第二部 人造人間編
第二章 過去へ
77 エアバイク
――まさかこんなところに赴くことになろうとは、思っても見なかったなあ。
「ねえ、どっちがいいと思う?」
ふたつのハンガーを掲げて首を傾げるブルマさんは、多彩な色合いの中で埋没することなく存在を主張している。
「アンタも選びなさいよ。トランクス寝たし」
ブルマさんはちらりと隣のベビーカーを視線を送る。
つられて視線を向ければ小さいトランクスさんが可愛い寝顔を晒してすやすやと寝ていた。
「……動きやすくて汚れが目立たなければなんでもいいです」
ややげんなりした感じな言い方になってしまった。
別に意図したわけではない。
目の前に並ぶ煌びやかな衣装に途方にくれたっていうのもあるが、単に疲れていた。
私も小さいトランクスさん同様、寝たい。
「やる気無いわね。ドレスにするわよー。……ちょっと、ここからあっちまででサイズ持ってきて」
ブルマさんに従者の如く付き添っていた店員は、丁寧に礼をしながらハンガーがかけられた台をからからと引いていく。
その様子を見送り視線を戻せばブルマさんは反対側の服を見始めた。
ちらっと見て、別の店員に指示を飛ばす。さながら女王様のようだ。
「せっかく買ってあげるんだからかわいいの着たらいいじゃない。……子供服のほうがいい?」
やめてくれ。
身長低くて幼児体系なのは自覚してるけど、中身まではそうじゃないんだから。
適当に手にとって見てみれば、どう着たらいいものかわからない服だったので、そっと戻す。
「そういえば他にも欲しいのあったら持って帰れば? 食料とかー」
「あっ!」
忘れていた!
「なによ!?」と声を上げるブルマさんに構わず〈かばん〉の中をあさった。
目的のブツは未来のブルマさんからの買い物のメモである。
すっかり忘れていた。今言われなかったらたぶん思い出さなかった。あっぶねー。
ブルマさんはそのメモを見るなり驚愕の顔をした。
「あ、アンタこれ……」
「すみません。私読めないんで……。トランクスさんには見せないでねって言ってました」
「そう……まあ、そうでしょうね……」
「あーうそー」とメモを持ったまま顔に手を置いて天を仰ぎ、さっきまでの勢いはどこへ行ったのやら達観したような顔でブルマさんはハンガーを放りなげた。
「……? 何が書かれていたんですか?」
「いや……うん。用意しないと無いから、アンタ好きなの選んでて。頼んでくるわ」
そういうとブルマさんは足早に店員を連れて歩いていった。
なんだろう。
実はメモをチラッと見たんだけど英文で読めなかったんだよね。
単語でさえ解読できなかった。
「……好きなのって言われてもな」
残った私はスツールに座り傍らの衣装をはらりと手でめくった。
+ + + + + + + + + +
――あれから時間にして1時間も経っていないのに、トランクスさんは戻ってきた。
肩を落とし悔しそうに口元を曲げながら。
勝てなかった、そう呟くトランクスさんをブルマさんと共に慰めながらCCへ瞬間移動すれば、ブルマさんが無理やり部屋に押し込めてしまった。
憔悴しきった顔をしていたから母親として心配したんだと思う。
その後程なくしてベジータさんも帰宅し、そのまま部屋に篭ってしまったことを考えるに二人とも余程疲れたんだろうな。
部屋の中が過酷だったからかセルを倒せなかった精神的なものかどうかはわからないけれど、二人の気配は部屋に入ってからすぐに消えた。
眠ったのだ。
そうなればもうやることはない。
16号さんも運ばれてきたようだし、私もいったん亀ハウスに帰ったほうがいいかなとブルマさんに挨拶しようとしたら手を掴まれた。「ちょっとあんた付き合いなさい」と。
「戦うまで10日あるんでしょー? この5日解析とかで頭使ったし、あたしだって疲れたわよ。ちょうどいいから買い物に行く」
「いやいやなんで私!? 私亀ハウスに行かないと! 食材も届けてないし連絡すら出来てないし!」
引っ張る手をどうにか解こうとしているとブルマさんの歩みがぴたりと止まる。
ブルマさんはゆっくりと視線を下ろし、ふふんと鼻を鳴らした。
「連絡ならとっくにしたわよ。食材もまだあるっていってたし、服新しくするっていったら、ぜひそうしてやってくれって言われたわ」
なーんてこったい! チチさんも野暮ったいと思っていたの!?
「それに今しかないと思うのよ。部品があがってきたら直すのにかかりっきりになると思うから」
ブルマさんはにっこり笑って「さー行くわよー!」と歩き出す。
断る理由がなくなった私は、おとなしく連行されたのである。
――エアバイクと言う乗り物に詰め込まれて。
エアバイクはその名のとおり空を飛ぶバイクだ。
バイクと言ってもむき出しなわけではなく丸く覆われている。
操縦席は単独で後部座席はふたつ。車内は普通の車と比べると狭く、簡易的な車のようだ。
乗り込めばしっかりベビーシートが設置されており、私は必然的に隣に座ることになる。
そこまではよかった。
それからが地獄だった。
浮遊感最悪。
ここまでヤバイの今まで乗ったことない。
宇宙船は一定方向にしか進まないからまだ耐えられた。
というか新しい宇宙船になってから浮遊感皆無になった。
筋斗雲は最初こそ浮遊感あったけど、安定感はまるで地面だった。
タイムマシンも初期の宇宙船並みだったから耐えられないほどじゃなかった。
悟飯さんに抱えられ空を飛んだときは風があったからまだ気が紛れた。
しかしエアバイク。
お前はダメだ。
上下左右前後ろ。
離陸から着陸まで無駄に動くから気持ち悪いのなんのって……。
内臓からなにからすべて吐きそうになるくらいお腹の中がぐちゃぐちゃになったような気分になった。
もう二度と乗りたくない。
必死に口元を押さえ耐えた後に着いた所は大きなショッピングセンターだった。
「よーし! 買うぞー!!!!」と気合を入れているブルマさんの隣で、私はげっそりしてた。店員さんが何度も「大丈夫ですか?」って聞きにくるくらいだからよっぽどだと思われたんだろう。
よっぽどだったよ。
いくらか落ち着いた今、私は黒いシャツを手に取るはめになっている。
よく見れば肩が出ているセクシーなタイプのトップスだった。
……こういうのは求めてない。
できれば大き目の服が欲しいんだ。
私まだ成長期だしこれから大きくなるはずだから、調節が可能なやつがいい。
ブルマさんみたいなスレンダーな人用の服じゃなくてさ。
そうやって選んでいたら店員さんに駄目出しされた。
「こちらの色が華やかですから、お似合いになると思います。女の子らしい色合いで素敵ですよ」
たぶん、手に持ってた服がほぼ黒かったから言われたんだと思う。
でも私が求めてるのは動きやすさと普通さなんだけど。
「全部黒では喪服になってしまいます。そういったお色はもう少し大人になってからのほうが馴染むと思いますよ。こちらならいかがでしょう」
店員の選んだ服は黄色いトップスだ。
「こちらににこちらを組み合わせてー」とコーディネートされた服は無難に見える。
……この店員、近くで私を見ていたからか傾向を把握している……できる店員だな。
黒って無難なんだけどなーと思いながら他の色も考える事にした。
喪服っていわれるとさすがにね。
それに私まだ若いんだった。
前世を思い出すと確かに『あーあの色10代だったら着れたのになー』と思ったときも少なくなかったから、考え直すことにしたのだ。
「このスカートはゴムですからはきやすいですよ。濃い色は流行でもありますし。このパンツはストレッチが効いていますので長く使えるかと」
ふむ。この店員さん、大変優秀。
適切な服を選んでくれる。
よし。
考えるのも面倒だった私は、これ幸いと店員さんに丸投げした。
するとさっきまで悩んでいたのが馬鹿らしくなるくらい素早く店員さんがコーディネイトしてくれた。
お礼を言ってその中から数点選ばせていただく。
ファッション雑誌とか見てないから、いいも悪いもわからなかったというのが本音だから正直とても助かった!
ありがとう店員さん。アンケートがあったら書きたいくらいだよ!
一応着てみようと試着したところにちょうどブルマさんが帰ってきた。
「……まあまあね」
顎に手を添えながら上から下まで視線を動かしたブルマさんは「ちょっと! 同じの何着か揃えて!」と店員に向かって話していた。
お眼鏡に適ったらしい。
店員さんありがとう。
私ではこのミッションはコンプリートできなかった。あなたのおかげだ。
でも同じ服そんなに要らないです。
自分の服は一通り見終わったが、ブルマさんはまだまだらしい。
試着し、それを見せてこちらの反応を伺うもんだから精神的にゆっくり出来ない。
というか、なにを着ても似合うから最後のほうは返事がおざなりになってしまった。
そんなブルマさんは何着も試着したわりに2着しか買わなかった。
あっこれで終わりかな?と、思ったさ。
けど違った。
裸に剥かれた。
下着のためにサイズを測られたのだ。
上から下まで測られてドラム缶数値だったから泣きそうになったし、それでなくとも貧相な体を他人の目に晒すという羞恥に死にたくなった。
それ故店員によってお勧めされた下着類をはいはいと頷くことしか私にはできなかった。
その後靴や雑貨を見て周り、帰るころには夕日がぽっかり浮いていた。
大変疲れたのだが、そのままエアバイクに乗って帰ったら私は止めを刺されてしまう。
丁寧に瞬間移動で帰らせてくださいとお願いした。
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CCに帰ってくれば上等な調度品に囲まれる。
そのうちのソファーに座れば柔かさに思わず目を閉じてしまいそうになった。
きっと今なら即寝れる。
大変心地いい、ふかふかなソファーに座ってぐったり休んでいると、ブルマさんに茶色い紙袋を渡された。
「なんですか?」
「メモのやつよ。驚かせたいから、未来に帰ってきてからトランクスに渡して欲しいんだって……だから内緒ね」
そう言うわりに、すごく気を落としているように見えるんですけど?
これは一体……。中を見ても更に紙袋に入っていてよくわからない。
まあいいや。考えるのもめんどくさい。
私は袋を受け取ってそのまま〈かばん〉に入れた。
そしてそのままソファーに沈む。
――疲れた。
何気なく視線をずらすとブルマさん親子が目に入る。
トランクスさんのミルクの時間らしい。
大きい哺乳瓶に吸い付き飲み始めるさまは、まさに平和の象徴だ。
薄い色の柔らかそうな髪をしている小さい頭が懸命に前後する。
ビンに入っているミルクはどんどんなくなり、母親はすぐさま新しい瓶を咥えさせる。
その行為をボーっと見つめていると段々違う人たちに見えてくる。
遠い記憶の母と双子だ。
こういう感じだったなーとぼんやり思い出した後、瞼が落ちた。
