30.黒の首輪

第一部 旅編

第三章 決意

30 黒の首輪

 そこは白い部屋だった。
 窓はない。天井の灯りは明るすぎず暗すぎず、床は灰色のじゅうたんが敷かれている。

「あんなところに落ちてなんのつもりだ。侵略しに来たのか!」

 怒鳴ってくる人物は、眼鏡をかけた顔を赤くしつつ、眉を険しく吊り上げてる。
 眼鏡をかけた白髭の……たとえて言うならケンタッキーのおじいさんのようなその人は店頭にいるような穏やかな顔つきではなく、どちらかというと不動明王のような顔をしていた。
 不動明王は半透明の不思議な壁越しに私たちに向かって吼えた。

「滅ぼされた復讐か!!」

 この不動明王は出会ったときからこんな調子だ。

「違います! そんなことしません!」

 何度否定しても聞く耳を持たない。

「宇宙船壊れたんだよ! ちゃんと道に落ちただろ! 人も死んでないし!」
「そういう問題ではない! 復讐でなければなぜこの星に来たのだ!」
「落ちたんだってば!」

 トーガの言うことに頷きつつ、肯定する。
 私たちは落ちた。そして、捕まった。

 突然とつぜん宇宙船が進まなくなったのが発端だ。
 画面を確認しても点滅するだけで手の施しようもなく、近かったこの星の大気圏に突入。
 操舵も取れないしこのままだと死ぬ。そう思った私は宇宙船を〈壁〉で包み、衝撃を緩和させることにした。
 途中で宇宙船は再起動したものの、どうにもならなかった。

 じゃあとりあえず適当な場所で着陸を、と思ったのは一瞬。明らかにタワーな人工物が大気圏まで伸びていてた。遠いと線にしか見えない細さのが何本も。
 この星、トランスフォーマー並みの発展した星だったのだ。
 着陸できそうな場所~とか悠長なことを言ってる場合じゃなく、まずタワーに接触しないように降りなきゃならなくなった。
 今まで宇宙船の自動運転に任せていたのに、いきなりタワーよけろと言われても難易度が高すぎる。

 しょうがないので、宇宙船を浮かせて力づくで軌道を変えることにした。
 浮かせるのはもちろん双子。
 当然、引力のほうが強くて落ちるが、落下の速度が幾分か緩和されたのはよし。

 そのまま地上近くまで降りたけど、パッと見て広い場所なんてなかった。
 ビルが所狭しと建っていて、それがずーっと続いてる。
 一度でも当たったらそのビルは崩壊だ。

 もしそうなったとして、事故になるか?
 絶対ならない。死刑だよ。私たち異星人だもん。
 テロリスト、大量殺人鬼なんて呼ばれながら死ぬことになるんだ。嫌すぎ。

 私は死に物狂いで建物に〈半球壁〉を張って壊さないようにした。
 あと少しで地上、というところでチルのほうが力尽き、バランスを崩した宇宙船は急落下後バウンドした。
 衝撃で歌えず〈壁〉は消え失せ、浮遊感も消える。
 トーガが抱えてくれてなければ身体を強打して気絶してたと思う。

 完全に沈黙した宇宙船をいじってみるが画面が点灯するだけ。
 外を確認すると、よりにもよって道のど真ん中で停止したらしく――たくさんの人に囲まれていた。

 その人たち、明らかに武器を持ってて、こちらに向けてたんですよね。
 立てこもり犯みたいな気分だったけどしょうがない。
 悪気はなかったのだとしても、相手からしたら我々は立派な侵略者。
 アメリカに下りたグレイもこんな心境だったのかなーなんて現実逃避したのは一瞬。

 出て行ったらハチの巣にされるんじゃないかとか、逃げる方法あるかなとか。
 散々迷っているうちに、トランスフォーマー並みの科学力で宇宙船ごとスキャンされ、あっけなく中身が子どもだということがばれた。

 それからは早かったな。
「投降しなさい。さもなければ宇宙船ごと解体する」といわれたので、秒で投降した。

 そうしたら、あれよあれよと拘束され、シロを虫質に取られ抵抗もできずに今に至る。
 拘束された後この部屋に転がされ、私が二人を励ましている時にこのカーネル不動明王がやって来たのだ。

「貴様たちサイヤ人は子どものときに送りだされる! そしてたどり着いた星を滅ぼす! そうでないとどうして信じられよう!」
「それは父の代で終わりました! 私たちはハーフですし、そんなことしません!」
「やめてください所長、暴れられたら止められませんよ!」

 こそこそとカーネル不動明王の後ろで白衣眼鏡が耳打ちするのが聞こえる。
 そんなことしないよ!

「ハーフだからなんだというのだ! サイヤ人は子育てをせん! 己の子に殺されるのが運命だと言うような野蛮な種族が慈しんで子を育てたとでもいうのか!? あり得ん! 貴様たちは父親にそそのかされてこの星を滅ぼしにやってきたのだろう!」
「そそのかされてません! 確かにサイヤ人は残酷だったのかもしれないけど、私たちの父親は他の星を滅ぼせとは言わなかった!」
「信じられるか! ここはフリーザから買った星だ! サイヤ人はフリーザに滅ぼされた! 残忍なサイヤ人からすれば、立派な報復対象だ!」

 ちがうっていってるのに!
 でもフリーザから買って住み始めた種族にとって生き残りは脅威だろうというのもわかる。
 どうしたら良いんだろうと顔を顰めていると、同じ部屋に入れられトーガにくっついていたシロが私に引っ付いた。

「お父さんのことを悪くいうの?」

 小さい少女の声は良く通った。チルが大きな目を吊り上げて怒っている。
 その隣ではトーガも壁を睨みつけ小刻みに震えている。
 シロは私の背中に回り、そこから出てこない。

「わたしたちを逃がすために死んだのに」
「なんにもしらねえくせに……」

 後ろからだと黒く染めた髪が少し浮くのが見えて、双子が怒っているのがよくわかる。
 気持ちはわかるが、超サイヤ人なんかになったら止められる自信はないぞ!
 双子を落ち着かせようと止めたら、また違う白衣が入ってきた。

「大変だ! この子ら、セーリヤからやってきたみたい……!」
「なんですって!?」

 おおっと、どうやらセーリヤ人だということもばれたらしい。宇宙船調べればすぐにわかっちゃうもんな。
 ……打つ手がない。
 茶髪の男性は眼鏡の人と話し合いをはじめ、カーネル不動明王はこちらを睨んでいる。

「サイヤ人はいいけど、セーリヤ人の、しかも【壁使い】とはまた面倒ですね」
「このまま詰めて宇宙船打ち上げる?」
「どうします、所長」

 こ、の、ま、ま?
 このままって拘束されたまま?
 体を縛っているものはやわらかく締め付けるが決してとれない。
 ――明らかな死刑ではないか!

「あの! 宇宙船! 宇宙船が直れば出て行きます!」

 焦った私は声を張り上げた。
 そして拘束されたまま地面に頭をこすり付ける。
 双子が困惑気に呼びかけてくるが構わず叫んだ。

「金目のものもあるだけ払います! なので直せるなら直していただきたいです! お願いします!!」

 しん、と静かになった。
 その中で言葉を発したのはカーネル不動明王だけだった。

「お前たちの乗ってきた宇宙船は寿命だ。二度と打ち上がらん」

 こすりつけたまま私は目を見開いた。

 二度と、打ちあがらない……?

 頭が真っ白になった。

「そんな……」
「冗談ゆーなよ! じゃあオレらどうしたらいいんだよ!!」

 のそのそと顔を上げると、カーネル不動明王――所長がしゃがみこんでいた。

「お前、目が悪いのか」

 所長は私に目線を合わせると透明な壁に指で円を描いた後、手をつけた。

「なんだよ! なにするつもりだよ!」

 トーガの問いに誰も答えることはなく、所長の手の周りの壁が白く変化していく。同時に壁に文字がいくつも浮き上がり、まるでパソコンの画面でも見ているように壁は様子を変えていった。

「その目でセーリヤから弟妹を連れて旅をしてきたのか……ふん……」

 所長が手をつけた場所が丸く浮き上がる。

「宇宙船をくれてやっても良いぞ」
「えっ」
「本当かよ」
「ただしこれを、はめるならな」

 所長が言い終わらぬうちに壁から何かがでて――カラン、と音を立てた。

「ちょっと! 勝手にそれは」
「ふん」
「それ、は……」

 黒いわっかが三つ、床に転がって止まった。
 ――首輪のように見える、それを目を細めて確認できたとき、私は絶句した。
 所長は淡々と説明した。

「奴隷用の首輪だ。それをはめると私の指示ひとつで首が飛ぶ」

 冷たい水の中につかったかのように全身がこわばった。

「それぐらいできなければやれん。お前たちはすぐにでも私たちを殺せるのだからな」

 頭に浮かんだのはエコナ星でのことだ。
 忘れられるほど時間が経っていたわけじゃない。
 奴隷、と考えるだけで身体が竦む。
 けれど――――――。

「ば、っかじゃねーの!? そんなのつけるわけねーだろ!」
「なら死ね」
「所長! そうやって刺激しない!」
「ほら、もう戻ろう! それ後で取りに来るからそのままにしといて!」

 所長を連れて出て行こうとする白衣たちを呼び止めた。

「私だけでいいですか。私だけならこれをつけます」

 それを言った瞬間、ばつん!と音が鳴る。
 見るとチルが拘束を解いていた。

「ゲッ、はずした!?」
「うそでしょう!?」

 白衣たちは「緊急ーだれかー!」と逃げていった。
 チルは駆け寄り、私の拘束具を伸ばして切ろうとしている。

「今はずす!」
「くっそ、こんなもの!」

 トーガも負けじと拘束をはずそうと力をこめているが、できないようだ。

「全員だ。それ以外は認めん」

 一人になったというのに所長は強気に断言した。

「いやです。私だけにしてください」

 バツン、という音とともに私の体が自由になる。チルはトーガに取りかかった。

「だめだ。拘束も解けるやつはなおさら危険だ」
「サーヤ、逃げよう! もう無理だよ!」
「こんなもん、もう見たくもねえんだよ!」

 トーガが思い切り首輪を蹴った。首輪はちょうど所長の顔めがけて飛び、壁によって阻まれる。
 首輪は転がり私の足にぶつかると回転し、止まった。

「ふん、馬鹿なやつらだ。首輪ひとつつければ宇宙船を手に入れられるというのに。所詮、戦狂いのサイヤ人よ。――どうする。この星を破壊するか? それとも宇宙船を奪うか? 父親がしたように略奪の限りを尽くすのか!」

 私は首輪を手に取った。

「なにも知らないくせに!!」
「父さんの悪口をいうな!!」

 つややかな漆黒のそれは中央の突起に触れると音もなく開いた。
 ごくりと唾液を飲み下す音がやけに大きく聞こえる。
 バツンとトーガの拘束も解けた音がしたとき、私の指先は肌に触れた。
 思ってたより冷たかったからか、微かに肩が震える。

「行こう! サーヤ」
「待てよ! 殴ってからだ! このくそじじい!」

 チルが私のほうを向いた。
 その瞬間。カチン、と無機質な音が首元で鳴った。

「つけました。宇宙船、ください」


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