63.ワイン

第二部 人造人間編

第一章 希望

63 ワイン

 季節は冬になっていた。
 雪が降るのは珍しい地域のようで、雪かきがないことに私は内心喜んだ。
 前世は豪雪地帯に住んでいて毎年疲れていたから。

 そんな温暖な場所でも朝晩は冷える。
 畑はほぼ枯れてしまった。
 別のところに畑を作ろうとしたんだけれど、なかなかうまくいかなかった。

 冬だから南下すれば暖かいはず、と考えたものの〈西の都〉は海に近い。
 〈西の都〉からそのまま南下してしまうと海にぶち当たる。かといって東よりに行けば荒野が広がり、紛れることができる森が少ない。おまけに瓦礫がれきの街が多い気がする。

 じゃあ島につくるか、となったときにトランクスさんとブルマさんに止められた。
 目立つし、あんまり遠いと飛んでいるときにみつかるかもしれないと。

 そうなったら私にできることは一つしかない。
 交易だ。
 ヤードラット経由で他の星から材料を調達し、そのまま別の星で物々交換したり、加工して付加価値をつけて売る。
 ヤードラット星人と仲良くなっていて良かったと心の底から思った。
 もうあの星がないと生きていけない。

 ブルマさんはそんな日々の終わりを唐突に告げた。

「順調に行けば、タイムマシンにエネルギーが溜りきるまであと三日前後ってところかしら」

 軽くおしゃべりしながら作業していたさなかにしれっと言われた。
 手を止めて顔を上げるとブルマさんは天井のダクトに向かって煙を吐いていた。

 双子はすでに眠っている。
 お菓子作りも十分だと思ってやめた。
 キッチンは今日ピカピカに磨いたので、珍しくリビングで下ごしらえをしていたのだ。

「行くときメモを持っていって欲しいの」

 過去へ行った時、向こうの自分に頼みたいものがあるのだとブルマさんは言った。

「はい」
「向こうの私に渡せばわかるようにしておくけど、トランクスには見せないでね、恥ずかしいから」

 まるで恥じらっているかのような言い草だ。

 ……晩御飯の時に生理云々言ってたブルマさんにも羞恥心というものがあったのか。
 驚きながら〈かばん〉に折りたたまれたメモをしまう。

 ――その直後に、トランクスさんが宇宙船から出てきた。

「次、どうぞ」
「はーい」

 返事をするものの、作業の手は止めない。
 私より先にブルマさんがお風呂に入るだろうし。

 CCの二人は今や宇宙船のお風呂に入る。
 それはCCではお湯が出なくなることが多いことと、今の時期水が冷たすぎるという理由からだった。
 というか、CC下手すれば水もない時があるので、可哀想すぎて貸してる。

 なので、トランクスさんの湯上り姿は見慣れたものだ。
 たぶんもう上半身裸だろうがパンイチだろうが動揺しないと思う。

 いや、嘘。実はタンクトップとズボンというラフな姿以外、見たことはない。

 正直に言えば最初、悶えた。筋肉に。
 タンクトップの時の腕の筋肉はマジで触ってみたかった。
 自分にはないものだからか、好奇心が抑えられないというか。
 それをやったら犯罪なんだけども。
 父が生きてたころは良かったな……触り放題だった。
 双子は筋肉がついてなさそうな柔らかーい見た目なのにバリかた。逆に詐欺にあった気分になる。

「明日地下街に行きますけど、一緒に行きますか?」

 ぼんやり芋を剥いていたら話しかけられた。

「……行きます! ぜひ!」

 願ってもない申し出! やった!
 トランクスさんがいるとお店でおまけして貰える。お姉さんが店番だと倍々でハッピー!
 CC息子+イケメン効果は絶大である。

 畑からの収穫が減ると同時に地下街に行く頻度も増えた。
 少ないながらも野菜も調味料も穀物もあるから、3日に一回は行ってる。
 最初の躊躇ためらいはもうない。買えるだけ買う。
 紙切れで交換できるなら安いものだ。

 人混みも混雑する前に行けばいいとわかったから、今ではもっぱら一人で行ってた。
 だからかよく攫われそうになったけど、瞬間移動で飛んで逃げてたらそのうち誰も近寄らなくなった。楽。

「じゃあまた午前中に行きましょう。いいですか母さん」

 ブルマさんは「はいはーい」とワインを片手にタバコを煙らせる。

 私は剥き終わった芋を水を張ったバケツに入れた。

 ……ふっ、私も早くなったもんだ。
 昔はもっと時間がかかっていたし、手もよく切ったのにな。

 しみじみと思いながら芋が入ったバケツを二つ、〈かばん〉に突っ込む。というかかぶせる。

 次はニンジン。
 まっすぐだと剥きやすい。が、掴んだのは二股。
 ニンジンを2つに切り分け、ピーラーに持ち替えたところで声をかけられた。

「あの、この間のポテトサラダ……おいしかったので、また食べたいです」

 ……あったっけか?

 とりあえず返事をすると、トランクスさんは部屋から出て行った。

 手を拭いて〈かばん〉の中を確認する。
 ポテトサラダ、この間大量に作ったからどこかにストックがあったはず……お、四角いタッパー見つけた。

 蓋に中身が書いてある。
 忘れそうだから冷蔵庫に入れておこう。

「考えられないわー。あの子が食べたいもの言っていくなんて」

 冷蔵庫を閉めた瞬間にブルマさんが声を上げた。

「……そうですか?」
「そうよ、アンタが来るまでバッタ一択だったんだから」
「あの、お風呂お先にどうぞ?」
「ちょっと! つれないわね、付き合いなさいよ!」

 はあ、と返事をしながら作業に戻る。

「あのこさあ、明るくなったと思わない? ――わかんないか」
「まあ」

 適当に相槌あいづち打ちながらニンジンの皮をむく。
 このニンジン、男性の下半身のような姿をしていて剥きづらい。
 躊躇なくもぎ取って半分に割る。

「アンタたちが来てからどうなる事かと思ったけど、毎日ごはんおいしいし、お酒もあるし。双子はかわいくて面白いし、毎日楽しい」

 それはよかった。
 ちょっとうれしくなり、ピーラーを持ったままブルマさんを見た。

「でもさあ、楽しすぎるのよね。困っちゃう」

 声とは裏腹に、泣き笑いのような表情を浮かべていた。

「トランクスが生まれて1歳になる前に皆しんじゃってさ。今まで人造人間を倒すために生きてきたのよね。タイムマシンだって不完全で……自信はあるけど絶対に戻ってこれるかわからない代物だし、覚悟はしていたの……あ、どうぞ続けて続けて」

 ブルマさんはタバコの火を押しつぶして消すと、座っていたソファーから私の隣の椅子に移った。
 促されるままニンジンにピーラーを滑らせるが、ちらっと視線を向けるとブルマさんはワインの瓶をグラスに傾けていた。

 ……飲み過ぎじゃないかな。

 くいっと呷ったグラスの中身は瞬く間に空になり、顔をほんのり赤らめたブルマさんはにへらっと笑った。

「あの子もさ、わかっててもどうにもならないから過去に行くことを決意したと思うのよね。だけどさー。サーヤが来ちゃったでしょ?」
「えっ、はい?」
「初めてなのよ。いつも誰かと一緒にいるなんてこと。祖父母もわりとすぐに死んじゃってさ。私忙しくてかまってあげられなかったの。悟飯くんも遠慮して家にあんまり来なかったし。――死んじゃったし。だからご飯だって一人で食べる事が多かったのに、今は誰か必ずそばにいる。しかも温かいし美味しいしお腹いっぱい食べられる」

 確かに。トランクスさんは毎日一緒に食事を取るが、ブルマさんは頻繁に食事を抜く。
 熱中しているとブルマさんはなにも食べなくなるのだ。
 そりゃまずい、と手軽に食べれそうなものを邪魔しないように置いておくのだが完食されたことはない。
 そりゃあ細身だよなと納得したのはもうずいぶん前のように思える。

「夜だって仲良くなんか食べてたしー。サーヤがよければ嫁に来てもいいのよ?」
「はあ?」
「でもまだ早いか11歳?だっけ」
「もうすぐ16歳です。地球的には」

 ブルマさんが計算したんじゃないか。なんだよ11って。こっちが喋った歳より下ってどういうことだよ。

 適当なブルマさんは「ううん」と唸って一言。

「真っ平らだもんねえ……大丈夫よ! 生理来れば大きくなるわ!」

 おおい。胸のことか。大きなお世話だよ。
 そういう話はぜひともこそっと話して欲しいものだ。今は他に誰もいないからいいけどさ。

 無視してニンジンを剥いていると「あは」とブルマさんが笑った。

「ずーっと一人で人造人間倒すために修行して、私もずーっと研究してて、楽しみなんてなかった。ただひたすら平和になればなーって考えて生きてきたわけよ」

 軽い口調で語られるその言葉の端々に、苦味のようなものを感じた。

「まあつまり、怖いのよね」

 私の手は止まっていた。途中まで剃られた皮がたれて落ちる。

「過去に行ってもこの未来のようにみんなが死んでしまって、アンタたちも死んじゃったら帰ってこれないじゃない? ……前に行った時はこんなに怖くなかった。帰ってきたときは褒めたわ。次もがんばろうって。――最低よね。息子に託すしかできないんだもの。最低最悪な母親だわ」

 徐々に目に涙を貯めながら責めるように口調を荒げ、テーブルの上で拳を震わせる。
 その姿に慌てて立ち上がり、ピーラーを皮が入っているバケツに投げて手をぬぐった。
 肩に手を当てると、すがるように握られた。

「……大丈夫ですよ。私は未来を知ってますから、必ず帰ってきます」

 やっぱり飲みすぎだ。手に力が入ってないじゃないか。

 よしよしと背中をなで、ワインの瓶を持つと軽かった。
 これは何本目だ?

 うー、と涙をこぼし始めたブルマさんに「もう寝ましょう」と手を回す。
 酒臭い息を吐きながら、ぐずぐずとつぶやくのを耳にした。

「私サイヤ人二人なんて育てられないわよ……一人でも大変だったのに、あんなに食べる子たちなんて無理よ」

 その台詞に悪いとは思ったが笑ってしまった。
「なによう」ともがく体を背負い、ふらふらと飛びながらブルマさんを部屋まで運ぶ。
 身体は想像以上に軽い。私が運べてしまえるほど。……成人女性としてはアウトな体重じゃないかな。

 ベッドに乗せると引き止められた。

「無理だと思ったら逃げて。すぐに帰ってきて。過去なんてどうでもいいの。私にとってはアンタたちが無事ならそれでいい」
「大丈夫です……大丈夫ですから。ちょっと寝ましょう。疲れてるんですよ」

 上掛けを羽織らせ横にして、寝具をかけた。

「ねえ、嫁がイヤなら家の子に……両親ごとでもいいから……」

 ……この酔っ払い、結構な無茶言うなあ。

 何度かそうやって話しているうちにブルマさんは寝息を立て始める。

 ――ブルマさんが最低なら、私は最悪だろうか。
 両親を死なせて、小さい弟妹に旅をさせて。危険な地球から逃げようとも思わない。

 私は頭を振り払った。

 でも、もうすぐ終わるんだ。
 過去へ行きさえすればなんとかなる。

 なんとかしなきゃ、いけないんだ。

 そう思いながら部屋のドアを閉めた。


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