第二部 人造人間編
第一章 希望
56 金が唸る
疑問が湧いたらすぐ聞くことにしているのだが、そのひとつがあれだ。
なぜ気配がわからないのか。
瞬間移動は星まで飛べる。ゆえに気配の察知能力が優れていることになるのだが、それを持ってしても地下にいるブルマさんの気配は捉えることはできなかった。
私もチルも、全くわからなかったのだ。
「たぶん防音もかねた特殊な天井が遮断してるんだと思います。やつらは気を察知できない代わりに五感が優れているようなので、そういうのを設置してるんです」
あまり意味ないですけど一応、とトランクスさんが教えてくれた。
「じゃあ他の人はどうしてるんですか?」
「地上からはわからないように深く掘って住んでいるようです。それこそ大きいところは災害防止の遮断扉もたくさんありますから、わかりづらいんじゃないでしょうか。上にいるだけでは見つけられないと思いますよ」
なるほど。確かに気配は障害物があればあるほど見つけにくい。
でもそれじゃあ何回来てもわかんなかったよ。
トランクスさんに出会ったのは運が良かったということだな。
すぐに帰んなくて良かった。
そういうと、困ったように眉を下げ「そうですね」と返された。
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ブルマさんたちとCCの地下で暮らしている現在、すごく不思議に思っている事がある。
この世界は食料難だ。
外を歩いても店一つないし、空を飛んでいても手入れされた畑はないし、虫を食べている人が実際いる。
しかし地球に来て1ヶ月くらい経ってから、夕方くらいに食料が届くようになったのだ。ダンボール3箱くらい。
中身は野菜が主で、小麦が少し。
肉はない。卵や乳製品、つまり動物性のたんぱく質も入ってきたことはない。
最初これはどうしたんだとブルマさんに聞いたが「工場から届くようになったから」と言われそれっきり。
工場つぶされたって言ってなかったっけ?
食料が増えるのはありがたいんだけど。
残念なことに小さいダンボール3箱じゃあ、サイヤ人3人の一食分も賄えない。
なので今日も今日とて野菜を取りに外に出ていた。
肉と魚は楽なのだ。気配があるから見つけて捕まえればいい。
けれど、野菜が見つからない。あんまりにも見つからないので、仕方ないから人がいなさそうな荒廃した畑に赴いて失敬してる。
ブルマさんに行くなよ!と念を押されていたが、要は人造人間に見つからなければいいのだ。
あいつら行動するとき派手に壊しまくるからどこにいるかすぐわかる。そういうところには近づかないようにして、帰りは瞬間移動で帰るのを徹底すれば大丈夫でしょ。
危険なくして食べ物は手に入らない。
しかしなあ。
できることなら人造人間に見つからず、定期的に野菜が欲しい。
ちょうど季節は春の終わり。もうすぐ夏だ。
夏といえばトマト、きゅうり、ピーマン、オクラ、ズッキーニ。
でも本命はそれじゃない。
ナスだ。
私はナスが好きだ。
でもこのままだと手に入ることなく夏を終えてしまう。
地球に来てはじめての夏だというのに許されるのか?
否。地球のナスは地球でしか食べられない。
私は奮起した。
畑、作ろう。
山奥の水辺が近い場所を探し、毎日空いた時間に〈壁〉で生い茂ってる草とか木とかをばつばつ切って2週間。
空いてる時間にちまちまはじめたそこは、いまや間違えようもない畑が一面続いていた。まだなにも植えてないけど。
今日は鉢植えの果実の木を植えようと持って来た。
あと畝作ってー……さて、どうやるんだったか。
古い前世の記憶を手繰り寄せる。
家は農家だったんだ。
だからなんとなーく形はわかるけど、ろくに手伝わなかったからいまいちやり方自体が思い出せない。
セーリヤにいたときも手伝ってはいたものの、収穫くらいだったしなあ。
ま、いいか。
適当にやって適当に植えよう。運が良ければ根付く。
嫌いだった農作業も命かかってると考えれば苦も無くやれるもんだ。
失敬してきたトマトやナスの木を植えながら額の汗をぬぐう。
まだ暦の上では初夏なのに、暑さが堪える様になってきた。
地球ってこんなに熱かったっけ? 夏になったら溶けて死ぬかもしれない。
そう思いながらソタ豆を一粒食べた。
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「貴重品持ち歩いてよー。今日からちょっと人の出入り激しくなるから」
ある日いきなりどこからか資材持った人たちがやってきて工事し始めた。
何事!?と思ったけど口には出せない。
なぜなら歯を磨いているから。朝ごはん食べ終わった後だったのだ。
「ちょっと手狭になったから改築するわ。うるさいけど我慢してね」
「はーい」
双子はシロにごはんあげながら返事をしてるけど、疑問に思わないのかね!
その人たちはどこからどうやってここに来たのだ!
「地下に街があるんです。小さいですけど店もあるので。虫とかはそこで買ってたんですよ」
私の表情とジェスチャーで、トランクスさんが説明をしてくれた。
地下街だと!?
「サーヤ、たれてるきたねえ」
トーガに指摘され慌ててゆすいでくる。
「お店があるんですかっ?」
「え、はい。人造人間に知られないように人が集まるには地下しかありませんから。悟られないようにかなり深いところにあります」
なんと! まさにRPGではないか!
なに売ってるんだろう。気になる!
「行ってみたいです!」
そう言ったのと同時に、ちょうど工事が始まったのかガンガン、キーンと音が鳴り始める。
「え? 聞こえな」
「行きたいです!!」
「オレも行きたい!!」
「わたし絶対行かない!!」
うるさいので大声で話すことになる! 扉くらい閉めてよ! もう!
閉めるととたんに静かになった。
気を取り直して、地下の町なんてロマンじゃん。
ブルマさんが「いいんじゃない」とタバコを口から離し煙を吐いた。
「ただし、治安が悪いからサーヤだけにしたら? トーガは瞬間移動できないんでしょ? アンタかわいいから攫われそうだし、相手がかわいそう」
名指しされたトーガは怒ってた。
攫おうとしたら殺されるだろうなそいつは。
「かわいいって言われてもうれしくない。思われるのも腹立つ」
「怒った顔もかーわいいわー」
「かわいい言うな! かっこいいって言って!」
「じゃあいつ行きたいですか?」
いつ……。いつ行けるんだ?
口元に手を当てて考え込む。するとブルマさんがタバコを消して立ち上がった。
「私がご飯作るわ。だからいまから行ってきたら? お昼は帰ってきてからみんなで食べましょう。材料は置いていってね」
なんだって? ブルマさんって料理できたの?
失礼なことを思いながらも私はそれを口にはしなかった。
しかし双子はすかさず突っ込んだ。至極まじめな顔で。
「食えるものなのか?」
「だいじょうぶ?」
「失礼ね! アンタたち!」
チルは「虫入れなければいいよー」となだめているが効果はあまり出ていない。
「足りなければ困るので、虫も買ってきます」
「きゃああ! いやあああ!」
トランクスさん、まじめな顔して言うことがいや過ぎる。
こういうところが残念なんだよな。
とうとうイケメンが虫を食べるところを目にしてしまうのか……あー、回避したーい。
「買ってこないで買ってこないで? ねっねっ! おねがいおねえちゃん!」
「ブルマさんの料理ってどんなの? トランクスに虫食べさせてるくらいだからマズイの?」
「ケンカ売ってんのね? 買ってやろうじゃない!」
「準備してきます」
チルはチルでシロを抱きしめて必死に嘆願してくる。
トーガとブルマさんはケンカ腰。
トランクスさんは心なしか機嫌が良さそうに見える。あなた虫が食べたいだけなんじゃないの?
そうしていざ地下街へ、というときにブルマさんに呼び止められた。
なにかと思ったら、「これで足りると思うわ」と札束を渡された。
はいお菓子、みたいなノリでポンと。
これは本当に使える紙幣なのだろうか……。
疑問に思うくらいの、ぶっとい束だった。
「地下の町に行くにはこの地下道を下っていきます。暗いので足元に気をつけてください」
足を踏み入れた先は本当に暗くてちょっと、いやかなり怖い。
それでもスタスタとトランクスさんは先に行ってしまうので、急いで後を付いて行く。
転びそうだな、そう思ったときに案の定転んだ。
「だから気をつけてって言ったのに……大丈夫?」
顔が見えなくても呆れているのがわかる。声がそうだもの。
大丈夫だと返事をしつつ服を叩いて汚れを払い、再度歩き出す。そして沈黙が降りた。
筋斗雲の悪夢再びである。
あのときほどギスギスした空気ではないものの、決して穏やかな空気ではない。
通常時であればそのまま何事も話さず歩くことを選択しただろう。
しかしここは地下道。進めば進むほどひんやりした空気が足元を漂ってくる。
ぶっちゃけ、怖い。
なので無理やり話しかけることにした。
「ブルマさんの料理ってどういうのなんですか?」
「え?」
当たり障りない会話をチョイスしたつもりだった。
「食べたことないから気になるんです。地球の料理ってどういうものなのか」
「……すいません。俺も、よくわからないので……」
自分の母親の味がわからないのか?
思わず首をかしげて「は?」と尋ねてしまった。
「食べ物自体少なかったし、母さんはいつも研究してたから、あんまり食べたことないんです」
おーっと地雷だったー。
いや、でも料理しなかったってのは。
「じゃあどうしていたんですか? 取ってきたりとか?」
「そうですね。あれば買えるだけ買って、足りなければ取りに行ったり。どうにもならない場合は水で我慢しました。最悪なときは水すらなかったから」
「……それは……よく生きてられましたね」
お腹減ったでしょうに。
小さくつぶやくと、トランクスさんは「ふっ」と微かに笑いの息を吐いた。
「どうでもよかったんです。腹に入ってればなんでもいい。それどころじゃなかったから」
頭に雷が落ちたような衝撃を受けた。
食べることが、どうでもいいだと?
――どうでもいい?
何回も頭の中で反芻すると先に怒りが湧いて、悲しみに変わる。
い、今でもそう思うのだろうか。私の作ってる料理はどうでもいいと?
毎日必死こいて作ってるんですけど!?
そう言いたいのに、聞きたいのに、口では別のことをしゃべっていた。
「そ、そう、だったんですか。でも虫一箱はさすがに駄目だと思いますよ。栄養バランス的に」
「駄目なんですか? 楽なんですけど……」
肯定されるのがちょっと怖かった。そして同時に思ったこともある。
――かわいそう。
この人かわいそうだ。
おいしいものを知らないんだ。知る機会も無かったんだ。
だから出すものすべて何も言わずに全部食べるんだ。
トーガとチルは、容赦なく文句を言うのに!
……いっぱいいろんなものを食べさせてあげよう。虫だけじゃなくて好きなものを増やしてあげなければ。
私は決意を新たにして暗いドラム缶の中のような地下道を進む。
すると、ひときわ明るい灯りが見えた。
