58.雨の日

第二部 人造人間編

第一章 希望

58 雨の日

 たわわに実ったナスとピーマン。太陽の光を一身に受けた赤いトマト。
 青々と茂るモロヘイヤに、いくつもぶら下がる曲がったきゅうり。
 それらを手早く収穫すると、水辺に仕掛けた罠を覗く。
 ちらちらと見える魚影に、はやる気持ちをおさえながら歌う。
 追い込まれた魚を〈壁〉ですくって陸に打ち上げれば、魚はびちびち跳ねて水滴が眼鏡についた。
 構わずかごに入れると私はヤードラットに飛んだ。

 季節が夏に変わってしばらくして、畑が軌道に乗った。
 適当に植えたものが運よく定着し、実をつけたのだ。
 水辺の近くを選んだおかげか水やりをしなくてもいい。放って置いても実る。最高。

 その野菜を毎日収穫し、私はヤードラットへ赴く。
 穀物と交換してもらうためだ。
 地球は穀物が高い。パンはべらぼうに高い。とてもじゃないが手は出せない。

 なので別の星に行って手に入れるわけだ。
 ここで牧場物語大作戦が功を成す。ヤードラットの人たちにクッキーをあげまくっていたおかげか、穀物が多い星に連れて行ってもらえるようになったのだ。
 最近の主食は粒が大きい米だ。たぶん当分変わらない。

 というのも三人のサイヤ人の胃袋は日増しに収納量を増やしているのだ。
 安請け合いしなきゃよかったなーとちょっと後悔しているくらいにはめちゃめちゃよく食べる。
 おかげで私はもう味見すら双子に任せることになってしまった。

 ――冬になったらどうする。
 目下の悩み事はそれだ。
 別の土地にまた畑を作るか……?

 いくら他の星に取りに行くといっても植物類は探すのが手間だ。ヤードラット経由で地元民と交易したほうがいい。
 しかし交易には品物が必要。
 どうにかしなければ冬は越せないかもしれない。

 ああー食べさせますって言わなきゃよかったー……。
 頭を抱えながら毎日を過ごしていると、今日も修行組が帰って来た。

「今日はとり肉をとって来たので照焼きが食べたいです」

 トランクスさんは食べたいものを言うようになった。
 頷きながら〈狩猟用かばん〉を開く。
 ……とりにくって言ってたけど、絶対鶏じゃない。
 私の上半身より大きい肉だもん。
 そんな鶏いない、よね?

「オレ、から揚げ」
「南蛮タルタル食べたい」

 双子は手の込んだものしかリクエストしない。舌の肥えた子供だ……。
「作れたらね」とだけ返して、肉を受け取った。

 朝から晩まで修行しているこの三人はほぼ毎日一緒に行動している。
 双子はおいしそうなものを見ると狩らないと気がすまないたちなので、ある時心配になって問い詰めたことがあった。
 トランクスさんに迷惑かけてないだろうな的なことを。そしたら、

「食えるのに文句を言われる意味がわからない」

 トーガに真顔で言われた。

 そうなんだけど、それとトランクスさんを振り回すのは別の話じゃん?
 って思ったけど、解体済みかつ切り分けられている肉を手渡されたら何にも言えなくなるよね。
 食料はあるに越したことはないんだもん。

 解体の仕方を覚えた双子は、自分の取った物がご飯に直結するので嬉々として狩ってくるのだ。
 トーガは大きい獲物、チルは小さい獲物がうまく解体できる。
 実際私がやるより早く綺麗に肉を削ぐので、おねえちゃんはとっても助かってます。

 そんな双子は鳥肉が好きだった。

 羽をむしっても細かいのが残ってしまうのが嫌で、手間で、私はあんまり鳥を狩らない。
 それよりだったらシカや羊などの大きい動物を解体したい。大きいぶん食べれるところが多いからやりきった感がでる。たいへん疲れるけれど、羽毛をちまちま何羽もむしるよりは精神的に疲れない。

 そんな私と違って、双子は嬉々としてむしる。
 楽しいんだろうか。私にはよくわからない。
 とりあえず、そんな双子のおかげで私が狩りをしていたときよりも鳥肉が食卓にあがる頻度は多くなった。

「そういえば今日はでっかいのあんまいなかったよな」
「遠くに逃げちゃったみたいだね」
「なら明日は別のところに行ってみるか」

 おやつを食べながら双子とトランクスさんが話し合っている。
 三人は役割分担しているらしい。
 チルは探索、察知する係でそのほかは捕らえる係なんだそうだ。
 なかなか仲良くやっているということで、大変よろしい。
 私は三人の話し合う声を聞きながら晩御飯の支度を始めた。

「ねえ、サーヤさ。なんでこんなに野菜とってこれるの?」

 ナスの甘味噌がけを食べていたブルマさんが唐突に問いかけてきた。
 私はマヨネーズの入った瓶をテーブルに置こうとしたところで一瞬止まった。
 すかさず「下さい」と伸ばされた手に渡す事にする。

「この間から野菜届かない日が多くなったでしょう? ……そのわりに多いわよね」
「……そんな事ないですよ。他の星との交換で貰った分もあるからそれじゃないですか」
「見たことある野菜が多いのに? これどーみても地球産でしょ。アンタ、廃墟に行ってるんじゃないでしょうね」

 ヒエ、するどい! でももう廃墟には行ってないもん。
 畑には行くけど、まさか夏野菜でばれそうになるとは。皮剥いただけじゃわかっちゃうか……。

 うーん。畑のことはだーれにも言ってないからなあ。
 知られるとどうして畑ができたかを言わなきゃならない。
 双子には人里に行っちゃだめと言い聞かせているのに、自分は行ってますなんてちょっと言えないっしょ。

 ブルマさんは箸を私に突きつけた。

「だめよ。人造人間は気配がわからないんでしょう? いくら瞬間移動で逃げられるからって気づかなかったら死んじゃうわ。トーガやチルと違うんだから」
「行ってないですよ。大丈夫です」

 本当?と追及してきそうなジトッとした眼差しを避けて、返事の変わりにお茶を差し出した。

 ―――この数ヶ月で私の生身が弱いと知られてしまっている。
 まあ疲れて倒れたり、双子が持てるものを持てなかったりしてれば怪しいと思うのは当然だ。

 極めつけはあれ。
 扉を勢いよく開けられてぶつかった私が、鼻血を出したからだな。

 よくやる場所でトランクスさんとチルにもやってたらしい。
 チルは痛いと言いつつ平然としていたらしいが、私は鼻血を出してしまった。
 あれは強烈な一撃だったな。

 トランクスさん?
 言うまでもない。当たる前に止める。もしくは無傷。

 ブルマさんは慌てふためき、私は赤く染まっていくタオルをただ見ていた。
 あんなに血を出したのは久しぶりだったな。
 だからなのかブルマさんはすごく優しくなった。鼻血の代償だと思えば悪くない変化だった。

「サーヤは抜けてるからなー。よく転ぶし」
「見つかったら死ぬからもっと気をつけて欲しい」
「ホント。もっと考えろってカンジ」

 どーせ生身の耐久力1ですよ私は。

「皆の言うとおりですよ。あいつらは続けて攻撃できるんです。対峙する前に逃げないと」

 トランクスさんはそう言うといっぱいに盛られている照り焼きチキンを頬張った。
 この人は照り焼きにマヨネーズをつけて食べるのを甚く気に入ったらしく、照り焼きにすると必ずマヨネーズを所望するようになってしまった。

 トランクスさんは気に入ったものを延々と食べてしまうから他のものを足してやる必要があるのだ。
 だから私は「わかってますよ」と返事をしつつ、トランクスさんの空いてる皿に野菜を盛り付けた。

「……そういえば今日、とげとげの果物見つけたの」

 チルがそういって出したパイナップルに話題がそれて、そこで話が終わったと胸をなでおろした。

 + + + + + + + + + + 

 数日経ったある日。西の都全域は雨だった。
 そしてトランクスさんがブルマさんの手伝いをするとかで、双子は久しぶりにゆっくりごろごろしていた。

「え、今日も行くの?」
「一緒に行くか?」
「大丈夫。すぐ帰って来るから」

 双子がついて来ようとするのを止めて、私はざあざあと降りしきる雨の中、いつものように畑に向かった。

 雨が降ろうが風が強かろうが毎日畑に行っていた。台風こそ来なかったが雷のときは怖かったな。
 それでもお腹は減るので眼鏡を濡らしながら飛んでいく。

 畑に着いたら晴れていた。雨上がりのようだ。
 トマトについている水滴が太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
 キレイなんだけど、作業してるとびちゃびちゃになってしまうのが雨上がりの嫌なところだ。味も水っぽくなるし。

 ――このまま帰ったら、CCがびちゃびちゃになるかもしれない。
 手早く収穫を終えた後、濡れた上着を取り替えることにした。

 上着に手をかけたそのとき、トン、と肩をたたかれた。

「ひ!」

 振り返ると……トランクスさんがいた。
 Tシャツ姿の彼はずぶ濡れで、顔は質の悪いガラスを透かして見ているように歪んでる。

「人造人間だったら死んでいますよ」

 雨に打たれながら飛んで来たんだろう。
 髪の色が濡れたねずみ色に変わっていた。

「な、なんで」
「つけてきました。母にも頼まれていたので」

 まさかつけられているとは思っていなかった私は絶句した。

「気づかなかった、ですよね。やつらもそうです。気をつけてといったのに。……ここから取って来ていたんですね。一人でやったんですか」
「そ、そうですね、すいません」
「これだけの苗を集めるのは大変だったでしょう。荒廃した畑から植え替えたんですか? そうでなければ無理ですよね? 野生では手に入らないだろうし」

 はい、としか返事できなかった。
 親にしかられた子供の気分で非難されるかなと待っていたが、耳に入ったのは非難の声ではなかった。

「なにか手伝えることは?」

 とんでもない!
 私はぶんぶんと頭を振った。
 トランクスさんは濡れた髪をかき上げて、「なら帰りましょう」と私の肩をつかんだ。

 え? それだけ? 怒ったりしないんですか?

 しかしそうとは聞きづらい。

「あ、あの、ここの事は双子には内緒にしてくださいませんか」
「なぜ」

 即答えが返ってきた。
 ちょっと怖いと思うのは私自身に後ろめたい事があるからだろうか。

「心配かけたくない、ので、お願いします」
「ならなおさら教えたほうがいい。ただでさえ気配を消して飛び回ってチルが心配しているから。それに、俺たちが食べるものでしょう。手伝えるなら手伝いたいと思うはずです」

 正論だ。
 なにもいえなくなってしまった。

 双子に行くなといってた手前、自分が行ってると言いたくなかった浅ましい考えが透けて読み取られたようで余計恥ずかしい。
 変な見栄なんて張るもんじゃない。

 帰ったらブルマさんにはため息を吐かれ、双子にはじと目で見られ。
 非難されるより苦痛だった。

 いっそ罵ってよ!と思ったが甘えるなってことですかね。
 そうですよね。すいません。

 誰もなにも言わないので謝ろうにも謝るタイミングも雰囲気にもならず、ただ悶々とすることになったのだが。

 次の日。
 外に続く扉を開けたら「ダァン!」という音と共に周辺の建物が揺れた。
 振り向くとトーガはそっぽを向き、チルはじと目で――――……床に穴が開いていた。二つ分。

「あっ……外のプランターを見てくるだけです……」

 双子の『自分らにはどこに行くかちゃんと言えって言うくせにおめーは言わねえのかよ』っていう無言かつ物理的な圧力を感じ、私はその日以降ちゃんと行き先を告げて出て行くことにしました。

 もちろん畑に行くときも正直に話すようになりました。

 結果、誰かが必ず同伴することになりました。


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