第二部 人造人間編
第一章 希望
52 多芸小食
あー笑った。
あれからつぼに入った私の腹筋は今痙攣している。
ヒッヒッと笑いながらシロを取り外し、トランクスさんの猫ヒゲ顔でまた吹き出し。
帰ろうと宇宙船に手をついて、確認のためにトランクスさんを見てまた笑い。
集中できず瞬間移動も行えずただ笑い続ける私に対して、トランクスさんは黙って立ってた。
とりあえず目に入ったら笑ってしまうので、後ろに立ってもらって肩を掴んでもらう事にした。
シロも目に入ったら笑うので頭に乗せる。
ようやく瞬間移動できて、着いた場所には妹がいた。
「ただいまー」とのんきに言ったら、妹は追い詰められたような顔をしてとんでもないことを言い出した。
「わたし、でていく」
それまでの高揚した気分は吹っ飛んだ。
+ + + + + + + + + + +
ブルマさんに〈ポシェット〉を手渡しながら話を聞くと、私たちが過激な意見交換をしている間に双子はお菓子を食べつくしてしまい、足りないといい始めたらしい。
それだけでも叩きたくなってくるが、ブルマさんが出したものは予想外のものだった。
「虫、ですか」
こっくり、とブルマさんが頷く。
「何年か前までは工場とかも動いていたんだけどそこも壊されてねー。いよいよまずくなっちゃってさあ。結構前から食べられていた虫がね、主食になっちゃったのよ。虫なら地下でも増やせるしね」
「動物は地下だと病死多くてねー」といいながら〈ポシェット〉を開けたり閉めたりしている。
む、虫かあ。
テーブルの上に置かれたそれは、羽が飛び出している虫だった。
白いバッタが原材料らしい。
なんというか思い起こしてしまうな。チルに駆除されそうになったあの虫人。
「食う?」
トーガがつまんでみせてくる。からっと焼かれていておいしそうな狐色……の、バッタ。
イナゴを食べる地域出身だったら抵抗もないんだろうが、生憎私は前世を含め食べたことがない。
ちょっと……いやかなり無理。
「遠慮しとく」と言えばトーガは摘まんだそれを口に入れた。
そのとたん、「キャー」と悲鳴を上げたのはリビングと奥の部屋の境にいるチルだ。
「……絶対嫌。でていく。虫食べる位ならしぬ」
ですよね。
チルは虫が絡むと性格が変わるからな……。
「私だって食べたくないわよ! でもしょうがないでしょ! これしか食べるのないの!」
ブルマさんはバッタを指差して断言した。
虫を食べてるって聞いた時からそうじゃないかなーとは思っていたけど、やっぱりそうかー。
地球は食料難らしい。
「まずくはねーよ? うまくもねーけど」
「絶対いや。虫なんか食べ物じゃないっ!」
「外側はぱりぱりで中は」
「ギャア! それ以上いわないで!」
トーガ、あんたは本当に好き嫌いない、いい子に育ったね……。
一回飢えたからかな。
だとしても、むしゃむしゃバッタを食べている姿はかわいくない。
「そんなにだめですか? 虫。うまいと思うんですけど」
テーブルの横に立ちながらトランクスさんは首をかしげる。
バッタを食べるイケメンか……。
最悪な絵だな……口から足なんか出た日にはもう……うえっ。
目の前で食べてくれるなよ。
「いや、うまくはねーよ」
「信じられない。信じられない!」
「だめよこの子。小さいころから食べてて抵抗全くないから」
ブルマさんはどかっと椅子に座って親指でトランクスさんを指す。
え? 小さいころから?
このガチムチが虫でできているだと!
……抵抗感増すなーそれ。
「あたしはちょっとしか食べられないんだけど……食べたくないんだけど。この子、ほぼ一箱食べきっちゃうのよ? 信じられる?」
「キャアー!」と叫ぶチルの声がうるさい。
ん? ……一箱?
「すいません、一箱ってどれくらいですか?」
トランクスさんが差し出してくれた箱は、小さかった。
私の両手のわっかの中に入る位の面積で高さが拳二個分。
「……トランクスさんはこの他になにを食べるんですか? 例えばお昼ご飯とか」
「ほ、ほか?」
「それしか食べないわよ! 好きだからって一食それよ! ありえないでしょ!」
ありえない。
私は唖然とした。
「え? どうしたんですか?」
トランクスさんは不思議そうにこちらを見つめた。
対する私たち三人の顔は驚愕としか表現できない顔をしていたと思う。
「足りないですよ!」
「たりねぇええええええ!」
「気持ち悪いー!!」
「えっ」
ダァン!とトーガはテーブルを叩く。
「虫でもなんでもいいけど! それだけしか食えないならいられねぇ!」
そうだ。サイヤ人は量を食べないと活動できなくなる。
真っ先に飢えたトーガのように。
これっぱかしでサイヤ人が戦えると思っているのか?
肉体を維持するのにも莫大なカロリーか必要になるのに、なぜ省エネになっている。
え? そのせいで勝てないの? 冗談だろ?
私は拳を作り訴えた。
「これじゃあ倒せるものも倒せません。ついでですし私が作ります」
焼きバッタよりはまともなものを作れる自信はある。
「私は瞬間移動で逃げられますから、肉でも魚でも果物でも最悪ほかの星にだって取りに行けます。味はまあ普通だと思いますし、なにより量をつくれます」
「本当!? やって頂戴!」
「クッキーまた食べたいわー」と、人差し指を口元に当て気が抜けたような顔をしている母親とは対照的に、息子さんは慌てて待ったをかけた。
「待ってください! 母さん、なに言ってるんですか! 出会ったばかりの、こんな子供にそんなことを!」
こんな子供?
トランクスさんの言った内容に半眼になる。
「だっておいしかったんだもん。小さいけど遠いところから旅してきたんだし、サイヤ人だから強いんでしょ? ならいいじゃん。アンタと違って戦うんじゃないんだから余裕で逃げられるんじゃない?」
小さい?
今度は眉が自然と眉間によった。
さっきからちらほら聞こえる単語が聞き捨てならない。
「おいしかったんだもんて……そんな無茶な。全員だと5人分ですよ?」
その疑惑的な目はあれか?
こんな子供にできるわけないと思ってる目か?
確かに実年齢よりも年下にみられることは多いが、決して小さい子供ではない!
「離乳食のころからこの大食いふたりに食べさせてきたんですよ! 少しぐらい、いや結構増えても問題ありません! できます!」
私はびしっとバッタが入った箱を指差して言った。
「トランクスさん! チルはその箱3つ分、トーガは5つ分毎食食べます! 多い時はもっとです!!」
「虫でたとえるのやめて!」
チルは両手で顔を覆ったが、地球人の二人は目をむいた。
「私の父はこの双子よりも多く食べていました。ベジータさんもたくさん食べる方ではなかったですか? 悟空さんだって悟飯さんだってそうだったはず!」
「あー……言われてみればそうだったような……」
ブルマさんは首を傾げ思案顔をする。
20年くらい経ってるからか覚えてなさそうな反応だ。
「一箱くらいで足りるわけないんですよ! サイヤ人のハーフが! エネルギーが圧倒的に足りてないと思います! だから食べさせるって言ってるんだからいいじゃないですか! どうせ双子のついでなんだし!」
「そのバッタ? よりうまいから遠慮すんなって」
「虫なんて食べ物じゃない。食べないほうがいいよ」
うんうんと頷きながら双子達も同意する。
「でも……悪いし……そんなことをしてもらう理由も……」
トランクスさんはなおも渋る。
めんどくさい男だな。
食べさせるって言うんだからそのまま受け取ればいいじゃないか。
さっき斬りかかってきた勢いは一体どこへ消えたのだ。
私はチルとトーガを手招きし捕まえると、二人をトランクスさんの前に突き出し告げた。
「なら私がご飯を作る代わりに、トランクスさんはこの二人に力の使い方を教えてあげてください」
さっきぶっちゃけてるからこの際お願いしてしまおう。
驚く面々に構わず私はトランクスさんをまっすぐ見て言った。
「さっきも言ったじゃないですか。この二人はサイヤ人の戦い方を知らないんです。なので鍛えて貰えないでしょうか。修行するついでにでも!」
我ながらいい考えだ。
しかし双子は顔を見合わせ、聞いてくれてといわんばかりに大げさに会話する。
「はー? 確かに捕まっちゃったけどさー、ほんとに強いのかよ。あれしか食べねーんだろー?」
「そうだよ。虫食べてるから、弱いと思うの……本気出してお兄さん負けても怒らない?」
「睨むだけじゃあオレらはひるまねーぞ」
おっ! お ま え ら !
私は思わずトランクスさんを指差し言い切った。
「この人はこの世界で一番強いの! 超サイヤ人にもなれるの! 特にトーガ! あんた気だってろくに出せないでしょ! この機会に教えてもらいなさい!」
「スーパーサイヤ人ってなんだよー」「うそだあー」とか言ってるのを無視してトランクスさんに向き直れば、トランクスさんは口を半開きにして目を瞬いているではないか。
なによその鳩が豆鉄砲食らったような顔は! イラつくなぁ!
「あの子達、最近自分たちよりも強い敵と会ってこなかったので高飛車になってしまってるんです! 容赦なんてしなくていいですから、立てなくなるぐらい痛めつけてもらってかまいませんから! むしろ死ぬ寸前までやってもいいですから!! お願いします!!」
「え、ええ?」
「サイヤ人は強いんだって思い知らせてやってください!」
「俺はそんなにつよくな」
「強いですってば! 馬鹿にされて悔しくないんですか! サイヤ人なのに! ベジータさんの息子なのに!」
「はいはーい。わかったからそこまでにして、ご飯のことを考えましょうか」
ぱんぱん手を叩きながらブルマさんが声をあげる。
私はいつの間にかトランクスさんの青い瞳を睨みつけて、距離を詰めていた。
ガンつけるっていうの?
胸倉を掴んでしまいそうだったのは自制したが、わざわざ飛んでまですることではなかったな。
「すみません……」
「いえ……」
謝るとトランクスさんは後ろに下がった。
なんだよ。剣を振り下ろされるよりはかわいい脅しだぞ。
ちょっとイラッとしていたら「そんなの気にしなくていいから!」と肩を叩かれ、振り向くとブルマさんはにっこりと笑って言った。
「今日なにたべるの?」
催促をされたので手早く料理を作っていくことにする。
今日獲ってきた魚をトーガに下ろすように言いつけ、研いでいた米を鍋ごと〈かばん〉から出す。
チルに米を炊いて貰い、以前作って取り分けていた料理や、チーズと燻製肉、ミド豆腐などをテーブルの上に並べていく。
飲み物はワインと果実シロップ、水差しをだして、〈かばん〉に入ってた果物は流水で冷やしてそのまま皿に盛る。
ブルマさんがなにを食べるのかわからないから、とりあえずあるのを少しずつ出していこうとしたのだが、結構な量になってしまった。
あとめぼしいものは……ワニっぽい肉のぶつ切りがあるから、から揚げにしよう。
そうして〈かばん〉の中から必要そうなものを出している間に魚が解体されたので、早速取り掛かることにする。
小さいのだとトーガは潰してしまうが大きい魚は失敗しない。
切り分けた魚を受け取るとトーガはお湯を沸かしはじめた。
チルも魚を串にさしてコンロの周りに刺していく。
塩焼きにするらしい。
ついでに切り分けた魚の表面あぶるように頼む。
大きいところは鍋にザルを置いて香草しいて塩レモンみたいなのぶっかっけて蒸す。
その作業をしているとき、「あの」と声をかけられた。
「なにか手伝いますか?」
トランクスさんがひょっこりと台所に現れた。……いても邪魔なだけなんだよな。
私は卵を割り溶いた。
「いえ、お構いなく。ああ、隣の部屋の奥が操縦室ですから、見ててもいいですよ」
「え、操縦室?」
フライパンでオープンオムレツを作りつつ、卵焼きのために別のフライパンに卵液を入れた。
「見たかったんじゃないんですか? いいですよ。できたら呼びますから」
「突っ立ってると邪魔だからさっさと行ったら?」
暗に言ったつもりなのに、トーガがはっきりと言葉にしてしまった。
トランクスさんは「すみません」と小さくお辞儀をして出て行く。
「トーガ、そういう言い方しない」
「だって、でかいのがただいても邪魔なんだもん」
まあ確かに。私たちと身長が全然違うからな。
全面的に同意しつつ、私は焼きあがった卵焼きを皿に移した。
「サーヤー。あぶったら冷やせばいい?」
「うん。冷やしたらテーブル拭いてきて。トーガはお湯沸いたら頭とか骨とか一回茹でて水に入れて」
返事を聞きながらオープンオムレツも皿に盛る。
その後、魚の骨やあらであら汁を作り、ぶつ切りは甘辛く煮た。
表面焦がしたおいしそうな身は薄く切ってたたき風にして、しょうゆダレに漬けといた魚とワニ肉をから揚げに。
野菜はオーブンで焼いて塩ダレをかける。同時に魚の残ったところと切っておいた根菜をミルク煮にして、一通り作り終わったら、テーブルの近くにコンロ置いて煮ることにする。
あ、マリネあったな。それだしておこう。
大体ここまでで1時間強。魚の下処理以外は前日以前にやって、双子を使い、高性能フルコンロフルオーブン使ったからできる時間短縮。
これから食べているうちにオーブンの中身が焼き上がり、コンロで蒸してるものも完成する。汁物も同様だ。
それでも足りなければ作り足さなきゃならないが……トランクスさんはどれ位食べるのだろうか?
「え? もうできたの? ……え? え? こんなに?」
テーブルに並べ終わったので、ブルマさんを呼ぶと目を丸くしてテーブルを見ている。
「お酒もありますけど。これがワインで、こっちが梅酒。もう飲めるはずです」
「わ、ワイン? 梅酒?? なんで持ってるのよ! 子供のクセに!」
「料理に使う用と、交易用です。ブルマさん飲むかと思ったんですけど、飲まないですか?」
「飲むわよー!!」と叫んだブルマさんはちょっと涙ぐんで椅子に座った。
「ねえー。あの人ぜんぜん返事しないよー。どうしたらいいの?」
チルにトランクスさんを呼んでくるように言ったのだが、案の定トランクスさんは夢中になってしまったらしい。
ブルマさんを見れば、グラスに注いだワインをキラキラした目で見つめている。
こちらも夢中のようだ。――しょうがない。呼びに行くか。
「食べていて良いよ」と双子に伝え、地上の宇宙船の中にある操縦室に踏み入ると、トランクスさんはなにやら画面を操作していた。
近づいて真上から覗けば画面は宇宙船の内部情報を表示していた。しかし、文字は地球のものではない。
読めないだろうに。
そう思って黙っていたのだが気づく気配がまるでない。熱中しているようだ。
見続けると操作盤に手をかけて、まるでわかっているかの様に画面を変えていく。
……どういうこと……?
さくさくと画面を変えて宇宙船を管理しているOSのようなものにたどり着き、そこにアクセスしようとしているのを見たとき、私の背中に戦慄が走った。
宇宙船の操作盤は、文字を入力するキーボードのようなものがついていて乗り物というよりもパソコンに近い。
普通、外国語のパソコンをいじれって言われたら「無理」となるだろう。
英語ならまだなんとかなる。しかし、アラビア語だったりなんかしたら解読すら不可能だ。
私はできない。
というか普通の一般人はできない。
……目の前の人はできているようなのだ。
「そんなばかな」
「うわっ!」
思わず口から出た言葉は、トランクスさんを我に返らせたようだ。驚いた目の前の人はびっくー!と飛び上がらんばかりに体を跳ねさせてのけぞった。
その際真上にいた私は目が合ったが、構わず画面を指差した。
「なんで操作できるんですか? 読めるんですか? これ、宇宙語ですよ?」
この宇宙船の画面に表示される言語は宇宙語と呼ばれる宇宙共通の文字だ。
宇宙の栄えている星周辺ではその言葉を使うのが主流で、交易を行う星では大体この文字が使われる。
私の生まれた星は母星語と宇宙語が必修だったが、地球はそうではないだろう?
なぜわかるんだ。
疑問をぶつけたら、思いがけない答えが返ってきた。
「えっと、読めませんけど……なんとなく。勘で」
勘?
私の口はあんぐりと開いた。
「……いや、今アクセスしてるところメインなんで、適当にいじられると元に戻せなくなっちゃう上に起動できなくなるかもしれないんですけど」
やっとのことでそれを言い終えると、トランクスさんは慌てたように「大丈夫です」と操作盤を触って画面を変えた。
「変えたとしても覚えてますから。元に戻せます。……あ、でも辞典とかないですか? 文字を覚えたほうが早そうですから、あれば貸して欲しいんですが」
「覚えるんですか?」
そこまでする?
「なければいいんです。なんとかしますから」
なんとかって、どうするつもりなんだろう。
心底疑問だったが、それで宇宙船を変にいじられて壊されたら堪らない。
私は〈かばん〉を開けて、双子が言葉を覚えるために使った教科書と辞典を出して渡した。
「ありがとうございます。すぐに返しますね」
「いえ、もう使わないと思いますから、覚えたら捨ててくださって構いませんよ」
〈かばん〉の口を閉めながら私は所々破けたそれに目を落とす。教科書はもともと私のもので、双子も既に覚えたものばかりだ。
汚れてしまったもので申し訳ないが、それで我慢して欲しい。
「私ご飯だって呼びに来たんです。早く行きましょう。冷めます」
そう言って操縦室から出ると、開け放たれた扉の向こう。つまり地下室からきゃたきゃた声が聞こえてきた。
楽しそうだなおい。
地下室に下りていくと、トランクスさんもついて来たのかはしごに当たる音が響く。
「これおいしいわね! これはなに? 食べ物?」
「もう酔ってんのか? 食べ物以外出るかよ……あ、サーヤ。ナベ吹きこぼれた」
着けば三人が仲良くおしゃべりしながら食事していた。内容は聞き捨てならないものだったが。
目を向けると野外コンロの周りは白くなっている。
すなわち、周りで焼いていた魚が吹きこぼれたものをかぶってしまったということだ。
ああー、もったいない。
「犠牲になったやつ除けた?」
「これ。多いよ?」
まずコンロ片してしまおう。
雑巾を取って来るために来た道を戻ろうと後ろを向けば、トランクスさんが迷子のような顔でテーブルを見ていた。
どうしたのか聞く前に、トーガが声をかけた。
「トランクスだっけ? ボーっとしてないで座って食ったら? なくなんぜ?」
「そうよーこの子らすごい食べるんだからー! ねー!」
「あ……はい……」
トランクスさんはゆっくりとテーブルに近づいていく。
少しだけ表情が気になったが、私は宇宙船に戻った。
