70.海苔

第二部 人造人間編

第二章 過去へ

70 海苔

 ――ん? これ……。

 ふと目に付いたものがあった。
 ビニールの袋に入った黒いものだ。

 形状と感触に見覚えがある……!

 留めてあった輪ゴムをはずして開けてみると、懐かしい磯の匂いが鼻腔をくすぐる。

 私はたった今、冷蔵庫に晩御飯の残り物を入れていたのだ。
 〈かばん〉に入れることを提案したんだけど断られたので詰めてる。
 余った食材を容器に詰め、積み木のように積み上げて収納する。
 その過程で冷蔵庫を整頓していた。

 そうしたら出会ってしまったのである。

 私は慌てて冷蔵庫を閉め、反動のまま振り返った。

「こ、これ、これなんですか」

 掲げた自分の手が震えている。
 答えたのはナス田楽を頬張りながら、片手に缶を持っている亀仙人だった。

「海苔がどうかしたか?」

 やっぱり海苔だ――――!!!!

 あったらいいなと思ってたけど、存在するなんて思ってなかった。
 食べる夢は、何度も何度も見てたけど! こんなところで会えるなんて!!
 ――運命では。

「ほれちょっとそこのビール一本取っとくれ」

 言われるままにビールを取って渡す。代わりに空き缶を手渡された。

「あそこに捨てといて」
「の、海苔ください」
「食べたきゃ勝手に食え」

 やったー!!!!

 私は空き缶を勢いよく捨て、嬉々として海苔を食べた。
 口に入れた瞬間広がる濃厚な磯の香り、パリパリとした歯ざわり、後に続くほぐれた海苔のねっとりした舌触り……。

 のっ……海苔だー!!

 私は天井を見上げて瞼を閉じ、しばし口内に感覚を集中させた。

 この海苔はどこで手に入るんだろう……。
 ぜひ手に入れて帰りたい。

「おら知らねえぞ。またクリリンに怒られるんだからな」

 現実に戻ると、チチさんが茶碗を洗いながら首だけこちらに向けていた。
 視線の先は言わずもがな、亀仙人である。
 亀仙人はまるで気にしないという風にビールを呷った。

「皆が大変な時に酒なんか飲んで……ろくでもねえジジイだべ」

 ぼそっと言ったチチさんの言葉はその通り過ぎて頷きそうになった。
 わかってはいたんだけど、実際会うたびに評価を下げざるを得ない出来事が起こるというか、亀仙人の下種っぷりが目に付くというか……。
 一緒に暮らしているクリリンさんは大変なんだろうなあ。
 私はしみじみと向かいの部屋にいるのが見える肌色の頭に視線を向けた。

 ――ずいぶん前にトランクスさんと出て行ったクリリンさんは、しばらくして一人で帰ってきた。
 二人でドクターゲロの研究施設を破壊し、設計図をブルマさんに渡して来たらしい。
 解析して弱点を探して貰うそうだ。
 一緒にいたトランクスさんはベジータさんと修行するようで、別行動になったとクリリンさんに言われた。

「トランクスにサーヤちゃんよろしくって言われたから、悟空のそばにいればいい。起きたら最初に話したほうがいいだろ?」

 願ってもない申し出だった。遠慮なくご厚意に甘えさせていただく。

 その後にピッコロさんと天津飯さんもやってきて、皆でテレビを見てはセルが出現したら出て行くというのを繰り返した。
 私にできることはお見送りだけ。
 セルに吸われた人々の跡しか流さないテレビは見ていたくないし、チチさんと悟空さんの邪魔もしたくない。
 早々に台所に引っ込んで調理器具などの確認に勤しんだ。

 そうして早々に晩御飯の仕度を始めたチチさんを手伝おうとしたのだが……。

 よく漫画的な表現であるじゃないですか。
 ニンジン宙に投げて、落ちるときには寸分の狂いもなく綺麗に切り分かれているというアレ。
 アレをやってしまうんですよチチさん。
 まさかこの目で見ることになろうとは……。

 それだけじゃない。
 チチさん、包丁捌きもさることながら、中華なべをガンガン振る。
 私はその鉄鍋を持てなかった……持てなかったのだよ! つまり振れない。

 そういえばこの人闘う奥さんだった。
 天下一武道会に出るひとだもの。見た目とは裏腹に、細い腕には筋肉が詰まってるに違いない。

 チチさん料理上手いから、目で盗めるものは盗もうとか思ってたのに!
 何も得るものはありませんでした!

 なにをやるのもてきぱきとすばやく、私は手伝いをしているのか邪魔をしているのかわからないほどだった。
 いや、邪魔だったと思う。
 ――泣きたい。

 そんな晩御飯を終えての冷蔵庫整理。
 海苔に会えたら喜ばないわけがない!!

「あー! こんな時にビール飲んで!」

 積みあがった皿を運びながらクリリンさんが亀仙人に食ってかかった。

「ばかもん。こんな非常時だからこそ日常を変えてはならんのだ!」
「もう3本目だな」
「さ、3本……。またそうやって自分だけ」
「これは皆が飲めないのでな。代わりに飲んどるんじゃ」

 ふぉっふぉっふぉ、ぐびー。
 笑う髭には茶色い味噌がついている。

「あー俺だって飲みたいのにー」
「だからこうやって台所でやっとるんじゃないか」

 そういいつつ亀仙人はナス田楽を箸でつまんで食べる。
 作ったのは私だ。いいつまみになったらしいが……なりすぎちゃったのかな?

「我慢してるのにー」というクリリンさんが肩を落とす様は漫画の通りで面白い。

「このナス田楽うまいの。100年ぐらいまえに食べたっきりじゃから懐かしいわい」
「100年!? そんな前の料理を覚えてるだか!」

 爺さん何歳? え? 仙人だから?

 びっくりして思わず海苔を食べるのをやめた。
 亀仙人は笑いながらビールを呷った。

「サーヤちゃんはなんで海苔だけ食ってんだよ。海苔はメシと一緒に食うもんだ……黒いうんこでてくるぞ」

 えっ。

「珍しいんだべ。海苔なんてここらの島でしか食べねえし。クリリン、そこに置いてくれ」

 へーい、と置いた積みあがった皿でシンクは瞬く間に山になった。
 おおう皿拭かねば! 置くところがなくなる!
 海苔を食べるのをそこそこに皿を拭きながら聞いた。

「海苔ってどこで買えるんですか? いや、どうやって作られてるんですか?」

 つい、とクリリンさんが私を指差した。

「……歯についてるぞ。右の上らへんな」
「!!」

 ばっと口元を手で押さえると、「女の子は歯に海苔つけたらブスになるから気をつけろよー」とクリリンさんに言われた。
 急いで口をゆすいで、確認しようと鏡取り出したらしたら笑われた。

 ……いいもん。
 海苔と出会った喜びのほうが上回るから気にしない。……乙女心はちょっと傷ついたが。

 その場にいる人たちに笑われながら鏡を見ていたら、リビングから大きい声が聞こえてきた。

「クリリン! 行くぞ! ポムタウンに出たらしい!」

 ヤムチャさんの切羽詰った声で和やかだった空気が一変する。
 険しくなった表情を浮かべたクリリンさんがそのまま台所を出ると、台所は静まり返ってしまった。

「……やれやれ。テレビでも見るかの」

 残ったビールの缶とナス田楽の皿を持ち、亀仙人はトテトテと足音を立てながらリビングに消えていく。

 結局、海苔の詳細はわからずじまいか……。

 片づけもあとちょっと、というところでチチさんに先にお風呂に入るように言われた。
 ……亀仙人や悟飯さん、チチさんを差し置いて私がいちばん風呂に……?
 それ、許されるのか……?

「あっ、使い方わかんねえか。……一緒に入るか?」

 躊躇っていると違う心配をされてしまったので慌てて断った。

 そしてよくよく話を聞いたら、亀ハウスにお風呂はなかった。
 いや、あるにはあるけど、外でドラム缶風呂。室内にはシャワーのみ。
 私はおとなしくシャワーを借りることにした。

「お風呂ありがとうございました。……あれ? チチさんは?」
「お母さんはお父さんの身体拭いてくるって」

 勉強していた悟飯さんが顔を上げた。

「次入るんですか? ……お風呂」
「ボクはまだ。勉強終わったらにします」

 悟飯さんの前には本とノートが広げられていた。

 勉強……えらいなあ……。

 近くの椅子に座り、〈水筒〉から水を出して飲む。
 ノートになにやら書いている悟飯さんは向かい側にいる。

 ちょっと見てもいいかな。
 邪魔しないように覗き込むと――あっ、やっぱり英語で勉強するんだ。
 ……うーん。なんて書いてあるのかさっぱり。知らない英単語が多すぎる。
 でも奇麗に並んだ文章の羅列にちょっと懐かしくなった。

 私もやったなー。
 前世は当然として、今世でも学校で書き取りがあったし、どんな譜面も読めるようにと何百回と音記号を書かされた。
 絶対覚えなきゃいけない歌は延々と歌ったし、音を外したら叩かれて――。

 そこではたと気がついた。

 母さん生き返ったら、私の歌のスキルが低い事に怒らないだろうか。

 …………やばい!!

 母さんが死んでから教科書開いてない。
 生きる事と育てる事に精一杯でしたって言って許してもらえるだろうか――無理だな。
 にっこり笑顔で「そう」って言った後に扱かれそう。

 私は頭を抱えた。

 いっ、嫌だ……!
 どうしよう、なんとか! なんとかできないか!

 気分はまさに夏休みの宿題を忘れた小学生。
 海苔をどうこう言ってる場合じゃなかった!

「どうしたんですか?」

 うつむいていた顔を上げると悟飯さんが心配そうに私を見ていた。

「……トランクスさん来なかったから寂しいんですか?」

 なぜそこでトランクスさん?
 私の頭の中にはかけらもいなかったよ。

「えっと……じゃあ頭痛いとか?」
「大丈夫です。至って健康です」
「全然大丈夫そうには見えませんでしたけど……本当に大丈夫ですか? ボクになにかできる事があったらいってくださいね」

 深刻そうな表情で訴えられた。間違ってないけど、そんなに悲壮感漂ってたんだろうか。

「本当に、なんでもないので……」

 そう返すと眉が下がって口が一文字に変わった。
 そ、そんな顔をされると……。

「あのですね。私、その……勉強してなくて」

 悟飯さんに悲しそうな表情はさせられない。即言ったけど、内容が情けなさすぎる。
 イマイチ伝わらなかったのか、悟飯さんの丸い目が瞬いた。

「いやだからですね……」

 かいつまんで話すと、悟飯さんは笑った。
 ……笑うところだっただろうか。私的には死活問題なんだけど。

「ご、ごめんなさい。でも、昔のボクみたいだ」
「えっ昔!?」
「ボクは怒られただけですけど、サーヤさんのところは厳しそうですね」
「!!」

 そう! そうなんですよ悟飯さん!
 ウチの母、ちょっとおかしいくらい厳しかったんですよ!!

 悟空さんの半生がわかりますといった後、「うたえるようになったのね~」ニコニコよしよし、だったのが「完璧に音を出しなさいと言ったはずよ」とげとげビシバシに変わったのだ。

 延々と譜面を書き写し、延々と同じところを歌い、加えて毎日双子の世話。
 血反吐こそ吐かなかったけど滲んだとは思ってるよ。

 子供三人でも生き残る確率を上げるためだったってことは旅立ってから理解したけど、それにしては厳しすぎると今でも思う。
 見た目めちゃくちゃ慈愛に満ちた女神様なのに結構なドSだったよ、母さんは。

 それでも日常時は普通の態度、かつよく出来たらすっごく褒めてくれたから、まだ耐えられた。
 でも今回は……。
 地球的に六年。六年ですよ六年!
 六年分が降りかかると思うと……ふ、震える……。

「少しずつでもやっておけば違うかもしれませんよ! ここにいる間だけでも減らしていかないと、積もっていくだけです!」
「ひっ」

 その通り過ぎて思わず悲鳴をあげてしまった。

 悟飯さんは口端を上げる。

「一緒にやりませんか? ……仲間ができたみたいでうれしいし」

 少し考えた。
 確かに今はやることがない。
 過去にいる間、ほぼフリーなのだ。

 悟空さんが目覚めるまではまだ時間がかかりそうだし……。
 その間、譜面の書き取りだけでもできていれば、少しは違うんだろうか。

 歌は……どうしようもない。〈壁〉ができてしまうし。
 いつもやっている音程の確認だけは忘れないようにしよう。うん。

 私はこっくりと頷いた。
 すると悟飯さんはにこっと満面の笑みになる。

「がんばりましょうね」
「はい!」

 つられたように私の口も笑みを形作った気がした。

 〈かばん〉の奥底にしまってあった教科書と譜面を出す。
 それからは久しぶりに寝る前までペンを持っていた。


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