81.嵐の前

第二部 人造人間編

第三章 目的

81 嵐の前

 翌朝、私は寝坊した。

 ふわっふわなベッドのせいだ。
 亀ハウスの少し硬めの布団とはまるで違う羽毛の感触に私の体はあっさり落ちたのだ。
 このベッド、慣れてしまったら離れられないだろう。
 なんという魅力溢れるベッドなんだ……上流階級おそろしい……。

 すごく名残惜しかったが、堪能できるわけもない。私は目覚めるなり飛び起きて階下に下りた。

 そしたら案の定、朝食タイムは終わってしまったようで、ブリーフ博士が食後のコーヒーをゆったり飲んでいるところだった。

「おはよう。よく眠れたかね」

 にっこりと笑うブリーフ博士に、少しばかり恥ずかしくなりながら挨拶を返す。
 泊まらせてもらったのになんの手伝いもせず寝過ごすとか。
 ないわー明日はもっと早く起きようと自分を戒めていたら、パンチーさんが朝食をさりげなく用意してくれた。

 ホットサンドとサラダとクリーム色をしたスープである。
 寝起きの目にサラダの緑はまぶしい。

 恐縮しつつ目をしぱしぱさせながら食べていると、パンチーさんに声を掛けられた。

「ミルク飲む? 温めて蜂蜜でも入れましょうか?」

 口に物が入っている状態では答えられない。
 頷けば、食べ終わる少し前くらいに棚形のロボットが運んできてくれた。
 ……本っ当、至れり尽くせりだな。

 せめて片づけを、と思っていてもロボットが食器を持っていってしまったし、私に出来ることはただ黙ってミルクをすするのみである。

 やばいな。
 快適すぎる。このままだと私堕落するんじゃないかな?

 などと考えている最中、ブルマさんたちが部屋に入ってきた。
 ブルマさんは小さいほうのトランクスさんをパンチーさんに抱かせ、大きいトランクスさんは椅子を部屋の空いているところに移動している。

 挨拶をしつつ見ていると、椅子にトランクスさんが座った。
 ブルマさんはトランクスさんの首元に布を巻き、長くなった髪を梳かし始める。

 私はつい声を掛けた。

「もしかして、髪切っちゃうんですか?」
「そうよ。長いし。これからピッコロのところで特訓するっていうからさー」

 応えたブルマさんは楽しそうに櫛を通している。

 よくよく話を聞くと人が優雅に朝食を楽しんでいたとき、テレビにセルが映ったらしい。
 9日後の正午に天下一武道会を開くと声明をだしたから、それまでにベジータさんと特訓すると。

 ……あれ……確かセルと戦うとき、髪長かったんじゃなかった……?
 途中で髪切ってたっけ?
 ……ダメだ。
 部屋から出た悟飯さんがピッコロさんから服を貰うのは覚えているけど、トランクスさんのことはさっぱり覚えていない。
 全然思い出せない。

「なあにー? アンタ、髪長いほうが好みなの?」

 思い出そうと額を押さえていたら、そんな見当違いのことを言われた。

 全然違うよ。
 原作では一回目セルと戦ったとき長髪だったし、武道会のときも髪が長かったからずっと髪が長いままなんだと思ってたんだよ。

 トランクスさんが精神と時の部屋で修行したの昨日でしょ?
 昨日の今日で切るってことは、もう一度精神と時の部屋で修行したとしても、セルゲームギリギリじゃないとブルマさんが切ってしまうってことだ。
 まだまだ日数があるのに、トランクスさんだけ最後らへんに精神と時の部屋に入るのだろうか?
 そんなことある……のかなあ。

 ――とは言えないので困って言葉を濁していると、ブルマさんがにやっと笑ってしゃきんしゃきんとシザーマンのように鋏を鳴らした。こわい。

「え、えっと……」

 トランクスさんはおろおろとブルマさんと私に視線を投げかけてくる。

「……いえ、別に好みとかではなく……」
「おばあちゃまはどっちでもかっこいいと思うわ~。ね~」

 誤魔化すように言葉を選んでいると、横からパンチーさんが小さいトランクスさんをあやしながら割り込んできた。

「ふーん。まあ、私は短いほうが好きだから切るけどー!」

 同時にジャキン、とハサミを入れた音が聞こえ長かった髪の一房が床に落ちた。

 なんだよ。じゃあ聞くなよ。

 限りなく目を細めた私は、冷めたミルクを飲み干すことでその話に区切りをつけた。

 + + + + + + + + + + 

 髪を切り終わった後、早速トランクスさんたちは神様の所に向かった。
 私ももちろんついていくことにした。
 目的のために。

「おはようございます」
「おはよう。サーヤも来たのか……ああ、悟空にナメック星の場所を教えて貰うんだったな」

 精神と時の部屋の扉の前で待機していた天津飯さんに頷き、同じく突っ立っているピッコロさんとも挨拶を交わす。ポポさんもいたので頭を下げるとなぜかじっと見つめられた。

 ……以前会った時も思ったんだけど、ポポさん瞬きしないからちょっと怖い。
 そっと視線を逸らすとタイミングよくトランクスさんが話し始めた。

「悟空さんと悟飯さんは、あとどれくらいで出てくるんでしょうか」
「丸一日までにはまだ三時間近くある」

 私は視線をめぐらせた。

 トランクスさん、ピッコロさん、天津飯さん、ポポさん、――ベジータさんがいる。

 この面子で三時間か。……ちょっと長いな。

 私は少しだけトランクスさんに寄ると、繰り広げられているベジータさん達の会話には加わらず、聞き耳を立てることにした。

 ピッコロさんとベジータさんは精神と時の部屋の入る順番について話し合いをしている。
 ちなみにどちらも相手を見ようとしていない。
 ……普通向かい合って話さない? 社交性皆無だなあ……。

「そいつは残念だったな。あの精神と時の部屋は生涯で二日間、48時間しか入っていられないのだ」
「なんだと? どうなるんだ48時間を越えてしまったら」
「部屋の出口が消え、二度と出てこられなくなるのだ」

 へえ。そうだったっけ。
 生涯で48時間、二年ってことか。
 ぜひとも入りたいな。最後でいいから入れてくれないかな。

 入る人ってここにいるピッコロさん、ベジータさん、トランクスさん、天津飯さん、悟空さん、悟飯さんでしょ?
 6人のうち4人は残り一日しか入れないから、皆ささっと入って、私最後に入れてもらえばちょうどいいんじゃないかな。

「ん!? 悟空たちの気だ! あいつらもう部屋から出てきたのか!」

 思案の海で漂っていたら、天津飯さんの声で浮上した。
 次の瞬間、男の人にしては少し高い声があたりに響く。

「あれ? やっぱりベジータもトランクスもいるぞ。セルの気も感じるから生きてる……どうなってんだ? いったい」

 声の主は悟空さんだった。
 隣にいる悟飯さんとともにゆっくり歩き「何があったのか教えてくれ」と言う様子は、記憶に残っている当人たちと雰囲気が食い違う。

 それもそのはず。
 驚きの表情を浮かべている二人の髪は今や金色に輝き、瞳は緑がかった薄い青に変っている。

 スーパーサイヤ人だ。

 ……実際、まじまじと見ることは今までなかった。
 トランクスさんが超サイヤ人になったのだって見たことないし、唯一見たのは過去に来てベジータさんと初めて会ったときの姿のみ。

 だからだろうか。
 結構違うものなのだなと今現在驚いている。
 ……その髪ってどうなってるんだろう。

「武道大会か……。おもしれえこと考えやがったな……」

 トランクスさんとピッコロさんも交えながら状況を確認し、悟空さんは不敵そうな笑みを浮かべた。
 目は少しぎらついている。

 なんか見たことある顔だなと思ったら、わくわくしている双子の顔もそうだったことに気がついた。
 大きい狩りがいのある獲物を前にしたときの顔。
 サイヤ人は皆こんななんだろうか。

 どうでもいい事を考えていたら悟空さんが着替えを始めてしまった。
 背を向けてそれを極力みないようにする。

「ピッコロさん、僕も新しい服が欲しいです。ピッコロさんの服を」
「……わかった。かっこいいやつをプレゼントしてやる」

 あっ! ピッコロさんの早着替え! それは見てみたい!

 そう思ったときにはすでに悟飯さんの服は変っていた。
 アニメで見たときと同じように一瞬である。
 今まで着ていた服はどこへ消えたのだろう?

 まあいいや。悟飯さんのその格好が見れただけで他は気にしないでおこう。
 やっぱりね、ピッコロさんとおそろいその格好だとセル編!って感じだ。
 髪型も変わってるしやっぱりこの頃の悟飯さんはかっこいいよ。うん。

 ……私は、そんな人の友達勧誘断ってしまった……。

 小さいころから何度も見ていたこの状況。
 憧れともいえる場所に立っているというのに、胸はずきずきしている。
 つらい。すっげーつらい。

 胸を抑えていると、悟空さんが「ちょっとみてくっから」と消え、件の悟飯さんが駆け寄ってくる。
 ちょっとばかり逃げたくなった。

「あの! サーヤさんっ! 僕!」

 勢いよく走ってきた悟飯さんは私の前で立ち止まる。

 ……ちょっと待って? 大きくなってない?

 昨日までは目線が下だったのに。今では少しだけ上向かないと目が合わない。
 背、越されてしまった。
 え? 1年でそんなに伸びる? 男の子の成長期って遅いんじゃなかったっけ?

 うそでしょ?と思いつつ、じっと見つめると悟飯さんは俯いた。

「……その」

 言葉の先をじっと待っているのだが「あの」とか「えっと」とかしかいわず、要領を得ない。
 私は首を傾げざるをえなかった。

「さて、次に部屋に入る順番を決めるか」
「……俺が先だ。足手まといはいらん」

 悟飯さんがなにも文章にできないまま、ピッコロさんとベジータさんが交渉し始めた。
 ぷいっと顔を背けながら吐き捨てる王子はいつもどおりに高飛車だ。
 しかしそんな様子にも元神様は動じない。

「俺が入る。お前は休め。行き急いでも結果は出ん」
「偉そうに指図するな。ちっ」

 ベジータさんは舌打をすると今度は体ごと背けた。背を向ける先にはやれやれと頭を振るトランクスさんがいる。

「天津飯。お前はどうする」
「……悪いが俺は遠慮させてもらう。とてもじゃないがついていけそうにない」

 苦悶の表情を浮かべる天津飯さんにピッコロさんは頷いた。
 あ、天津飯さんが入らないなら5人になる。ピッコロさんと私が二日入っても余裕でセルゲーム間に合う。

 ……名乗りを上げたいな。

 大人しくしてるのと、精神と時の部屋にいて修行するのってほぼ同意義じゃない?
 引きこもっているという意味では同じだ。なら実のあるほうをとるだろう、普通。

 私は考えたのだ。

 前にポポさんは『お前入ったら死ぬぞ』とありがたくない忠告をしてくださった。
 しかし、果たして部屋で死ぬのと、未来で血反吐を吐くのとどちらがマシだろうか。
 たぶん前者だ。
 ソタ豆があれば死なないと思うし、できるのにやらないなんてどうかと思う。

 後者は精神的に追い詰められる可能性が高い。それに……。

「賢明な判断かも知れんな……」
「俺は父さんの次でいいです」
「ならベジータの次にトランクスが入り、悟飯。お前たちは最後に入れ」
「あ……はい」

 そこで会話が途切れた。
 チャンスだ。
 今言わないでいつ言うんだ。

「あの!」

 声を出せばみんながこちらを向いた。私はそれにかまわず大きく口を開いた。

「私も入りたいです! 最後でいいので!」

 言い終えた一瞬の間のあと、誰かが叫んだ。


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