57.地下の町

第二部 人造人間編

第一章 希望

57 地下の町

 地下にある町は天井が想像よりも遥かに高くて、かなり明るかった。

 電気だろうか?
 街灯は白い四角い壁の建物をオレンジがかった色で照らしている。
 その街灯の影が伸びた先、たくさんの人が歩いている道は石畳だ。
 脇にはちらほらとみすぼらしい人が座っていたり丸まっていたりしている。
 目を合わせないようにしながら歩けば、明かりに照らされた人たちの容貌がはっきり見えた。

 前世で言う白人や黒人、アジア人などのほかに猫や犬の頭の人間もいる。いろんな人種がこの町に集まっているみたいだ。

 うーん。たくさんの人たちがいるけど、なんか変。
 町の建物は思ってた以上に近代的で未来的な色合いをしているのに、皆着ているものが古めかしい。
 昭和っぽいというか、だっさい。

「あまりきょろきょろしないで下さい。目立ってしまいます」
「は、はい。すみません」

 そんな事いわれても、気になるものは気になる。

 ちぐはぐさに違和感を感じながら、トランクスさんから離れないように小走りでついていく。
 着いたところは露天商とたくさんの人たちでごった返している路地だ。
 壁は明るい色の布で飾られ、造花だろうか? 花も飾られている。

 トランクスさんはそんな路地に溢れる人の波をものともせずに、縫うようにさくさく進む。
 私には目もくれない。

 ちょっと待ってよ!
 私こんな人ごみ一人で歩いた事なんてないんだから……って押される!

 口からでるのは「ああーああああー」なんて、出そうと思っても出ないであろう情けない声。

 ええ、ものの見事にはぐれました。
 波は私を浚い、邪魔だと言わんばかりにぽいっと弾き出したのだ……。

 弱……。いくら〈壁〉も使えない人ごみだからって進めないなんて私よわ……。

 気を探ればトランクスさんとそこまで離れていないようだけれど、問題はどうやって追いつくかという事だ。
 この人の多さではゆっくり見て回る事もできない。

 どうしようかな。
 トランクスさんが立ち止まったら瞬間移動する?
 いきなり現れちゃったら騒ぎになるかな?
 でもこの人ごみだったら紛れそうな気も――ん?

 後ろから猫の鳴くような音が聞こえた。
 そこではじめてあたりを見回すと、今いる路地はうす暗く人がいないことに気づく。
 おかしい。表ではあんなに人がいるのに、どうしてこの道にはだれもいないんだ?

 振り向いて探ろうと集中してみると、奥の建物に小さな気配がいくつもあった。
 ……何だろう。動物?
 人のような気配もある。そのまわりに小さいものはあって――また、鳴いた。

 よく耳をすませて聞いてみる。
 そこで私の背中にぞわっと寒気が這い上がった。

 違う、猫じゃない。この声は――。

「探しましたよ!」
「わあ!」

 いきなり現れたトランクスさんに腕を引かれ、私は走った。
 足の長さが違うので、私は飛び跳ねるように走ることになったが、私の意識はその路地から離れられないでいた。

 振り返ると看板が壁にかかっているのが見える。
 その看板の文字は理解できなかったけれど、絵はなんともわかりやすいもので、小さい子供から大人までが並んで値段がついている絵だった。

 ――ここにもいるんだなあ。
 漠然とそんなことを思いながら場所を頭の中の地図に叩き込んだ。

「ここは無法地帯なんですから離れないでください。少しでも外れればきっと攫われてしまう……あなたは幼いんですから余計に気をつけなきゃ」

 路地から少し離れたところ、人通りがある場所で腕は放された。

「ごめんなさい、こんな人ごみ慣れていなくて」

 どれだけ人ごみに抗えなくても離れてしまったのは私が悪い。
 頭を下げると早速、ドン、と後ろから押された。
 ぶつかってきた人はすぐに離れてしまったけれど、私はその人に向かって謝罪の言葉を投げかけた。

「……しょうがないな」

 トランクスさんの呆れた声が聞こえたかと思ったら、いきなり目線がぐんと高くなった。
 声を上げる暇もなく、目の前に現れたのは端正な顔だ。

 ――うわ、目が青い。
 ってそうじゃない!

 トランクスさんはあろうことか私を抱えあげ腕に座わらせると、そのまま進み始めた。

 ひ、ひいいいい!! なんということを!!

「お、おろしてください!」
「この方が安心です。迷子にもならないし」

 そうだろうけど!
 見た目は子供かもしれないが中身はずいぶん前から年頃の乙女通り越してるんだ! 恥ずかしいんだよ!

「おります!」と抗議をするがトランクスさんは無視だ。
 おのれーと唸るが、人だかりの前に差し掛かるといつもと目線が違うので上から覗き込めてしまった。

 なんだかカラフルな野菜が見える……?

「気になりますか? 肩車しましょうか?」

 されねえよ! 言い方がまるっきり子供扱いなのもむかつく!

「結構です!」とそのまま肩に手をかけて首を伸ばす。
 するとトランクスさんも腕を見やすいようにあげてくれた。

 くそ、この紳士め!

 心の中で悪態をつきつつよく目を凝らせば、野菜がたくさん並んでいるのが見えた。
 隙間なくコンテナに詰まれて商人が声を張り上げてる。
 その光景は目を擦っても細めても変らない。

 どういうことだ……。

「……野菜がいっぱい……地下でも野菜って育てられるんですか?」
「水耕栽培してるんです。毎日届いてるじゃないですか」

 水耕栽培! 未来的!

「いまさらなにを言ってるんですか?」と首をかしげているトランクスさんに詳しく説明をお願いすると、数ヶ月前に野菜工場が完成したらしい。
 ここより更に深い地下にあって、CCに届けられている野菜はそこと契約して届けられている。
 技術提供したので優先的にまわしてくれているが、エネルギー供給が安定しないので今後届くかはわからないといわれた。
 そうだったのか。知らなかったよ。

 ――あれ?
 もう一度コンテナを見てみる。
 端からトマトやニンジン、じゃがいも、オレンジ。
 ……オレンジって果樹じゃないのか?

「トランクスさん。オレンジって、水耕栽培でも育つんですか?」
「植物ならなんでも育つと思いますけど……どうしたんですか?」

 ミルク! 油! 育てて貰えばいいんじゃない!?
 すぐに収穫はできないけど、少しは食糧事情が改善させられるかもしれない!!

 私は〈かばん〉の中からマイトの実を出してトランクスさんに見せた。

「なんですか? それ」
「マイト……いや、ミルクの実です!」

「?」と首を傾げるな!
 いつもそれでイチゴミルクを作ると飲むのは誰だ! お前だ!
 作るところを見てるわけじゃないから信じられないのか!

「ちょっと待ってください!」

 私はおもむろにナイフを取り出し、柄で実の下部を叩き割った。
 割れたヒビかららせん状のかさぶたに沿うように皮をはがしていく。
 穴が空いたらストローを刺しかき混ぜて、そのままきょとんとしているトランクスさんの口元に向けてストローを押し付けた。

 不思議そうに見てる場合か! 飲め!

「あっミルクだ」
「これ植物なんですけど育つんじゃないでしょうか!」

 飲み終えた後のトランクスさんの行動は早かった。
 あれよあれよと商人に話しかけ、試しに育てて貰う事を決めてしまった。
 CCの息子だからか? すごいな、ブルマさんが。

「トランクスさん、あれは何屋さんですか?」
「塩ってかいてある。隣はパンを売ってますね。でも高いですよ」
「あの缶がいっぱいあるのは?」
「あれは飲料と……缶詰かな。北のほうは無事な工場が多いから」
「へえー」

 そのままなし崩しに抱っこされたまま移動することになってしまい、半ば諦めの境地でいたのだが視点が上だと地面がよく見える。
 つまり、商品が見えやすい。
 そしてその都度指をさすとトランクスさんは丁寧に答えをくれた。

 なにを聞いても返ってくることに気を良くした私は、別にこのままでいいかなと思い始めている。

 羞恥心を除けばこれ以上ないぐらい快適だということに気づいたのだ。
 歩かなくていいから疲れないし、人ごみで押されないし、なにより見下ろせる。
 だれも私のことなんて気にしないし、知ってる人だっていないし、子供の振りしてれば別にいいんじゃね?と思ったらいざ下ろされる時に名残惜しくなってしまった。

「ちょっと見たいので」

 そう言って下ろされた場所は部品屋さん?だった。
 ネジや電子盤、銅線などが並んでおり、小さいものから大きいものまでさまざまなものが雑多に置いてある。
 トランクスさんはよくわからない部品の前でしゃがみ込み、じっとそれを見て動かない。
 眉を寄せて考え込む様子は、ひどく機嫌の悪そうに見える。

 そういえば宇宙船を調べているときもこんな顔をしていたな。
 熟考というやつだろうか。
 私は部品なんか見ても全く楽しくないため、ただ隣で待ってる。

 ……待ってるんだけど、いつまでかかるんだろう。
 しゃがんだ足がしびれそうになるくらいには時間がたち、ようやく買うのかと思ったらトランクスさんが会計したのは小さいネジだった。

 女子の買い物かよ、と心の中で罵倒しながら、歩き出したトランクスさんの後ろを付いて私も歩き出した。

 その後人もまばらになってきたので抱えられることもなく、残念なようなほっとしたような複雑な気持ちになりながら歩いていると、トランクスさんが立ち止まった。

「らっしゃい! 今日は黒虫が安いよ!」
「えーっと」

 お店の人に声を掛けられたトランクスさんは慣れた感じに注文している。

 ――忘れてた。
 このひと、バッタ買うって言ってた!

 私は恐る恐るその店に視線をめぐらせた。
 気持ち悪いけど興味はあるんだ。

 たくさんのダンボールの箱を積み重ねているそのお店は、言いたくはないが虫の専門店らしい。
 ざっと目を配れば箱の中からバッタやカブトムシの幼虫っぽいものが目に入ってくる。
 ほかには瓶詰めの蟻、液体に浮かんでいるナメクジ……後は見たくない。
 さまざまなものが値札をつけられて置かれているのは異様だ。

「毎度ありー!」
「行きましょうか」

 いつの間にか買い物を終えたらしいトランクスさんに声をかけられた。

 その姿を見て、私は戦慄した。
 青年の手には想定よりも多くの箱が積みあがっていたからだ。

 この塔が全部バッタ……。

「そ、んなにすきなんですか?」

 買ってきた箱を数えつつ目を細めながら問う。
 向こうにはネズミの店も見かけたというのに立ち止まりもしなかったところを見ると、よほど好きらしいというのは充分わかる。
 けど、限度というものがあるだろう?

「え? これは」
「お昼補う分としては……多くないですか?」

 10箱あるじゃん? あなた最初1食1箱だって言ってたじゃない。
 10倍?
 驚愕の眼差しで見ていたら耐え切れなくなったのか、トランクスさんの目が泳いだ。

「二人と修行するようになって、今までよりも腹が減ってしまって。あ、もちろん今日のお昼の分も入ってますけど、夜とか……我慢できないので」
「我慢できないほど好きなんですか……」

 よぎったのは町に来る前の会話だ。
 確か腹に入ればなんでもいいといっていたな……。
 やっぱり今まで私が作ってきたものはどうでもよかったのだろうか。
 そんな……これでもお腹いっぱいになるようにがんばってたつもりだけど、バッタに劣るっていうの?

 く、悔しい。
 ああ悔しい。
 おいしくもないらしいバッタを10箱も買われるなんて!
 料理する人間として悔しすぎる!

「ち、違いますよ。これのほうがすぐに食えるじゃないですか」

 なにが違うんだ。
 人が決意を新たにしたというのにめげそうなくらい買いやがって。

 私はすっと指でその塔をさした。

「だってそれそのまま食べませんよね? 確か焼いたりしますよね? だったら〈かばん〉の中のお菓子とかのほうが即食べられ……。もしかして、食べたいの入ってなかったんですか? なら言ってくれれば作りますけど」
「かばん?」

 トランクスさんは頭を傾けた。私もつられて首を傾げた。

「冷蔵庫の横の〈かばん〉です。……聞いてないんですか?」
「全く」
「……皆食べてるので伝わってると思ってました」

 この間はチルとブルマさんが一緒にプリン食べてた。
 だから知ってるものとばかり思ってたよ。

 食べても良いってしらなかったから虫に走ったのか?
 ……なんてこったい。申し訳なくなるな。

 私は深々と謝った。

「すいません、ちゃんと言えばよかったですね。好きなだけ食べてくれて構わないですよ。毎日補充してますから。甘いお菓子も、クリームたっぷりのクレープとかちゃんと入れてます!」

 言い終わるや否や虫の入った箱が崩れ落ちた。
 慌ててしゃがみ、拾おうとする前に上から声が降ってくる。

「あ、甘いのって」
「まずこれ仕舞いましょう。――甘いのはオムレットやプリン、マフィンとか入ってますよ。お好きで……したよね?」

 虫の入った箱を〈かばん〉の中に入れるために地面においてもらう。
 積み重ねながら様子を伺うとトランクスさんが口元を手で覆ってた。
 そのせいで表情はよくわからない。

 ただでさえこの人は笑うということがない。
 大体険しい顔をしているかほぼ無表情だ。
 なので感情が分かりづらい。

 しかしそれでも数ヶ月同じ釜の飯を食べていると気づくこともある。
 まず気に入ったものは迷わず手をつけて確実に食い尽くす。
 初見のものは好みに合えば、一瞬顔を険しくする。……気に入らないものだと無表情になる。
 喜怒哀楽がはっきりしているブルマさんとはぜんぜん違うのだ。

 わかりづらいようでわかりやすい。

 おかずは甘辛い味付け。甘い卵焼きや照焼きにしたものをよく食べる。
 おやつは甘い洋菓子を好む傾向にあり、それこそクッキーのような焼菓子や、クリームが入ってる洋菓子、チョコでコーティングされたナッツ類、なんでも食べる。
 中でも特にホイップクリームが好きらしい。
 面白くて精査していったらがっつりスイーツ男子だったので、知ったときはギャップ萌えした。

 なのに、どうでもいいとか言われたら私馬鹿みたいじゃないか。
 追い討ちは虫だし。

 私は段ボール箱を目を細めて眺めた。

「す、すきかどうかはわかりませんけど、おいしいとは思います……」

 小さな声でどもったように紡がれた言葉に思わず笑った。

 あーよかった。
 どうでもいいって言われたらショックで立ち直れずに二度と作らなくなるかもしれなかったわ。
 私はほっと胸をなでおろし、〈かばん〉で虫の入った段ボール箱を包み込むように上から被せた。

「でも本当に気付かなかったんですか? 双子も……この間ブルマさんも中身あさって食べてましたけど」
「い、言われてないし、勝手にあけるのもどうかと思って……」

 言われないとだめだって……紳士的だな。

「大丈夫です。勝手に好きなだけ食べてくれていいですから。体動かしてるんですもの、三食じゃ足りないですよ。あ、でもクリーム系のおやつはチルも好物ですから、早く食べないと先に食べられちゃいますよ。〈かばん〉の中のものは早い者勝ちなので」
「う……」

 トランクスさんはまだ手を口元に当てながら眉を顰めている。
 さっきの小さなネジを見ていたときと表情が似ている気がする。
 悩んでいるのか? 無意味な。

「お腹減ったら強くなんてなれないですよ。サイヤ人なんだからたくさん食べないと」
「は、はあ」

 そのあとは特にめぼしいところもなかったので、瞬間移動で帰ったんだけど。
 移動した先に待ち受けていたのはインパクトのでっかいお昼ご飯だった。

「おかえりー! ご飯できてるわよ!」
「お、おかえり……」
「遅えよ……」

 元気よく挨拶をしてくるブルマさんとは対照的に、双子たちは落ち込んでいるようにうなだれている。
 トランクスさんと二人で首を傾げながら食卓を覗き込むとちょっと想像外の代物が鎮座していた。

「星を眺めるパイっていうのよ。母が昔作ってくれたの。お祝い事の時に作ってくれたんだけど食べたくなっちゃって」

 そう解説を受けたパイには頭が生えていた。
 パイ?のような表面から魚が頭を出して天を見ている。
 6匹くらい。
 魚が星を眺めているという意味かな? 名前とは反対にロマンチックとは言いがたい容貌だ……。
 こんな料理知らないな。
 こんな食べにくそうなパイなんて知らない。

 しかしそんなことも言っていられない。
「食べてみて!」ときらきらした眼で見られながら、私は恐る恐るパイを口に入れた。

 ……う、うーん。
 トーガも同じものを食べて唸り、チルは首を傾げながらその料理をじっと見つめた。

「しょうゆかけてもいい?」
「チーズたしてもいい?」
「うまいのか! まずいのか! はっきりいいなさいよ!」

 どちらかというと、まずい。
 なんというかとても個性的な味。
 魚臭いのが残っている。
 でもそれを香辛料で消しているのかスーッとした清涼感と、辛さが際立つ。

 うん。
 間違いなく日本人には受けない。
 私は笑った。

「おいしいです。個性的な味ですね」

 他人が作ってくれたご飯は何よりもおいしいものだ。食べられればそれで充分。文句は言うべからず。
 なにより腰に手を当てて睨む美人に意見なぞする気も起きない。

 しかしトーガはそうではなかったようだ。

「はっきり言って、まずい」

「なら食うなー!」とブルマさんに頬をつねられても食事を続けるトーガの姿はある意味男らしい。
 そんな猛者はこれだけじゃあ足りないからもっと寄越せとのたまった。

「卵焼き食べたい。甘くないやつ」

 〈かばん〉から残り物を出していると、パイを食べながら更にトーガが注文つけてきた。

「ちょっとーまずいなら食べなくても良いわよ」
「食べれないほどまずくねえ。食べなきゃもったいないじゃん」

 ブルマさんとトーガが言い合ってる横から、おずおずとトランクスさんが声を上げた。

「お、俺は、あ、甘い卵焼きがいいです。食べたいです」

 お前は虫が好きだったんじゃねーのかよ。買って来たやつ食べたらいいじゃん。

 そう思ったけど、私は卵を溶いた。
 初めてリクエストされたし、言ったら作ると断言してしまった以上作らねばならん。
 甘い卵焼きと出汁巻き卵。
 食卓に加わった赤いそれは、それから毎日見ることになる。
 その日からずっと作り続けることになるとは正直思ってなかったなー……。


◆用語説明◆
星を眺めるパイ……イギリス料理。イギリス料理がまずいと言っているわけではありません。

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