第一部 旅編
第二章 旅立ち
11 ドラゴンボール
「おかあさあん! おとうさあん!」
「わああん!」
双子の泣き叫ぶ声が宇宙船に響く。
のろのろと扉に近づくと、あっけなく扉は開いた。
向こうの部屋には誰もいない。
一緒に行くはずだった両親の姿はどこにもありはしないのだ。
項垂れた。
私は地球に向かう大前提として、両親の存在が肝だと思っていた。
サイヤ人の父にセーリヤ人の母。
この二人がいればなにがあっても乗り越えられる。
20年なんて余裕だと心の底から思っていたし、信じていた。
それもそうだろう。
父も母も強かった。この二人がいれば地球に行くのなんてきっとイージーモードだったに違いない。
自分だけならそもそも行きたいなんて思うだけで実行なんかしない。
なのに二人とも死んでしまうなんて。
「私のせいだ」
あいつを家に入れなければ二人は死ななかった。いや、そもそも目さえ悪くならなかったら、そんな状況にはならなかった。もっと簡単に安全に……。
「ごめん……」
「おねえちゃんのせいなの!? いますぐもどって! おとうさんとおかあさん連れてこなきゃ!」
わあわあ泣きながら弟が私の服を掴み引っ張る。
その弾みで私の体はぐらついた。
「ごめんね……もう、いなくなっちゃったの。戻っても、いないの」
口にすれば現実味を帯びて、事の他ぐっさりと心を抉った。
「なんで!? なんでいないの! さっきまでいたよ!? もどればいるよ!」
「戻れないの。……もう、外に出ちゃったから」
弟はぶんぶんと頭を振って「いやだー!」と叫んだ。
「……しんじゃったの? くまとか、いのししとか、ころしたときみたいに……なくなっちゃったよ? しんだってこと?」
妹はしゃくりあげながら私の服を掴む。涙をこぼし、顔が真っ赤になっているその様子に、私は堪らず抱きしめた。
双子を抱きしめながらボロボロと留め止めもなく流れる涙を拭うこともせずに、ただ頭の中では母と父のことばかり考えていた。
まずいご飯で目覚めてから、さっき一緒にご馳走を食べるときまでを頭の中で思い浮かべて、ふいに母の言葉が大きく再生される。
『地球にでも行きましょうか。同じサイヤ人のよしみで住まわせてくれるかもしれないし』
そうだ。
地球にはあれがある。
「ドラゴンボール……」
地球に行けば、ドラゴンボールがある。生き返らせられる。
気がついてしまったならじわじわと湧いてくるのは喜びだ。
その希望はこぼれ落ちるかのごとく私の口から出た。
「大丈夫。大丈夫だよ! ドラゴンボールがあればまた会える!」
「ぐすっ……どらごんぼーる?」
「なあに?」
目を瞬いてきょとんとする双子の目元から溜まった涙がボロッとこぼれた。
「ドラゴンボールって言うのは、なんでも願い事を叶えてくれる不思議な玉のことだよ。地球って星にあって、この宇宙船はそこを目指して飛んでるの。本当は皆で行くのが目的だったけど――」
最後までいい終わらないうちにドスドスっと上半身に二つの塊が体当たりしてきた。
「うぐっ」
「ほんとう!?」
「ちきゅうにいけば、また会える?」
そのまま後ろに倒れると、双子は馬乗りになって掴みかかってきた。
く、苦しい!
胸から腹部までを圧迫され、別の涙が出てきそうになる。
私はうんうんと頭を縦に振り、二人の頭を押した。
どいて!
そんな意味を込めたのだが全く伝わらない。
「どこにあるの?」
「いつ! いつつくの!?」
双子の細い腕が鳩尾とか柔らかいところに食い込む。食い込む!
今度は「どいて! 死ぬ!」といいながら横に頭を振るがどきやしない。
……これは死ぬ!
切羽詰った私は氷の小さなつぶて――〈氷礫〉を出して双子の頭めがけて落とした。
「いて!」
「いたい!」
同時にそう言ったかと思うと妹は左に、弟は右に転がっていった。
ぜえはあ言いながら起き上がった私は、思わず鳩尾に手を置く。オエッ。
泣いていたはずなのに、悶絶してしまった。
しかし、結果的によかったようだ。頭が冷えた。
「大人になるくらいには着くと思う。でもものすごく遠いから、大変かもしれない」
冷静になって真面目に考えてみると、大変どころの話しじゃない。
温い前世歩んできた私が小さい双子を連れて旅なんて、……しかもまだ子どもだ。
どんなハードモードよ。
できるわけがない。無理だ。
しかしなんとかしなければ、この双子は死ぬ。もれなく私も死ぬ。
まだ一桁ほどしか今世生きてないんだけどな。
死んだら三途の川で石積み上げなきゃならなくなるじゃないか……それは前世か?
とりあえず、治安がよさそうなところを探して双子がある程度大人になるまで待つべき?
でもそれだと二人は両親のことを忘れてしまうかもしれない。
旅をするにしても小さいままだと堪えられるかどうか……! 私が!
一度考え出したら泥沼のようにどんどん深みにはまり、私は頭を抱え俯いた。
「……いく」
幼児の特有の高い声がやけに大きく聞こえた。
二人を見ればそれぞれ頭を押さえながら顔をぐしゃぐしゃにして、口なんかへの字になっている。
「ちきゅうにいく! おとうさんに剣おしえてもらうヤクソクしてた! だからいく!」
「チルは、チルは、……あいたいよう……」
「いけばあえる! ならいこう!」
まだ幼児だ。
どれだけ大変かなんてわからないし、ただ純粋に両親と離れたくないから言える言葉だと思った。
それでも、そうかそうだよなって納得した。
行けば会えるんだよ。
どれだけ時間かかっても70年よりは短いだろうし、いつかはたどり着けるんだ。
人がいる星までがんばって、それから考えても遅くはないのではないか?
「……そうだね……。がんばってみようか」
私は、涙を拭って双子に笑いかけた。
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しばらくして誰かのお腹が鳴った。
私たちは顔を見合わせて一時悲しみを置いた。
どんな状況でもお腹は減る。
ふらふらと積んでいた荷物を確認すると、火を使わない簡易コンロ、数日分の食料飲料、少な目の日用品が保存庫に詰め込まれていた。
あれ……衣類が少なくなってる……。
母と一緒に家族分詰めたはずなのに、両親の分だけ抜かれ、そのぶん食料が多く入っているようだった。
確かに私は母と準備したのだから間違えようがない。
最初から、一緒に行く気なかったんだろうか?
またこみ上げてきた涙を拳で痛いぐらいに抑えて止めると、すぐに食べれそうなものを探して三人で分けて食べた。
食べながら画面を確認すると、明日には次の星に着くようだ。
何気なく外を見ると、夜よりも真っ暗な闇が広がっていて、私は目を背けた。
吸い込まれそうでこわかったからだ。
疲れて眠った後のこと。
双子はよほどショックを受けたのだろう。
天井に布を張り、船内を暗くして眠っていたら、唐突に誰かが泣き叫んだ。
背中を撫でながら眠っても、またどちらかが泣いて起きる。
幾度もそれを繰り返し、私は双子を両腕に抱えて眠ることにした。
