第二部 人造人間編
第一章 希望
65 ドラゴンレーダー
あたりは真っ暗だ。
唯一、トランクスさんの前の画面だけが明るく光っている。
別に夜でもなんでもない。単にタイムマシンに乗ってるだけ。
タイムマシンは広くないが狭すぎるわけでもない。
一人用だから、二人乗れば当然狭いんだけど。
私は座席の左向こうに座ってる。
ブルマさんがちょこっといじって小さな座席を取り付けてくれたのだ。
「ベルトはないから頭気をつけてね!」と言われたけど、打ちあがるとき思いっきりぶつけた。
そんな痛い思いをした割にはその後特になにも起こらず、景色が真っ暗になっただけ。
正直、タイムトリップって大したことないなと思ってしまった。
例えるならあれ。深夜バス。
しかも人が多すぎて普通の座席を割り当てられた、やな感じ。
気を抜くと寝そうになる暗さもちょっといただけない。
過去に着くまでには時間がかかるようなので、打ち合わせをしておくことになった。
「気になることがあればその都度聞いて欲しいです。その時点で話せるようであれば話しますから」
「俺があなたの知っている通りに動かないかもしれないからってことですね」
「そうです。ごめんなさい」
トランクスさんが座る座席に手をかけながら謝る。
「あとピッコロさん……緑色のナメック星人ですけど。あの人、千里眼と地獄耳を持っているので、迂闊に話すと内容が漏れる可能性があります」
「ええっ?」
「なので合図とか決めときませんか。はいといいえだけでも」
「合図か……」といって悩むトランクスさんの横顔に自然と目が行く。
……髪の毛、暗いところだと白っぽく見える。
これだと白髪、目立たなそう。いいなあ。
床にトランクスさんやブルマさんの髪の毛が落ちているのを見ると、どきっとしてしまうことがある。自分の白髪かと思って。
前世、20代前半で白髪もちだったからさ。
もともと白っぽい髪色だと気兼ねしなくていいよねえ。
トランクスさんはまだ考え込んでいるようだ。
…………。会話の時間が少ないと余計なことを考えちゃうな。
例えば、この人将来はげるのかなとか。
ベジータさんがM字だし……前からいくんだろうか。
まじまじと頭頂部を眺めていた時、「こうしましょう」とトランクスさんが声を上げたので反射で顔をそらしてしまった。
それから合図を決めてちょこちょこ話して、特に話すこともなくなったころ、手持ち無沙汰に上着に手を入れる。
取り出したモノは私の手よりちょっぴり大きい。
触り慣れないそれは、トランクスさんが恐いと双子が泣きついてきた日、ブルマさんが探していたものだ。
+ + + + + + + + + +
「ねえねえ! 過去に行く時、これもっていってよ!」
トーガが箸を置いたころ、やっとブルマさんが帰ってきた。
手に懐中時計のようなものを持って。
「時計? ですか?」
「違うわよ! ドラゴンボールを探すレーダーよ! 壊れちゃってるのよねー」
あの、かの有名な、ドラゴンレーダー!?
壊れてるだと!?
「な、直せないんですか?」
そう聞くとブルマさんとトランクスさんは頭を振った。
動作が一緒だ。さすが親子って感じ。
「古すぎて部品が無いんですよ」
「ナメック星でみんな生き返らせるなら地球のドラゴンボールも使えるようになるだろうし、その時の事を考えて直しておいたほうがいいでしょ?」
「そうですね」
貸してもらって、マジマジとみてみる。
大きめの懐中時計にしか見えない……。
記憶だと確か、上のボタンを……。
恐る恐るボタンを押してみると、カチッという音がして黒かった画面がぼんやりと緑に変わる。
「わっ!」
線、マス目が出て……わあっ!! この画面、見たことあるう!!
アニメで見てたやつ!! それが私の手の中に……!!
これでドラゴンボール探して、いでよ神龍って言ってみたい……!
恥ずかしいけど、言ってみた――い!!!!
「……聞いてないわね」
「知ってるのと触るのは違うから確かめてるんじゃないですか?」
「サーヤー、そんなんだとトランクスの足引っ張るだけだぞー」
はっと我に返り、おずおずとレーダーをブルマさんに返す。
こ、興奮してしまった。
でもでもだって、ドラゴンボールって言ったらこれだよ。
ドラゴンボール自体を見たら私感動して泣くかもしれない……。
戻ってきたドラゴンレーダーを握り締め、ブルマさんはウインクした。
「ピッコロ生き返ったら、私若返らせて貰うわ」
「ぶふぉっ」
お茶を飲んでいたらしいトランクスさんがいきなり噴出した。布巾布巾!
「みんな死んでから何年経ったと思ってんのよ! アンタ今年でいくつよ!」
「げほっ、18です……けど」
「そう! 早い女は子供一人産めるわ! みんな生き返って私だけおばさんだなんてイヤ!!」
生き残ってる人だけ歳とるもんな……。
とりあえず、皿は避けとこう。
テーブルの上を片付け始めるとチルも手伝い始めた。
「べっつにいいじゃんそのままで」
なんとも興味のなさそうな返事をしたトーガは、シロを頭に乗せながら葉っぱを食べさせている。
ブルマさんはそんなトーガに向かって吼えた。
「よくないわよ! 老老介護になるじゃない!」
「ろうろうかいご?」とチルが理解できてなさそうに反芻した。
「老人が老人を介護することだよ」と教えていたらブルマさんに怒られた。
老人だと自覚しているのだろうか。
「祖父母も生き返るとそうなっちゃいますね」
「アンタに子供でもできたらおばあちゃんよ私! もう生理も上がっちゃったし! 女の子欲しかったのにー!」
「わあん!」と泣き出したブルマさんに駆け付けたチルがよしよしと頭をなでている。
生理上がったとか言うなよ。反応に困るだろ。
でもこのままだとブラちゃん生まれないって確定しちゃう。
困ったなあ。神龍は卵子も戻してくれるんだろうか?
「なあセーリあがったってなに? どういう意味?」
「えっ……ええーと」
トーガがトランクスさんに聞いて困らせている。
私はブルマさんを誘導し近くの椅子に座らせ、残しておいた食事をブルマさんの前に置いた。
「神龍に若返らせて貰うというのはいい事だと思いますよ」
「やっぱり!? 20年ぐらい若返ったほうがいいかしら!」
それはどうなんだろう。確かにベジータさんもそれくらい前にお亡くなりになってるから一見よさそうに見えるが……トランクスさんは今18歳だぞ?
……アウトじゃないかな。
というか、そもそもブルマさんは今何歳なんだ??
「そうよね! 若い方がリスクも少ないし!」
ちょっと考えて黙り込んだだけなのに、肯定ととらえてしまったようだ。
がしっと強い力で掴まれる。
「思い切って10代に!」
「いやさすがにそれは」
「俺より年下になるつもりですか! 止めてください!」
「若ければ若いほうがいいに決まってんでしょ! アンタたちさっさと帰ってきてドラゴンボール使える状態にしなさいね!」
人の話を聞いていないね?
十代はやめて欲しいんだけども。
視線で訴えかけてもなんのその。
「ベジータのやつに一泡吹かせてやるわ!」
「ほほほほほ!」と高らかに笑うブルマさんにはちょっと引く。
「もおお」と頭を抱えているトランクスさんを見て、なんともいえない気分になる。
この人も苦労してるな……。
まあ10代はさすがにありえないから、トランクスさんの肩を叩いて提案した。
「阻止しましょう」
「……そうですね。なんとしてでも止めなきゃ」
こくんと頷いた。二人で同じ動作をしたと思う。
このときほど気持ちが一緒になったことは今までない。
タイムマシンに乗る前に気持ちがひとつになるのは良い事だ。内容はちょっと……あれだけど。
「トランクスより若くなったらそれこそローローカイゴになるんじゃね? お前、大人になっても親に世話されんのか」
ぼそっとトーガがつぶやいた言葉は婦人の耳には入らず、しかし若者を絶望させるには十分な破壊力を持っていたようだ。
一応、そうやって脅すのやめなさいといっておいた。
安心させるようにできる限りの言葉をかけたが、トランクスさんに伝わったかは定かではない。
だってテーブルに肘ついて額に手をつけたまま動かなくなっちゃったんだもん。
そんなトランクスさんとブルマさんの間に『これ』は置いてあった。
ボタンを押すとかちん、と鳴って画面が明るくなる。
「――また見てるんですか? レーダー」
ええ、見てますよ。
良く作れたなーと感心しているんです。
ドラゴンレーダーの裏側は細かい傷がたくさんついていた。
側面は擦った跡すらある。
このレーダー、少なくても20年以上前から存在してるんだよね……そう思うとすごいな。
「母は天才ですから」
「そうですね。……でも、実際会ってみると普通の人で驚きました」
「……普通、ですか」
「ええ。かなり」
カチカチと繰り返し押すと画面は消えてしまった。
「変わってると思ってました……その、一貫性がないというか」
「あー、ブルマさんですからね。でも想定していた性格よりもずいぶんまと……あ、ええっと、優しくて明るい、いい人で私は結構安心しました。生きていてくれて本当によかったです」
あぶない。うっかり息子さんに若き日のことを話してしまうところだった。
フォローをすると、トランクスさんの頭が少し下がった。
「……あなた方が来てからですよ。母さんがあんなに明るくなったのは」
「そうですか?」
「そうですよ。もともと暗いほうじゃなかったけど、声を出して笑うなんて、無かったし……」
「じゃあお互いによかったってことですね」
沈黙が降りた。かすかな機械音が聞こえる中、薄い色の髪も暗さで灰色に変わっている。
その髪が揺れるのを見て、思う。
まさかタイムマシンで二人っきりになるとは、思いもしなかったな。
筋斗雲には二度と二人で乗るまいと思っていたのに、今はその時よりも距離が近い。
あの時は敵だと疑われていた。
信用なんてお互いがしていなかった。
そうだ。
私は信用して貰おうと思いながらも心の中ではこの人を貶していた。
けれど、今ここに出会って最初に陥った険悪な雰囲気はない。
沈黙でも怖さはなく、嫌悪も湧かない。
一緒に暮らしていて、慣れたんだな。きっと。
―――悪くない。
心境の変化に今更気づきながら私はドラゴンレーダーを服の中に収めた。
