第一部旅編
第五章 地球
49 清らかな心
「お願いします! 教えてください! トランクスさんが生きているかどうか、それだけでも!」
あわててアロハなシャツを掴んでひきとめるが、亀仙人は振り払うように腕を上げ怒鳴り散らした。
「知らん! 地球にいる戦士はみな死んだ! 悟空もクリリンもヤムチャも餃子もピッコロも! 悟飯さえもだ! ……トランクスもそうだろう……!」
し、死んだ? 死んでたらアウトなんだけど。
「死んだかどうかは知らんが、何年もここに来ていない。教えに来る奴もおらんからな」
それ、まだ確定じゃないよね?
私は服のすそを掴み、表情の見えないサングラスを見つめる。
「なら確かめに行きます! ブルマさんの居場所を教えてください!」
「知らんと言っとるだろう! 最後に会ったのはずいぶん昔じゃ! どこにいるかなんぞわしにわかるか!」
「じゃあカプセルコーポレーションの場所だけでも! 調べに行きますので! 地図を見せてください!! お願いします!」
懇願するように服にすがり付けば、うっとうしそうに首根っこをつかまれた。
「しつこいガキじゃ! 地図なぞもう意味はない! すべて破壊されつくしてしまったのだから見てもわからん!」
「そんなこといわずに! こっちはわざわざ来たんです! この目で確かめないことには帰るに帰れません!」
「あの……」
宙にぶら下がりながら怒鳴りあっていると、下の方から亀さんがおずおずと首を長く出して声をかけた。
「亀仙人様、筋斗雲を貸して差し上げたらよろしいのではないのでしょうか」
見れば亀さんは目元を濡らして微笑んでいる。
「ブルマさんのおうちなら筋斗雲も行った事があるでしょう。乗っていけば地図なんてなくてもたどり着けるはずです」
「こりゃ! 余計なことを!」
「亀仙人様、ウミガメはこの二十年、さみしゅうございました。今でもブルマさんや皆さんのことを思い出さない日はございません。悟空さんの話を再び聞くことはもう一生無いと思っていたのです。……それに筋斗雲ならあいつらに会っても逃げ切れるはず。お願いいたします。せっかく尋ねてきてくださった大切なお客様です。お願いいたします」
ウミガメはぼろぼろと涙をこぼして頭を垂れた。
「あの、きんとうんって、悟空さんが乗っていた……」
そろっと亀仙人を見るが、サングラスで表情はいまいちわからない。
少しだけ白い髭が動いたかと思ったら、背中の服を掴んでいた手が離れ体が重力にしたがって地面に落ちた。
……地面が砂でも落ちたら痛い。
「よかろう。筋斗雲は心が清らかな者しか乗ることはできん。つまり嘘をついていればすり抜ける。おぬしが乗ることができたら貸してやらんこともない」
うっ。
嘘はついていないが、心が清らかだというのは自信がない。……むしろ汚れているのではないだろうか。
の、乗れなかったらどうしよう。
「良かったですね!」
亀さんは近付いてニコニコと笑ってるが、私の内心は戦々恐々としている。
筋斗雲が遠い空の向こうからやってきたとき、そんな思いは吹っ飛んだが。
だって筋斗雲だよ?
あの筋斗雲。アニメのOPで悟空さんの横から悟飯さんがひょっこり出てきたりするあれだよ。
あれが目の前にある。
それだけでもう、もう。
「うわああああ!! 筋斗雲だ! ほんとに雲だ!! すごい! 本物! うわあ!! うわーっ!!!!」
はしゃいだ。
その前までの殺伐とした雰囲気はどっかに転がっていった。
「お前、喧しいの」
あきれた声が聞こえたが、耳から入って耳から出て行ってしまった。
つまり、頭に入ってない。
それどころではないのだ!
筋斗雲に乗る! 小さいころアニメを見ながらいいなあと思っていたあの筋斗雲に!
の、る!
……心臓が破裂しそうになるくらい高鳴った。
「何年か前にエッチな本を見つけた亀仙人さまと同じ反応してますね」
「ウオッホン! ……さっさと乗らんか」
亀さんの一言に我に返り、亀仙人の言葉に現実を見た。
……乗れるかどうかはわからないんだった。
「し、失礼します」
ゆっくりと飛びあがり、筋斗雲に足をつける。
……お? いけるんじゃない?
硬い感触があるような気がして片足で踏みしめていると、催促されてしまった。
「おい、浮かばずにちゃんと足つけい」
「あ、はい……!?」
片足から力を抜くと、即座に伝わる浮遊感。
明らかにこのまま力を抜いたら地面に叩き落される感じ。
……え……だめ? だめなんですか?
「さっさとせんか」
さらに亀仙人は急かしてくる。
しかし、これはこのままだと明らかに落っこちてしまいそう。
何故ですか筋斗雲様。
見捨てないで頂きたい! お願いします!
じっと筋斗雲を見ながら固まっていると、下からの視線が痛くなってくる。
「……やましいことでもお有りに?」
亀さんは半目で見上げてくる。
こちとら前世持ちだぞ。
ないわけがない。……大いにある。
しかしそうですなんていえないがな。
……どうしよう。
「ふん……嘘か? 頭が狂ってる子なのかね」
ひどい! 狂ってるようにみえるってことか!
私は唇をかんで決心した。ぎゅっと目を瞑って、全身から力を抜く。
落ちませんように――、いや、絶対落ちる!
迫り来る地面とキスして砂まみれになるのか。
―――そうなったら泣く! いろんな意味で泣く!
ダイブするのと、声が聞こえたのはほぼ同時だった。
「サーヤ!」
「無事か!?」
「なんじゃ!?」
「ほわっ!?」
ぎゅっと目を瞑って耐えていると、いつまで経っても顔に衝撃が来ない。
ん?
恐る恐る目を開けると、そこには宇宙船から飛び降りている双子と、甲羅に隠れている亀、座り込んでいる亀仙人がいた。
あれっ? なんで双子がいるんだ?
疑問に思ったのもつかの間、双子は目にも留まらぬ速さで私に飛びより、興奮しだした。
「うおおおお! サーヤ! これなにこれなに!? かっこいいいいい! オレも乗りたい! 乗っていい!?」
「雲!? これ雲!? すごい! わたしも乗りたい!!」
そこで初めて私は自分が座ってる場所を見た。
雲である。
触ってみても、ほぼ感触がない。しかし、浮いている。
体が勝手に震えだし、私は堪らず顔を両手で覆った。
「うわあああん! 乗れたあああ!!」
ありがとう筋斗雲様ー!
今まで生きてきて一番ほっとして、一番嬉しいいいい!!
「なんで泣くの?」
「??」
不思議そうな双子の声が聞こえてきたが、すぐには答えられない。
涙腺は決壊済みだからだ。
ぐしゃぐしゃになった顔を呻きながら拭い、心の中で心の底から筋斗雲様にお礼を言っていると、亀仙人の焦ったような声が聞こえてきた。
「お、お前さんたち、なんでいきなり現れたんじゃ? 何者? 知り合い? もう意味わかんないんだけど」
「なあ、爺さんなんか混乱してっぞ? ちゃんと説明しろよ。そんで雲に乗せろ」
「ずびっ、爺さんなんていうな。亀仙人様だ。とっても偉い方なんだぞ」
ふんぞり返って言うトーガの頭をはたき、私は鼻をすすりながら亀仙人に向き直った。
「この二人は弟と妹です。一緒に旅をしてきた家族です。いきなり現れたのは、ぐすっ」
「瞬間移動って技でサーヤの近くに飛んだんだよ」
「しゅ、瞬間移動?」
「一瞬で移動できる技のこと。覚えたの。わたしとサーヤができるの」
双子も交え説明すると、亀仙人はぽかんと口を開けた。
サングラスも心なしかずれている。
私は再度お願いすることにした。
「どうしてもトランクスさんが生きているか知りたいんです。お願いします。筋斗雲様をお貸しください」
深々と筋斗雲の上で土下座に近いくらい頭を垂れると、しばらくして声をかけられた。
「うーん……まあなんだ。茶ぐらい出してやる。家に入りなさい」
顔を上げて見ると、亀仙人はてかった頭をぽりぽりとかいて家に歩いていった。
目を瞬けば亀さんがニョキッと首をだし、笑った。
促されるまま亀ハウスに入ると、亀仙人は真面目な顔をして地球について教えてくれた。
人造人間に蹂躙されている地獄のような場所だということや、本当にトランクスさんとブルマさんの居場所もわからないこと。
もしカプセルコーポレーションにいないのであれば、きっと他に避難しているだろうということ。
―――生きていればの話だが。
ここは比較的安全らしいので宇宙船とシロをお願いして私たちは早速筋斗雲に乗った。
「人造人間には気をつけろ。奴らは気配を感じん。攻撃する際に気を放つはずじゃから、もし感じたら即座に逃げよ」
「わかりました。ありがとうございます……行ってきます」
「……いなくても気を落とすなよ」
髭を撫でる亀仙人は、出会ったときより雰囲気がやわらかくなり、眉は円を描いていた。
亀さんは甲羅にシロを乗せてにこにこと笑っている。
それに微笑み返しお辞儀をした後、筋斗雲にお願いした。
「カプセルコーポレーションまで連れて行ってください。お願いします」
はっきりと言葉にして伝えると、筋斗雲は動き出す。触感がわからない雲の部分を掴んで速度に耐えると、一気に上昇してものすごいスピード出して空を飛び始めた。
「すーげー! なにもしなくてもはええー!!」
「すごいね! きんとうんさん? すごいね!」
筋斗雲に乗ってはしゃいでいる双子見ながら、気分はあれだ。
ジャットコースターに乗ってる感じ。
……実は絶叫系が苦手な私は、必死に筋斗雲に掴まってそのスピードに耐えていた。
早くつかないかな……。
心からそう思うのは、確かめたいからなのか、早く降りたいからなのか。
いまいちはっきりせずに私たちは地球の空を飛んだ。
