69.その者の名は

第二部 人造人間編

第二章 過去へ

69 その者の名は

≪クリリン!? なによ、無事だったわけ!?≫

 爆音なブルマさんの声は船内に響く。
 よく聞くと、壊れたタイムマシンが見つかったという話だった。

≪――そこファックスある? 写真送るから≫

 送られてきた画像を見るなり立ち尽くしたトランクスさんは、驚いたような声音で呟く。

「間違いない……これは俺が乗ってきたタイムマシンそのものだ。一体、どういう……」

 私は無意識に悟飯さんを見た。
 悟飯さんは心配そうにトランクスさんを見上げている。
 その姿は明らかに普通の子供で、戦いとは無縁そうだ。とてもじゃないが強そうには見えない。

 でも、タイムマシンが発見されたということは、『あいつ』が来たということだ。
 悟飯さんが闘わなければならない敵。

 ――始まっちゃったなあ……。

 ふと視線を落とせば床の指の爪より小さい石に目が留まった。
 石は転がっては止まるを繰り返す。
 進行方向の先には、集まった砂と石が小刻みに震えていた。

 ――『あいつ』、最初はいろんなところを転々とするはずだ。
 人間を吸収して力をつけるために。
 すなわち、たくさんの人々が殺される。

 ――うん。しょうがない。

 私は目を細めてころころと進む石を眺めた。

 未来を変えるのは簡単だ。
 転がる石を拾えばいい。――全部話してささっと『あいつ』を殺せば平和になる。

 でも、それをやってしまったらトランクスさんは強くならない。
 強くなれないなら、人造人間も倒せない。
 だから私は石を拾ったりしない。

 殺される人には悪いけど、ドラゴンボールで生き返るんだから一度死ぬ位は我慢していただきたい。

 過去へ来た目的はナメック星の場所だとトランクスさんは言ったが、私としてはトランクスさんの強化も含んでる。
 それができなければ帰るしかない。

 私にとって大切なのは、自分につながってない過去よりも自分が生きる未来。

 だから、もし万が一みんな死んでしまったら、私はこの世界のブルマさんとトランクスさんを避難させて未来に帰る。
 未来のトランクスさんは戦わせたりしない。〈氷〉で刺してでも連れて帰って、また過去に飛んでやる。

 あっ、私結構人でなしだな。トーガに言われた言葉が今更実感持ってきた。

「サーヤさん? どうしましたか? 苦しそうですけど」
「乗り物酔いか? 大丈夫か?」

 考え込んでいたら悟飯さんとチチさんの声で現実に引き戻された。

「そう、みたいです……初めて乗るので」
「窓際のほうが酔わないですよ。もうすぐ着くので無理しないでくださいね」
「……はい。ありがとうございます」

 お言葉に甘え窓際に座れば外の景色がよく見えた。
 長閑のどかな草原地帯が広がっている。
 逆に転がっていった石は暗いところに入って見えなくなってしまった。

「――じゃあ行って来ます」
「悟飯ちゃん!」
「大丈夫ですよおかあさん。危険なところに行くわけじゃありませんから」

 物思いに浸っているうちに、悟飯さんとトランクスさんが壊れたタイムマシンの場所に行く話になってたようだ。
 顔を上げるとトランクスさんがなにか聞きたそうに視線を寄こしてくる。
 ……一緒に行ってほしいんだろうか。

「いってらっしゃい」
「い、行って来ます」

 行かないよ。
 そんな意味も込めて私は手を振る。
 返事をしたのは悟飯さんだったけれど。

 二人が出て行ってから程なくして亀ハウスに着いた。

「未来にはまだ残ってるのか? 亀ハウス」
「ええ、ちょっと古びてますけど残ってます」
「なら良かった」

「説明してくる!」とクリリンさんは一足先に駈けて行った。

 チチさんと二人で荷物を運び、ゆったりと杖をつく亀仙人に挨拶した。
 未来と違って足もちゃんとある。
 飄々とした風体は過去も未来も変わらない。傍らにいる亀さんも変わらない。
 チチさんにセクハラして殴られてもめげないエロジジイは傾いたサングラスを直しながらこちらを向いた。

「これまたちっちゃい女子が来たな。……何歳いくつ?」

 亀仙人は白いひげを鼻血で赤く染めながら聞いてきた。
 やけに皆歳聞いてくるなあ。

「15歳です」
「15!?」

 応えたら、クリリンさんとヤムチャさんが運んでいた悟空さんをぼとっと落とした。
 病が死因になるはずだった病人は地面に放り出され、小さくウグッと呻く。

「ご、悟空さー!!」
「ごめん悟空ー!」
「わわっすまん!」
「いいから運んでやれ! ほれ早く!」

 ……そんなに?
 悟空さんを落としてしまうぐらい私、歳と外見乖離してんの?

 クリリンさんとヤムチャさんは驚愕の顔をしていた。
 悟飯さんもブルマさんもヤジロベーさんもそうだったし、すごく傷つくんだけど。

「うん、まあそういう子も中にはいるな……タイプじゃないけど」

 誰が爺さんのタイプを聞いたよ。
 お前のタイプはぼんきゅっぼんだろ?

「てっきり悟飯ちゃんと同じくらいかと思ったべ」
「そ、そんなに!?」

 まさかの10歳疑惑!? 確かに身長は悟飯さんと差ほど変わんないけどさ! ……うそだろ?

 悟空さんを運ぶ後ろを荷物を持ちながら付いて行く。

「異星人だろ? 地球人と違うのは当たり前なんじゃないか?」
「ああそっか。ならそういう種族なのか? 小さい」

 クリリンさんが悟空さんの足を抱え、ヤムチャさんは腕を持って後ろ向きに階段を上りながら聞いてきた。

「いえ、地球人とそこまで変わらないはずですけど……詳しく聞く前に両親は死んでしまいましたが」

 ずいぶん前だけど健康診断してもらったとき『なにも問題ないですね』って言われたから安心してたんだよね。
 病気ではないと思うんだけど……。
 母さんも死んじゃったし……そういう意味では私自分のことなにも知らないな……。

「そんなに小さいときに死んだのか? 確か弟妹と一緒に旅してきたって言ってたよな」
「ええっと、6年……前かな。双子なんですけど、誕生日にお祝いをしているときに襲われてそのまま……」

 二階の部屋の隅に荷物を置きながら言うとしーんと静まり返ってしまった。

「あ、いや、ドラゴンボールがあれば生き返ると思いますし!」

 そんな黙んなくても!

 内心焦っていると質問してきたクリリンさんに「ごめんな」と謝られた。
 それはそれで居心地が悪くなる。
 そのまま男たちは部屋の外に出て行こうとしていたので、私もそれに続こうと歩きだした瞬間、腕を引かれた。
 見ればチチさんが腕を掴んでいるではないか。

「その〈かばん〉、腐らねえんだべ? 悪いんだけどよ、残ってる野菜入れてくんねえか」

 家から食料を持ってきたというチチさんのかばんは大きかった。
 確かに一般家庭の冷蔵庫にキャベツ5玉はきついかな。
 私は喜んで荷物整理を手伝うことにした。

「おめえ、旅しながら今まで双子育ててきたのか」
「そうなりますね。オムツが外れてたのでよかったです」

 風呂敷に包まれたキャベツを〈かばん〉に入れた後、「そっちのも開けてくれ」といわれ、風呂敷を開ける。

「……どうして他の星に住まなかった? 小さいなら無理するもんじゃねえ」

 出てきた保存食が入ってそうなビンや包みを同じく〈かばん〉に入れていく。

「地球にいるかはわかりませんが、宇宙には奴隷制度があります」

 チチさんは私を見た。私は重くならない程度に簡単に説明した。

「弟妹は髪が赤くて、眼が金色なんです。母に似て容姿も優れていたのでそういう類から狙われやすくて……遠い星だったらそんなものないかなと思って旅してきたんです。両親と」

 あらかじめ考えておいた設定と、真実を混ぜ込む。

「両親がいなくなってからは、目的がドラゴンボールになりましたけど」
「そうだったのか」

 別の風呂敷をあけるとタオルが入ってた。
「端においてくれ」と言われたのでそうする。

「悟飯さんは弟と同じくらいなので、同じように接してしまったかもしれないですね、すみません」
「それは別にもう気にしてねえ。未来に帰っちまうんだから、どうにかなるわけじゃなかったんだ。ちょっとおらが早とちりしただけだ……ごめんな」

 悟空さんの布団を直し、チチさんは謝った。

 ちょっと! しおらしいチチさんのかわいらしい事!
 悟空うらやましいぞ!

 ――などという明らかに子どもらしさのかけらもない言葉は、笑顔を作ることで飲み込む。

「一人息子さんですから心配するのは当たり前ですよー」と応えれば、チチさんはちょっと困った感じに微笑んだ。

 やっぱかわいいわ。
 ブルマさんよりもナチュラル美人というか。
 原作初登場時ビキニアーマー着ててなんで?って思ってたけど……大人になって相応の恰好をしてそんな表情されるとギャップでやばい。出会いが般若だったのも相まって、めっちゃ可愛く見える。

 そんな美人ははにかみながら言った。

「あとででいいんだけどよ、コロッケと卵焼きの作り方教えてくれねえか? 悟飯ちゃんが気に入ったみたいだから」
「私はちまきと焼豚の作り方が知りたいです」
「じゃあ悟空さが目が覚めたら一緒に作るべ。量作らなきゃなんねえからな」

「ぜひ!」と勢いで言ったら、チチさんが笑った。

「――手伝ってもらったから、早く片付いたな」
「じゃあ私下に行ってますね」

「おらも……」と腰を上げそうになるチチさんを止める。
 病人の悟空さんについていたほうがいいと説得し、私は部屋を後にした。

 ……悟空さん死んじゃうからな。できるだけ長い時間を家族で過ごして欲しいと思う。
 自己満足に過ぎないんだけど。
 騙してることになるんだろうか。……なるんだろうなあ。

 ゆっくり階段を下りた後、亀仙人に断って台所に向かう。
 キャベツ1個くらいなら入れといたほうが使いやすいかなーと、冷蔵庫を確認するためだったんだが……。
 ビールオールオンリーだったからそっと閉めた。

 ……〈かばん〉整理でもしとこっかな。

 さっき入れた野菜とかを使いやすいように整頓しておいたほうがいい気がする。特にやることも無いし。
 終わった後リビングに向かえば、クリリンさんとヤムチャさん、亀仙人が顔を険しくさせながら話し合っていた。

 ――ふむ。こんなときに出すべきじゃないかな。お菓子。

 私は〈かばん〉の中からマドレーヌのようなものを出した。

 このマドレーヌ。ちょっと貴重だ。
 チルとトランクスさんとブルマさんのお菓子、ヤードラットへの交易品、ケーキ作り……となかなか使う頻度が高いバターを多めに使っている。
 アルカトランの人たちから大量に貰ったバターは今や少量になってしまった。

「あのー、よければ食べませんか? マドレーヌっていうんですけど」
「マドレーヌ? マドレーヌってあのマドレーヌ?」

 皿に盛り付けられたマドレーヌをガン見したヤムチャさんが一番の反応をする。

「はい、お茶も入れますけど……」
「あ、ここに茶碗が……」

 はいはい、とクリリンさんが茶碗を出してきてくれた。それぞれにお茶を入れ、ついでに茶碗をひとつ借りた。
チチさんにも持っていこうと思ったからだ。

 クリリンさんがひょいとひとつ取って食べる。

「あ、普通にうまい」

 お茶を置くと口端についたかけらを舌で舐め取りながら「サンキュー」と茶碗に口付けた。

「ほう……やっこいの」

 髭を上下させている亀仙人はグラサンでいまいち感情が読めない。
 ヤムチャさんも同じように食べるが眉を潜ませ不満そうだ。
 ――まずいのかな。

「……確かにマドレーヌだな」

 そういって残ったマドレーヌを一度に口に入れた。
 クリリンさんは「もっと食べてもいい?」と顔を上げる。それに「どうぞー」と返事をしながら小皿にいくつかマドレーヌを乗せる。

「おぬし、身体は硬そうだがやっこい菓子作るのう。うまいうまい」

 余計な事いう爺さんだな。身体が硬そうって胸も尻も出てない=骨みたいってこと?
 痩せすぎなわけじゃねーんだよ。他の部分に流れてんだよ肉が。シンプルにむかつく。

 にっこり笑っても返事はせず、チチさんのところに戻る事にした。
 なんとなく背中に感じた視線を流しながら。

 チチさんとおしゃべりしながら休憩した後、手持ち無沙汰だった私は洗い物をすることにした。
 タッパーとか箸とか。ついでにチチさんから強奪してきたお弁当箱も洗う。

 洗い終えたものを拭いていると、悟飯さんとトランクスさんの気配が近づいてくるのに気づいた。
 タイムマシン回収イベントは終わったみたいだ。

 ひとまず拭いて乾かしておこう。……結構量多いけど。
 すべて終えて手を拭きながらリビングに行くと、帰ってきた二人を含め全員がテレビに寄って画面を食い入るように見ている。

 ――なんだ? テレビ?

 皆と同じようにテレビを見てみれば、そこにはよくあるSF映画のワンシーンのような映像が映っていた。
 聞こえてきたのは悲鳴と怒号、銃声が入り混じった音声。それらは少しの後にすべて消えた。

「ひ、悲鳴が消えた……」

 誰かが呆然と呟いた言葉が耳をすり抜けていく。
 手を拭いていたタオルはいつの間にか床に落ちていた。

 テレビに映ったニュースは、衣類だけの画像や静まる前の映像を、繰り返し流し始めた。
 衣服はどれもピンク色に濡れている。まるで肉を解凍した時のドリップ液に浸かったかのよう。
 ――色の薄いシャツほど鮮やかなピンク色をしていた。

「うっ……!」

 理解するよりも早く、身体が拒否反応を示す。
 吐きそうになったのだ。
 口元を抑える手に力を籠め、堪える。

 あいつは、人を刺して、溶かして、吸う。

 白黒の漫画だとよくわからなかった。
 でも、現実に起こるとこうも恐ろしく思うのか。
 気持ち悪さと恐怖で胃の中がひっくり返りそう。

 幾度もえずきそうになり、堪えるために俯きたくなる。けれど、私はテレビの画面から目が離せなかった。

「サーヤ!」

 口元を押さえていた手とは反対側の腕がつかまれる。
 そしてそのまま外に飛び出た。
 疑問をぶつける暇もないまま上空に連れ出され、あたりは静寂に満ちる。

「あれはなんですか」

 がしっと肩を掴まれその強さに痛みを覚えながら顔を上げると、私よりも痛そうに顔を歪めているトランクスさんと目が合った。

 その真摯さに気圧されたのは一瞬だ。
 私は青い目を見つめながら頭の中では別のことを考えていた。

 この人、初めて私の名前呼んだ。
 ―――覚えてたんだな。

「知っているんでしょう。教えてください! 耐えられないんです……! なにもわからない事が。……俺はどうしたらいいんですか!」

 名前なんて些細なことを気にしている場合じゃない。
 私は目を伏せた。

 セルは動き出した。
 ピッコロさんの気も大きくなってる気がする。――きっと神と融合したんだ。

 なら、もうすぐ闘い始めるはず。その後でセルは逃げ、皆ピッコロさんから詳しい話を聞くことになる……。
 ――だとすれば、話すなら今だ。ピッコロさんがこちらを注視していないし、神ももういない。
 ちょっとだけなら、大丈夫かな?

 すこし悩んだあと、まっすぐに青い目を見つめた。

「……タイムマシンは、私たちの未来よりも、さらにあとからやってきてませんでしたか? 中に卵みたいなものも入っていた?」

 こくん、と頷くトランクスさんと私の間に入り込んでいた風が止んだ。

「あれは私たちの未来よりも後に生まれて、タイムマシンを奪いここに来たんです」
「な」
「完全体になろうとしているんです。それには人造人間が二体必要で、『あれ』がいた未来には人造人間はいなかった。だから未来のあなたを殺してここにきた」

 驚愕に見開かれる目を逸らすことなく私は続けた。

「名前はセルといいます。ドクターゲロが作り出した人造生物です」

 そう告げた後、とある気配が北西のほうで大きくなった。

「な、なんだ! この気は!」
「……大丈夫です。たぶん、ピッコロさんが闘うはずです」
「でも!」
「きっとすぐに詳しい事がわかります。それまで内緒ですよ。降りましょう」

 下を見ると皆外に出てしまっている。
 気配が大きかったから気づいたんだな。
 地上に足をつけると悟飯さんが駆け寄ってきた。

「いきなりどうしたんですか!?」
「そんな事よりこの気は!! フリーザとフリーザの父親の気だぞ!」
「悟空やピッコロ、べジータのだって!」

 ヤムチャさんやクリリンさんは慌てて悟空さんがいるか確かめていた。

「俺、確かめてきます!」
「お、俺も行く!」
「ボクも!」

 トランクスさんとクリリンさんを追うように悟飯さんが飛び立った時、雷が落ちた。

「悟飯ちゃんは駄目だ! 行くでねえ!!」

 悟飯さんはビタッ!と止まってしぶしぶと戻ってきた。

 母は強し。
 悟飯さんはチチさんに連れられ亀ハウスに入っていった。

 私も戻ろうとした時、ヤムチャさんに呼び止められた。

「いきなり飛びだしてなんだったんだ? トランクス」

 腕を組みながら行く手を遮るように立つ姿は、少し高圧的に見える。

「あ、えーっと。タイムマシンについての話でした。見に行った乗り物が確かにそうだったって」
「……それにしては鬼気迫ってなかったか?」
「未来がおかしいっていう話でしたから、心配になるのは当たり前ですよ」

「ふうん」とはいうものの、ヤムチャさんはどこか納得していないような様子だった。
 でも納得して貰わないと困る。
 とっさについた嘘だけどあながち間違いでもないよね。……って私が納得してどうする。

 問題はトランクスさんと行動を共にしているクリリンさんだ。
 ヤムチャさんと同じような質問をトランクスさんにしてたらどうしよう。
 誤魔化し方によっては間違いなく怪しまれる……。

「なにしてるだー早く入れー」

 家の中からチチさんの声が聞こえてくる。

 ああーテレパシーあればいいのに!

 私は頭をがしがし掻きたかった。
 だが、なぜかヤムチャさんにガン見されていたため、ゆっくりと家に入ることしかできなかった。


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