第二部 人造人間編
第二章 過去へ
74 イカ
「これうめえな!」
「お父さん、ソース! ソースかけて食べてみて!」
「ソース?」
神様の神殿の中、部屋の扉のちょうど前に敷物を敷いて私たちは食事をしていた。
広げられた敷物をお弁当や皿が隙間なく埋め尽くし、供物のようにも見える。
悟空さんはとってもお腹がすいていたのか、お弁当を吸い込むように平らげ、どんどん器を積み上げていく。
まさに神のごとき食べっぷり。
とてもじゃないけれどチチさんと作ったお弁当だけでは足りそうにない。
私は〈かばん〉から大きい鍋を取り出すことにした。
同じく〈かばん〉に入っていたコンロの上に鍋を乗せて火をつける。
かき混ぜて大きい木の茶碗によそうと、タッパーから刻んだねぎをかけて差し出した。
「豚汁です。良ければどうぞ」
「汁物もあんのか! すげえな!」
悟空さんは口をつけてあちちと舌を出した。
そりゃ熱いよ。ほぼ出来立てだもの。
でもさすが純血サイヤ人。得体の知れないものも躊躇わず口に入れる。
最初にチチさんの料理から食べ始めたものの、見たことがないであろう私の料理もガツガツ食べる。
クリリンさんみたいに止まったりしない。
「あの、ボクも食べてみたいです。もらえますか?」
伏し目がちな悟飯さんが言い終わる前に私はもうひとつ差し出した。
受け取るとうれしそうに微笑み、礼を言う。
……なんだか今朝と雰囲気が違うな。
気のせいかな?
「不思議な味がするな! うめえけど……んぐ、たはりうふぉなえ」
「なんか、ほっとします」
「おかわり!」
「あ! ボクも!」
言われるたびによそうが、この親子。
トランクスさんより食べる。
特に悟空さんは引くほど勢いが衰えない。
この人、チチさんじゃなければ胃袋満たせないんでないの?
それが二人? え、怖……。
食べるスピードと量に慄きつつ、再度差し出されたお椀によそった。
「悟空、トランクスとベジータが出てくるまでここにいるなら寝床を用意する」
とてとてと足音を鳴らし近づいてくるのはポポさんだ。
肌が限りなく黒い人でちょっと表情が乏しい。神様の付き人だっけか。
「お、サンキュー! 頼むよ!」
「え? 夜帰らないんですか?」
てっきり夜になったら帰ってご飯食べるのかと思ったのに。
「ベジータがいつ出てくるかわかんねえし、下にいるよりはここのほうが気が察知しやすいから帰る気はねえよ」
「じゃあ夜もお弁当作って持ってきたほうがいいですね」
「本当!? やったあ! 嬉しいです!」
にこにこと私に向かって笑いかける悟飯さんに面食らっていると、悟空さんが汁椀差し出してきたので慌てて受け取る。
最後の豚汁を入れて渡すと、それもまた体感10秒で完食されてしまった。
そうしてあっという間に昼食を食べ終わった悟空さんは「食った食った」と満足そうにおなかを撫でる。
……最後まで食べる勢いは落ちなかったな……。隣に積みあがってる空の器も塔みたいで怖……。
――おっと、ドン引きしてる場合じゃない。ナメック星について聞いておかないと。
片付けながらそれとなく切り出すと、悟空さんに「うーん」と唸られてしまった。
案の定、今は行けないから後で、とも言われた。
そりゃあな。状況的に無理だと私でもわかる。
でも一応、こっちとしてもあらかじめ言っておかなきゃと思ったのだ。
そして、気になるのは悟空さんの背後。
閉じられた扉の向こう側である。
ついでと言わんばかりに精神と時の部屋に入れてくれないかなーと探りを入れると、悟空さんは目を丸くしてぱちぱちと瞬きした。
「精神と時の部屋が気になるんか?」
ええ、まあ。気になります。
「お前、入ったら死ぬぞ」
「ひえっ」
いつの間にか横にいたポポさんに脅された。
ポポさんの気配わかりにくいな。
その上とっつきにくい。
……後でまた頼んでみよう……。
とりあえず大まかな目的は達せられたので、帰ろうと瞬間移動しようとしたとき、悟飯さんに服を引っ張られた。
「コロッケ、美味しかったです。作ってくれてありがとうございました」
「あ、あれはチチさんが作ったんです。私じゃありません」
「それでも嬉しいです。ありがとうございました。……晩御飯楽しみです」
そういうと裾を離し、悟飯さんは微笑んだ。
私はなんとも言えない気持ちになり、口を引き締めて帰ることにした。
+ + + + + + + + + +
亀ハウスに戻るとチチさんが空になった重箱や皿を見て喜ぶ。
晩御飯も必要だと伝えると、チチさんは気合を入れたようだ。
私は片付けを終えると釣りに出かけることにした。
思いっきり遠くまで釣り針を投げる。そうしたら後は待つばかり。
暇になった頭で考えるのは悟飯さんのことだ。
―――なんで笑いかけてくるんだろう。
今朝までは気まずそうに見てるだけだったのに、さっきは普通に接してきた。
あまつさえにこにこ笑っていた。
なかったことにしているのだろうか。
……もやもやする。
糸が引いて、逃すまいと力任せに竿を引いた。
釣り上がったのはイカ。
もう一度、と竿を投げるも釣れるのはイカ。
……それしかいないんじゃない?ってレベルでイカしか釣れない。
バケツの中身はイカばかり。イカはうまいけど、魚が欲しい。
「もおっ!」
勢いよく腕を振り上げたら強過ぎて糸が切れた。
ドン、としりもちをついて私はそのまま寝転ぶ。
青い空には太陽が煌々と輝いている。
あーあ。
悟飯さん。告白断ったら疎遠になりそうなんだけど、結構普通に笑ってたなあ。
いい子なんだけど、いい子すぎてつらい。
つーかどこで間違ったよ。
そんなに仲良くしたつもりもないんだけどな。
あれかな、他の星のことを話したからかな。
いやでもな、私散々痛い痛い言い続けたしな。
……勉強かな。
あー。思い当たる事が多いってことは仲がいいってことなのかー。
これからどう対応したらいいんだろ。
ごろごろと砂の上を転がっていると、にょきっと禿げた頭が光を反射しつつ目の前に出た。
「不漁か?」
亀仙人だった。
驚いて声も出なかった。
その拍子に豊かな髭が鼻に垂れてきてくすぐったい。
風もさわさわと吹いていたのも悪かった。
慌てて起き上がると、二、三度くしゃみが出た。
「イカばっかりじゃのう。ほれ、そっちの反対側だと魚がいそうじゃ」
「あ、糸が」
「糸は切れるもんじゃ。貸せ」
ちゃちゃっと直した竿を渡された。
つり竿とバケツを持っていたので釣りをするつもりなのだろう。
砂の上を歩いていく亀仙人の後ろをついていく。
あ、砂入った。
靴の中がざらざらするが気にしない。
慣れた手つきで針に餌をつけた金仙人は竿を振った。
本意ではないが流れ的に一緒に釣る事になったので、私も同じように竿をしならせる。
「釣りはな。焦ったら釣れるもんも釣れん。力任せが一番よくない」
「はあ」
気のない相槌をして靴を脱ぎ、とんとんとたたきながら中の砂を取る。
「お前さんはいつ未来に帰るんじゃ?」
「えーっと、悟空さんにナメック星の場所を教えて貰って、トランクスさんが……帰るって言えば帰りますね」
「ふーん」と言いながら竿をくいくいと上げる動作を繰り返し、亀仙人はそのうち座った。
「もし悟空が死んで、ナメック星にいけなくなったらどうするんじゃい」
えっ。
そうなったら、いったん未来に帰るしか――。
「そうさな。この世界を捨てて帰るんじゃろ?」
びくりと肩が震えた。
ちらりと隣を見ても、サングラスと豊か過ぎる髭のせいで表情が読めない。
「ふぉふぉふぉ」と笑う声だけが聞こえてくる。
「別に責めるわけではない。そうしなければならないぐらい未来が悲惨なのじゃろう。髪に砂ついてるよ」
ばばっと頭を振って砂を払う。
「しかし、捨てるならそれなりの態度を示すべきだったな。少なくとも悟飯やチチはお主になついてしもうた。そんなつもりがなくともな」
ぐうの音も出ない。
くいくいと竿が引いたので釣り上げてみるとイカだった。
隣を見ると同じタイミングで同じ獲物を釣ったようで、亀仙人も黙ってそれを見ている。
私はそれをバケツに突っ込むが、亀仙人はそのまま海に向かって振り上げた。
「イカばっかりじゃのう。お前さんイカはどうやって食う?」
「え? わた焼きとか?」
「わた?」
いきなり話し変わったな。
肝だよ肝。
採れたてなら食べるよ。
げそと混ぜて煮るのなんか最高だよ。
酒飲みじゃないけど好物なんだ。……見た目がグロいから、たぶん皆食べないだろうなー。
「酒飲みは好きだと思う」と告げると「じゃあ今日作って」といわれてしまった。……飲むつもりだ。
「話しずれちゃった。つまりなにが言いたいかというとだな。そのままでよくない?」
「え、ええっ!?」
軽! いきなりノリが軽くなった!
「お前さんたちはこの世界の為に来たわけじゃあない。だろう? 自分の未来の為に目的があってきたわけで、それが達成できなきゃ帰るしかない。じゃあ友達になれないのもまあ、しょうがない」
……聞いてた?
くいくいと足で竿を動かしながら節くれ立った手はタバコに火をつけた。
「だって家の裏で叫んでるんだもん。丸聞こえじゃ。あーあ振られちゃったねーってみんなで話してたわい。クリリンはもう友達だって言い張れって助言したらしいぞ」
あああ?! だからか! あんなに普通に接してきたのは!
「ふー。ほら、引いとるぞ」
煙を吐きながら指摘され、慌てて引くと蛸がつれた。
今度は蛸か!
「イカと蛸しか釣れんのは予兆かもな……悟飯はしつこいぞ。親に似てな」
さっくりと恐い事を言いながら、亀仙人は釣り竿を引いては緩ませる。先にいるであろう魚と闘っているようだ。
時間にして5分ぐらいだろうか。
闘い続けた先に現れたのは亀ハウスよりも大きな鮫だった。
あろうことかその鮫は大きい口を開けてこちらに突っ込んでくる。
なんてものを釣るんだ!
慌てて家のほうに駆け出すと、一瞬の間の後に地響きとドオンという大きい音が鳴った。
振り返ると突っ込んできたはずの鮫が砂に垂直に刺さっているではないか。
……そういえばこの人も強い人だったな。
サイヤ人たちとレベルが違うだけで。
今度からちゃんと武天老師様と呼ぼう……。
「あたりだな。バケツ寄越せ。イカを餌にする」
バケツだけは死守しようと手に持っていたのでそれを渡して鮫を見上げた。
……うん。じゃあ私はイカと蛸を釣ろう。
逆らっても魚は釣れないし、釣れたとしても鮫に襲われるならイカと蛸を釣るわ。
私には魚を釣る運もなければ鮫を倒せるほどの力もないのだから。
自分でもどうにもできない事は流れに身を任せよう。
尻尾がぴくぴくと動くのを見ながら、そう思った。
