構えてたんだけれども、意図に反して双子は大人しく寝た。
あまりに静かなのでトランクスさんに「今回は大人しいんですね」って言われた。ブルマさんには「明日うるさいんじゃないの~?」とニヤニヤされた。
二人の気持ちはよくわかる。
私も静かすぎて不気味に思いながらベッドにもぐりこんだ。
