第二部 人造人間編
第一章 希望
55 パンケーキ
さて、今日はなにを作ろうか。
私の朝は〈かばん〉を開くことから始まる。
スマホのスワイプと同じ動作で〈かばん〉の中身を切り替えていくと、鮮やかな赤い瓶が目に入った。
この間運よくイチゴの群生を見つけ、嬉々として取っていたら熊とかち合い、勝利した時のものである。
そのイチゴジャムと、生のイチゴ。そしてミルクの実とシロの卵、小麦粉。
よし。パンケーキにしよう。果物もあるし、ハムもある。
問題は何枚焼けば足りるのかと言うことだ。
スープを具沢山にして、サラダもつけるか? あとは……残り物食べればいいか。
決まれば後は作るだけ。最初に下ごしらえしていた野菜たちを鍋に入れてスープを作る。
卵白をあわ立て、他の材料と少しの塩、砂糖を加えもったりとなるまで混ぜ合わせる。
コンロにフライパンを二つ用意し生地を落として焼いていくと、パンケーキの完成だ。
「パンケーキなんてすごく久しぶりー。……大きいわね。チル、半分食べる?」
「食べるー!」とチルは両手で皿を嬉々としてブルマさんに差しだした。
「ええっと……」
双子やブルマさんはそれぞれ適当に取って食べているが、隣の席のトランクスさんは戸惑ったようにパンケーキを眺めていた。
テーブルの上はサラダ2種とパンケーキの塔。
ソーセージやハム、目玉焼きがそれぞれ乗った皿。そのほかにジャム、生の果物、りんごや柑橘系の砂糖煮が入った鍋が並ぶ。見た目もとても鮮やかだが、種類が多くてどれから手をつけたらいいのか迷っているみたいだ。
トランクスさんって選択肢が多いと悩んでしまうらしい。だから毎食皿に取り分けてあげてるのだが、パンケーキもか……。すきなもの食べなよ……。
全種類少しずつとって食べてみたら?と提案したらその通りにし始めて、ほっとしたのはひと時だけ。
どんどん減っていくパンケーキを見て、塔が解体される前に作り足さないといけないだろうかと考えながら、私もパンケーキにジャムと果物をのせて食べた。
地球に来て二ヶ月くらい経った現在、一日のローテーションが固定化されつつある。
私の一日はこうだ。
まず朝起きたら朝ごはんを作る。
片付けたら軽く掃除してお昼ご飯を作り始め、お弁当に詰めたらブルマさんに渡して食料探しに行き、お昼になったら修行している三人の下に行って昼ご飯を食べる。
終わったら食料を探し、夕ご飯の支度前までに食器を洗い終えたらそのままご飯を作り始める。
食べ終えてみんながお風呂に入ってる間に次の日以降使うであろう料理の下ごしらえをし、自分の番になったらシャワー浴びつつ大体最後なので片付けして出る。
寝る前に洗濯機をセットし、歌と音程の確認してシロを撫で回して寝る。
ブルマさんのところには太陽光で動く省エネなロボットがいて、主要なところは掃除してくれるからすごく楽。
カプセルコーポレーション万歳。
洗濯は宇宙船の全自動洗濯機が乾燥までやってくれるので、寝る前にセットすると起きる頃には清潔な服が手に入る。
しかしこれが毎日続くと結構疲れる。
というのも、双子の食べる量が日々増えていってる気がするのだ。
そのための食料集めで、各地を飛びまわったり、ヤードラットへ瞬間移動したり、体力がガンガン減る。
先日はとうとう倒れてしまったので、今じゃ日常的にソタ豆を一粒食べて体力回復してる。
もはやファイトー一発でおなじみの栄養ドリンク扱いである。
あーあ、今日もソタ豆を食べて食料探しか。
ソタ豆食べるとお腹が膨張して嫌なんだよなあ……。パンクこそしないけど、できることならおいしいものでお腹いっぱいになりたい……。
ちょっとばかりしょんぼりしながら最後のパンケーキのかけらを口に入れた。
「トラ兄さん。顔が恐いよ……」
「え? ご、ごめん?」
チルとトランクスさんのやり取りよりも気になるのはパンケーキの残量だ。結構焼いたはずなのに、なくなるのが早い。
君達、スープを多く食べてくれよ。サラダだってあるんだからさ。
食べ終わってお茶をすすると二人はまた同じようなやり取りをしていた。
「……なにかした? わたし」
「そんなこと、ないよ」
「じゃあどうしてわたしのほう睨むの?」
睨んではいないとだけいうと、トランクスさんはそっぽを向いてしまった。
チルを見ると首を傾げていたことから心当たりはないのだろう。はて?
「もう一枚しかないけど食ってもいい? だれか他に食う?」
「食べるなら焼いてくるよ」
ブルマさん以外が食べると言うので、宇宙船の台所に向かう。
パンケーキを焼き上げテーブルまで運んだ時、目に入った光景に一瞬動作が止まった。
チルはパンケーキにジャムと果物、そしてホイップクリームたっぷり乗せて食べているのだが、トランクスさんのパンケーキも似たようなことになっている。
最初はソーセージと目玉焼きのっけて食べてたような……。
睨んでいたのはもしかして、チルと同じものが食べたかった?
……まさかな。チルのパンケーキ、前世のカフェでも盛らないよってレベルのホイップパンケーキなんだけど、これが好きって相当なスイーツ男子だぞ。
真似して盛っちゃったのかもしれない。食べ方わからないものは双子を見て食べてるっぽいし。
一度よそったものは戻しちゃいけないルールだからな……。持て余したとしても食べきって教訓としてほしい。
私は見なかったことにしてパンケーキを新たに積んだ。
「ねえ、なにそれ?」
「イチゴが余ったのでミルクで割ってみました」
ブルマさんが指さしたのは、パンケーキと一緒に台所から持ってきた水差し。
イチゴをつぶして砂糖を加えミルクを混ぜたもので、満杯に入ってる。
「飲むー!」と真っ先に飛びついたのはチルだ。
希望者にのみコップに注いで渡すが、トーガは一口飲んで眉間にしわを寄せた。
「甘すぎ」
「そう? 私はこれくらいのほうが好きだわー」
「ねえねえもっと飲んでもいい?」
口の周りを白くしているチルに水差しを渡すと、ニッコニコしながら注ぎ、コップのフチギリギリを攻めだした。
自分でも飲んでみるが、荒く潰したイチゴの食感がたまらない。
……トーガが言うほどじゃないが、ちょっと甘い気がする。
さっき味見たときはそうでもなかったんだけどな。ちゃんと混ざってなかったとか?
全部飲もうと口つけたとき、なんとなく視線を感じた。――トランクスさんだった。
「飲みます?」
「い、いえ……」
睨まれるほどではなかったが、明らかに眉間に皺は寄っていた。
その顔につられるように私の眉も寄った。
なんなんださっきから。ほめられた態度ではないぞ?
ちょっと態度に引っかかったものの、他に突出した出来事も起こらず朝食を終えた。
そして、夕方である。
「ねえねえイチゴミルク飲みたい! イチゴ残ってる?」
「オレは麦茶でいいや。トランクスも飲むかー?」
チルは帰ってくるなり聞いてきたが、残念ながらイチゴはもうない。
今朝のイチゴミルクもない。飲み干したのはチルだ。
「ええー……」とがっくりと肩を落としたチルは、トーガと二人で麦茶を三人分注いでいった。
夕食の支度を終えるまでまだ時間がかかる。
このまま双子に夕飯の支度を手伝ってもらった場合、二人はできたものから胃に入れてしまう。
「味見」って言いながら食う。それは阻止しなければならない。
そのために、おやつをあげて夕食まで我慢させるのはいつものことだ。
私は手を拭いて〈かばん〉を開けた。
「今日のおやつはオムレットです。一人二つまでね」
おやつはその日余っているものを適当に食べさせる。おにぎりや残り物の焼き鳥、果物のときもある。
今日はパンケーキの生地が余ったので残りの材料も使ってオムレットにしてみた。
なんて簡単なんでしょう。ただ挟んだだけなのにとってもボリューミィ。
ひとつはバナナチョコ(チョコという名の虫のジャム)、もうひとつはイチゴとキウイのサンドだ。
どちらもカスタードとホイップクリームが入った、これ今朝と一緒じゃね?を払拭した一品となっている。
「オムレットってなんだっけ?」
「クリームだああ!」
チルはホイップクリームが好きなのでトーガより反応が顕著だ。双子はそれぞれ勝手に取りに来て、お菓子というよりもオムレツの大きさのそれを事も無げに食べ始める。
さて、トランクスさんにも渡さねば。
二人が食べてて一人だけ……なーんて身内贔屓は表立ってできないため、ついでに献上するのだ。
いつもの通りおやつ持って渡そうとしたのだが……かの人は麦茶を片手に険しい顔のまま突っ立っていた。
視線は私……の手元に集中している。
私の両手にはオムレットが二つ。
試しに横に移動してみると視線もそれを追う。
おかしいな、昨日までのおやつではこんなこと無かったのに。
「……どうぞ。おいしくなかったら双子にあげてください」
バナナチョコのオムレットを手渡すとトランクスさんはじっと見つめ、顔に似合わないくらい大きく口をあけてかぶりついた。
一瞬眉間に皺を寄せるとそのまま食べ進める。
――あれ……?
私の頭を過ぎったのは、一番最初に卵焼きや照焼きを食べたときの顔だ。
確かいずれの時も一瞬、険しい顔をした。
「サーヤ! 鍋! なべ!」
「ふきこぼれるー!」
慌ててもうひとつのオムレットを渡し、火を止める。
ああー。コンロ周りが大変なことに……。
それに対処していたらそのまま晩餐の支度に移行してしまい、最終的な表情は確認できなかった。
しかし美味しいと言っていた卵焼きを食べたときの顔とオムレットを食べた時の顔は一緒のような気がする。
……トランクスさん、スイーツ男子かもしれない。
今朝のパンケーキもチルのが美味しそうに見えて、イチゴミルクも気になっていたのではなかろうか。
目つきが鋭いイケメンがスイーツ男子…………マジで?
いや、待て待て。結論を出すにはまだ早い。
当分おやつをお菓子にして、精査してみようじゃないか。
ついでに作り溜めて菓子中毒のヤードラット人と食べ物を交換しよう。そうしよう。
思い至ったら自然と手は動く。
夜寝る前の下ごしらえの作業をする前に、私は簡単なお菓子から作り始めた。
時間がかかるお菓子を作るなら夜にやったほうが効率がいいかもしれない。
甘い匂いが漂った部屋でしゃりしゃりとたまねぎの皮をたくりながらそう考える。
作ったお菓子は、食料保管用の〈かばん〉に入り、夜ごと数を増やしていった。
