第二部 人造人間編
第一章 希望
64 前夜
先日、リンゴで酵母を仕込んだ。
それでパンを作ったものの、あまり膨らまなかった。アルカトランで習ったとおりにやったけど、失敗したらしい。
パン作りって難しいね。できそうもないよ!
早々にさじを投げた私はパンをフードカッターで粉々に砕いた。
できたパン粉をフライパンに入れ、作業台に置く。
作業台とは宇宙船のリビングに置かれている大きなテーブルのことだ。
これはトランクスさんが作った。
食べる量が増えるにつれて、狭くなっていく作業場所に嘆いていたらちゃちゃっと作ってくれたのだ。いい人。
もともとあったテーブルや椅子は宇宙船の外の部屋に設置されてる。
おかげでキッチンが広くなり、保存食や発酵食品を置くワゴンが増えた。天井も海草やにんにく、香辛料がぶら下がってる。
そんなキッチンだが、これからの作業をするにはちょっと狭い。
大きなテーブルにフライパンを三つ並べ、小麦粉、卵、パン粉の順でそれぞれ入れる。
なぜフライパンなのかというと、軽くて使いやすいから。もっと言えば焦げ付くから、本来の用途では使ってない。
横に具材を並べ、下味をつけておく。
そこまでできたらほかの料理だ。
ゆで卵とプレーンオムレツ、蒸した野菜、マグロのオイル煮、チーズにソーセージ。これらを食卓に並べていく。
サラダは冷蔵庫に、簡単なスープは弱火で温め続ける。
――こんなもんかな。
私は今日、久しぶりに双子の手を借りずに一人で晩御飯の準備をした。
驚かせたかったから。
もちろん、帰ってきた人々は概ね目論見どおりの反応をした。
「うあああああ!! うまそうなにおい!!」
「うわ、びっくりした」
「いいにおい」
帰ってくるなり真っ先にトーガが叫ぶ。チルもニコニコしていた。
トランクスさんは二人の様子に驚いてる。
「あの、今日って使いますか?」
トランクスさんは周りの料理を見ながら〈かばん〉を差し出した。
中を改めると海老と貝が入ってる。
「もちろん使います。おいしそうですね!」
貝はホタテっぽかった。貝紐は後で煮付けよう。
オマール海老のような大きいエビは、どうやって食べようかな……。
「ずいぶん豪勢なんですね」
メインディッシュの入った大きな鍋をトランクスさんに持っていってほしいとお願いすると、ぼそっと言われた。
――そうかな。いつもよりかなり楽……いや、これからが大変なんだけど。
私はいそいそと油を熱し始めた。
用意した具材に小麦粉をまぶし、卵をまとわせ……衣をつけていく。
この料理はとても手間がかかると思う。
油汚れまくるし、コンロ周りだって悲惨になる。そもそも手順が多くて多人数向けの料理ではない。
ぶっちゃけめんどくさい。
だから作ってこなかったんだけど、今日は特別。
油の温度を確かめ、泡が出てきたらさっそく揚げ始める。
カラッと狐色に変わったら金網の上においていく。
「あー! おいしそうな匂い! なに? カツレツ! ……? ちょっとちがう」
ドアが全開だから匂いにつられたみたいだ。
ブルマさんが言うカツレツ。
日本的に言うとカツだ。
このカツ、残念ながらこの世界にはない。
むしろ日本料理がない。
食料不足だからお目にかかれないのかもと思っていたら、そもそもがなかった。
だから豆腐をだしても味噌を出しても何これ?の顔をするはずだ。
唯一醤油だけは「なんか知ってる気がする」とブルマさんはおっしゃった。
でもそれだけ。
あとでこっそり泣いた。
私の作る料理は異星料理だと思われていたようなのだ。
前世の料理ですなんていったら築いた信用が暴落する――そう恐れた私は否定しなかった。
そう考えるとむしろ虫食でよかったのかもしれない。ブルマさんは虫じゃなければほとんど抵抗なく食べた。
「ソースもありますからそれつけてもおいしいですよ。しょうゆも合うかも。あと、レモンとか……」
「ふふっ、あんまりあると困っちゃうわ」
くすくすと笑うブルマさんは困っているようには見えない。
食卓がおかずでひしめくとトーガは歓声をあげた。目がキラキラと輝いている。
「すっっっげーうまそう!」
「オムレツがいい……!」
「チルはエビフライが好きだと思う。ほらタルタル」
「……これはカレーですよね?」
チルにタルタルソースが入っている器を渡していると、トランクスさんが不思議そうに首をかしげた。
そう、おっしゃるとおり。今日はカレーだ。
でもただのカレーではない。
「カツカレーです」
肉のカツをざくざく切ってごはんの上に乗せ、カレーをかけた。
ものすごいボリュームで自然と目が細まる。
山だよ山。
自分で盛っておいてなんだけど、大食い選手用だよ。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「オレもオレも!」
カレー。地球に来て初めて作ったときの反応は忘れようにも忘れられない。
今でこそ地球人の二人は食べるようになったが、当初はすごい拒否反応を示した。ブルマさんが。
散々言われてトーガがキレたほどだ。
想定内だったので他のおかずを用意してたけど、匂いにつられたのかトランクスさんが食べ始め、ブルマさんも食べたら、二人して顔を見合わせたっけ。
あれ?って顔してた。
トーガは勝ち誇ったように鼻で笑ってた。私もちょっといい気分だった。
「はい」
「うわあ! わああ!」
受け取ったトーガの瞳がキラキラしてる。
カレー、大好きだもんね。
この味になるまでかなり作りこんだからな。
豚の油と牛。たまねぎとニンジン、ジャガイモ。しょうがににんにく、りんご。小麦粉にバターとヨーグルト。
もちろん、すべてが地球産ってわけじゃない。
似てる味のものを入れてカレー粉で煮込んだだけだが、妥協はしてない。
むしろ渾身の作だ。
バーモントカレーには及ばないが、作るごとにおいしくなっていると自負している。
そんなカレーにカツをのせたらもう……まずいわけがない!
トーガは一口食べると瞠目し、震えたかと思ったらがつがつ食べ始めた。
「ねえ、これパン粉でしょ? パンなんてよく手に入ったわね」
カツをつつきながらブルマさんが言う。
「作りましたよ。町で買うと高いんですもん」
「作った? 酵母は? 酵母ないと膨らまないじゃない」
「りんごでやってみましたけど、思ったより膨らまなくて」
ブルマさんはぱかっと口を開けた。
「アンタ、作れないものないの? ってか作れるならパン食べたいわよ!」
「嫌ですよ。手間ばかりかかって米のほうが楽です」
「はあ?」
「おはあん!」
おかわりと言いたいらしいトーガが皿を差し出すので、またてんこ盛りにして渡した。すごくうれしそうにニコニコしている。
「んむ、なあ、なんで作ったの? うまいけど、パン作って砕いてそれつけて揚げるんだろ? すげー手間じゃん。すげーうまいけど、サーヤそういうの嫌いだよな?」
「サーヤちまちまやるの好きじゃないのにがんばったね」
「……まあ」
双子に日ごろの行いを暴露されてしまった。
そーだよ嫌いだよ。
でも今日カツカレーにしたのは理由がある。
受験の前夜よく食べるじゃん。カツと勝つをかけて!
―――洒落だ!
その上でサイヤ人の腹を満たす料理はカレーしか思いつかなかった。
カツ丼だと私が疲れる。給仕的な意味で。
でもカツと勝つをかけたといっても、バリバリ外国人なこの二人には理解なんぞしてもらえないだろうし、しなくても良い。
なので誤魔化した。
「勝負事の前に食べられるもので、勝利という意味があります。なので作りました」
そういうと沈黙してしまった。
このすべった感。
笑いを取ろうとしたつもりはないんだけど、空気がまさにそれ。
は、恥ずかしー。
「おいしいです。おかわりお願いします」
沈黙を破ったのはトランクスさんだった。
いたたまれなくなった私はさっと立ち上がり皿を受け取る。
適当に乗っけて特盛りカレーにして返してやったら微笑まれた。
「ありがとうございます。おいしくて勝てるなんてすごい料理ですね」
ぐあ! 恥ずかしさが極限まで達した!! すいません駄洒落で!
「そうねえ、手間がかかってる分効きそうだわー」
ブルマさんはワインを飲みながらサラダを食べ始めた。のん兵衛め。
「ふーん。なら、戦う前だったら作ってくれるんだな?」
「え、平和になったら作ってくれないの?」
ぎょっとチルを見たのは私だけじゃなかった。
トランクスさんとブルマさんが恐いくらい目を見開いている。
滅多な事いうな!
「作るよ! 平和になったらいつでも……じ、時間が有ったら……」
「めんどくせーのかよ。作れよ。サーヤっていっつもそうだよな」
「おいしいのにね……」
そうだよ! めんどくさいよ!
すきとか嫌いとか以前にな! お前らがたくさん食べるから手間をかけるよりも品数増やそうとしてんだよ!
姉の努力を一蹴するんじゃねえ!
それから怒涛の勢いでなくなっていくカレーとカツを見ながら、不貞腐れつつ私はオレンジシロップの水割りを飲んだ。
「オレ、サーヤとトランクス戻ってくるまでがんばるわ。だからさー」
片付けている時、トーガはもう食べれないとソファーにもたれ、シロをなでながら言った。
「平和になっても一緒に住んでていい?」
珍しく酒ではなくて紅茶を飲んでいたブルマさんがトーガを見て笑った。
「がんばんなくてもいていいに決まってるでしょ!」
「料理まずいって言っても追い出さない?」
「ちょっと! それはこの間の話!? 味見して逃げた時の!!」
「あははは」
チルが笑った。それにつられて私も笑った。
外は廃墟なのに。
地上は人造人間によってまさに滅ぼされようとしているのに。
地下に灯ったあかりはとても明るく、まるで別世界だ。
明日、過去へ行く。
過去へ行って戻ってさえくれば平和になると、私は信じて疑わなかった。
