78.悪夢

第二部 人造人間編

第三章 目的

78 悪夢

 ――ここはどこだろう?

 辺りは暗かった。
 足元に視線を落とすと、一人しか通れないような細い石橋が鈍く光っている。
 石橋の下はなんの気配もない暗闇で、見つめると飲み込まれてしまいそう。
 じっと見つめていたような、そうでないような時間が過ぎて、なんとなく歩き始めた。
 ひたひたと足を擦る音だけが辺りに響く。

 狭い橋をただひたすらに歩くと、どこからか声が聞こえてきた。
 小さい頃、よく聞いた『あいつ』の声だ。

『もうサーヤには僕しか残ってない。僕を選ぶしかないのに、どうして逃げようとするの』

 私は無意識に耳を押さえた。
 二度と聞きたくないと思っていたボーイソプラノの高い音は、まるで耳にまとわりつくように聞こえてくる。
 堪えられなくて、駆け出した。

 走って走って。
 息切れがするほど走っても、目の前は暗い。
 唯一鈍い色をした道をたどっても先は見えないし、さっきまでなんとも思っていなかった暗闇が無性に怖くなる。そしてハッと気づいた。

 ――みんな・・・は?

 振り返ると、見たことのある場所にいた。
 地上を明るい月が照らした夜だった。
 ぶつかるかと思うくらい大きい月が、飲み込もうと近づいてくる。

『アンタ本当にセーリヤ人? 虫みたい。醜いわねえ』

 気づけば私は地面を転がっていた。
 縛られ口を塞がれて、まるであの時を再現しているかのようだった。
 違うのは双子がいないことだけ。

 ――そうだ。どこに行った?

 赤い髪を求めて私は思いっきり体をひねり、地面を這った。

 すると今度は灰色の部屋でおじいさんと対峙している。
 胸元を締め上げられ怒鳴られた。

『信じられん! ここはフリーザから買った星だ! サイヤ人はフリーザに滅ぼされた! 残忍なサイヤ人からすれば、立派な報復対象だ!』

 突き放され地面に体を擦っても、近くには誰もいなかった。

 ――なんなの?
 なんで誰もいないの?
 トーガもチルも、シロ!

 起き上がると、首につめたい感触が走る。
 ふれると外れたはずの黒い首輪がはまっていた。
 まさか、と思いながらぐっと掴むと、ばちんという破裂音が首元で大きな音を立てた。

 痛いような、苦しいような感覚があごから胸元までを這いずり、その気持ち悪さに思わず歯を食いしばる。
 
 ――意味がわからない。
 もう、頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 瞬きを繰り返すと、目の前にはベジータさんが立っていた。
 
 やっと知っている人がいた!

 私は、藁にも縋る思いでベジータさんに向かって歩き出した。――けれど。

『貴様か』

 高密度で白く見える気が、ベジータさんの手のひらから私に向かって放たれる。
 私は〈壁〉を張ろうとするが声すら出ない。
 スローモーションで襲い掛かるそれを避けなければならないのに、体は凍ったように動かなかった。

 だれも、いない。
 
 ――助けてくれたはずなのに。

 冷たく射抜く鋭い瞳。
 それはいつか見た青年のまなざしと酷似していた。
 そして唐突に理解する。

 ああそっか。
 私、ひとりだったっけ。
 助けてくれる人なんて、最初から――いなかったんだ。

 すとん、と胸になにかが落ちてきた気がしたと思ったとき、同時に誰かに肩を揺さぶられ一気に意識が浮上する。

「――ーヤ! サーヤ! 起きて!」

 目蓋を開けると見覚えのある色の髪の毛が飛び込んできた。

 ――トランクスさんだった。

「大丈夫? ……うわっ」

 ぼやけて見えづらかったが、そんなことは関係なかった。

 最後のベジータさんの攻撃を現実で防いでくれたのはこの人だ。
 そう思ったら私は無意識にその人にすがりついていた。
 戸惑いの声が上がるも耳には入らない。
 私は頭突きする勢いで支離滅裂なことを言っていた。

 ――夢の続きだと思ったのだ。

 そう、今だ夢の中の住人だった私は、頭を擦りつけ理不尽を訴えた。

「……大丈夫。夢です。俺が防いだから、大丈夫」

 優しくなだめるような声でぽんぽんと背中を叩かれ、次第に力が抜けた。
 しばらくそうしていると落ち着いていく。
 私はゆるゆると目を開けた。……ぼやけてなにもみえやしない。
 眼鏡をはずしてみてみると、水が眼鏡のレンズに広がり、ふちに溜まって落ちていく。

 泣いていたようだ。
 そういえば鼻水も出ているような気がする。

 そこではた、と気付いた。
 いかに見えないといえどもまん前くらいはさすがにわかるし、背中で撫でるように叩いている感触だって大きな手ってこともわかる。
 あんまり嗅いだ事がない匂いが誰のものかわかるし、むしろ私今どこに座ってる?

 バチッと目を開けた私はガバッと離れると、そのまま崩れるように土下座した。

「すみません。許してください」
「は? え? 許すもなにも……おきてください」

 声を掛けられたが、私は床に頭をつけたまま動かなかった。

 最悪だ。
 なんで抱きついてるんだ。
 自分の行動が信じられない。

 頭の中は混乱していた。
 しかしすぐに脇に手が差し込まれ、あれよあれよという間に膝の上再びである。
 さらに頭の中は混乱した。

「ずいぶんうなされていたから起こしたけど……よっぽど恐い夢だった?」

 頭を撫でられながらそんなことを聞かれたが、今現在頭が混乱しているこの状況で夢のことなど覚えていられるわけがないだろう。
 さっぱり消え失せている。
 覚えていない、と伝えても「そうか」と返されて頭の上の手は撫でるのをやめない。
 呆然としながらも頭の中を整理しようとするが、頭を撫でる感触に思考を邪魔される。

 なんなの?
 なんで私頭撫でられてるの?
 どういうことなの??
 ……いやでも頭を撫でられるのは随分ひさしぶ……ってそうじゃねえ!!!!
 一気に恥ずかしくなった私は、頭の上を滑る大きな手をがしっと掴むと勢いよく引き下ろした。

「も、もう大丈夫ですから!」

 反動でトランクスさんの膝から飛び降りると、きょとんとした顔が見え、私は咄嗟に背を向けた。
 そしてごまかすように眼鏡を拭いた。

 夢を見て泣いて抱きついて頭を撫でられる。
 普通の子供がされたならばいたって普通の出来事だろう。
 しかし私は子供ではない。
 トランクスさんだって見た目どおりの子供だとは最早思っていないだろう。
 完全なる失態だ。
 思い出すだけで死に至りそうなくらい恥ずかしくなった。
 だって私寝ぼけて何言った? ……大変なことを言ったんじゃないだろうか?
 ……死に至りそうな、じゃないな。死にたい。

 もう眼鏡には汚れなんてないかった。
 このままでは清潔通り越してレンズに傷がつくかもしれないが私の指は止まらない。
 振り向くこともできそうにない。

 そんな時、ぐうううーっと音が鳴った。

「あ、……腹減りませんか?」

 ゆっくり振り向けば僅かに照れくさそうにしている顔が目に入る。
 自分かとおなかを押さえていたがトランクスさんだったらしい。
 しかしそれよりも驚くべき物が天井近くにあった。
 時計である。
 詳しくいうならそれが指し示す時間に私は飛び上がらんばかりに驚いた。

「8時!? そんな時間!?」
「そうですよ。母さんに頼まれて起こしにきたんです」

 確か買い物を終えてCCに着いたのは5時前だった。
 それから寝てしまったのか! なんてこったい!
 そのタイミングで体が目覚めたのか、私のおなかもぐううっと音を出した。
 慌てて押さえるとトランクスさんがくすりと笑って立ち上がる。

「俺も減ったので食べに行きましょう? 久しぶりに粉以外のものが食いたいです」

 トランクスさんはそう言うなりさっさと部屋を出て行ってしまった。

 ええー……。服も買って貰ったし、ご飯までもらうのは気が引けるんだけど……。
 悩んでいたら、部屋の外から急かされてしまったのでしょうがなくついていくことにした。

 着いた先は内装が上品な白と黄緑で統一された広い部屋だった。
 室内は一際大きいテーブルがでんと真ん中を占領し、その上にはカトラリーが均一に並べられている。

 おおっとぉ……まずいぞ。私テーブルマナーなんてうろ覚えだ。

 困っているといつの間にかいたパンチーさんに腕をとられ、彼女はにこにこ微笑みながら私の肩に手を置いた。

「ブルマさんはトランクスちゃんを寝かしつけているから気にしないで食べてね~」

 いや、あの……いいんだろうか。こんなによくしてもらって。
 不安に思ってそれとなく聞いたら不思議そうに顔を傾げた。

「食べないで帰るつもりなの? あら? でも、てっきり泊まるものだと思ってお部屋用意してしまったわ~」
「え? 泊まっていきますよね? ちょっと……聞きたいことがあるし」

 椅子に座ろうとしていたトランクスさんがわざわざ戻ってきた。

 聞きたいことってなんだろう……いや、それより部屋を用意されたとあっては無駄にするのも……。

 「とりあえず亀ハウスに連絡したら?」とパンチーさんが電話を貸してくださったので、お言葉に甘えることにした。
 部屋の片隅で小さい受話器を耳に当てていると、女の人が出た。チチさんだ。
 今朝よりも声が穏やかそうに聞こえる。
 いつの間にか機嫌は直ったらしい。
 食材も足りてるし、大丈夫だからこの際ちゃんと女の子らしい格好してくるようにと厳命された。
 ブルマさんの言ったことは本当だったのである。それはそれで物悲しさが漂う。

 挨拶もそこそこに連絡を終え、私は深いため息を吐いた。
 トランクスさんが聞きたいことがある、といったのはきっとここで話すような話じゃないんだろう。ということは後でまた二人きりになるということだ。
 憂鬱だ。まださっきの恥ずかしさが残っているから。
 はあーと再度深いため息を吐きながら私は電話をパンチーさんに返すべく振り返った。

 返すついでに手伝いでもと声を掛けたら「座っていて」と返されたので、空席を探すべくさらっと見渡すとブリーフ博士がワインをグラスに注いでいた。
 金持ちでも手酌らしい。
 それを見つつ隣の椅子に手をかけると、「ひゃう」という声が聞こえた。

 ひゃう? ……誰の声だ?

 初めて聞く声だった。でも声自体は昔聞いたことがあるかもしれない。
 一応「ごめんなさい」といいつつ、声の元がどこなのか探ると……下だった。

 私が手をかけた椅子にちょこんと耳の尖った猫のような青い生き物が座っていた。
 その生き物は器用にナイフとフォークを持ちながら、ぴょこんと耳を立ててこちらをまん丸の目で見ている。

 ちょ、かわいい……!

 一見ふわふわとしたぬいぐるみのようにもみえる生き物は、ナプキンを胸元にあしらい、まん丸の目を瞬かせつつ小さい口にフォークを運んだ。
 なにその仕草。かわいいじゃないか!

 というか、どちら様でしたっけ!?
 よくヤムチャさんと一緒にいた……名前、確か……ウーロンじゃなくて……あ!

「プーアル! ……さん?」
「はい!? な、なんですか!」

 名前を読んだ途端、プーアルさんは飛び跳ねた。驚いたようだ。

 ……まずい。つい、名前を呼んでしまったものの、その後に続く言葉が思い浮かばない。

「……はじめまして。サーヤといいます」
「はじめまして。え、えっと……ようこそ?」

 とりあえず挨拶して名乗ると、プーアルさんはおずおずと挨拶を返してくれる。
 ぺこりと擬音がつきそうなお辞儀。
 ……え、なんなの? かわいいよ。
 今まで考えてたことが全部吹っ飛ぶくらいかわいい。

「……サーヤ、座ったらどうですか?」
「あ、はい」

 右側からトランクスさんの声が聞こえてくるまで、私はプーアルさんを凝視していたようだ。
 いそいそと椅子に座っても視線はプーアルさんに釘付けだったのだが、料理が運ばれてくると私のお腹は素直に空腹を告げた。
 いくら昼ご飯食べてないからって素直すぎるだろ、私のおなか。

「たくさん食べてねー」

 音を聞いていたのか、パンチーさんはそう言うとニコニコとしながら料理をテーブルに並べ始めた。


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