59.尻尾と羽

第二部 人造人間編

第一章 希望

59 尻尾と羽

「ねえ、サイヤ人って尻尾・・あるでしょ? なんでアンタたちにないの? 切ったの?」

 テーブルに向かって左にはトランクスさん、右にはチル。トランクスさんの左手にはブルマさんでその隣はトーガ。
 そんな配置が定位置となったある日の晩御飯の時、ブルマさんの一言から食卓は尻尾談議に花を咲かせた。

「シッポ?」
「シッポってシリから生えてるやつ? トランクスにはないじゃん」
「こいつの父親が切っちゃったのよ。最初に会った時ばつんて。信じられる? まず普通抱っこするもんでしょ?」
「そんな小さいときなんて覚えてねーよ。なあ、オレにシッポあった?」

 お茶を飲んでいた私は、父を思い出した。
 尻尾か……父の尻尾は太くてさわり心地が良かった。唯一かわいい部位だったな。

 生まれつき生えてないと伝えると、ブルマさんはトランクスさんにフォークを向けた。

「ほんとに? 跡もないの? トランクスはまーるくついてるわよ。なんなら見る?」
「オレ見たことある」
「わたしもある」
「ぶっ」

 トランクスさんは噴出し、私はおしぼりを差し出した。

 双子は見たのか。
 見てないの私だけかよ。
 地味に気になるじゃないか。

 お茶を飲んでいると、チルが真顔になって聞いてきた。

「尻尾がないのは羽があるからなの?」
「けふっ」

 気管に入った!
 げほげほ言ってたらトランクスさんに大丈夫か聞かれた。
 立つ瀬ない。

「お前、今それ言う!?」
「だめなの? ここには奴隷なんていないよ? ……隠し事してるみたいでもういやだよ」

 う、そういわれると。
 トーガと私はテーブルを挟んで見つめあった。
 どうしようって顔してた。

 地球にきてから半年を過ぎた今に至るまで、私たちの首元は隠されたままだった。
 一度だけ、トランクスさんに尋ねられた双子が誤魔化したって言っていた。それ以外、ブルマさんも聞いてこないし言わなくてもいいかなとそのままにしておいた。
 ――が、俯いているチルを見るに、耐えられなかったんだろう。トーガと比べて素直だから。

「なになに? 羽?」

 ブルマさんは好奇心を隠そうともせず目をパチパチ瞬かせている。

 そんな期待するようなもんでもないんだけど……。
 今まで隠してきたものを自分から見せるっていうのはなんとも抵抗がある。見せちゃっても大丈夫か?

 昔の苦い思い出とともに、『隠し通せよ』とラクに言われた言葉がよみがえってくる。
 ちらっとトーガを見たら、珍しく困ったような表情をして俯いていた。

 ここは地球で、見せる分には問題ないと思う。
 ただ、明らかに宇宙人ってわかるから、態度変わったら嫌だなー。

 ……待てよ? ブルマさん、普通にナメック星人と同居してなかったっけ。

 原作でのブルマさんの人生を振り返りつつ、ちょっと考えて――頷いた。

 首に手を当ててしゅるしゅると布を取っていく。
 布を包帯状に丸めると、髪の毛を束にして持ち上げ、隣のトランクスさんとブルマさんに見えるように俯く。

「私たちは尻尾が無い代わりにこれが首に生えてるんです」
「羽ってそれ?」

「蝶みたい」と感心した声が聞こえる。

「母に生えていて、三人とも似たみたいです」
「へー」
「へーって、それだけ? なんとも思わないのかよ」
「いや、べつに」

 聞かれたトランクスさんは特に興味なさそうに答え、トーガは開いていた口を閉じた。

「尻尾よりかわいいんじゃないの?」
「かわいい? 黒いのに?」
「統一性あるじゃない」

 やっぱりブルマさんは気にしないらしい。
 わずかな驚きだけでその顔には嫌悪も感じられない。
 しかし、「黒と黒で」と指差すのは私の髪なんだろうな。
 ファッションかよ。

 トランクスさんは体を傾けながら覗き込んで、不思議そうにたずねた。

「感覚あるんですか?」
「あんまり。鈍いのか、よくわからないですね」
「そうなの? じゃあ尻尾と違うわね。トランクス切った時泣き叫んだもの」
「き、切りませんよ? 尻尾みたいに切っても生えてくるものじゃないです!」
「俺だってもう生えてこないですよ」

 ブルマさんはワインを片手に笑い、トランクスさんは卵焼きを口に入れた。

 その時、がたん!と椅子が倒れる音がして視線を向けると、トーガが立ち上がっていた。
 首の布に手をかけ、ぶちっと大きな音を立てて取っぱらうとその布をゴミ箱に投げ入れた。
 そして何事も無かったかのように椅子に座りなおし、残ったご飯をかきこみ始めた。

 チルもゆっくりと布をはずしてそれを同じようにゴミ箱に放った。

「びっくりしたわ。なんなの?」
「えへへ」

 チルはお皿の上の真っ赤なニンジンしりしりを食べて「おいしい」と笑っている。
 ブルマさんはきょとんとしていたが、チルの様子に毒気を抜かれたようだった。

「よくわかんないけど、まあいいわ。……そういえば尻尾があると満月で大猿になるけど、アンタたちはなにかになるの?」
「は? オオザル?」
「なに?」
「なりません。なにもなりません」

「ふーん」とワインを飲むブルマさんにトーガが「オオザルってなに?」と聞いている。
 説明すると、感心したような声を上げた。

「満月で大猿に……サイヤ人ってすげーんだな」
「そう? 戦うことが好きなただの猿よ。少なくても純粋なサイヤ人はそうだったわ。働かないし」

 否定できない。
 あの二人に対しては全く否定できない。

 黙っていると、トーガはそれを肯定と感じたようだ。
 微妙な顔になりながら口を開いた。

「父さんもそうだった?」
「え、うーん……戦うことは好きだと思うよ。悟空さんの話したら嬉しそうに戦いたいって言ってたから……あっいや、うちの父さんはちゃんと畑仕事とかして君たちを食べさせてたよ!」
「えー!! うそー! サイヤ人って働かないんだと思ってたわ! アンタたちの親ってまともね! あいつらが異常だったのかしら」

 あいつらってあなたの旦那と悟空さんですね。
 空の皿を積み上げながらチラ見すると、トランクスさんがなんとも言えない顔をしている。

 まあ困るよね。過去でしか会ってない父親を異常といわれちゃったらそりゃあな。
 否定はできないけど。

「どっちかというと、母のほうが癖のある性格だったと思います」
「へえ、サイヤ人より変なの? それもまた大変だったわね」
「……」

 あなたの息子さんも大変だと思いますよ……。
 ブルマさん、ヒロインだっただけあって初期からずいぶんやらかしてた気がする。
 それでいて、サイヤ人とナメック人に物怖じせず、一緒に暮らそうって言える人間はそうそういないんじゃないかなあ? 心臓に毛がびっちり生えてそう。

 でもそんなこというと倍になって返ってきそうだから、なにも言わないでおく。

 黙って皿を重ねていたら、チルが不思議そうにたずねた。

「ねえ、働かないでどうやって食べていけるの?」

 ブルマさんはフォークを口に入れたまま、視線を宙にさ迷わせた。

「トランクスの親父はサイヤ人の王子だからそもそも働かねーんじゃね?」
「えー。もう星ないのに?」

 いや、うん。いいから。
 死人にそう突っ込んでやるな。遺族困ってるから。

「ベジータさんは家族のいる地球を守るために日々修行していたんだよ」

 居候の身で家主の亡くなっている旦那をニート扱いするわけにもいかない。
 なのでブウ編の最後を思い出しながらフォローしたら、ブルマさんが手をひらひらと振った。

「いや、それは無」
「マジで!? いいやつじゃん! ヒーローじゃん!」
「そっか。地球のために戦うのが仕事だったんだね!」

 否定は子供たちの無邪気な声にかき消された。
 ブルマさんは指でトントンとテーブルを叩いてアピールしている……眉間には皺が寄っていてちょっと怖い。
 訂正しろって事かな。

 そんな中でトーガはトランクスさんにいい笑顔を向けた。

「お前の父さんかっこいいな!」
「え? ――ああ、うん」

 それで黙ったのはブルマさんだった。

 ……片付けるか。
 ブルマさんがもの言いたげに視線を寄越してくるのは無視し、私は腰を上げた。

 その夜皆が就寝した後のことだ。
 次の日の下準備をしていると、ブルマさんが話しかけてきた。
 持っているグラスには結構な量のワイン色した液体が揺れている。

 ほんのり顔を赤くさせながらブルマさんは口を尖らせた。

「あれがそんなタマじゃないこと知ってるくせに嘘教えるのやめなさいよ」

 注意されてしまった。

「最終的にはそうなる予定でした」

 そう返せば、いきなりブルマさんは笑い出した。

 それこそ「嘘でしょ! ひー!」とか言いながら腹を抱えて笑っていた。
 私といえばその反応になんと返したらいいものか戸惑い、笑い転げているのをただ見ているだけだったのだが、そのうち泣き始めた。

 ……かなり酔っ払ってる。

 安易に言葉にしてしまったことを少し後悔しながら、ブルマさんの背中をひたすら撫でた。


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