33.望郷

第一部 旅編

第四章 懐古

33 望郷

 いやー新しい宇宙船最高。画面は読みやすいし、がたがた言わないし!
 キッチンが最高なのはわかってたんだけど、それ以外も文句なしだった!
 バスとトイレは狭いけど個室! 洗濯機も乾燥機も付いてて私は目頭を押さえたね。
 寝るところ別って最高。二階は立ち上がれないくらい低くて這えばベッド?なんだけどふっかふか。
 硬い床で寝なくていい! なんて快適な旅なんだ!
 所長! ありがとう! また万が一行くことになったら今度はもっとお礼するよ! 甘いのすきだってヤリーさん言ってたし!

 鼻歌を歌いながらキッチンに向かう。
 作業台の上にはビルタさんにねだって譲ってもらった保存瓶が逆さまになって乾かしてある。
 これから行うのは密閉容器がないとできない。手に取ってぐるりと見回す。
 うむ、水滴はない。
 それににんにくをこれでもかと詰め、隙間を埋めるようにしょうゆを流し込んだ。
 後はこのまま放置し、にんにくが黒く染まるのを待つのみ……ふふ。

「サーヤ、なにしてんの?」
「ふっ!?」

 トーガに見られていた。
 あわててその瓶を保存庫に入れる。もちろん冷蔵だ。

「しょうゆ好きなのわかるけど、瓶見つめながら笑うの気持ち悪いよ?」

 ぐっ気持ち悪いだと!? 姉に向かってなんてこというんだ! そんな口をきくやつは!

「たべさせてやんない」
「なんでだよ!」

 かわいくないやつだなー。
 言い方がラクのまんまで、私は口をへの字に曲げた。

 実は宇宙船が新しくなってから、すでに3つくらいの星を経由していた。
 それまでの星では食料と呼べる穀物や野菜は少なかったけれど、一つ前に下りた星がなんと恐竜の住む星だった。
 そこには知能の高い生物もいなかったことから、私たちはその星でハンターになったのだ。
 リアルモンスターハンターである。
 双子はとても楽しかったのか、狩りまくった。
 〈かばん〉が恐竜の肉でパンパンになった後向かった次の星に着いても、まだ狩人モードから抜けていなかったらしく。
 散策していると、長い穂の草が茂るところですぐにトーガが何かを蹴った。

「ぎゃあ!」

 蹴られた人は頭に角が生えている赤鬼さんだった。

「やべっ……?」
「大丈……夫?」

 あれ? これは……敵、かな?

 強面のザ、鬼!みたいな容貌だったので助けるか迷ってしまった。
 服は着てたけど、Tシャツみたいな服にはナマハゲみたいなこわい鬼が描かれていてズボンは虎柄の、普段なら距離を置くタイプな装いだったんだもん。躊躇うでしょ。
 気絶しているようなので三人でどうしようか話し合っていると赤鬼さんが目を覚ました。
 ふるふると手は震え、様子はまさに被害者である。

「た、助けてくれ……後ろからなにか、魔物かもしれない……!」
「……大丈夫! 追い払いましたから!」
「これどうぞ!」
「ほら水も!」

 私たちはなかったことにした。
 草むしりの途中で腰が抜けて立てなくなってるところに追い討ちをかけられたらしい。
 多少の記憶の混乱があったようだが、ソタ豆が効いて本当に良かった。
 なにか言いたげに私をみる双子に頭を振って睨むと二人はためらうように頷いた。余計なことは言うな。

「お前さんたちは三人だけなのか? 親はいないのか? 大人は?」

 お約束な問いに三人で声を揃えて「いない」と答えると、想像通りに赤鬼さんは驚いたような顔をした。

「そうか……。腹は減ってないか? うちで食っていかないか?」

 赤鬼さんはお礼がしたい、と家に招いてくれた。
 けれど、私よりも先に双子が反応した。

「そんなつもりで助けたわけじゃないし……なあ」
「うん……」

 チラッと私に視線を送る双子に、少し寂しさを覚えた。
 双子も遠慮という概念を知ることになったのか、と。
 前は絶対行く!って言ってたのに……。
 成長しているんだなあと感慨深くなったがそれどころではない。

「あの、そういうお礼はいいので、食べ物を売っているお店を教えてくれませんか? 穀物とか野菜が欲しいんですが、この星に着いたばかりなのでよくわからなくて」

そういうと、赤鬼さんは強面の顔をニヤ~っと笑みに変えた。

「そりゃあちょうどいい。俺の家は農家だ。めいっぱい食料売ってやるよ」

 その言葉にとてつもなく惹かれた。
 だって食料が少ないのだ。万能な〈かばん〉も食料を生み出すことはできない。
 本当に農家だというなら新鮮なものが手に入るはずだし、捨ててしまうようなところももらえるはずだ。
 嘘だったらまあ、倒すしかないけど。
 悩みながらもお邪魔することを決断する私であった。

「いやしかし、ずいぶん体の調子が良くなった。お前さんたちがくれた豆のおかげか?」
「あの豆は食べると怪我が治るんだよー」

 大真面目に「効いてよかったよ。まじで」と呟くトーガに、私は心の中で大きく頷いた。
 こっちが襲ったようなもんだからな……。

「いやあ、最近腰をやってな。痛くて辛かったんだが、なかなかどうして! こりゃあいい!」

「はっはっは!」と笑う赤鬼さんは、とても喜んでいるように見える。
 大股でのっしのっしと歩く赤鬼さんに案内されるまま、雑談しながら並んで歩いていると、ふいに声が途切れた。

 草むらを抜けた先――突然開けた場所に出たのだ。

「うわあ……」

 感嘆の声を上げたのはチルだった。

 私は、その光景を見てなにも言えなくなってしまった。

「池? すげえ」
「ちがう」

 トーガの声に、ポツリと言い返す。

 田んぼだ。

 ずっと続く田園は沈みかけた日の光を浴びて、穏やかに存在を主張している。
 私は眼鏡でよく見えることも手伝って、目に飛び込んできたその光景を信じられない思いで見た。

「これは田んぼだ。ずーっと続いてる。俺たちが耕したんだ」
「ええー! これ全部!?」

 三人の会話は耳に入っても素通りしていくようだった。
 それでも服を引っ張られたとき、気がついた。

「だ、大丈夫? サーヤ……」
「……なんでもない。ごみが……目に……」

 勝手に涙があふれ出た。

「顔洗うか?」

 トーガの心配そうな声音に頭を振って答え、歩いた。

 なんと言えばいい。

 なんと表せばいい。

 よくわからない気持ちが止めどめもなく溢れて、そのうち心の中はひとつの思いで占められる。

 ――懐かしい。

 私はこの風景を知っている。
 草に覆われた盛り上がった土。その向こうに生えている緑色の稲穂。水の音と、車輪の形に草が生えたあぜ道。
 そのどれもが、前世で見た風景にかぶった。
 私の住んでいた町は田園風景が広がる小さな街で、こんな風景はどこでも見られた。
 自分の家の裏でさえも、かつては田んぼだった。
 風がなびいて青臭い匂いが鼻をかすめる。

 このまま走り出せば、戻れるんじゃないだろうか。

 そんな思いにとらわれるくらい、懐かしさは私を駆り立てた。
 肺いっぱいに土と草が混ざったようなにおいを吸い込めば、また涙が溢れた。

「サーヤ……?」

 見上げてくるチルを見て我に返ると、私は涙を強引に拭って前を向いた。

 + + + + + + + + + + + 

「いやーもうだめかと思ったが、神様ってのはほんとにいるらしい!」

 歩き続けて数十分。漆喰しっくいで固められた屋根つきの大きい赤鬼さん家に着いた私たちは、あれよあれよと広い居間に通され座らせられた。
 そして今、ぷるぷる震えながら助けを求めていた赤鬼さんは上座にどんと座り、豪快に笑っている。

「情けない! 子どもに助けて貰うだなんて!」

 怒りながら料理を取り分けているのは青鬼の姿をしている奥さん。

「いやいや大したもんじゃないか! 三人だけで旅をしとるんじゃろう?」

 こちらは奥さんのお父さん。

「ねーあそぼー」
「こっちこっちー」

 チルとトーガの腕を引っ張っているのは赤い肌や青い肌の鬼の子どもたち。

「これも食え! うまいぞ!」

 私に甲斐甲斐しく料理を取り分けてくれる青鬼のお姉さんは、奥さんの末の妹らしい。

「……はあ」

 大きな食卓の隅っこにお邪魔させていただいているのだが、たくさんの人に話しかけられて返答に困った。
 ――多すぎて誰が誰なのかさっぱりわからない。

 私たちが助けたのは大黒柱の赤鬼さんで、そのお嫁さんが青鬼さんで娘が紫の鬼。までは紹介されたとき理解した。
 けれど赤鬼さんの祖父母と青鬼さんの祖父母、兄妹とその嫁と婿まで同居しているらしく、そこまでいくと私の頭はパンクした。
 い過ぎ。顔も似てるから区別が付かない。赤鬼さんだって弟と顔が一緒だし、奥さんだって姉妹で顔一緒。
 大体鬼の顔なんて見分けられるはずがないのである。
 唯一明確にわかるのは紫の娘さんだけだ。

「ほら、これも食えって!」
「は、はい。ありがとうございます」

 まるで親戚が集まったお盆のような雰囲気がバリバリする中、隣のおねえさんがやたら勧めてくるものを口に入れた。

「む」
「うまいか? うまいか?」

 おねえさんはずずいっと顔を突き出して私を見つめてきた。
 そんなに反応が気になるのだろうか?

「その白いのはミドっていうんだ! ウチで作ってるんだぞ!」

 ああ、自作か。なら気になるだろうな。
 私はまじまじとさっき食べたものを見た。

 ミドって聞いたことないけど、これ豆腐だ。
 間違いなく。
 薬味もタレもなにもないただの絹ごし豆腐。

「……おいしいです」
「だろ!? ほらおじさん! 他の星にも売れるって!」
「うーん、でもなあ」

「商人は買ってくれないんだよなあ」と赤鬼さんがつぶやくのを耳にする。
 まあ、そうだろう。
 なにもかかってない豆腐なんて味気ない。
 ちらりと他の鬼さんを見ればやっぱりそのまま食べている。

 食卓を見れば豆腐がかすんでしまうくらいに多彩なおかずたちが『自分を食べて』と主張している。

 右側にはウインナーみたいな腸詰とトマトなどの野菜のサラダ、ナスのはさみ揚げに塊肉のポトフ。
 バター乗せ蒸かしいも、ご飯、野菜たっぷりのスープ……。
 左側にはグラタンのような大皿の料理と、鶏肉のソテーのようなものが積み上げられている皿、どうやって食べたらいいのかわからない形状の果物。などなど。
 この中で豆腐(なにもなし)は生き残れないだろうなあ。

「あの、すみません。調味料かけても良いですか?」
「いいよいいよー」

 〈かばん〉の中からしょうゆ瓶を出して少しかけてみる。
 さじで掬い、パクリと口に入れる。
 ――おいしい。
 やっぱり豆腐だな。
 ねぎとにんにくがあればなお良いけど、さすがにここでは包丁出せない。

 食べていると紫の小さい鬼の子が脇からのぞいてきた。
 じっと見つめるので思わず聞いてしまった。

「……食べる?」
「あー」

 いいのかな、と思いつつかけらを大きく開いた口に落とす。
 もぐもぐごくん。
 食べ終わった後また「あー」とされてしまった。今度は少し大きめに口に落としてやる。
 むぐむぐ、ごくん。

「あー」
「また?」
「ねえ、それ食べてみたい」
「え?」
「ちょっと貸して?」
「ええ?」
「黒いな」
「しょっぱい」

 返事もしないうちにしょうゆを取られてしまった。
 鬼の子は構わず口を開け続け、催促してくる。

「あー」

 私の器の中身はすでに空っぽだ。
 鬼の子にすべて食べられたのだ。
 「ごめんね。ないの」というと「ありがと!」といって走っていった。

 ……なんか、前世の親戚の子どもを思い出した。
 その子も冠婚葬祭のときにわざわざ私のところに来て奪っていったっけ……うっ。

 鼻の奥がツーンとしてきて、私は慌ててウインナーを食べて誤魔化した。
 皮がパリっと音を立てる。

「お、ずいぶん味がかわるなあ!」
「そうねえ、塩とはまた違うし。おいしいわね」
「これなら売れそうだな」
「どこで手に入るの? ヤラン商店? スーラ屋?」
「ヘタ商会だと手に入ると思います。兎の」
「聞いた事ないなあ」
「本当君たちどこから来たの?」

 そんな話をしながら和やかに食事会を終えて、泊まっていくことになったその夜。
 田園風景がどうしても頭から離れず、ずっとそればかり考えていた。

 本当、なんでこんなに懐かしいんだろう。
 もう違う世界なのに。帰れないのに。

「どうしよう」

 私、もう。
 親も、妹も、祖父も祖母も。親の兄弟もいとこも。
 皆、顔がうろ覚えだ。

 いわれたことも、よくやる動作も、好きなものもまだ覚えてる。
 でも顔がぼんやりとしか思い出せない。
 それがとてつもなく悲しくて、寂しい。

 布団をかぶって丸まって、頭を抱えるようにしてそれに堪えた。


    Thank you for clapping!


    拍手ありがとうございます! 励みになります……!

    お礼ページは下のリンクよりお進みください。(DB最新話までのネタバレあります)

    拍手お礼



     選択式感想

     お名前

     メッセージ → 返事

    第一部 旅編第四章 懐古