第一部 旅編
第三章 決意
31 フルーツタルト
「な……なにしてんだよっ!?」
「や、やだぁ!」
私の首にはめた首輪を取ろうとチルが手を伸ばす。
「やめろ!」と所長が怒声を上げた。伸ばされた小さい手がびくりと震えて止まる。
「無理やり外せば首が飛ぶぞ! どういうつもりだ……!」
「宇宙船をください」
「全員でなければだめだ!」
「いやです。双子につけるくらいなら私は死にます」
「なにいってんの」とトーガが服を引く。チルもすがり付いている。
私は双子の頭に手を置いて大きく息を吸った。
「私に首輪をつけておくだけなら二人はなにもしません。でもこの二人はサイヤ人の父に似ていますから、私が死んだりしたら……」
「脅すつもりか!」
ラクが言ったじゃないか。反論してだめなら脅せって。
こっちの要求を伝えなきゃだめだ。
なんのためにラクの姿を見たんだ!
「あなたが私の生死を握っているのに、おかしなことをいうんですね」
「ぬっ」
「私たちは宇宙船を手に入れいなくなる。そしてこの星は安全になる。それでいいじゃありませんか」
私は口元だけで微笑む。所長は顔を真っ赤にさせ怒っているようだった。
前世での仕事は接客業だ。
客に言うことを聞かせるために必要なのは忍耐。特に、怒っている客はそれが必須だ。
まともな客なら、態度を変えず、冷静に切り返せばなんとかなる。
この所長は、『まとも』な部類だ。私が生まれた星の住人達よりよっぽど、受け答えがはっきりしてる。
「貴様を殺せば滅びるのでは意味がないではないか! 気に入らなければ自殺すると脅すのだろう!」
「私は死にたくありませんから、宇宙船と荷物さえあればさっさと出て行きます。そうでなければ主張するのは当たり前では?」
「小賢しい! その気になれば首が飛ぶより早く私を殺せるだろうが! 弟妹にも首輪をつけろ!」
「つけたら私死にますって言ってるじゃないですか」
睨み合っていると「あのー……」と気の抜けた声が聞こえた。
「妥協しませんか」
「……近づいてもいいかなあ」
いつの間にか戻ってきたさっきの眼鏡と茶髪が奥から頭をひょこっと出してこちらを見ていた。
その後簡単に言えば交渉は締結された。
私たちが拘束されている間、こちらの星の人たちは処遇について協議していたのだという。
なのに所長が先走り、結果私は首輪付き。
様子を見ていた偉い人々は頭を抱えたそうだ。
「――そういうわけで、本当はすぐにでも宇宙船で出してあげたいんだけど、無理になっちゃったんだよねー」
茶髪のチャラそうなイケメン研究者が「ごめんねー」と謝った。
「外せるなら外したいんだけど生憎所長のだし、仮に外せたとしても野放しにはできないからさー」
首輪は所有者以外誰にも外すことができない。
「ホントごめんね」と謝られながら、また拘束された。
「サーヤのばか! ばかばかばか!」
「ううう、ううううー」
双子は泣いていた。手足をぐるぐる巻きに縛られながら罵倒されると、「すいません」としか返せない。
あまりにも双子が泣くので、移動しているときに多くの人から見られた。引き回しの刑みたいだった。
「わー、ずいぶん豪華な牢屋だね」
「……」
私たちはある一室に運び込まれた。
感想を言ったら、恨めしそうな顔で双子ににらまれてしまった。
いやだってもっと牢屋っぽいところに収監されるんだと思ったんだもん。それが清潔なホテルのような部屋だったら驚くでしょ。
腕とか足とかを覆っていた拘束は部屋に来てすぐに外れた。
音を立てながら背伸びをすると、壁についている窓に目が行く。
えー外に出れちゃうじゃーんと窓を開けてみるが、空はない。
モニターがはめ込まれていて、画像が映し出されているだけ。密室である。
ちょっと思ったのだ。
もしこの部屋が地下だった場合、水流されたら死ぬわって。
そうじゃなくても空気なくなったら死ぬ。ガス注入されても死ぬ。
というか、我々をわざわざ生かしておく利点ってそもそもないような。
天井にそれっぽい穴が開いてないか調べてしまった。
――たぶんない。あってもわかんないレベルだ。
もし死刑決定したら教えてくれるのかな。そしたらみんなぶっ壊して双子だけでも外に出すんだけどなあ。
「早く首輪を外せよ!」
「いつになったら外すの!」
「ヒッ!」
「やめなさい」
双子はおとなしく椅子には座っているものの、威嚇するように声を荒げる。
相手は食事を持ってきてくれた白衣の人だ。
怯えてしまったみたいで、逃げるように走って扉を閉めていった。
気を取り直してご飯だ。初めてのムショメシってやつだな。
トレイに盛り付けられていたのは、紫色のペースト状のなにか、黄色の硬そうな固形物、青と白のチューブ。そのほかは赤い絵の具を溶かしたような液体。
どれもおいしそうには見えない。
「まっず。なにこれ」
なんでも食べるトーガが顔をしかめてる。
「食べにくい……」
普段おっとりとしているチルは、声を低くして唸ってるみたいだ。
どちらも乱暴に食器をぶつけ、「ガンッガンッ」と音を立てながら食べ進めている。
とてもイライラしているようだ。
無理もないと思う。
私の首には余計なものがはまってるし、外にももちろん出られない。おまけに食事は宇宙食のようなお弁当。いや、宇宙食のほうが美味いかな。
双子にとってはストレスフルだろう。
でも、いいと思うんだ。
ご飯出てくるし。
作ってもらったご飯はなんでもおいしい。
どれも甘くも酸っぱくもなく、うまみのかけらもないけれど、食べられなくはないし。
なにより、なんにもしなくてもご飯が出てくるのって最高。
ちょっとだけ、捕まってよかったかもしれないと思った。
右手の腱鞘炎どうしようか悩んでいたから。
温泉で持ち直したものの、毎日朝から晩まで包丁握って悪化した。
良くなる気配はなかったんだ。
私の右手、そのうち動かなくなりそうで怖い。まだ子どもなのに。
そう考えると、この状況は全く悪とは言えない。
双子には悪いが、私は自分の交渉結果に満足している。
「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」
呼び出し音がなって、声が聞こえてくる。
部屋にはタブレット型端末のようなモニターがあり、外と連絡が取れるようになっているのだが、見るとそれにはチャラいイケメンが映っていた。
「宇宙船のなかにあった大きい袋の中身なんだけど、派手なやつ」
「光塩ですかね。危険物です」
「危険? どういうもの?」
茶髪のチャラそうなイケメン白衣は事あるごとに話を聞きに来る。
宇宙船の中身から、没収された〈かばん〉まで、全部検査しているらしい。
まあ変なものも入っていないし? 返してくれるならと快く応じています。
隠し事もしてないし、聞かれたら答えるし。なんて模範的な虜囚なんでしょう。涙がでそうだわ。
「ありがとー! またわからないことあったら訊きに来るけど……」
茶髪のイケメン白衣は、名前をヤリーと言って、私たちとの中継ぎを担当するらしい。
ヤリーさんは宇宙船について聞いてきた。
「宇宙船で欲しい機能とかある? メディカルマシンつけられるよ」
「そんなのいらないのでフードカッターとオーブンとコンロいっぱいと食器洗い機つけてください」
「ええ? サイヤ人でしょ? 怪我治したりするのつまなくていいの?」
そんなものがなんの役に立つというのだ。ソタ豆あるのに。
私は腱鞘炎を改善しつつ調理時間を早めたいのだ。
「いりません。コンロだけだと私の右手が死んでしまうので、一気にご飯作れるようになるならそれだけで満足です」
「そ、そう……苦労してたんだね……」
「伝えておくよ」とヤリーさんは苦笑いのような表情を作った。
双子の食べる量はセーリヤ星を出た後からかなり増えて、私の右手は常に瀕死だ。
だってコンロしかないんだもん。3本の包丁を研ぎながら使ってるけど、減りが早い。減らない包丁欲しい。
食事を終えてご馳走様でしたと来た人に皿を渡すと、双子が威嚇したのでたしなめた。
双子をなだめながらベッドに入れば疲れがたまっていたのか、私はすぐに寝入っていた。
+ + + + + + + + + + +
命を握られている以上、逆らうなんて愚問だ。
私はホテルに閉じ込められながら、どんな質問にもできる限り答えた。
正直に、素直に。
すると、どんどん待遇が良くなっていった。
最初は身体だった。
ある日病院みたいなところに連れて行かれて検査をした。
その時右手も診てもらったら同情された。お医者さんは「その歳でコレはまずいよ」って頭を振り、手遅れかと絶望したら治療してくれた。
科学が発達したところの医療ってすばらしい。
一週間ほどで痛みは治まり、まるで回復魔法でもかけられたかのように右手はかつての動きを取り戻したのだ!
それだけでも小躍りして喜んでいたら、その日のうちに眼鏡をもらった。
泣いた。
見えるってすばらしい! ぶっちゃけしょうゆの時と同じくらい泣いた!
予備もいくつかもらって眼鏡を持って来てくれた人に感謝感激してたら、次の日熱を出した。
もうここまで来るとね。ああ、また熱かーって慣れてしまってたんだけれども、お医者さんが診察してくれたのだ。
一応、たまに熱を出しますって正直に言った。
そしたら詳しく検査してくれたんだけど、結果として病気ではなかった。
体質では?って話だった。
それでも飲料水や消化の良い食事など今までで一番看護されてるって感じの環境を用意され、あまりに過ごしやすくてずっと感動してたら双子の態度がちょっと軟化した。
「これぇ、おいしいい」
チルが泣きながら食べているのはタルトだ。トーガは口いっぱいに頬張っている。
私は二人の表情に笑ってしまいそうになるのを堪えながら、焼いた生地にカスタードクリームを詰めた。すでにできあがったものには赤いフルーツが乗っている。
フルーツタルトだ。もどきだけど。
「なにか甘いものを」とヤリーさんに言われ、返された〈かばん〉のなかにナウネで手に入れたバターと牛乳があったから作ることになった代物だ。
なぜ作ることになったのかというと、機器の確認のため。
新しい宇宙船が今日、めでたくできあがったのだ。
「それはなに?」
「食べてみますか? 甘いですよ」
「甘いの……うーん」
眼鏡を掛けた女性は不思議そうにタルトを覗き込んでいる。
この女性はビルタさん。
一番最初に出会った、所長を止めていた眼鏡白衣はこの人だ。
ビルタさんはソタ豆について知りたかったようで、ギンさんの名前を伏せて詳しく教えていたら仲良くなった。
髪が短いし声も低めなので最初男だと思っていたのだけど、中性的な美女だったことが発覚し、不覚にもときめいてしまったのだがそれは秘密の日記帳にでも書いて鍵かけたい。
宝塚の男役並みにかっこいいんだぞ……不可抗力でしょ……。
ビルタさんは仲良くなるたびに来る頻度が増えたし、その度に食べ物を差し入れしてくれたので双子の態度もかなり変った。
持ってくる食べ物が比較的美味だったっていうのもある。
次は違う人たちがシロや〈かばん〉について聞きに来て、その度にみんな食べ物を置いていくようになった。
その頃になるとさすがの私も気づく。この人たちは双子を懐柔しようとしていると。
文句を言いつつ食べる双子を見て、順調に懐柔されてるなと思ったが言わなかった。
おなかが膨れるならそれに越したことはないからだ。
「食べ物なの? きれいだねー」
そう声をかけてくる人は一人じゃない。宇宙船は開けた工場の一角に陣取っているため、白衣の人たちだけではなく作業服の人たちも寄ってくる。
「お菓子です。甘いんですよ」
「へえ、甘いの?」
「不思議な形だなあ」
話している中の一人に、「乗って来た宇宙船もらってもいいか」と聞かれたこともあった。
断腸の思いで了承したら双子に抗議された。
「父さんのだよ!?」って。でも乗れないなら私たちには必要ないし、父さんも使えないなら捨てろってきっと言う。
思い出も詰まっているが、思い出では旅はできない。
中の情報が欲しかったようなので、まだ使えそうな部品で屋外用コンロを作ってもらうことになった。それでいいだろうと双子を説得した。
食い下がる二人に、「首飛ぶし」と言うと白衣の人たちが悲鳴をあげて、双子はしらけたようにそれを見ていた。もう双子はその反応に飽きているようだった。
「ひとつくれる?」
「どうぞー」といいながらタルトを仕上げる。チルが皿にとって渡すとその人は慎重な手つきで受け取った。
「私も、いいかな」
「いいよー」
チルもトーガも、ためらうことなくタルトを渡している。
警戒心が薄れたのか、双子がむやみやたらに威嚇することがなくなったころ、三人で部屋を出られるようになった。
ビルタさんかヤリーさんのどちらかが必ず近くにいたが、双子は気にするわけがない。案内された広場で走り回り思いっきり体を動かしていた。
そんな中「こういうのもあるよー」とヤリーさんが出してきたのは大きめの動く張りぼてで、どうやらサンドバックのようにして使うものらしかった。
「遊んでみる?」と誘われたが、双子は渋る。ヤリーさんは笑いながら「大丈夫だよそんな簡単に壊れないし」と言った次の瞬間、張りぼては粉々に砕けた。
この時の沈黙はちょっとおもしろかったな。
「ま、まだある!」「本当か!?」「よーし!」と言い合う三人を見て私は笑ってたけど、ちょっと離れたところにいる作業員さんたちは震え上がってた。
「ヤリーこれ食えよ」
「え、いいの?」
「いいのって、お前が作れっていったんだろ」
「あはは」
トーガにタルトをもらったヤリーさんはにへらっと笑う。
この人はここにきてから今日に至るまで、私たちの世話をしてくれた。ほぼモニター越しだけど。
最初こそ双子を見る顔が引き攣っていたけど、今ではやっと手懐けることに成功した隣人のように二人に構う。
「ビルタも食べてみて」
「えっと、じゃあ……」
ビルタさんは眼鏡の縁を持ち上げてタルトを受け取った。
最近双子はヤリーさんとビルタさんには笑いかけるようになり、それに呼応するかのように周囲の態度が変わった。
今までは『見たいけど怖くて近づけない』という感じで一定距離から近づいてこなかった。
それが今や囲むように集まってくるようになったのだ。
というのもこの星は子どもが少ないらしい。
外に出た時、人が多かったのに小さな子どもが一人もいなかった。
不思議に思って聞いたら13歳くらいまでは外に出されず他人にも触れられないように大事に育てているらしい。なので双子を見た人たちは大体こう言う。
『ふ、双子だ! かわいい!』
『ほんとにいるのね! 双子って!』
まるでパンダを見たときと同じような反応だなと思わなくもなかったが、言われること自体は悪くない。
むしろウチの双子はかわいいだろうと内心自慢した。
そう思えるようになったのは余裕が出てきたからだろう。
双子はモノに当たらくなったし、私の首輪を見ても目をそらしたりしない。
そして私の右手は痛まないし、目も見えるようになった。
なおかつ宇宙船もできたとなればもう、気分は高揚するに決まってる。
宇宙船の機器ちゃんと使えるか確かめてねと言われて、私はノリノリでお菓子を作った。作りまくった。
ヤリーさんに言われたから、という理由は半分。
もう半分は自分で食べたかったからだ。そうでなければ手の込んだフルーツタルトなんて作らない。
この星に来てから一度たりとも口にしなかった甘い味は、味見でさえとてもおいしく感じた。
これで首輪が外れれば言うことはない。
皆でニコニコと談笑していたとき、冷たい声が通って行った。
「ふん、いい身分だな」
カシャーン、と皿が音を立てて落ちた。
カツカツカツと床をたたく足音が、静かになった工場に響く。
「甘ったるい匂いをさせてなにをしているかと思えば、手なずけられたらしい」
そこには最初に会ったきりのカーネル不動明王――所長様が、仁王立ちで宇宙船の中にいる私たちを睨んでいた。
◆用語説明◆
アレイズ……某最後の物語というゲームに登場する、戦闘不能状態から全快する魔法のこと。
