第二部 人造人間編
第一章 希望
Other side 箱
地上はすでに冬がそこまで迫っていた。タイムマシンの燃料はあと少しで満タンになる。
そんな中、二人は並んでブルマに向かい合った。
「ちょっと町に行ってきます」
「お昼前には帰りますから」
身長差のある青年と異星人の少女は、並んでいると兄妹のようにも見える。
「最近よく一緒に行くわねー」
ブルマは二人と共に地下道へ続く道を歩いた。
見送るためだ。
「トランクスさんがいるとおまけして貰えるんで!」
別れ際そう言った少女に他意は全く感じられなかった。
きっと彼女はトランクスのことを、いれば安くなる割引券くらいにしか思ってない。
ブルマは苦笑を浮かべながら手を振った。
今こそ仲良く買い物に行くが、最初こそトランクスは戸惑い、サーヤは明らかに恐がっていた。
きっと一緒に過ごした時間の多さが二人の仲を取り持ったのだろう。
良い事だとブルマは思う。
タイムマシンにエネルギーが溜り次第、ふたりは過去へ行くのだから。
ブルマは地下の薄暗い道へ続く扉を後ろ手に閉めながら、くすっと笑う。
ドラゴンボールのために一緒について行くと言い出したサーヤは見た目こそ普通の少女だった。
東のほうの顔つきに似ているが、幼さが際立つ平凡な顔をしている。
身体も同じように子供特有の体型で、とても15歳には見えない。
あまりに幼いので病気ではないかと一時疑った。
心配になって聞いたのは夏ぐらいだったか。
本人は科学が進歩した星で調べてもらったとき健康だったから問題ないと言っていたが、種族としてはよくわからないらしい。
生理がまだ来ていないのはいまだに心配事のひとつだ。
(あ、そういえばサイヤ人のハーフだって言ってたわね……もしかして)
ブルマはずいぶん昔に死んだ友人を思い出しながら、手元にあるコーヒーに口をつける。少しだけ入れた砂糖がひどく甘く感じられた。
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「ブルマさーん。シロの飯取ってきてもいい?」
「えー? ないの? 外寒いわよ?」
「チルと一緒に亀ハウスまで瞬間移動して行って来る。そんでついでに魚も取ってくる。駄目?」
見上げてくる目は大きく猫のようだ。赤茶の髪をしている双子の片割れは白い毛玉を抱えている。
(うーん。勝手に外に出したら怒るかしら)
ちらっと見下ろすとトーガは上目遣いで懇願するように首を傾げた。
トーガはかわいいと言われるのを嫌った。
しかしこういうときはここぞとばかりに可愛く振舞う。
それはある意味洗練されたポーズだった。
「……すぐ帰ってくんのよ。お昼前にはサーヤも帰ってくるんだから、いないとまた氷漬けにされるわよ」
「おう! ぱぱっと行って帰ってくる! チルー! いいって!!」
言うなりバタバタと騒がしく走り去る後姿は誰かに似ている。
小さいころの息子だっただろうか。それとも遥か昔の友人だろうか。
どちらにしても微笑ましいことは変わりない。
腰に手を当て息を吐くと、ブルマは走り寄ってくる双子を目を細めて眺めた。
チルとそろっているところを見ると紛れもなく双子だとわかる。顔が似ているから間違いようもない。
「ブルマさーん! シロよろしくー!」
「行ってきますー!」
はいはいと手を振って応えると一瞬の後に二人は消えた。残された白い毛玉はブルマの足に擦り寄る。
この毛玉はよく双子と共にいる。
抱えあげると賢く足を折りたたみ、おとなしく抱かれた。
シロは存外人懐っこい性格のようで誰彼構わず擦り寄る。
トランクスは最初引いていたが、しばらくしてから可愛がるようになった。
「取り残されちゃったわねー。……そうだ!」
ブルマは久しぶりに荷物の中からダンボールを一つ持ち出した。
中には化粧品や装飾品が入っている。
「あら懐かしい。こんなのも持ってたっけ」
昔は持てないほどあった化粧品も、今や小さなダンボールひとつに収まるだけしかない。
その中の赤い口紅を手に取ったとき、サーヤの顔が思い浮かんだ。
『双子の髪の毛は染めたんです。本当は綺麗な赤い色なんですよ』
いつかの日、そう言ったサーヤの顔は泣きそうにゆがんでいた。
双子の目の色は黄金色で光の角度によってレモンのような黄色に見える。
髪の色も、目の色も、顔かたちも。
本当に血がつながっているのか疑問に思うくらい、サーヤと双子は似ていなかった。
唯一証明できるものは首に生える羽だろう。
3対の黒い羽は血のつながりを表すのに十分すぎるくらい同じものだった。
小さなそれはまるでアクセサリーのように三人の首を飾る。
いつかの食卓で何気なく可愛いと言ったら、チルの顔が太陽のような笑顔に変わったのは印象的だった。
その羽は種族の証明にもなってしまう。
彼女らの母親は必死に隠せと教え、地球に来るまで他人に見せたことなんてなかったらしい。
――もったいない。
地球は多種族だから出してても不審には見られないというと、三人とも安心したような顔をしたのだ。
『見られてもいいんだ……』
後にポツリとトーガが言った言葉を忘れられない。
小さい子どもが三人だけで旅をしてきたことを思うと、やるせない気持ちになる。
ブルマは気を取り直して、櫛を手にした。
「――ん! いいんじゃない? なかなかの出来栄え」
おとなしく膝に乗るシロを眺め、ブルマは満足そうに頷いた。
そのとき、ちょうど背後に人の気配を感じた。
「ただいま! 魚取ってきた!」
「今日は不漁でしたーってなに持ってるの」
双子たちが帰ってくる瞬間とトランクスたちが家に戻ってくる瞬間は全くの同タイミングだったようだ。
「貝もとれたんだよー」
双子は小さい〈かばん〉から大きいバケツを取り出した。
そのバケツにはたくさん魚が詰められている。
そして肝心の葉を取り出すと、どーだと言わんばかりに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
そんな双子とは対照的にサーヤは複雑そうな顔をしている。
いつも自分のことは棚に上げて勝手に外に行くなと言いつけているが、食料を取ってきたから怒るに怒れないのだろう。
「ただいま。母さん」
トランクスは以前だったら絶対にしないであろう緩んだ顔でブルマを見た。
一気ににぎやかになった地下室でブルマは笑った。
「お帰り。一気にうるさくなったわね」
「そうですか?」
「……そうよ」
そんな挨拶も、以前はそんなにしなかった。
帰ってこないことも当たり前だったから。
でも今はたくさんの挨拶が返ってくる。
それはとても心地いいことだとブルマは思う。
「シロご飯だ……ぞ……? な、なにコレ……」
葉っぱを持ったトーガがシロの前で立ち尽くす。その後ろからサーヤやチルが顔を出し、声を上げた。
「わあ! 可愛くなってる!」
「ほんとだー」
シロの毛は梳かされてサラサラに。そのうえ、天辺の毛は結われ、周りは花の髪飾りが留められている。
「可愛いでしょ」と腰に手を当ててブルマが言えば、トーガがすかさず叫んだ。
「なにしてんの!?」
「気分転換。シロおとなしくてやりやすかったわ」
「とる!!」
「ええ! もうちょっとそのままでいようよ! せっかく可愛いのに!」
チルは残念そうに言うが、トーガは「やだよ!」と髪飾りをとろうとし始めた。
「あらら、残念。チルはいる? 化粧品とかもあるけど」
「けしょーひん?」
ダンボールを見せると、わかりやすくチルの目が輝いた。
「なにこれ? きれーだね」
「そうでしょ。これは唇に塗るもの、こっちはほっぺピンク色になるのよ。爪に塗るのもあるけど……サーヤもいる?」
サーヤはダンボールを覗き込む。
「私には大人っぽいのでいいです。チルにもちょっと早いかな……」
「えー」
「いいじゃない。爪に塗るのだったらチルくらいの子好きでしょ? ほら、ピンクとか、赤とか――」
「やってみたい!」と身を乗り出すチルに、ブルマはくすっと笑う。
「だってじっとしてられる? マニキュアは乾くまで待ってなきゃいけないんだよ?」
言い聞かせるように言ったサーヤの言葉に、ブルマの喉が引き攣った。
手を貸そうとしたブルマの手は、中途半端な位置で止まっている。
「ま、待つもん」「本当~?」「ホントだもん!」と二人のやり取りが耳を素通りしていく。
「……しょうがないなー。ちょっと借りますね」
「あ……ええ。いいわよ」
ごまかす様にダンボールに手をかけ、マニキュアを取り出そうとした。
しかし、サーヤの手はブルマより早かった。
「何色にするの?」
「えーと……」
――並んでいたのはマニキュアだけ。
サーヤは手慣れたようにチルの爪に色を塗っていく。
ブルマは目が離せなくなっていた。
抱いていたのは小さな疑念。
前から燻っていた種火が、燃えだして大きくなっていく。
「あ、はみ出た」
「えっ!」
「ブルマさーん、除光液ありますか? アルコールでもいいんですけど」
ある、とだけ言うのに時間がかかった。
なんでもないように振舞いながら声に出せば、少し掠れた。
(ねえ、なんで知ってるの?)
そんな言葉は終ぞ出なかった。
代わりに誤魔化すように笑いながらアルコールを手渡す。
サーヤはこちらが疑っているのにも気づかず、微笑みながら礼を言った。
(記憶で見たの? ――孫くんの?)
サーヤは出会ったとき、孫悟空の記憶を夢に見ると答えた。
不思議なことにこの世界で死んだ孫悟空ではなく、息子であるトランクスが変えたほうの未来の記憶。
それこそブルマと出会ってから、人造人間を倒し、平和になった未来をサーヤは知っていると断言した。
けれど。
(孫くんが化粧品なんか知るわけないじゃない。私サーヤたちが来てから初めて化粧品出したのよ。なんでマニキュアなんて知ってるの)
何故使い方がわかる?
何故孫悟空が知りえないことまで知っている?
(それともほかの星にもあった? ――名前まで一文字一句一緒のものが?)
それこそあり得ない話だった。
「これ壊してもいいー? うまく取れないー!」
「やだー! かわいいのにー!」
「あっ、動いたらまたはみ出すってば!」
「うー!」
「壊すからなっ!」
「無理やり取っちゃダメだ。貸して」
わいわいとした騒がしさの中の息子の声にブルマは我に返った。
トランクスの背中から覗き込むようにトーガがまとわりついている。
まるで、仲のいい兄弟みたいに。
――18年という年月は、人恋しくさせるのに十分な時間だ。
長いこと忘れていた心地よさを子供達は思い出させてくれた。
疑念を口にすれば、この幸せが消えてしまうかもしれない。
ブルマはつまり、恐くなったのだ。
「わーん! やっととれたー!! ありがとトランクスー!!」
「おっと、――わかったから、苦しい」
抱き着かれたトランクスは、困った顔をしていたが目元は細くなる。
(――笑顔なんて、笑った顔なんて久しく見てなかったのよ)
それが崩れるなんて、考えたくもないことに違いなかった。
微かに笑っている息子――トランクスを眺めた後、ブルマはトーガに向かって軽口をたたく。
「シロは嫌がってなかったわよ」
「オレがやなの! もうしないで!!」
「カットも? 昔、地球じゃあペットの毛を奇麗に切って、かわいくしてたのよ」
ブルマの言葉にチルは驚き、トーガは嫌そうな顔をする。
「切っていいの!?」
「やだっ! そんなのシロじゃないー!!」
ふふっと笑ったのはサーヤだった。
トランクスの目も笑っていた。
ブルマも「はいはい、わかりましたー」と言って微笑む。
その裏で大きくなった疑念をひっそりと箱に詰めたなら、鍵をかけて胸の奥底に隠す。
浮かんできても沈める。何度でも、何度でも。
息子が笑えるなら、生きていくためなら、何度でも沈める。
だからどうか――裏切らないで。
そう願いながら、ブルマはマニキュアを眺めた。
