9.運命の日

第一部 旅編

第一章 始まり

9 運命の日

 幾度目かの秋も深まりそうな日。
 私は森へ一人で食料を採りに来ていた。

 日々母にしごかれていたおかげか、最近父と一緒じゃなくてもロンナの木にさえ近付かなければ獣くらいはやり過ごせるようになっていた。
 母いわく、食料を採ってくるのも修行らしい。

 しかし、鯛みたいなでかい魚を二匹背負せおい家を目指すのはなかなかの重労働だと思う。
 息切れしそうになりながら飛んでいると声をかけられた。

「サーヤー! 少し止まってー!」

 飛んでいると背負った魚のせいでスピードがでる。
 そんな勢いづいている時に話しかけられてもすぐには止まれない。
 ブレーキを踏むように止まろうとすると、重さで下降してしまう。

 こうなるともう浮かんでいる意味がない。

 降り立って声がしたほうに顔を向ければ見慣れた薄紅の頭が見えた。
 ラパトだった。ラパトは私の前に着地すると笑った。

「ずいぶん大きな魚だね! 一匹持とうか?」
「重いから……気持ちだけありがとう。なにか用だった?」
「今日は君の家でお祝い事があるって聞いたんだ」

 はい、と差し出されたものは例えるならマグロのサクのような、燻製された大きなブロック肉だった。
 私は驚いてラパトを見た。

「こういうもののほうが喜ぶかと思って持ってきた」

 薄紅色の髪が太陽の光を吸い込み白く変わり、紫色の瞳はもの言いたげな眼差まなざしで私を見つめ返す。

「そ、そんな……いいって。貰えな……」

 頭を横に振るとブロック肉を押し付けられた。

「貰ってくれないなら捨てることになっちゃう。はい、魚と交換」

 瞬く間に一匹がラパトに取られる。

 捨てないで持って帰ってほしい。
 そう言っても、きっと通じやしない。
 こっちがなにを言ったところで、こいつの有利なほうに誘導されるんだ。
 敬語やめたのだって、名前呼びだって、そうだった。

 息を吐いた。
 逆らっても時間だけ消費すると思ったのだ。

「じゃあ……ありがとう」
「サーヤは家族思いだね……! こんなに重い魚もって帰るんだもの」

 微笑むラパトにあいまいに返事をし、帰路についた。

 家につくと母が早くも支度をし始めており、私は駆け足で台所に入る。

「あら? おおきいお肉……ラパト、さま?」
「お祝いです」
「……ありがとうございます。……よかったら食べていかれます? ああ、でも〈ルベル〉の方には難しいかしら。変わった料理が多いから」
「いいえぜひ! 楽しみだなー」

 ラパトはにこにこと笑う。
 母は「お口に合えばいいのですけど」と続けた。表情的に母も歓迎してはいないようだ。
 明らかな社交辞令だったけど、こいつには全く通じてない。

「見ていていい?」
「え、時間かかるから座って待ってて……」
「興味があるんだ。いいよね?」

 ラパトはニコっとみを浮かべた。
 相変わらず、有無を言わせない笑顔だ。

 ――めんどくさいやつだな。
 そう思いながらも頷くほかなかった。

 母に手伝ってもらいながら料理を作っていくと、外から双子のはしゃぐ声がして思わず顔が緩む。
 双子は父と外で遊んでいたようだ。微笑ましいな、と思いつつ家に入ってきた三人を見ると所々茶色い。父の手には一本足の鳥が三匹。……狩りか。

「ほうちょう! ちょうだい!」
「ちょうだい!」

 ああ、解体してくるのね。
 終わったら水浴びして綺麗にしてきなさいよーと声をかけつつ、解体包丁をさやごと双子に渡す。

「気をつけてね」
「うん! わかってるって!」

 双子は走って外に出て行ってしまった。
 それを見ていたラパトが感心したようにしゃべった。

「小さいのに解体もするの? ふうん、すごいなあ」
「父のを手伝ってるだけだよ。いくらなんでも解体までは……」

 ……いや、どうなんだろうな。もうすでに私より力があるから、やろうと思えばできてしまいそうだけど。

「サーヤ、キコを練ったわよ」
「あ、うん」

 母の声で私は意識を作業に戻した。

 + + + + + + + + + + + 

 でき上がるとテーブルの上に並びきれないぐらいのご馳走ちそうが並んだ。
 結構時間が立ってしまって、身綺麗になった双子たちはひっきりなしにご飯を催促してくる。

「まだー?」
「おなかすいたよー」

 私と母は苦笑した。
 はいはいと笑って皿によそう母、すでに肉をかじっている父。普通の、普段どおりの食卓だ。
 その中で「多いね」とラパトは微笑む。

「たべていいー?」
「いいわよ」
「これ! これがいい!」
「いただきます!」

 小さな双子は大きな目をきらきらと瞬かせ、目の前の料理に食いついた。

「うまーい!」
「おいしーい!」
「よかったわね」

 たくさんあったはずの料理が、まるで吸い込まれていくように双子と父で食べつくされていく。
 掃除機みたいに消えていく様はいつ見ても飽きない。

「おかわりー!」

 弟は口の周りをべとべとにしながら太陽のように笑った。その隣の妹は頬いっぱいに詰め込んで負けじと皿を掲げてくる。

 あー、かわいい。

 食べるさまがとんでもなくかわいい。どちらも頬をぱんぱんにふくらませ幸せそうに食べている。
 まるで、

「コリスみたいだね」

 ふふふと笑った声が耳に入ってきた。
 その声に返事をしつつ視線を向けると、小さく笑っていたラパトが目が合うなり朗らかな笑みに表情を変えた。

「サーヤはすごいね。食べたことないものばかりだ。上手なんだね」
「ど、どうも……」

 適当に会話していると、父がずいっと皿を差し出してきた。

「おい」

 あ、おかわりですか。
 私はいそいそと立ち上がって、少なくなってきた鍋の中身をよそった。

 一通りテーブルの上が片付き、鍋もからになったころ。
 最後にデザートを真ん中に置いた。黄色いパウンドケーキみたいなものに果物のジャムとクリームをかけて、それを切り分ける。

「誕生日、おめでとう」
「おめでとう」

 私や母に言われた双子は、嬉しそうに「ありがとー」と笑った。

 いやー……本当、かわいい。

 弟と妹は「かわいいは正義」を地でいくのだ。

 母親譲りの燃えるような赤い髪と黄金色の瞳を持つ双子は、話ができるようになってからも天使だった。
 寡黙かもくな父は本当にサイヤ人かと疑うくらい普段は常識人だし、母も普段はやさしい。
 たくさんのご馳走に囲まれ、それをおいしいと食べる家族。

 ここに生まれてよかったなあ。

 そうしみじみと思うくらいには私はこの家族が好きになっていた。

「おねえちゃん、これおいしいね! もうないの!?」

 妹はキラキラした目でほっぺを赤くし、なおかつぶんぶんと手を振っている。
 よほどおいしかったらしい。

 もうその反応だけでおねえちゃんお腹いっぱいだよ。
 嘘だ。物理的にもお腹いっぱいなんだ。

 自分の分のケーキをあげたら、弟と妹と父がそれを取り合うというくだらない争いが起こったが、母が怒って三等分にして食べさせた。
 馬鹿らしい。
 けど、父がちょっと嬉しそうだったのがまた面白かった。

 ……まるで前世のときの家族を見ているようだ。

 昔と今を重ね合わせてあたたかい気持ちになっていると、ゆったりとした思考になってくる。
 つかの間、私は双子しか見ていなかったらしい。

 食べて飲んで、気がついたときには料理も欠片かけらすら残っておらず。
 母は寝てしまった弟たちに毛布をかけて微笑み、父はそれをじっと見つめていた。

 そんな家族を見てぼーっとしていた私は、ふとラパトがいないことに気付く。

 あれ? どこに――……。

 弾かれたように立ち上がり、私は走った。

 まさか、うそだろ?

 よぎったことを振り払うように一足飛いっそくとびに家の奥を目指した。
 トイレとは違う方向へ続く廊下ろうかを、物置ものおきを。

 たどり着いた扉は、かすかに開いていた。


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