73.焼豚

第二部 人造人間編

第二章 過去へ

73 焼豚

 いつものように朝食を終えたあと、チチさんは悟空さんのいる二階に上がって行く。
 皆はもうセルを探しに行った。
 そうなればやることはひとつ。
 チチさんが戻ってくるまでに食器を片付けておかなければ。
 居候に暇はない。

 タワーになっている食器を崩さないように手早く洗う。
 洗い終わったのを拭き上げるのはチチさんだ。洗い残しは許されない。
 いやきっとチチさんなら笑って許してくれる。
 だが、ここに来てからろくな手伝いも出来ていないのに、更に仕事を増やすだなんてこと、なんぼなんでも耐えられん。

 なのでここ数日、私は生まれてから一番気を使いながら皿を洗っていた。

 一人黙々と集中しながら洗うのはいい。
 あんまり考えなくてもいいから。
 少しでも気を抜くと罪悪感でいっぱいになる頭をどうにかするには、最適な方法だった。
 ――邪魔するものがなにも無ければ。

『バアン!! ドタドタドタ……』
「!?」

 いきなり大きな音が聞こえ、危うく皿を落とすところだった。
 なにかと思ったらテレビを見ていた亀仙人が二階に駆け上がっていったではないか。

 耳をすませればなにやら大きな声で話している……。
 ……なんか近くに馴染なじみのない気配があるな。

 急いで手を洗い二階に向かうと、扉は開いていて亀仙人があわてていた。

「1年!? そんなにかかっては……」

 ひょこっと亀仙人の横から顔を出せば、そこには道着に着替えた念願の主人公、――孫悟空が立っていた。

 お! 起きてる! この人が主人公……!
 なんか寝ていた時と顔変わってない?
 かわいい系のイケメンだけど、筋肉ゴリゴリだ……。
 オッスオラ悟空って言ってくれないかな。

「大丈夫。1年だけど1日ですむところがあるんだ……ん? おめえ、だれだ?」

 じっと見ていたせいかばちっと目が合った。

「はっはじめまして! サーヤと申します!」
「……なんで悟空に礼儀正しいんじゃ。わしにはそんな態度じゃなかったのに」

 亀仙人のつぶやきは黙殺した。
 そんなことよりも気になる言葉があったのだ。

 1年だけど1日で済むところ。――あっ!

「オラ孫悟空……って知ってるか。うまそうな弁当持ってた子だろ? トランクスと一緒に未来から来たんだよな」
「悟空さ、寝てたのによくわかっただな……」

 悟空さんは眉を上げて私を指差し、チチさんは呆れた風に目を半ば閉じた。

「そりゃわかるよ。うるさかったし、いい匂いしてくるし。夢に出てきたぞ」
「ああー」

 口を尖らせながらじと目で見てくる悟空さんに、ついチチさんと二人して声を重ねてしまった。

「ま、弁当の話は置いといて。チチ、悟飯もつれてってやりてえんだがいいか?」

 チチさんは「冗談じゃない!」と腰に手を当てて顔を険しくさせている。
 二人が話し合いをしている横で、私は前世でよく見た漫画のページを思い出していた。

 そういえば、かの有名な精神と時の部屋で修行するんだった。
 漫画では入室したトランクスさんの髪が長くなってた描写があった。
 そこのところをストーンと忘れていたな……。
 なんで変わるか印象に残ってれば違ったんだろうが、あいにくトランクスさんには前世で全く興味がなかった。
 ……だからって忘れる? 自分の馬鹿! 間抜け~!

 自分を罵っている間に悟空さんが行ってしまった。
 あああー! 馬鹿ー! 一緒に行けばよかった! 部屋を見れたかもしれないのに。
 そしてあわよくば自分も入れてもらいたい。後でいいから! そしたら勉強ができる……!

 ……私はまだ宿題の多さに怯える小学生だ。
 未来に帰れば夏休みは終わる。
 やってもやっても終わらず、歌も歌えない今の状況を打開し、自らの平和を勝ち取るためには精神と時の部屋で修行するしか方法はないと思うのだ。

 悟空さんが消えた後を見ながら心配そうにチチさんが言った。

「悟空さ、飯も食わねえで行ってしまっただ……大丈夫だべか」
「それだー!」
「な、なんじゃ?」

 チチさんのありがたいお言葉はまるで天啓。
 びっくりして固まっている二人をよそに提案した。

「チチさん! お弁当作りましょう! 私届けますので!」
「べ、弁当? いまから?」

 呆けたように口が開いたチチさんの手をつかむ。

「病み上がりなんですよ? ちゃんとご飯食べさせないと! 私の目的の前に死んでしまっては困ります!」
「目的って……」
「あっ忘れてたけどそうだったね。ドラゴンボールね」

 ご飯を作って瞬間移動で持っていく口実だ。
 髭をなでる爺さんなぞ今はなんの役にも立たない。
 チチさん! あなたの腕ならちゃちゃっと作れる! やろう!

「そうだな……いっちょ気合入れてこさえるべ!」
「はい!!」
「それわしのへそくり、なんもなくなっちゃう……」
「そんなこと言ってる場合か!!」

 チチさんと私の声が亀仙人の鼓膜をダイレクトに揺さぶる。
 耳を押さえて髭がぴんと張る様はコミカルだったが笑っている暇はない。
 亀仙人からふんだくって私は飛んだ。

 前行った店やってるかな、………………。

 弾丸のように空に向かって飛び出したけれど、ゆるゆると速度を落としぴたっと止まった。

 一昨日の悟飯さんと一緒に行った店。
 その時は楽しかったんだけど、今となっては――――。

 やめよ。
 ブルマさんのところにしよう。都市部だし、いい店を教えてもらおう。
 そう思い至った私は瞬間移動で一気にCCへ飛んだ。

 そしたら悲鳴を上げられてしまった……。
 悲鳴を聞きつけて警備員が入ってきたのは誤算だった。会社兼自宅だもんね。そりゃいるよ。
 ブルマさんが取り成してなんとかなったけど、行く前に連絡しておけばよかった。

「確かにこの騒ぎじゃやってるところないもんねー。いいわ。うちから持って行きなさいよ。余ってるから」
「えっ、あ、じゃあお金……」

 〈かばん〉を開けようとしたら「いらない」と拒否されてしまった。

「どうせ微々たるもんでしょ。倉庫のほうに行ってくれる?」

「母さんに頼んどくからさ」というブルマさんに私は深々と頭を下げた。

 さすが天下のCC。娘さんは大変太っ腹なご令嬢である!!

「あ、後でウチに来なさいよ。レーダーはまだできてないんだけど、トランクスの話聞きたいからさ」

「はーい」と返事するとトランクスさんをベビーカーに乗せてブルマさんは足早に去っていった。
 家の中でベビーカーかー……。
 CC、無駄に広いからベビーカー使ったほうが移動しやすいんだろうけど、ちょっと考えられなかったな。さっすがお金持ち。

 その後やってきたブルマさんのお母さん、パンチーさんに倉庫へ案内してもらうことになった。

「今は本社のほうでも社員さんが少なくて食材が余ってしまって、ウチに全部来ちゃってるのよね~。だからちょうどよかったわ~。好きなのを持っていってくれてもいいんだけど、大丈夫? カプセルお貸ししましょうか?」

 カプセルはいらないけど、せっかくだからコンテナを貸してもらうことにする。
 それにぽいぽいと食材を詰めていき、5つのコンテナをいっぱいにしたらパンチーさんが心配そうに頬に手を当てた。

「本当に大丈夫かしら? ウチとしては助かるんだけど……」

 心配ご無用と〈かばん〉の口を広げてすっぽりかぶせる。

 〈かばん〉、入れるのは楽なんだよな。かぶせればいいから。
 出すのが難点なんだけど、チチさんも亀仙人もいるし余裕だろ。

 瞬く間に5つのコンテナを飲み込んでぺしゃんこになった〈かばん〉を見て、パンチーさんの口は半開きのまま固定されてしまった。

「あっ本当にお金はいいんでしょうか? あんなに貰ってしまって……」

 こくこく頷かれたのでお礼を言ってさっさと瞬間移動する。

「すっげえ量だな! あるところにはあるなあ。さすがCC」

「ひゃー」と言いながらチチさんはコンテナを次々と開けた。
 その後ろではへそくりを手に「戻ってきた~!!」と小躍こおどりしている爺さんが見える。
 平和な爺さんだな。死ねば紙幣の価値もなくなるというのに。

「バラ肉でねえか! サーヤ! 手伝え!」

 チチさんが目を輝かせて手に取ったのは塊肉。
 パンチーさんから使い切れないと貰ったもので、私では持てない大きさの肉塊だ。倉庫にはまだ二塊ほど残っていたと思う。
 たらいも必要だというので貸してあげた。いったいなにを作るのだろう。

「焼豚! 作るべ!」

 にっこり笑いながら言われた言葉に驚いた。

 ど、どうやって? どこで焼くの?

 そんな疑問をよそにチチさんはたらいに香辛料や塩、酒、蜂蜜などを入れると、私に揉み込む様に言いつけて自分はさっさと別の料理に取り掛かった。

 ……ここは亀ハウスだ。

 キッチンは標準的な一人暮らし用でシンクが少し広いくらい。
 コンロなんて二口でどう考えてもはみ出る巨大なブロック肉は焼けない環境だ。
 肉に調味料を撫でるようにかけながら、私の頭の中では疑問符がいっぱいだった。

 とりあえずその肉は放置され、他の料理にも着手する。
 どれも一から作るので下ごしらえが大変だ。
 私はもっぱら野菜の下処理を任されていたが、チチさんにコロッケの作り方を教えて欲しいといわれたので作ることにする。
 本音をいえば罪悪感を紛らせるためだったり……。
 ついでに海老マヨや鳥南蛮、ハムサラダや湯で野菜のねぎソースがけとかを作って皿のまま〈かばん〉に入れる。

 そして最後にとチチさんが肉をたらいごと外に持っていった。
 いったい何が起こるのだろう。
 焚き火で焼くのか? ファイヤー?

 ドキドキしていたらちょうど皆が帰ってきた。
 エアワゴン?からぞくぞくと降りてくる人たちの筆頭はクリリンさんだ。
 疲れていそうに肩が丸まっている。

 チチさんはそんなクリリンさんたちにたらいを見せて、にっこりと笑った。

「ちょうどよく帰ってきただな。この肉焼いてくれねえか」

 えっそんな今帰ってきたばかりの人たちに頼んじゃうの? チチさん強者つわものだな。

 てっきり嫌がられると思っていたら、歩いてきた人たちは特に驚いた風でもなくたらいを覗き込んだ。

「おっ焼豚っすか? いいすねー。ヤムチャさんちょっと持っててくださいよ」
「ええー熱いじゃん」

 文句を言いながらもヤムチャさんはたらいに入っている肉に渡された包丁を刺し、右手側に持って掲げた。

 ……どういうことだろう。なぜ持ったまま突っ立って?

「ん」
「へーい。いくっすよー」

 そういうや否やクリリンさんは気を溜めて放った。
 肉だけに当たるように放たれたそれは、海の彼方まで続いて消える。
 ヤムチャさんは空中に肉を投げて、さっきまで包丁が刺さっていたところの逆側を刺した。

「もういっちょー」

 もう一度、声にあわせて気が放たれる。
 そしてそれが消えるとあたりは肉と調味料が焦げたいい匂いで満たされた。

 そんな中チチさんがさくさくと砂を踏み鳴らしながらヤムチャさんの元へ行き、肉に鉄串を刺して抜く。
火が通ったか確認しているようだ。

 こんがりと焼かれた肉は中身までしっかりと火が通ったらしい。
 そのまま大皿に乗せられ、焼豚はチチさんと共に亀ハウスの扉の向こうに消えていった。

 ――ってそんな馬鹿な! 気ってそんな使い方できるの!?

 どやどやと皆が家に入っていく中、私は一人呆然とそれを見送っていた。
 立っていたらヤムチャさんに突っ込まれた。

「おまえ空飛べるのにそんなことも知らなかったのかよ?」

 しらねえええええよ! 知ってたらトランクスさんに焼かせてたよ!
 ってゆうかあの人も知らなかったと思うよ! なにも言わなかったもん! 知ってていわなかったなら万死に値するわ!

 ―――いや、待てよ? よく考えればわかるよね。だってチルが気弾を当てたソタ豆の木は焦げてたんだからさ……。

 なぜ気づかなかったか?
 放出する技を使ったことがないからだよ!

 と、灯台下暗し……わかっていたらもっと時間短縮になってたのに!
 あ――――!! 自分のばか――――――!!

 そんな心の叫びを誰にも言う事がないままお弁当を作り終えた私は、悟空さんたちのいる神様の神殿に移動した。


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