34.ミド

第一部 旅編

第四章 懐古

34 ミド

 いまのいままで、考えたことはなかった。
 はっきり目の前に出されたことがなかったから思い出さなかった。
 いや、生まれ変わってるんだから前世とは違うものなんだと思い込もうとしていたのかもしれない。
 でもどちらにせよ言えるのはひとつだけだ。

 なんで今更。こんな思いをしなきゃならないの。

 不毛なのに。

「かえりたい」

 小さくても言葉に出してしまえば堪らない思いでいっぱいになる。

 なんで、前世なんか覚えてるんだろう。

 戻れない。
 帰れない。
 ――会えない。

 当たり前のことだ。
 なのにまるで自分が悲劇のヒロインにでもなったように布団の中ですすり泣いた。
 懐かしさに悲しさ、寂しさといったものに理不尽さも混ざり、胸に去来する思いははっきりと一言では表現できない。

 前世は前世。
 今世は今世。

 今までは割り切れていた。
 違うのだと。

 でも、こんな思いを知った後では到底できそうになかった。

 + + + + + + + + + + + 

「これこれ、これがミド!」

 重そうなベージュ色のカボチャを事も無げに持って見せてくるのは昨日やたらミドを勧めてきた隣のおねえさん――青鬼であるサラさんだった。
 サラさんは一番近くにいて構ってくるのでさすがに名前を覚えた。紹介された当初はさっぱり頭に入ってなかったが。

 私はサラさんに引っ張られ、畑にお邪魔していた。
 その畑っていうのが赤鬼さんの言う通りかなり広大な土地だったわけだが。
 地平線とまではいかないけれど、眼鏡をかけている私の目でも小さく映る山のふもとまでがそうで、田んぼと畑、そして牧場をやっているそうだ。
 家族経営大規模農家だったわけだな。

 家から程近いところにある畑で、私はミドと呼ばれたカボチャをじっくりと見ていた。

 「あ、軽い」

 持たせて貰うと見た目より軽くて驚く。

「他の星から来た商人に種を貰って私が育てたんだ」
「それは……よく発芽しましたね」

 サラさんは「最初はぜんぜん芽が出なかったよ!」と笑った。

「でもやっと育って収穫したときは、やっぱり嬉しいからね」

 ああ、この人は本当の農家だなあ。

 私はサラさんの笑う顔がまぶしくて目を細めた。

「……あれ?」

 畑をよく見ると、隅にある小屋のようなところにまとめてカボチャが置いてあった。
 それは前世でよく見たカボチャのように深緑をしていた。
 違う品種なのかな?
 近づいて、手にとってみようとしたときサラさんに止められた。

「それは腐ってるからだめだ!」
「そうなんですか?」

 見てみろ、とサラさんは手に持った鎌で深緑色のカボチャを叩いた。
 ぐちゃっと音がして中身が見える。

 うわ。
 なかは茶色い粒粒が浮き出て無数の小さい穴も空いている。
 確かに変質しているようだ。
 でも、どっかで見たことあるような……匂いも、かいだことがあるような……?

「ミドは足が早いんだ。冷蔵しないとすぐにこうなる」
「へえ……ここにあるのはすべて捨てるんですか?」
「捨ててるんだ。もう価値がないから」

 もったいないな、と思うくらいごろごろ転がっていた。
 私は改良された小型の食物調査機をこそっと当ててみた。
 ビルタさんにもらったものだ。
 ポケットに入るくらい小さいもので、常に持ち歩いているのだ。

 当てて調べてみる。――一応いちおう、食べられるみたいだけど。
 本当だろうか?
 試しにひとつ〈かばん〉の中に入れる。

 そして、他の農作物も見せてもらった後、私は宇宙船に向かうことにした。
 双子に言っておこうかなと二人のもとに行ったのだが……。

「チルも行く」
「あ、オレも……」
「だめー!」
「あそぶのー!」

 チルは逃れたが、トーガの足や身体に鬼の子がまとわりつき離れなくなったので、昨晩連れてきたシロとともにトーガは留守番になった。

「私も行く。宇宙船を見てみたい」

 いざ向かおうとしたらサラさんに見つかってしまった。

 えっ困る。
 ミドを確かめたかったのに。
 迷っているとチルが「いいよー」と返事をしてしまい、結局一緒に行くことになってしまった。

「これで旅をしてきたのか。大きいんだな!」

 宇宙船をまじまじと見ているサラさんをチルに任せ、こそっと持って来たものを取り出す。
 作業台は見えないはずだから、隠しながら横に切れ目を入れて蓋を開けるようにヘタをとる。
 スプーンで中身をかき混ぜるとぐちゃぐちゃ音がしたが、気にせず気泡をつぶす。
 すると手ごたえといい匂いといい見た目といい、味噌にそっくりなものになった。
 恐る恐る舐めてみた。

「なにやってんだ! 腐ってるんだぞ! 食べるなら腐ってないのを食べろ!」

 びっくー!と肩が跳ねた。
 驚きすぎて味がわからなかった。
 振り返ると青鬼さんが腰に手を当てて怒りの形相をしている。
 超怖い。
 地獄にいそう。

「た、食べれるようなので確かめたいなーと思って」
「だめだ! 腹を壊したらどうする!」

 そ、そうですよね。
 でもこれ、腐ってるんじゃないようだし……醗酵? いや、ちがうか?
 なんと説明しようか迷っていたら、チルが首を傾げてサラさんに言い切った。

「壊さないよ? 光塩があるもの」

「はあ?」と片眉を上げる青鬼さんに光塩について簡単に教えると、「責任取らないぞ」とそっぽ向かれた。

 じゃあ早速、と少しの光塩と腐ったミドを混ぜた。そして舐めてみる。
 やっぱり味噌だ。
 味噌以外の何者でもない。

 私は無意識に冷蔵庫の中から使いかけのマヨネーズを取り出し、それに加えた。
 混ぜればすぐにできるディップソース、味噌マヨのできあがりだ。
 保存庫の中の野菜をひとつ取り出すとそれにつけて食べてみる。

 ああ、この味だ。

 前世では夏にこうやって食べていたっけ。
 私はまた前世を思い出した。

 ――――ここ、駄目だ。
 いればいるだけ涙が出てくる。
 もうやだ。
 もう思い出したくないのに!

 しんみりしながら噛り付くとチルが食べたそうにこちらをみる。

「……泣くほどおいしいの?」

 案の定チルが「ちょうだい?」と首を傾げるので食べかけをあげた。
 はむはむと食べ、青鬼さんに向き直ると「食べてみる?」と訊いていた。

「食べない。私はおまえたちのような強靭きょうじんな胃袋は持ってないんだ」
「大丈夫だよ。おいしいのに、もったいないね」
「もったいないってどういう意味だ。馬鹿にしたのか」

 私は頭を振って否定した。
 鎌を腰に装備した状態ですごむのはやめて欲しい。
 故郷を懐かしんでた涙が容易く止まったわ。
 損をしているという意味を教えたら、眉を八の字に曲げて黙ってしまった。

 いやしかし、味噌マヨはきゅうりでないとおいしさが際立たない。

 思い出したくはないが食べたいものは思い出したのだ。

 たしか鬼さんのところに見た目も味も一緒なきゅうりがあったはず。
 昨日のサラダに入ってたんだから間違いない。
 今日のお昼もご馳走になることに決まってるので、そのときお願いしよう。
 私は味噌マヨを〈かばん〉にしまうと、ミドも同じように突っ込んだ。

「ミドは腐ったものにも違いがあってな。少しでも傷がつくと中は茶色に変わってしまう。逆に無傷だと真っ白のまま腐る。匂いに差はあれど食すものはここにはいないな」

 赤鬼のおじいさんに話を聞いてみるとミドを見せながら説明してくれた。
 白いまま腐るってそれ、こうじとかに変わってるんじゃない? 麹ってなにに使うんだっけ。

 それにしても傷がつくと味噌になるのか……食べられるって表示されたけど、ひとつずつ調べないと怖い。
 本当に腐ってるものも中にあるかもしれない。でもまあ状態がよさそうなものはいただいて帰りたいな。

 お願いすると処分するものだからかまわないと許可を得たので、調べながら〈かばん〉に詰めていく。
 やっぱり中には食べられないものがいくつかあった。
 切ってみると中身も鮮やかなオレンジ色に変わっており、泡が立っていた。
 でもそれは抉られていたり大きな傷が中身に達しているものだけで些細な傷は問題なかった。

 ――ミド、おいしいな。
 そのままだと豆腐になり放置すれば味噌にも麹にも変わる。
 できれば全部いただきたい。
 如何いかほどだろうか。

「あの、ミドをすべて譲っていただくにはいくらかかるんですか?」

 昼食をご馳走して貰っている時に、家長である赤鬼さんに申し出ると、隣に座っていた青鬼さんが驚いた声を上げた。

「ぜ、ぜんぶ!?」
「いくらってそりゃあ……」
「まてまて。通貨かねあるのか?」
「ないだろ。昨日来たんだぞ」
「換金商はここらにはいないしなあ。場所だってずいぶん遠いし……」

 上座にまとまって座っているのは男性陣だ。
 その中で大黒柱の赤鬼さんは「そういえば換金のこと言うの忘れてた」とあさっての方向を見ながら言っていた。
 私は赤鬼さんに食料を売ってくれと頼んでいたはずだがおかしいな?
 まあいい。通貨はなくても取引はできる。
 私は〈かばん〉を開いて微笑んだ。

「じゃあ物々交換で。おねがいします」

 赤鬼さんの傷を治したソタ豆、ミドにかけたしょうゆ。
 卵に珍しいお菓子。
 それらを出していくと、昼食でにぎわっていたのが更に爆発したような言い合いになり、収拾がつかなくなった。

「なにこれなにこれ!!」
「しょうゆにしようぜ!」
「すごいわねその〈かばん〉! それほしいわー」
「これはなに?」
「腰が治った豆がほしい!」
「ちょーずめほひい!」

 おい、ちゃっかり主張してるの誰だ。
 見渡せばトーガが手を上げて訴えている。
 おまえ、口からウインナーでてるぞ。

「ミドはまあ、買う商人もいないから全部持ってってくれてもいいけどよ。……え、腐ってるのも欲しいって?」

 イエス。
 赤鬼さんに呆れた顔をされたが、ミドと米は貰えるだけ貰いたい。
 特に米はいくらあっても余るということはない。
 年代ものの古米から去年の米まで、全部引き受けたいと言ったら鬼の一人がまじめな顔して問いかけられた。

あきないでも起こすのかい?」

 貰ったものほぼすべて胃に入ると言っても信じてくれるかなあ。

 とにかく〈かばん〉に入るだけ食料を積みたいのだといえば、鬼たちは顔を見合わせ「形が悪くてもいいか?」「小さくても?」「ちょっと痛んでるが……」と、コンテナもってやってきた。
 中身は明らかに規格外の野菜っぽいものから色が濃くなっている果物だ。
 いいよいいよこういうので! 小さい根菜でさえ葉っぱはシロの餌になるし!

 ちなみにこちらで出したものは〈かばん〉だ。本当は出すつもりなかったけど、青鬼の奥さんがどうしてもって言うから出すことにした。
 赤鬼さんで〈かばん〉登録したら結構容量があったので、恐竜の肉をいくつかとシロの卵、ソタ豆としょうゆと光塩などを追加で出した。
 そしたら腸詰などの加工品や砂糖などの調味料も大量にもらえたので万歳である。

 大量に手に入れた食材を〈かばん〉に入れていたら、赤鬼さんが「これもやるよ」と手動の精米機を持って来た。手回しのやつ。

「物置にしまってた古いやつだけど充分動く。ちっと重いが、その不思議かばんに入るんだろ?」

 表面が少しさびているが、中は全然綺麗だった。まだまだ使えそうな代物で私は思わず飛び跳ねた。

 ヤッター! 精米機もくれるなんてマジで赤鬼さん見捨てなくてよかった!!

 その日の太陽が落ちる前出発することにした私たちは、見送りに来てくれた鬼さん家族にお礼を言って宇宙船に乗り込んだ。が、なぜか紫の子鬼ちゃんも付いてきた。

「サーヤ、にんにくしょうゆあっただろ。あれもあげよ」

 はあ? いきなりなにいってんだこいつ。
 私は半眼でトーガを見た。

「ここには保存瓶なんてないんだからあげたらいいじゃん? サーヤはまた作ればいいだろ?」
「にんにくってなんだ?」

 トーガの傍らにいる鬼の子は首をかしげてよくわかっていないようだ。
 わかってなくていい。
 なんで物々交換したのに、貴重な保存瓶ごとにんにくしょうゆあげなきゃならないんだ。
 拒否する。

「まだにんにく浸かってないし、食べごろじゃないから無理」
「おーい。にんにくってなんだー」
「そのうち食べれるようになるじゃん。こんなにもらったんだからあげないと割に合わない」
「にんにくー」

 そういって知らない籠を渡され、中身を見ると腸詰がたくさん入っていた。
 あんぐり口をあけていると、勝手に宇宙船の中からにんにくが浸かっているしょうゆ瓶を出し、鬼の子に渡していた。
 おおい! これどうした!

「ミドにかけてくえ。うまいぞ」
「やった! ありがとー!!」
「あー!!」

 鬼の子は嬉々として頭の上に抱えながら宇宙船を降りていく。
 母親に渡ってしまったときは思わず「ぐう」と唸ってしまった。

 私のにんにくしょうゆが瓶ごと嫁に行くなんて!

 チルに背中を撫でられ、鬼たちに向かって手をふるトーガを忌々しく思いながら農耕の星を後にした。


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