Other side.カンゴウという男

第一部 旅編

第三章 決意

Other side カンゴウという男

 空は薄い色をしていた。
 二分するように一筋の雲がまっすぐ流れている。
 飛び立った宇宙船の下。三人はまぶしそうに空を見上げていた。

「いやーいい子達だったねー」

 茶髪が風で舞い上がった。青年は宇宙船を見上げたまま目を細めている。
 傍らの眼鏡をかけた女性はふう、と息を吐き、横を向いた。

「いい子達でしたが、少々肝が冷えました。貴方、いくら殺されそうになったからといって、いい年したおじいさんがするべき態度ではありませんでしたよ」

 同じく眼鏡を掛けた白髪の老人は、歳に合わない眼光で傍らの二人を睨んだ。

「ふん、こっちは貴様の若作りした態度で悪寒が治まらんかったわ。おまえもだ! いつまでその頭悪そうな喋り方するつもりだ?」

 二人はそんな鋭い視線を受けてもどこ吹く風で、意地の悪そうな微笑みを浮かべる。

「心外ですね。子どもに対しての適当な態度をとったまでです。 それにセクハラですよ。【所長】」

 女性は眼鏡を上げつつ端末を操作し始め、青年は老人を見ながらにやりと笑った。

「君は頭にマシンが入ってないのにガチガチだねえ。年はとりたくないものだ」

 老人は馬鹿にしたように「ふん」と鼻を鳴らし、傍らにいた部下から箱を奪った。

「貴様らが俺より歳が上だと知ったらサイヤ人どもはたまげるだろうな」

 シンプルなつくりの箱を老人は躊躇いなく開けた。

「それを言ったらビルタが怒る……ってわー、豪勢ー」

 お礼と渡された箱にはフルーツがこんもり盛られたタルトと、チョコタルトが二つ鎮座している。
 老人は手に余るぐらいのそれをつかみ、大きな口を開けて食んだ。
 白いひげはカスタードでたちまち黄色く染まる。
 咀嚼し、飲む込むと所長は唸った。

「くくっよかったね。こんなに甘いの・・・この星じゃあ無いんだろう?」
「その茶色いほうは食べたことがありません。ください」

 青年の顔はまるで面白いものを見つけたかのように笑う。
 片や女性は顔そのものが研究者のそれだ。探究心というもので縁取られた目元を眼鏡が強調している。

「やるかっ!」

 老人が箱ごと寄せると青年は呆れたように息を吐いた。

「よくもまあ、そんなに食べられるね。僕は嫌いだよ、ソレ」

 ウエーと舌を出す青年を老人は憎憎しげに見ると、再び口いっぱいに頬張った。

「しかし、まさかサイヤ人とセーリヤ人の子どもだとはね。世界は狭いなあ」
「サンプルたくさん譲ってくれましたし……貴重なデータも取れましたね」
「また来ないかなー。試したいことがまだたくさんあるんだ」

 どこか寂しさを漂わせながら青年と女性は空を見上げた。
 老人はごくんと飲み込むと、二人に視線を合わせた。

「追っていけばいいだろうが暇人め」
「行きたいのは君のほうだろう。わざわざ作らせるように仕向けるくらいだ。僕には理解できないねえ」

 老人は残されたフルーツタルトを口に入れて黙った。
「ははは!」というさもおかしそうに笑う青年の声が三人の間を通り抜けていく。

「そんなに美味いのかい!」
「実ったら良いですね、小細工が」

 二人は笑いながら施設に向かって歩いていく。
 それには目もくれずに、老人はもうひとつのタルトに手を伸ばした。

「む、これは……あの糖土虫のジャムか。ふむ……」

 手で持ってしげしげと見つめるチョコタルトは、日の光を浴びて輝いている。
 その背景はどこまでも続く青い空。一筋の雲がすっと真上に伸びていた。

「――みているか、イーゲンよ。貴様の子供がこしらえたものだぞ」

 老人は天に見せるようにタルトを掲げた。

 男は甘味が好きだった。
 昔、戯れに商人にもらった飴が忘れられないほど、男は甘いものが好きだった。
 この星には砂糖がない。人種的に甘味を美味と感じるものが極少ないから必要がないのだ。
 男は極少数のうちの一人だった。
 以前は星に頻繁に訪れていた商人から甘味を買い占めていたほど甘味を愛していた男だった。

 そんな男はあるとき、空から降りてきた宇宙船を商人だとして受け入れた。
 いつも訪れる商船によく似た船は開けてみればさもなん。偽装した侵略船であった。
 気がつけば周りの人々はすべて地に伏し、男だけが立っているような状態だった。
 なぜ自分だけがその場で生かされたのか。
 答えは簡単だった。年寄りだったからだ。

『言うことを聞けばお前の家族だけは残しておいてやろう。とりあえず食料はどこだ、老いぼれ』

 侵略者は三人。その中でも二番目に背が高い者がそう告げた。
 年寄りがいかに知識を持っているか、いかに子孫に対して情けをかけるか。知った上で脅しをかけた。
 子供を残せば未来への遺恨へつながるが、年寄りには未来がそもそもない。
 他の二人より賢く、卑怯な人間だった。
 その者こそがサイヤ人――少女たちの父親であった。
 しかし男にとって運が良かったのは、そのサイヤ人が”話ができる”類の戦士だったことだ。

 男は理不尽な要求もすべてのんだ。飲み下した上で交渉した。
 自分が招いたといってもいい侵略者だった。だから男は死に物狂いで己の星の住民を守り抜いた。
 そのうち滅ぼされるであろう自分が生まれた星を捨て、草すら生えない不毛の星を与えられ、それでも開拓し続けた結果が機械の集合体のような星であり、その星を統括する所長という椅子だった。

 過程でフリーザ軍が己の積み上げてきた知識と技術を奪っていくのはもはやどうしようもないことだったが、代わりに軍内部の情報が手に入りやすくなったのは幸いと言ってもいいのかどうか。
 そして幾年が経ってから、男はサイヤ人が死んだことを知った。
 男は「ざまあみろ」としか思わなかった。
 それだけの相手だった。
 だから自分が生きている間に再度サイヤ人に会うなどと、それもまさかあのときのサイヤ人の子供が落ちてくるとは夢にも思っていなかったのだ。

 しかし、サイヤ人は訪れた。年代物の宇宙船に乗って。

『なにも知らないくせに!!』
『父さんの悪口をいうな!!』

 男は「お前たちこそサイヤ人のなにを知っていると言うのだ!」と、叱り付けてやりたかったがなされなかった。
 叫ぶ双子の顔が、かつて星に下りてきた侵略者に『お前はサイヤ人ではないか』と指摘したときの顔にそっくりだったからだ。
 まさか、と男は内心驚いていた。
 サイヤ人は他にもいると聞いていたし、あのサイヤ人ははるか遠くの星で星とともに死んだのだとフリーザ軍の兵士が教えてくれた。
 それが生きて、しかも子をなしているとは、男には考えられないことだった。

 あのサイヤ人は、男の孫を掴み上げ言ったのだ。

『年寄りが多い種族ほど子供を惜しんで隙ができる。賢いゆえに愚かだな』

 そう吐き捨て、孫の首を絞めた。――ゆっくりと、見せつけるように。
 殺しはせず、こちらを試すように子供に危害を加えるサイヤ人だった。
 そんなサイヤ人が子をなす?
 ましてや育てるなどと――有り得ない。

 男は信じられなかった。
 しかしそれも宇宙船を調べるまでのこと。
 古い宇宙船だった。経路は複雑で無駄な移動が多く、まるで島流しのように補給する星もない星域を移動させられていた。
 あのサイヤ人が死んだと言われた星も中にはあった。その次がセーリヤ星で記録はいったん途切れる。

 子供は宇宙船をサイヤ人である父親のものだと言った。
 間違いなく、宇宙船の主はあのサイヤ人で子供らの父親であった。
 その父親は星を出るとき母親とともに子供を守り死んだらしい。

 子供を盾に取った男は、子供を守るために死んだのだ。

 ――なんと愚かなヤツなのだろう!

 男は笑った。
 息が切れて咳き込んでも笑い続けた。
 そして子供たちの目的が両親を生き返らせることだということを聞かされると、男はまた笑ったのだ。
 それからだ。子供たちの待遇が良くなったのは。

 子供たちは知らない。
 この星から周囲にかけて、強力な電波が出ている。
 乗ってきた宇宙船はその電波に干渉され落ちた。この星に近づかなければ壊れることはなかったに違いない。
 そして宇宙船は長い距離を長い間遠回りして旅をしてやってきた。
 そのおかげで中には膨大な生きたデータが入っている。
 価値がわかるものからすれば金が歩いて自らの元にやってきたようなものだ。

「馬鹿なヤツだ。俺の甘味よりこちらのほうがよほどうまいではないか」

 昔貯めていた甘味を根こそぎ奪われたことに眉根を寄せつつ、老人はがぷりと大きな口をあけてタルトを食した。
 ほのかな苦味と渋みは不思議なほどに気にならない。上等な甘味だ。
 老人はフルーツタルトのときとは違い、ゆっくりと味わいながら目を閉じた。
 すると、作った人間が老人の脳裏に現れた。

『ありがとうございます。これで安心して旅ができます』

 父親といわず、双子とも似ていない子供だ。
 その子供はサイヤ人がしてきた行いを知りつつ、父親のことは詳しく知らなかった。
 幼い子供なのだから仕方がない。だが、それがチャンスだった。

「奪うことだけが強さではない。イーゲン。お前のやり方はお前の代で終わりだ」

 家族を盾にすべてを奪われた男は、奪った男の子供に未来を与えた。
 親がやってきたおぞましい行為を伝え、恩を売った。
 子供はきっとこの星に危害を加えたりはしないだろう。
 いいや、略奪や簒奪などというおろかな行為自体をすることさえないだろう。
 星さえ滅ぼすこともあったサイヤ人の血を引く者が、それを自らの意思で行わない。

 そうなることがきっと男にとっての復讐であったのだ。

 さも面白いことがあったかのようににやりと笑ってこう言った。

「――ざまあみろ」

 男はきっと一生を終えたとしてもサイヤ人を許しはしない。
 だが昔ほど『サイヤ人』を憎んではいなかった。

「……もうなくなってしまったか」

 すべてを平らげた男は指を舐めながらいまだ空を見上げていた。

 男の名はカンゴウ。
 フリーザと交渉し生きて帰った猛者は、今、老人らしく穏やかに微笑んでいる。


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