80.一番強い人

第二部 人造人間編

第三章 目的

80 一番強い人

 最上階の一室で、町を見渡すことができる部屋。

「普段はもっと明るいのだけれど……皆怖いのね」

 案内してくれたパンチーさんは、部屋に入ることなく窓に視線を向けながら寂しそうに言った。

 外を眺めると、月の光さえない無い真っ暗な闇夜にちらほらと明かりが見える。
 その光は薄暗く、隠れようとしているようにも思えた。

 なんと返したらいいものか悩んでいると、「ゆっくり休んでね」と微笑んでパンチーさんは戻っていった。

 扉を閉めると部屋は途端に静まり返る。
 防音がしっかりされているのか、廊下の足音はおろか物音ひとつ耳に入ってこない。

 私はいささかしんみりとした心地で部屋全体に目を向けた。
 そして目を細めた。

 ……私は案内されるとき「狭い部屋で申し訳ないのだけど」とパンチーさんに言われた。
 しかし私の目にはベッドもテーブルセットも冷蔵庫もよく映った。

 絶対、並のホテルより広い部屋だ。
 バスルームまで付いてる。

 しかもパンチーさんは謙遜しているようではなく、真面目に狭いと思っていたように感じられた言い方だった。

 金持ちの家の狭い基準が全くわからない。

 わからないがありがたく泊まらせていただこう。

 私は〈かばん〉をごそごそとあさり、風呂セットを持ってバスルームに直行した。

 まあ、そうかもしれないなとは思ってたけどバスルームは広かった。
 一歩足を踏み入れた先は、センスがいい=高そうな調度品と、充実した衛生用品が綺麗に並べられているモデルルームかな?と思うくらいの豪華バスルームだったのである。

 CC一家上流階級だったんだなと再認識させられた。
 そして慄いた。

 なにか壊したらと考えると恐ろしくてカラスの行水になったし、備え付けのシャンプーや櫛などは手をつけるのも躊躇いが生じ、全部自前で済ませた。

 とても気を使ったバスタイムだった。
 これなら亀ハウスの冷たいタイルや水垢が付いた桶のほうがマシだ。
 私には古ぼけた家が分相応なのだと心に刻み込む羽目になったわ。

 さっさと出てきた私は頭を乾かしながら、備え付けられている家具で壊してしまいそうなものを確認することにした。
 食べ物をもらい、服を買ってもらい、泊まらせていただいた上で粗相するというのはぜひとも避けたい。

 さっきはただ部屋を眺めただけでよく見ていなかったんだ。
 だから繊細そうな花瓶や、教養がない私には理解できないハイセンスな飾りなどは出来うる限り隅に寄せ、鍋をかぶせることにした。

 これで絶対壊れない。

 ほう、と息を吐いた私はゆっくりと椅子に座った。お尻がふわっと柔らかいものに包まれる感覚からするに上質なものだろう。
 背中も柔らかいなーと思いつつもたれながらふと思いつく。

 ちょっと記憶の整理でもしておこうかな。
 やり残していたこととかあったら困るし。

 私は〈かばん〉からノートと筆記用具を取り出し、思い出すかぎり出来事を書いていくことにした。

 すると、セルゲームが開催されるまでの10日間。
 ほぼフリーになってしまうことに気がついた。

 ブルマさんにレーダーの修理も頼んだし、頼まれてた買い物も終わった。
 悟空さんが出てきてナメック星の場所を教えて貰えば、私のすることはない。
 精神と時の部屋に入るのは確定だとしても残り7日は暇になってしまう。

 どうしよう。

 ……あ、こういうときに買い物行くべきではないか? 海苔を買いに!
 日本みたいな島国あるっぽいし、確認してこないと!

 ―――と、思ったのだが。
 皆ががんばってるのに、私だけってのもいかがなものか。
 ……駄目だろう。

 トーガに言われた『トランクスの足引っ張るだけだぞー』って言葉が頭の中を漂う。
 私はノートを閉じた。

 やめよう。
 おとなしくしてるって言ったのに、自分の欲望に任せて突っ走ってどうする。

 いわゆるゲンドウポーズをしながら目を伏せていたとき、扉からノック音が聞こえた。

「話をしたいんですが、いいですか?」

 扉を開けるとそこには黒いTシャツとラフなパンツ姿のトランクスさんが立っていた。

 あっそうだった。
 聞きたいことがあるっていってた。
 プーアルさんとかで全部吹っ飛んだから忘れてた。
 やべえな私の記憶力。

 ともかくここじゃあなんだからと中に招き入れる。
 椅子に座るように促し、私は〈かばん〉に手を突っ込んだ。
 一応お茶でも出そうと思ったのだが、用意する前に話を切り出された。

「あなたの知っている通りに進んでいるか知りたいんです」
「えっ、ちょっと!」

 地獄耳いや、ピッコロさんが聞いているかもしれないじゃないですか!
 慌てて両手で押さえるような仕草をして抗議すると、トランクスさんは微かに首を振って否定した。

「夜だし、俺たちよりもセルを気にしていると思います。でも一応、気を消しておきましょうか。できましたよね?」
「……いきなり消したら、ベジータさんとかに怪しまれませんか?」
「父さんはいちいち気にしないし……ほら、寝てるから。大丈夫です」

 そういわれてしまえば断る理由もない。
 気を抑えつつトランクスさんを見ると、質問の答えを待っているのか黙ったままこちらを見つめてくる。

「……外れてはいないと思います。実際見たわけではないので、伝え聞いた内容でしか判断できませんけど」

 知っている通りに進んでいるか。
 これはまた難しい質問だ。
 私は行動を共にしているわけではないし、セルを間近に見たこともない。つまり周りの人たちの話でしか判断できないので、果たしてそれが知っている通りかと言われると唸ってしまう。

「じゃあ、セルが完全体になってしまうことも、俺が勝てないことも知っていたんですね」

 言われた内容に口の中がすっぱくなったような気がして、私はぎゅっと口をきつく閉じた。
 肯定の意味を伴った沈黙があたりを支配する。
 それが解けたのは彼がついたため息で、私はいたたまれなくなって視線を彷徨わせた。

「俺のやったことは……無駄でしたか? むしろ余計なことをしてしまった……?」
「そんなことは、ありません」

 トランクスさんは力が抜けたように椅子の背にもたれた。
 その時に首だけ垂れたものだから、顔に長くなった前髪がかかる。

「その様子だとどうして負けたのかも知ってそうですね」

 知ってる。
 力に偏りすぎて攻撃があたらなくなっちゃったのは覚えてる。
 むきむきなのが印象的だったし。

「……やっぱり。間抜けですよね……力さえあれば強くなれると思ってた」

 眉をひそめて伏せ気味の目蓋のまま、トランクスさんは自嘲気味な笑みを浮かべた。

 無理もないんだけど、やっぱり自信喪失している。
 これ、このままだと修行してくれなさそうだ。
 そりゃだめだ!

「いや、方向性は悪くないと思いますよ! それをさらに超えるとすごく強くなりますから!」

 トランクスさんの表情が困惑したようなものに変わり、視線が上向いた。

 間違ってはいないと思う!
 そのまま行くと超サイヤ人3になれるんじゃないかな!

「ただそこに至るまでが長いと思います。1年2年でたどり着けるものではないですし、悟空さんはええっと……8年かな? それくらいかかって到達しても、気の消耗が激しすぎて短時間しかその状態を維持できなくて、効率悪いって言っていたような……?」

 あっだめじゃん! 励ますつもりが落としてしまった!

「や、えっと、たしか普通の超サイヤ人の状態が一番バランスが取れていて戦いやすいらしいので、それになったまま修行すると強くなるような……?」
「……もういいですよ」

 うっとうしそうに長い髪をかき上げたトランクスさんは、困ったように目を細めた。

 私、使えねえ。

「ごめんなさい。そういう細かいところまでは覚えていなくて。お役に立てず本当にすみません」
「いや、俺が勝手にむきになっていただけだから……後ひとつ、聞いてもいいですか」

 頷くと青い瞳と視線がぶつかった。
 睨まれてもいないのに心がざわつく。
 威圧感というものだろうか。
 そんなたぐいのものが瞳に絡んでいるような気がした。

「未来では俺が一番強いって言いましたよね。この世界では誰なんですか? その人がセルを倒すんでしょう? 悟空さんですか? それとも別の人ですか?」

 質問の内容に困惑した。

 世界で一番強い人? それを知ってどうする。

「だめですか。教えられない?」

 思い悩んで唸った。

 確か、未来の悟飯さんはトランクスさんを生かして死んでしまったのではなかったか?
 そしてそれを目の前の人は嘆き悲しんだ。

 ……悟飯さんが一番強いのだと知ったとき、彼は後悔しないだろうか。

 自分よりも悟飯さんが生き残ればよかったなんて考えに至ったらどうしよう。
 考えすぎだといいんだけど、さっきの自嘲的な笑みを見た後ではその考えを振り払うことはできなかった。

 あっ、言わないでおこう。
 どうせ最終的にはばれるんだし、やる気がなくなったら困る。
 強くなってもらわねばならんのだ。
 余計なことは言わないほうが得策。

「ごめんなさい。ちょっといえません」
「……そう、ですか」

 そこで会話が途切れ、そのまま終わってしまった。

 はっきり言って、よくわからなかった。
 わざわざ聞きに来る内容でもないような……?
 未来で一番強いって言ってしまったから、プライドでも刺激してしまったのだろうか?

 ふかふかのベッドに潜り込みながら、思考を保っていれたのはそこまでだった。
 布団ではない至高の寝心地に私の体は陥落し、あっけなく夢の世界に旅立ってしまった。

 ちゃんとした寝具で眠ったからか、悪夢はもうみなかった。


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