第一部 旅編
第三章 決意
32 新しい宇宙船
バキン、ガシャンと皿が割れる音がする。
双子が自分のカラトリーを折り、皿を割ったようだった。
立ち上がろうとする二人を制しつつ、私は手を拭いた。
「宇宙船はお前たちにはもったいないほどの出来だろう。確認したらさっさと出て行くんだな」
確かにすばらしいものでしたよ。
薄い水色をしたそれは、前のものより格段に広い。
1階は制御室とリビング、キッチンで別れており、2階は天井が低い寝室。間に中二階があり、小さな物置になっている。
キッチンは圧巻だ。
冷蔵冷凍できる保存庫に常温用の保存庫の二つと頼んだ食器洗い機、フードカッターもレンジもあるし、オーブンは2つ、コンロの口は5つ。
食器の収納棚が手の届きそうにないところにひとつしかないが、飛べるし〈かばん〉があるからかまわない。
見たときは歓声を上げた。あまりの充実振りに涙ぐんだほどだった。
「ありがとうございます。これで安心して旅ができます」
だから出た言葉は本心で、私は頭を下げた。
「ふん、最後まで首がとれんとは限らんぞ」
ガタガタと椅子が倒れる音がする。
頭を上げると、鼻白んだ顔をした所長が踵を返し去っていった。
「くそじじい!」
「首輪外してよ!」
「まあまあ、打ち上がる直前に外すように命令でてるから」
「無視することはできないから大丈夫」
ヤリーさんとビルタさんがなだめるが、双子は立って怒りをあらわにしていた。
「オレらなんにもしねえのに! なんでわかってくんねーんだよ!」
「うーん」
ヤリーさんとビルタさん以外の人は蜘蛛の子を散らすように去ってしまい、いま宇宙船の中には5人と1匹しかいない。
私はテーブルを片付け、再度切った新しいタルトを双子の前に置くと双子はそれにかぶりついた。
ビルタさんは掃除機で床の破片を掃除してくれていた。
気が利くいいおねえさんだな。
その掃除機くれないかな。
微笑んだビルダさんは「この宇宙船にもついてますよ」と教えてくれた。
おおう、微笑みに撃ち抜かれそうになったよ。
「所長はさ、サイヤ人に殺されそうになったことがあるらしいからそれでじゃないかなあ」
「オレら関係ないじゃん」
「いや、それがねー」
話しが長くなりそうだったので、人数分のお茶を入れた。
椅子は4脚しかないので自分以外を座らせると私は立ったままお茶を飲んだ。
「この星はさあ、20年近く前にフリーザから買ったんだよねー」
「元はあなたたちが住んでいたセーリヤ星の近くに住んでいたの」
「ゴッホッ!」
むせた。
大いに咳き込んでキレイな床がお茶で汚れてしまった。
「サーヤうるさい」
トーガに怒られた。
むせるのはどうしようもないよ!
ってか、近くの星に住んでた!?
「それでね、フリーザと取引するときに話しを通した人がさー、サイヤ人だったみたいなんだよねー」
こぼしたお茶を拭きとりながら思った。
距離的にも年的にも近い。
「相手はサイヤ人だということを隠していたようですが、所長は気付いてしまって……殺されそうになったらしいですよ」
「ほかにもいたとは思うよ! でもサイヤ人って数少ないじゃん? 滅ぼされたっていうしー」
「なんだよ。もっとはっきり言えよ」
「うん、だからねー。君たちは小さいときに別れてわかんないだろうけど」
私は床を拭いていた体制を即座に変えた。
「すいませんでした! 父に代わってお詫びを!」
土下座した。
まさか新しい宇宙船ですることになろうとは微塵も思ってなかった。
「えっ父さんなの!?」
「たぶんそうだろうなーって話で! もうフリーザもサイヤ人もいない今、そんなこと話してもどうにもならないんだけどね!」
「それ前もやってましたよね? 居心地が悪くなるのでやめましょう? ね?」
だって私にできる最上級の謝罪はコレなんだもん。
ビルタさんに起こされて私は立った。
「それもう絶対うちの父です。間違いなく」
気付いちゃったんでしょ? なら父しかいない。
フリーザ殺すためにわざわざ髪の色変えて、フリーザ軍に入ったんだもの。そりゃばれたら殺そうとするだろうよ……。
そういうと双子は黙り込んでしまった。
でもどうしよう。そうなると話が違ってくる……あの人首輪なんて外さないんじゃないか?
思わず首に手をやってしまった。
「なんにも知らなかったの、わたしのほうだった」
「しょうがないって! 俺だってあんま覚えてないくらい昔の話なんだから」
「でもそれじゃあ首輪はずしてくれねーんじゃ……」
「大丈夫だ! セーリヤ人を殺したりしないだろうし! サーヤは【壁使い】だろ!?」
「なら大丈夫だ!」とヤリーさんは拳を握って訴えた。
なんで大丈夫なのかさっぱりわからなかったけど、それよりもビルタさんが言ったことのほうに仰天した。
「この宇宙船、所長が設計したんですよ? 早く完成させろって技術部に催促してましたし、本当に殺すつもりならそんなことしませんよ」
「えっ」
三人で同時に驚いた。
「あなたの眼鏡だって手の治療だって、所長が手配してくれたんですよ」
「そう! 二人を外に出すことに許可したのも所長だし!」
「大丈夫ですよ」
うんうんとうなづくヤリーさんを見て、私たちは顔を見合わせる。トーガの目がぱっちりと音が聞こえそうなぐらいはっきり瞬きをするのが見えた。
「そもそも首輪を出したのだって脅かすつもりだっただけで、つけるつもりなんてなかったに違いないんですから」
「そうそう、所長のおかげでこんないい宇宙船になったんだしねー」
――そうだったのか。
ヤリーさんが言い終わると静寂が訪れた。私たち三人は黙ったまま相槌すら打たなかったからだ。
「ね、ねえこれおいしいねー! なんていうの?」
「……タルトです。フルーツタルト」
「飲み物と合いますね」
ニコニコと食べる二人とは対照的に双子はなにやら考えているようだ。
私は〈かばん〉を開き、材料がそろっていることを確認すると再度作業に取り掛かった。
+ + + + + + + + + + +
宇宙船が打ちあがるぞという日。
タルトを食べた日から宇宙船について勉強し、旅の準備をしていたらあっという間だった。
周囲を見渡せば、眼鏡を掛けた視界は拓けて見える。
この星では事故で降りてしまって、いやな思いもしたけれど結果的にはとてもよくしてもらった。
「あの、お礼です」
私はお菓子を差し出した。
相手は沈黙を守り、私はあきらめたように近くの人に渡した。
私たちは晴天のもとに日の光を浴びる宇宙船の前にいた。
周りはお世話になった人たちで囲まれている。
そんな人たちにお礼がしたかった私はこの一週間、空いた時間でせっせとお菓子を作っていた。
おかげで乳製品はなくなり、たくさんあった砂糖も残り少なくなってしまった。
そのお菓子たちは施設に〈かばん〉ごと置いてきた。
〈かばん〉はまだあるからひとつくらい譲っても問題はない。
三人と1匹でお辞儀をしつつお礼を言うと、「がんばれよー」とどこからかエールが聞こえた。
双子が手を振るとわあっと歓声が上がる。
本当パンダ扱いされてるなあ。
乗り込むと新しい宇宙船は起動しており、画面に経路が描かれている。
目的地は前の宇宙船のデータにあった地球。
前の宇宙船なら20年かかる移動距離も、経路が新しいものに代わったためずいぶん短縮された。
それこそ行ける、と確信できるくらいの短期間で移動できるようなのだ。
こうなったら、行くしかないのでは?
――地球に。
「直前に外れるんだろ? それ」
「そういう話だけど」
トーガがあごで指す仕草をする。
宇宙船の扉が閉められて、打ち上げの準備に入っても外れる様子はなく。
外を見ると何人かが所長さんに駆け寄って話しこんでいる。
あ、これだめかな。
いやでもな。どうなんだろう。
チルが不安げに見つめてくる。
その口元は耐えるように一文字だ。
打ちあがる時、私は最後に所長さんに手を振った。
答えてくれるわけもなかったけれど、無意識にそうした。
宇宙空間に出て無重力になると、体は自然に浮かぶ。
そのうちゆっくりと宇宙船の重力が安定し、床にものが落ちていく。
「あっ」
トーガが最初に気づいた。
指をさして顔をしわくちゃにゆがめる。
チルは抱きついて泣き喚いた。
よく見える顔に、私も泣きそうになりながら双子を抱き返した。
その時に、カン、と小気味いい音が宇宙船の中に響いた。
