50.出会い

第二部 人造人間編

第一章 希望

50 出会い

 そこはまるで廃墟のようだった。

 動くものはまったくない。
 鳥や獣の音もない。
 気配すらも微かで、到底人が住んでいるとは思えなかった。
 街路樹であったであろう木々は朽ちているのか葉さえなく、新芽なんてどこにもない。割れた路面からは草が生え、もはや建物だったのかもわからない瓦礫の山がいくつもある。
 その山を風がさらっていく。
 砂埃をまとった風は、かろうじて残っていた看板を細かく叩き、とても寂しそうな音が鳴った。

CAPSULE CORP.カプセルコーポレーション】――今にも朽ち果てそうな建物に大きく記されている。
 記憶の通り丸い形状の不思議な建物だったけれど、漫画と違って穴があいていた。

 想像はしていたし、覚悟もしていた。
 けれど、いざ実物を前にすると足が震えてくる。
 意を決してCCと書かれている建物に足を踏み入れると、暗さに目が細まった。

「サーヤ、……誰もいない。本当にここ?」

 チルの声が空洞に反響する。
 双子とあたりを見ながら進むが、足元にはよくわからない破片が散らばり、床には黒く染みができていた。
 高い天井には穴が空いており、そこから漏れ出す日の光が中の暗さを際立たせている。
 奥を見れば飲み込まれそうなくらい深い闇がひっそりと佇み、まるでこっちにおいでと誘ってるみたいだ。

「……これ、死んでんじゃね?」

 トーガの言葉がその場に虚しく響く。

 確かに生き物の気配・・はまるでない。
 地下にいるかもと探るがなにも動かず、虫さえも見つからない。
 渋いものがじわじわと舌下に広がり、ごまかすように私はそれを飲み込んだ。

 考えていた4つめの未来――トランクスさんが死んでしまっていて人造人間がいる世界……が、頭をよぎる。
 ……いや、まだ一度目だ。
 思い当たる場所なんてわからない。けれど、人が多いところだったらいるかもしれない。
 まずは人の気配を探してみよう。――後で。

「――今日は帰ろっか。また明日にでも来てみよう」

 もう足は震えていなかった。
 駆け寄ってきた双子の頭を軽く撫で、そのまま手を置く。そして瞬間移動するために集中する。
 何回も練習した気を練り上げる方法に、同じく何度も経験した感覚を思い出す。

 ……亀仙人の気配を見つけた。
 瞼を伏せて更に集中しようとしたとき、ガラガラと瓦礫が崩れる音が邪魔をする。

「そこでなにをしている」

 若い男性の声がした。
 割れた壁の向こうに誰かいる。
 ……気配を、まったく感じなかった。

『人造人間には気をつけろ。奴らは気配を感じん』

 亀仙人の言っていたことが思い浮かぶ。
 人造人間は17号と18号のふたり。
 そのうち17号が男だったはずだ。

 じゃり、という音を立てて男は壁の割れ目から顔をだす。
 突如湧き上がった警戒心は、逆光で隠された顔のせいで無駄に高まった。
 目を凝らすと、日の光を受けて髪の毛が白く輝いて見える。
 ――薄い、色?

(あ、れ。何色だっけ……? 確か―――)

 男は壁に手をかけ一瞬飛び、降り立つ。
 髪が遅れて跳ねた。
 その色に息が、止まった。

「誰だよお前」
「サーヤ……」

 双子の声にはっとする。

 返事をしなければならないのに、はくはくと口が戦慄わななくだけで出し方を忘れたかのように声は出ない。
 身体も石になったみたいに動かず、目だけは少しでもよく見ようと必死に動きを追ってしまう。

 そんな私の前に踏み出した双子は構えをとった。

「子供……」

 小さく呟いた青年は怪訝そうに眉をひそめる。
 その瞳はあおかった。

「ぁ、の」

 思わず胸元を強く握り締めて切り出した。
 声が震えてしまう。

「ト、トランクス、さん、ですか」

 その人は答えなかった。
 代わりに眼差しが鋭くなり、ゆっくりと歩きだした。
 私達の前で止まると、ちょうど天井にあいた大きな穴から差し込む光が当たり、袖には印象的なCCのマーク、顔の横には剣の柄があることが鮮明になる。
 その姿は知っているものそのもので、足から力が抜けて、私はへたり込んだ。

「ど、どうしたの?」

 覗き込むチルに返事はできず、涙が床に落ちていく。

「ちゃんと答えてくれよ! お前、トランクスって名前なのか?」
「……うちになにか用ですか?」

 うち。

 トーガの問いに返された言葉は確定的なものだった。

 ――生きてた。

 私は胸がいっぱいになって、かみ締めるように何度も頭の中で繰り返した。

 ――生きてた!

 思い浮かぶのは両親との思い出、そして旅の記憶がまるで走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 肩が震え、涙が溢れ出してきた。
 黒い染みができている床に水滴が落ちていく。
 耐え切れずついには声が漏れる。

「っ! 答えになってない!」

 チルが離れたと思ったらバシン!となにかがあたる音が響き、俯いていた顔を上げた。
 目に入ってきたのは、チルが蹴り上げる形の脚をその人が驚いた顔をしつつ腕で防いでいる光景。

「あってんのか間違まちがってんのか! はっきりしろ!」

 トーガはそう言うなり地を蹴った。

 な、なにしてる!

「だめ、やめて!」と止めようとしても、断片的な言葉は声に出すと泣き声に変わる。
 気付かないのか双子たちは彼に殴りかかっていってしまう。

 とめることができなかった私は、大きな声をあげた。

「やめなさいー!!」

 思っていたより声が大きくなってしまった。
 顔を上げれば近くにいた三人は耳を押さえて呻いているのが見える。

「なーにー? トランクスー?」

 どこからか気の抜けた声が聞こえた。
 カンカンカンと地下から響く音は段々大きくなり、キイーという油の差されていない金属音とともに床が開く。
 中からCCとロゴが入っている帽子をかぶってる女性がひょっこりと出てきた。
 女性はきょろきょろと周囲を見回した後、口にくわえていたタバコを離し煙を吐いた。

「……誘拐でもしてきたの?」
「なに言ってるんですか!」
「いやだってさ」

「子供捕まえてるし、女の子泣いてるし……」と壮年の女性はかぶっていた帽子を取った。
 すると、ひとつに束ねていたらしい髪が跳ねて、鮮やかな色が目に飛び込んでくる。
 勝気そうな美人。そこにいたのはそんな印象を持つご婦人だった。

 私はその女性の姿を認識したとたん、声を上げて泣いた。

 + + + + + + + + + + + 

「すいませんでした。……いきなり泣き出して」

 地下のシェルターのような居住スペースに招かれ、案内されるままソファーに座った私は、すんすん言う鼻をハンカチで押さえながら謝った。

 すかさず「気にしないわー」と声が上がる。
 声の主はドラゴンボールのヒロイン、ブルマさんだ。
 ブルマさんは長い髪を後ろでひとつに結び、灰水色の――少々すすけた色になっている作業服に身を包んでいるが、そこらにいる人よりは美人だ。さすが初期からいるヒロインといったところか。
 彼女は今、戸棚をあさっている。
 周りにはダンボールや木箱が乱雑に置かれ、タオルや工具が飛び出していた。
 作業台らしきものの上にパソコンのような端末もあるから、ここで整備などもしているんだろうと推測できる。

 そして、肝心のタイムマシン。
 忘れようにも忘れられない形状の乗り物は、まさかの入ってすぐ左手側にどんと鎮座していた。
 ドーム状の天井から降り注ぐ明るい光が、タイムマシンを艶やかに照らし存在を強調している。

 不審に思われない程度にこっそり観察した。
 ――すでに過去に飛んだのかな……。
 パッと見じゃわかんないな……。

「大丈夫……?」

 チルが心配そうに顔を覗き込んできた。
 安心させるように頷くとチルもつられたのか顔を緩ませたが、前を向くとすぐ表情を変えた。
 横を見れば隣のトーガも同じように前を睨んでいる。

 視線の先は言わずもがな、彼である。

「ねえー、コーヒーとココアどっちにするー?」

 ブルマさんはポットを片手に聞いてくる。
 お構いなくと言っても取り合ってくれなかったので、私はおずおずと答えた。

「……コーヒーがいいです」

「あら、おませさんね」と袋を開けながらブルマさんは笑う。

「トランクスーこれもってー」

 ブルマさんに呼ばれ歩き出したトランクスさんの顔は強張っている。
 視線がぶつかったとき、更にいぶかしげな顔をしながら通り過ぎていった。

 うん、怪しいことこの上ないですもんね。
 ――疑いのまなざしが普通に怖い。

 俯いていると、香ばしい香りが漂ってきた。
「他にはなにもないけど」そういってブルマさんに差し出されたものは、トレイに載せられた統一性のないカップ。
 お礼をいって受け取ると中身は黒かった。

「ミルクは無いけど砂糖なら……えーと……あった。入れる?」

 見せられたのは半分も満たされていない状態の瓶だ。
 私は首を横に振った。

「大丈夫です。ありがとうございます」

 マグカップに鼻を寄せると、懐かしくてまた涙がこぼれそうになる。

 コーヒーの匂いだ。

 地球に来たんだと再確認する匂いだった。

「はい。味は変わってないから飲めるはずよ」

 小さいティーカップに赤黒い液体が入っており、前世の記憶と同じようなココアだった。
 双子は私の顔とカップを交互に見ながら私の様子を確認する。

「ありがとうございます。……飲んでも大丈夫だよ」

 双子たちはカップを両手で持ち恐る恐る口をつけた。
 その瞬間、チルの目がカッと見開き、トーガの目はまん丸になった。
 二人は私とブルマさんとカップをきょろきょろと興奮したように見る。
 ブルマさんは手にマグカップを持ったまま椅子に座り、「ふ」と微笑んだ。

「――おいしい?」
「おいしい!!」
「うまい!」

 二人は口を揃えて言うと、またマグカップに口をつけた。

「ふふ、かわいいお客さんだわ」

 ブルマさんは二人を見て笑っている。
 一瞬で和らいだ雰囲気に私は口を開いた。

「この子はチル、こちらがトーガ、私はサーヤといいます。いきなり来て驚かせてしまったようで、すみませんでした」

 私はマグカップを両手で持ちながら頭を下げる。

「そうね、びっくりしちゃった。でもいいわ」

 ブルマさんは「おもしろかったし」といいつつトランクスさんを見てにやにやと笑う。
 あれのどこが面白かったんだろう?

 不思議に思いながらマグに口つけると、途端に懐かしい匂いと苦さが広がった。
 コーヒーは前世ぶりだ。ミルクを入れるのが好みな私にとっては苦い。
 だけど、なんとなく嬉しくなった。

「なんの用でここへ?」

 少し離れたテーブルで身体を支えるように立ちながら腕を組む彼を見やると、いささか鋭い目とかち合った。
 反射的にマグカップを握り締めたので中のコーヒーはかすかに揺れる。

「うちにはもうなにもありませんよ」
「そうそう。見ての通りうちは今開店休業状態なの。二人しかいないし、カプセルもマシンも全部なくなっちゃったから売れるのないのよ」

 あ、あれっ? 買い物客だと思われてる? なんでだ。

 双子も不思議そうに顔を見合わせる。

「それに殴り掛かってくるのもどうかと思う」
「ちゃんと答えないのが悪いよ。サーヤが聞いているのに」

 チルは眉を吊り上げ反論した。

「答えたじゃないか、うちになにか用かって。なのに蹴り上げてくるなんて……礼儀がなってないんじゃないか」
「むっ」
「なってないのはそっちだろ。殺すぞってくらい怖い目で睨みやがって。サーヤが泣いたじゃねーか」
「ちっ違う!」

 怖くて泣いたんじゃない! 生きてることに感謝して泣いたんだよ! ――とはまさか初対面で言えるわけもなく。
 私はトーガの頭を叩いて抗議した。

 すると「ぶふっ」誰かが噴出した。
 顔を向けるとブルマさんがトランクスさんを見て笑っていた。

「アンタなんて顔してんのよ!」

 私には睨んでいるようにしか見えないのだけど……。

「す、すみません。あの、睨まれたから怖くて泣いたわけではないです! 感極まってというか、今までのことを思い出したら思わずというか、なんというか、すみません。混乱して返事もできずに、本当に申し訳なかったです」

 私が双子を押さえとかなきゃならなかったのに、いたたまれない気持ちになる。
 ほ、保護者失格だ……。

 深々と頭を下げながら、私は息を吐いた。
 深呼吸し、顔を上げる。そしてトランクスさんとブルマさんを見た。

「あの、私たちは特に欲しいものがあってきたわけではなくて」

 私はコーヒーで苦くなった口内をそのままに答えた。

「サイヤ人に、会いに来たんです」

 ブルマさんが「は?」と言うのが聞こえる。
 しかし私はそのまま話し続けた。

「私たちはここから遠く離れたセーリヤ星というところから、地球にいるサイヤ人を頼って旅をしてきました」

 ブルマさんの目がこれ以上ないくらい見開かれた。

「私たちの父親がサイヤ人なんです。平和に暮らしてましたがちょっと事情が変って住んでいられなくなってしまって。父はフリーザの部下でしたからその宇宙船を使って旅を……」
「ちょっとまって! いきなりなに言ってんのよ! サイヤ人? 生き残り!?」

 身を乗り出すブルマさんの目には睫毛まつげがビッチリ生えていて、間近で見るとちょっと怖い。

「そ、そうです。父が乗ってきた宇宙船に地球のデータが残っていたので、それを頼りに」
「信じられない!」
「その宇宙船はどこに? 上から見てもなにも……」
「宇宙船は亀仙人さまのところにおいてきました。近くに落ちたものですから」

 ブルマさんは「あのジジイまだ生きてたのか」と悪態をつき、コーヒーをすすった。

「……じゃあ、あなたたちはサイヤ人のハーフなの? ……両親は? 一緒に旅してきたんじゃないの?」

 私は目を伏せた。

「両親は星を出る時に死んだの」
「逃がしてくれたんだよ。大勢に囲まれちまって、どうにもなんなかったな」

 私の代わりに双子たちが答えた。
 そうだったの、という小さい声が耳に入る。

「……でもそうなると話が違ってくる。地球人だから俺のことを知っているんだと思っていた。どうして名前を知っているんだ」

 トランクスさんはいつの間にか直立し、腕を解いていた。
 ブルマさんはコーヒーをサイドテーブルに置いて、じっとこちらを見つめてくる。
 私はコーヒーの入ったマグを握り締めた。

「――名前だけじゃ、ありません。孫悟空さんやベジータさんのことも知っています」

 言い終えた後、湧き上がった唾液をごくりと飲み込んだ。

「え? 孫くん?」

 驚きの声をあげたのはブルマさんだ。
 私はすっとタイムマシンに指をさす。

「あの、これ、タイムマシンですよね? 一度飛んだんですか? それとも、これからですか?」

 問えば、ブルマさんの口は半開きに変わる。

「……悟空さんに薬を渡してきたのですか? ウイルス性の心臓病にかかって亡くなるんですよね? それを防ぐ為に過去に行こうとしたのではないですか?」

 答えを待てば、微かにわなないたその唇が小さく声を発した。

「どうして―――」

 驚愕した表情をしたブルマさんは、すぐに「しまった!」という顔をして口元に手を当てていた。

「私、小さいときから悟空さんの夢をよく見るんです。トランクスさんが過去に行って未来を変えたほうの歴史なんですが……」

 カチャリ、と音を立てたのはトランクスさんだった。
 視線を向ければトランクスさんは割合太い眉を吊り上げ、剣に手をかけている。
 その目は射殺されそうなくらい鋭い。

 すごく怖い。けどこれ、逸らしたら駄目なやつだ。

 なんとなく猫だっけ? 縄張りの喧嘩を思い出しながら見つめ続けると、トーガがそれを遮るように私の前に立った。

「おい、それ抜くならここ壊れちまうぜ? わかっててやろうとしてんだろうな?」
「こっ、コラ!」

 挑発してどうする! 敵わないんだからやめなさい!
 諌めるがトーガは返事すらしない。
「すいません!」と謝ってトーガを無理やり座らせると沈黙が降りた。

 地下だからだろうか。耳で捉えられるほどの音はなく、ほぼ無音。
 そんな静けさはとてつもなく長く続いたように感じられた。
 破ったのは誰かの長いため息だ。

「――あんたもやめなさい。せっかくの研究所潰すつもり? ……あなたの言った通りよ。一度トランクスは過去に飛んだわ」
「母さん!」

 長い前髪を掻き上げたブルマさんは眉をゆがめながらポケットに手を突っ込んだ。

「し、信じてくれるんですか?」
「え? 嘘なの?」

 新しいタバコを取り出し火をつけるブルマさんに、私はぶんぶんと首を横に振って否定する。
 ブルマさんはタバコをふかすと天井に向かってゆっくり煙を吐き、私たちに向き直った。

「そうよねえ。タイムマシンのことピタリと当てちゃったし。私誰にもタイムマシンだって言ってないのよ。トランクスだってそうでしょ? それに孫くんが病気になって死んだことなんて、有名人じゃないんだから知ってる人いないし? わざわざあのジジイが言うとも思えないし、20年も前のことをあなたが知ってるなんて明らかにおかしいじゃない」

 ああ、そういえば私今世まだ20年も生きてなかったわ。

「でもサイヤ人頼って地球にっていうけどさ、ほかの星じゃだめだったの? 遠かったでしょ?」

 そういうブルマさんにいち早く答えたのは双子だ。

「地球にくればなんでも願いを叶えてくれるドラゴンボールってのがあるんだろ?」
「それでお父さんとお母さんを生き返らせるために来たの」

 私はそれを引き継ぐような形で言葉を連ねた。

「確かに目的はドラゴンボールですけど、サイヤ人もいるし、平和そうだし、地球に移住しようと思ったんです。だ、だめでしょうか?」

 地球人に訴えるとブルマさんは顔を苦しそうにゆがめ、トランクスさんは険しい顔のまま逸らした。

「……残念だけど、ドラゴンボールはもうないわ。それに地球は平和じゃない」
「えー!!」

 双子が声を上げる。
 ブルマさんは再度タバコをふかすと灰を落とした。

「夢に見ていただけで、地球の状態は知らなかったのね? 残念だけどあなた達の望む地球じゃないし、みんなもいない。悪いこと言わないわ。宇宙船で他の星に逃げたほうがいいわよ」

 双子達は服のすそを引っ張る。その顔はどうするの?と言いたげだ。大丈夫だと頭を撫でて返す。
 そして私は否定の意味で顔を左右に振った。

「確かに来るまでは知りませんでした。でも……」
「死んじゃうわよ? わざわざ来てそんなことになったら、ご両親も浮かばれないでしょうに」

 煙るタバコを指の間に挟みつつブルマさんは訝しげに私を見る。

 私はおかしいのだろうか。
 とてもそんな雰囲気じゃなかったのに、笑いがこみ上げてきたのだ。

 ほかの星に逃げろだって?

 サイヤ人が恐れられずに永住できる場所なんて無い。
 セーリヤ人が怯えないで生きていける場所なんて無い。

 宇宙の星々と交流が無い地球だからこそ、価値があるのだ。

 確かに私が求めていたのは平和でみんながいてドラゴンボールがある地球だけれど、そうでなくても別に構わない。
 ドラゴンボールがなくても、サイヤ人ならいる。いるならいずれ平和になる。
 それに奴隷商人だっていない。いたとしても地球人だ。敵ではない。
 だから双子もここでなら幸せに暮らせる。
 地球が平和になれば、ここを拠点にしてナメック星も探せる。
 私にとってメリットしかない。

 私はトランクスさんを見据えてはっきりと断言した。

「いえ、トランクスさんが人造人間を倒して平和になるので、できることならこのまま地球にいたいです」

 瞳が揺れたのが見えた。

「今は倒せませんけど二回目に過去に行って帰ってきたとき、みんな倒してしまいます。確かにドラゴンボールは諦めるしかないですけど、トランクスさんがいるなら平和になりますから、住み――」
「なにを、言ってるんだ。そんな、倒せるなんて」

 いきなりトランクスさんが焦ったように遮った。
 ブルマさんも呆けた顔をして見ている。
 私は構わず続けた。

「倒せます。悟空さんも悟飯さんもベジータさんもピッコロさんも、みんないませんけどトランクスさんがいるなら絶対に平和になります」
「なんで、言い切れるんだ……! 俺は……!」

 そういって肩を震わせるトランクスさんは俯いた。

「知ってるからです。絶対、倒します。むしろあなたしか倒せる人がいません」

 言い切ると、誰もなにも喋らなくなってしまった。

 沈黙がやけに耳に痛い。心臓は痛いくらいどくどくと脈打っている。
 平静を装いつつ、残ったコーヒーを飲み干しごまかした。

 ……勢いに任せて喋っちゃったけど、無理があったかな。
 突拍子もない話だしなあ。
 でも未来わかるから来たって言わないとおかしいし、亀仙人にもそう話しちゃったんだよね。
 だから同じこと言っとかないと会った時に『あれ?』ってなるじゃないか。

 それに本当のこと話さないと信用してもらえなさそうだし。
 できることなら円滑な人間関係築きたいし。

 空になったマグカップを名残惜しげに見て、恐る恐る顔を上げると目に入って来た光景にギョッとしてしまった。

「――なんで泣くんだよ」

 トーガは器用にカップの底を一本の指で支えて持ちながら呆れたような声を出す。
 ブルマさんは顔を覆ってすすり泣き、トランクスさんはうつむいていて表情こそわからなかったが肩が揺れていた。

 この二人はどれだけつらい日々を過ごしていたんだろう。
 いきなり会った小娘こむすめに平和になるからといわれて、泣いてしまうくらい過酷な人生だったんだろうか。

 ……しんみりした空気になってしまうと、居心地が悪くなる。
 泣かせるつもりはなかったのだ。どうにかして涙を止めて欲しいが、泣き止めというのも言い出しづらい。

 困ったな……どうしよう……あ。
 閃いた。
 比較的明るい声を出しながら〈かばん〉に手を突っ込む。

「あの、今さらですけど、お茶菓子ありますのでみんなで食べませんか? お茶もごちそうになりましたし」
「やった! はらへってたんだよ!!」
「パイだあ! あっ、クッキー! ……ケーキも!?」

 喜ぶ双子を尻目に私はぽんぽんと、お菓子をテーブルに置いていく。
 出せば出すほどチルは大きな声を出した。

「え、え? ええっ! ちょっとちょっと! どこからだしてんの!」

 こちらのブルマさんは声が高くなっていく。
 雰囲気が変わったことにホッとしながらカラトリーと皿を出す。
 テーブルがお菓子や軽食で埋まると、案の定ブルマさんに声を掛けられた。

「このかばん、まっ平じゃない! 圧縮してんの!? そのまま取り出せるってどういうことよ!」
「えーっと、これは……」
「ちょっと見せなさい!」

 うっ!? 迫ってくる!
 さっきまで泣いていた顔が今度は獲物を狩る獣のようにぎらぎらと目を光らせている。
 想定外にこわい。

「み、みせます! みせますから! ちかい!」

 私は背を縮ませると〈かばん〉を開いて簡単に説明してみせた。
 するとブルマさんはじっと見つめた後、「欲しい……」と呟いた。

「あの……よ、よければ宇宙船にまだ予備があるので差し上げましょうか?」

 言った瞬間ブルマさんはにやりと笑い、私の肩に両手を置いた。

「よろしく」

 で、ですよね。
 私は頷くほかなかった。


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