第一部 旅編
第二章 旅立ち
15 魚の潮煮
トルシ星から旅立って早2ヶ月。
最初は宇宙船の画面に点々と降りることができる星が映し出されていた。
画面のとおり、いくつかの星に立ち寄って食料をとってきたが、1週間前から映らなくなってしまった。
宇宙船の画面は延々と経路ばかり表示している。
宇宙空間は真っ暗闇そのもので、星に近づいている気配すらない。
細かく調べてみると、この宇宙域は星自体が少ないらしく、次の星までまだかかるようなのだ。
――もう二週間も補給していない。
こんな事は初めてだった。
食べるものがぜんぜん足りない。
……このままでは飢えてしまう。
そう思うほどに困窮していた。
私はいい。
私はそんなに食べなくてもいいから。
けれどトーガはそうはいかなかった。
「おなかへったよう」
まぶたを震わせながら小さくに言うトーガは動く事もできないようだった。
最悪、水でしのげればいいんだけど。
今はお粥と言えば聞こえのいい、かさ増しのために鍋いっぱいに薄めた穀物の汁を食べさせている。
「おねえちゃん、トーガしなないよね? いなくならないよね?」
チルはシロを抱っこしながら泣きそうだ。
「大丈夫だよ」
安心させるように頭を撫でて、私はトーガを見た。
トーガは床に敷いた敷物の上でぐったりとしている。
痛々しい姿に、私は俯いて唇をかんだ。
トーガはチルと比べて力が強い。
トルシでは何回も頼まれるままに塩を取ってきていた。
空を飛べるようになったトカゲたちは、トーガよりも何倍も大きい身体でも、トーガが持つ半分の量も持って来ることはできなかった。
体力もあり、反射能力も優れていると思う。
なのに、今一番苦しんでいる。
片やシロはまだ生きている。
シロより大きいトーガは飢えと戦っている。
今シロが顔に乗ったらあっけなくトーガは死んでしまうだろう。
――もどかしい。
早く着いて食べ物を探さなきゃならないのに!
私は歯を食いしばった。
このときは余計なことを考える余裕があった。
しかし飢えはゆっくりと確実に私たちの首を絞めていく。
「お水だよ」
私は声をかけてトーガの口に茶碗を当てるが、少ししか飲まない。
もう、私以外は起きていなかった。
チルも倒れてしまった。シロも小さくなってトーガに寄り添っている。
そして誰もしゃべらなくなった。
赤ちゃんのときに、こうやって飲ませていたっけな。
昔のことを思い出しながらえんえんと小さな茶碗にはいった水を飲ませている。
もう、なんのかけらも残っていない。
あるのはトルシの塩の塊だけだ。
私は水を飲み、泣いた。
泣いたら水分がなくなる。そう思っても目からは勝手に涙がこぼれた。
いつかはそうなるかもしれないと思っていたが、こんなに早く来るなんて思わなかった。
一言で言うなら油断だ。
今まで食料がなくなる前に補充できていたのが奇跡だったのだ。
でも、奇跡はセーリヤ星を出てからこうなるまでずっと続いていた。
だから途切れるとは思わなかったんだ。
大丈夫だろう。
トルシで、そう安易に答えを出したのは私だ。
その時の私を殴って地に伏させたい。
おとなしくグアイさんのところで双子が成長するまで待てばよかったのだ。
頭の中でぐるぐると考えが回り続ける。
どうしてミミズなんてものを食べなくてはならない?
どうして温水プールみたいな温泉に浸からなければならない?
どうして火を使わずに生きていける?
どうして、どうして。
それらはすべて自分の理想とする生活水準からかけ離れているから出る考え。
『飢えない』
それに勝るものなどなかったのに。
食べ物があるならいいじゃないか。ミミズでも食べたら美味しかったかもしれない。
それを食べない、食べたくないという陳腐な矜持で切り捨てたのは私だ。
ミミズだろうが温水プールだろうが文句を言っている場合ではなかったというのに!
小さな茶碗を持つ手が震えた。
水だって補給しなければ減るだけだ。
この宇宙船の燃料は水とエネルギー。太陽光か自分たちの生体エネルギーが必要になる。
空っぽになればいずれ動かなくなってしまう。
なくなる前に星につくのか。星に着く前に双子が死ぬのか。
両親を殺すだけでは飽きたらず、私は弟妹も殺すのか。
ぼろぼろと涙をこぼしながらトーガの口に茶碗を押し当てた。
どうしたらいい。どうしたらこの二人を生かせる? どうしたら――。
ふと、視界の端に映る白いものにピントが合った。
毛玉はゆっくりと端っこまで移動した後止まる。
――――シロを、食べればいいのだろうか。
食べられるんだろうか。
私は茶碗を置いて、シロに近付くと抱えようとした。
「あ……」
すっとシロは逃げてチルの近くに身を寄せた。
「待って」
追いかけるがシロの方が逃げるのが早い。
今度はトーガのそばに行ってしまった。
まるで捕まればどうなるのかわかっているかのように。
私はすぐに疲れる体を引き摺り、トーガの元へ行くがまたシロは逃げた。
どうしてもシロに追いつけないところを考えると、私も限界が近いのだろう。
すぐに体に力が入らなくなり、ごろんとトーガとチルの間に寝転んで天井を見た。
その天井も涙でぼやけ、かすんで見える。つーっと目じりから耳の脇を通って涙が落ちていった。
+ + + + + + + + + + +
――床ががたがたとゆれている。
眠っていたのか気を失っていたのかわからないけれど、ずいぶん時間がたっていたらしい。
のそりと身を起こすと、今まさに星に下りるところだった。
敷物や水の入った茶碗が宙に舞い、天井に張り付く。
そして無事に星に着いたと思ったらボトボトと床に落ちた。
私は力が入らない体を起こし、宇宙船の蓋を開けた。
その瞬間、さわやかな風が船内に入ってくる。
水の匂いだ。
外を見ると高い木々が茂り、そばからは水の音が聞こえてくる。
そのまま下を覗き込むと水が見えた。どうやら川に下りたようだ。
浅瀬の川には動いているものが見える。
――魚だ。
小川には魚がいた。
咄嗟に〈壁〉で掬う。
宙に浮かんだ〈壁〉の中には魚が泳いでいて、陸まで運んでから割った。
びちびちと跳ねる魚を取ろうとするが指先に力が入らない。
のろのろと鍋にいれ、久方ぶりにコンロを起こした。
そこで食べられるか調べてない事に気付き、慌てて振り返ると鍋の蓋が落ちた。
カーンという甲高い音が部屋に響く。その後でいつも聞こえるはずの文句の声は今は聞こえない。
構わず機械を取り出し確認すると、大丈夫そうだったので魚を煮た。
トルシ塩のみで味付けされたそれは料理なんて言える代物ではなかったけれど、必死に骨をとって身をほぐし、トーガの口にそっとさじをあてた。
「起きて」
まるで自分の声じゃないみたいに、かすれた声だった。
「ご飯だよ」
呼びかけてもトーガはピクリとも動かない。
持ったさじが震えた。
トーガを抱え込むとまだ温かい体温が、生きていることを証明している。
布を湿らせ水を含ませると微かに動いた。
何度か繰り返し今度はコップで水を飲ませると飲んだ。
もう一度、さじをあてると今度は食べた。
一口二口ゆっくり与え続け、ようやく小さな茶碗分食べ終えたことに安堵する。
同じようにチルに与えたが、二口目で起きだし自分で食べた。
私も食べているときにシロも欲しがったので、いったん外に行くと葉っぱを取った。
ぶちぶち取った葉っぱを両手に抱えてふらふらしながら宇宙船に戻る。
宇宙船の出入り口に足をかけた瞬間、がくんと足がもつれて葉っぱが散らばる。
ああ……やってしまった。
落ちた葉を集めようとするが、シロが我慢できないと言わんばかりに葉っぱに飛びつき、むしゃむしゃと音を立てながら食べ始めた。
見たことがないくらい、食べる速度が速かった。
お腹、減ってたよね。……食べようとしてごめん。
白いふさふさした毛は艶がなくなっていた。
撫でようと手を伸ばした時、がつがつがつと金属音が聞こえることに気がついた。
見れば、トーガがドアの向こうに小さい背中っぽいものが見える。
……背中? 起きたの?
霞む目を細めて見れば……鍋の中身を食べている?
「そんなばかな」
思わず声がでてしまった。
金属音はさじがなべ底に当たる音だったらしい。
トーガは大きな鍋を抱えて、無言で鍋の中身をかき込んでいる。
「……トーガ、骨も食べるの?」
チルの呆然とした声が聞こえてきた。
「むご! むんぐぐ!」
なにを言っているのか全くわからない。
私もぽかんと口を開けたまま、鍋が空になるまでを黙って見ていることになった。
骨の欠片も残さずすべて平らげ、腹を撫でながらトーガは言う。
「あー、うまかったぁ! ……あれ、泥だらけだ! どうしたの?」
太陽みたいな笑顔を見せた後、トーガはきょとんと目を瞬いた。
さっきまで動かなかったのが嘘のようだ。
「どうしたのって……は、はは」
体から一気に力が抜けた私は、笑った。
横を見ればチルも呆れたように笑っていた。
トーガは不思議そうな顔をしたあと、つられたのかにへらっと笑い返した。
ひとしきり笑った後、私はごろんと仰向けになって天井を見た。
ぼやけてはいなかったが、霞んでいる。
頭も痛くなってきた中で思うことは一つだ。
次、トルシみたいな星あったら絶対そこに住む。なにがなんでも住む。
「おねえちゃん?」
「だいじょーぶ?」
双子が駆け寄り、心配そうに覗き込む。
私はかまわず、目を閉じた。
+ + + + + + + + + + +
そのまま私は眠ってしまったようだ。
というのもそのまま意識をなくしたらしく、次に目を開けたら「ご飯だよ」と魚を出されたのだ。
驚いたのなんの。飛び起きた。
双子はいつの間に覚えたのか火を起こし、魚を焼いて食べていた。
生焼けだったけど。
地球的には川魚の生食ってアウトなんだけど、この星はどうなんだろうか?
双子を見れば周囲に骨の山。
明らかに食べちゃった後だったので吐き出せとも言えず、様子を見ていても特に不調を訴えたりはしなかったので。
……煮て食べた。
私はサイヤ人ハーフだけれど、セーリヤ人寄りだし。
ほぼなにも入ってなかった胃腸をいたわる意味でも水っぽいものから食べることにしたのだ。
それでなくても体がしんどくて、本調子になるまで5日かかった。
まああんまり食べずに二人に回していたから当たり前と言えば当たり前か。
おかしいのは双子だ。
双子は勝手に散策し魚や果物を取って、いつも私がしているように機械で調べ、たくさん食べて勝手に全快していた。
……なんで食べただけでそんな元気になんの?
お前ら私よりも瀕死だったんじゃなかったのか……。
弟妹は父に、私は母に似たからか?
同じハーフなのに、差がでかい。
まあその間火事になりそうになったり、双子が暴れたおかげで角があるカバみたいなやつに宇宙船攻撃されたり散々だったんだけど、すべて拳骨で解決するたくましい双子のおかげで私も今や全快だ。
たぶん、回復するまでに日数かかったのは疲労もあったんじゃないかな?
真偽は定かではないがとりあえず概ね平和に過ごしていた現在、私はぼんやりとオレンジのような何かを食べながら食料について考えていた。
この星は資源が豊富だった。
肉も魚も逃げないし、空を飛べば果物がなり、地面を探せば野菜も生えている。
まさに楽園!
しかし、旅立つとなると二週間は持つまい。
私は焚き火に添えられた魚を見て決心した。
よし、干物を作ろう。
前回の事を教訓にし、入念に準備をしてから旅立とう。
要となるのは保存食だ!
作り方なんてわからない。適当にやってみることにする。
トルシの塩は二種類ある。砕いて貰った粗い塩と、まんま岩塩。
粗塩は5袋、岩塩は3袋くらいに分けて詰めてある。貰っといて本っ当に良かった。
この星で『日数をかけてでもやる』と発起した私は、トルシの塩で干物を作りまくり宇宙船の天井に吊るした。
「くさい……やだ」
嫌そうにチルに言われるぐらいには臭ったが、飢えというものになにより肝を冷やした私は一蹴した。
食えるなら匂うくらいなんともない。たとえ宇宙船の中が生臭くなっても!
できる限り果物も野菜も干し、乾物にしてかさを減らし詰め込んだ。
星を出るころには乾物が所狭しと天井を圧迫し、トーガが食べたそうに見上げていた。
そんな努力が身を結ぶ。
この二ヵ月半、2週間以上補給がなくても飢えなかった。
干物乾物すばらしい! 食べ物があるというのがすばらしい!
私のカンもすばらしい! 腐らなかった! でも塩を計りながらやればよかったとちょっと後悔している。次は計ろう。
すばらしい保存食である乾物も一ヶ月は持たない。
星に下りたらその都度保存食を作るし、塩辛くして長期保存を狙ったりもした。
移動日数が長引きそうなら経路を少しずらしたりして旅を続けたけど、その都度やつれたトーガを思い出して恐怖する。
そんなことを幾度か繰り返し、とある星にたどり着いた。
「ナウネ星? 魔術? うさんくさいな」
宇宙船の画面を確認すると、《栄えているが魔術により簡単には入れない》等と追記されている。
最初書かれている意味がわからなかった。
だってさ、栄えてるって書くということは入ったんでしょ?
……なぜ入り方を書かない。
困るなー。ちゃんと仕事してよフリーザ軍。こっちはもう食料ぎりぎりなんだからさあ!
宇宙船の外から星を見ようとすると、確かに膜のようなもので覆われている。
これが魔術か。私たちの星と似てるな。
しかしセーリヤの〈壁〉は白っぽいのに対してこちらは青っぽい。全くの別物だということだ。
……膜のときだけ〈壁〉張るか?
でも弾かれたらどうしよう。
母さんは〈壁〉は絶対だって言ってたけど、私いまいち信じられないんだよなあ……。
同じ〈壁〉だと相殺されるけど、全く別物なわけだし、ドラゴンボールの世界なんだから考えもつかないものも中にはあるだろうし?
私の〈壁〉より強かったら弾かれるわけでしょう。
うーん……。
「おねえちゃん、なんか近づいてくる」
トーガが窓を指差して私を呼ぶ。
外を見ると大きい宇宙船が今まさに入ろうとしていた。
いいなあ、と眺めていたらガクンと一瞬揺れた。
別の窓から見ると、アームみたいなもので私たちの宇宙船が上から掴まれているではないか!
「いっしょにはいるみたいだよ?」
チルは大きい宇宙船を見ながら言う。
なんでだよ。
知り合いなんていないぞ?
しかし、進路なんて変えられない。
……入れるならいいか?
あきらめてされるがまま壁を越えると、引っ張られる感覚は落ちる感覚に変った。
