第二部 人造人間編
第一章 希望
53 真っ赤なたまご
私はテーブルの上にある料理が吸い込まれていくさまを見ながら、いつものように果物の皮をむいていた。
今日の果物は緑色の梨。
ひょうたんのように丸いこぶが二つある。皮をむけば出てくるのは黄色い果肉。
皮と芯をテーブルの下にいるシロにあげながら、一口サイズに切り分けたところを口に入れた。
「むぐううううむん!」
トーガが口の中いっぱいに料理を詰め込み話してくるが、なにを言っているかさっぱりわからない。
チルは野菜のオーブン焼きをおいしそうに咀嚼し、ブルマさんはチーズを食べて震えている。
「大丈夫ですか? 口に合わなかったら無理しなくていいですよ」
「ちがうわよ! 人間の食べ物に感激してるのよ!」
「そ、そうですか」
そのチーズは格別においしいからな。
飲んでいるワインにさぞかし合うだろう。
「卵焼き食べる? 虫よりもおいしいよ?」
「はあ。……卵?」
チルはトランクスさんの皿にわざわざ卵焼きをひょいひょい乗せている。
……押し付けるのもどうかと思うよ。
シロの卵使ってるから真っ赤だしさ。
ふつう引くのよ。地球の色じゃないんだもの。
私は水差しから水を注ぎながら、ため息をつく。
トランクスさんは薦められるままに卵焼きをひとつとると、躊躇いがちに口をつけた。
「う!」
トランクスさんは顔を顰めた。
まずいか!
水!
私はすかさず水が入ったコップを差し出した。
トランクスさんは箸を持った手で口元を隠しながら水を受け取る。
それを見ていたチルはかわいそうな子を見るような目でトランクスさんを見ていた。
「まずかった? やっぱり虫のせいで味が……」
いやいや。そうやって全部虫のせいにするのやめなさいよ。
「私はおいしいと思うわー。あーなんて文化的な食べ物なのー」
「んぐん。かわいそうなヤツだな。から揚げ食ってみたら? うまいよ」
「オムレツならどうかな。ケチャップつけたら美味しいよ!」
双子は身を乗り出しておかずをトランクスさんの皿に乗せていくため、一気にタワーのようになってしまった。
トランクスさんは困ったようにタワーを見つめ、手に持っていた水をテーブルに置く。
そして伏し目がちになるとぼそりと洩らした。
「おいしい、と思います」
「……少しずつ摘んで、口に合う物だけ食べたらどうですか?」
なんかすいません。無理やり言わせたような感じになって。
それが顔に出ていたらしく、彼は言い直した。
「おいしいです。赤いけど……見た目と反してやさしい味なんですね」
ああ、確かに地球的には赤かったら辛いと思うかもねと納得した。
「ねえ、これはなに?」
ブルマさんが魚のたたきを指差す。
表面を炙ったもののほぼ生魚だから、食べなれてないと難しいんじゃないかな。
「しょうゆつけて食べるんだよー」とチルがお手本を見せると、ブルマさんはまじまじと眺め「レアなの?」と怪訝そうな顔をした。
「寄生虫とか菌とかは死滅してますから大丈夫ですよー」と告げると、ブルマさんは少し躊躇ってからかじった。
人間、最初の一口はいつも冒険だものね。
今度はお茶を差し出す。しかしブルマさんは受け取ることもなく「おいしい!」と叫んだ。
そうかそうか刺身はいけたか。
虫って偉大だな。
今まで食べていたおかげで、なんでもおいしく感じるようにしちゃうんだもんな。
「虫よりもぜんぜんおいしいでしょう? 虫なんかもう食べられないでしょう? 虫なんか」
チルはより一層にやにやしながらオムレツをつつく。私はなんともいえない気持ちなりながら梨をしゃくんと噛んだ。
「……お前が今食ってるやつも虫の卵だけどな」
なにを思ったのかトーガは、から揚げを皿に取りながらいきなりカミングアウトし始めた。
今このタイミングで言う?
チルはきょとんとした後、卵焼きを見て首を傾げる。いまいち意味が伝わっていないようだ。
「シロの卵――」
「シロは虫だぜ? 忘れてたみたいだから内緒にしてたけど」
チルが言いかけた言葉を遮りトーガはばっさりと言い切った。
少しの沈黙の後チルの箸は落ちた。
わなわなと震えだし、テーブルも揺れた。
「う、ううそ、しんじられない」
「ほんと。知ったらお前食わねーじゃん。お前虫虫うるせーけどさ、お前も虫で育ってるんだから馬鹿にすんなよな」
その通りである。
虫でもいいのだ。
食べることができて、美味しければそれが正義。
私は最後の一切れであった梨を食べ終わり、そっとお茶に口つける。……そうしたら足元のシロがもっとと言わんばかりに擦り寄ってきた。
「おねえちゃんのばかぁ! なんで教えてくれなかったの! ひどいよ!」
私は梨を再度剥きながら告げた。
「世の中には忘れてたほうが幸せなこともある」
なんでもないことのように言ったつもりだったが、チルは「ばかあああ!」と叫んで飛び出していった。
「アンタ、虫食べないって……」
「言ってません。大丈夫ですよ。バッタみたいに形状があれなやつは私も食べたくないですから」
おいしいのならミンチにして食べるけど、トーガが美味しくないっていうんだから食べない。
安心させるように微笑むと、ブルマさんは「だまされた!」と突っ伏した。
「滅相もない。ほらこれ魚ですからきっとおいしいですよ。こっちはお肉です」
突っ伏しているブルマさんに料理を勧めつつ、私は剥いた皮をシロにあげた。
から揚げを食べるトーガにつられたのか、ブルマさんもから揚げを食べて「鶏おいしい」と泣く。
今回の料理に鶏はいないけどね。
「行ってしまいましたけど、追いかけなくてもいいんですか?」
「ほっとけばいいんだよ。シロをかわいがってるくせに虫馬鹿にして」
「そのうち戻ってきますから大丈夫ですよ。いざとなればチルも瞬間移動できますから」
トランクスさんは「そうですか」と言ってまた卵焼きを口に入れた。
今行っても「馬鹿!」って言われて殴られそうだからな。
虫のジャムも食べさせてしまっているし……それらが虫で作られていると知ったら発狂……いや、殺されるかな……。落ち着いたら迎えに行こう。
そう頭の中で結論付けているとき、トーガがいきなり声を張り上げた。
「おおい! 全部食おうとしてんじゃねーよ! よこせ!」
トーガが飛んで卵焼きをとっていく。それによって空になった皿をトランクスさんがじっと見ている。
名残惜しそうにも見える様子に、私は他の料理を勧めた。
空いた皿を片付けてできたスペースに、深皿がはまりそうだ。
噴きこぼれた鍋をかき混ぜると湯気が立つ。
この鍋、保温性高いんだよな。火を消しても余熱で十分具材に火が通る。
肝心の味は……うん、普通。
深皿に盛りつけ、空いたスペースに置いていく。
「ミルク煮もどうぞ」
「ど、どうも……」
トランクスさんとトーガは食べるだろうと思って近くに配膳すると、ブルマさんにも所望された。
少しでいいというので小鉢によそっていると、呻くような声がした。
……トランクスさんが水を呷っている。
「ど、どうしたんですか? まずかったですか?」
味見では普通だったけど、もしかして底焦げてたかな?
鍋をかき回すが、黒いところは見当たらない。……味覚の問題?
「……こんなに熱いとは思わなくて」
「ああ、熱そうだもんね。ちょっと冷ましたら?」
ブルマさんは受け取ったミルク煮をつっつきながら同意する。
「……そんなに熱かったですか?」
味見したとき気にならなかったな……。
ちらっとトーガを見れば「?」って顔で普通にミルク煮食べている。
「食べ慣れてないのよ。気にしないで」
はあ。
ブルマさんが苦笑気味に言った直後、トーガが「おかわり」と器を差し出した。
それによってその話は終わりになったが、ミルク煮はかなり冷めるまで口にされることはなかった。
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「…………どうして、言ってくれなかったの……」
恨めしそうな声が横から聞こえる。
「食べなくなるかなーと思って」
私の答えにチルは眉間にしわを寄せた。
飛び出していった後しばらく戻ってこなかったチルだが、今はソファーで体育座りしている。
「トーガと違って苦手なもの多いでしょ? シロが虫だって知ったら、食べられるのに嫌だって言いそうだなと思ったんだよ」
「……嫌だもん……虫嫌い」
「私だっていやだよ。だけど虫だからって理由だけで食べないのはもったいないよ。おいしいならね」
チルは苦しそうに呻いた。それと同時に私も片目を歪めた。……ピーマンの中に青虫がいたのだ。
「でもやだ! あんな気持ち悪いの食べたくない!」
「バッタは別に食べなくてもいいよ。おいしくないってトーガ言ってたし。けど、おいしいのは食べようよ。シロの卵で作ったオムレツ好きでしょ?」
そう言いつつピーマンを切るとまた青虫。……これで5連続である。
虫がついている作物はおいしい証拠だというけれど、面倒だから死滅してほしい……。
うぞうぞ動いてるものは取り除く主義なんだ。
タンタンタンと包丁がまな板を叩く音が響く。
チルは黙ったまま膝を抱え、動かない。
ややあって、「ぐううう」という音が聞こえてきた。そういえば晩御飯の途中にいなくなったんだった。
〈かばん〉をあさると、見つけたのは適当に作ったなんちゃって手打ちうどん。
一度茹でてあるそれをめんつゆもどきで煮て卵を落とす。
天かすがあればなおいい。かまぼこもあれば文句無いけど、そんなものはない。
ねぎを散らして完成。
そっと鍋ごと置くと、チルは顔をわずかに上げた。
私は特になにも言わずにまたピーマンを縦に切り始める。トントントンと間を置いて叩く音に、いつしか「ふー」という息遣いが混ざるようになる。
そして、また青虫に顔を歪めていたとき唐突に、穏やかな、それでいて悔しそうな声が聞こえた。
「うう…………おい、しい」
見れば、「すん」と鼻をすすりながらシロの卵崩して食べてた。
そりゃ、今まで食べてておいしいの知ってるんだから抗えるわけないよなあ。
そう思いながら私はピーマンの種をぶちぶち取った。
