第二部 人造人間編
第三章 目的
83 修行
――白くて暑くて重くて息苦しい。
待望の精神と時の部屋に足を踏み入れた感想は、ありきたりなものだった。
「おめえ、体重くねえのか? 思ってたより普通にしてんな」
悟空さんは青い目を瞬かせている。
私はとりあえず、抱えている人の頭を触ろうとしたまま固まっていた手を、さりげなさを装って下ろした。
「……。そういう体質です」
たぶん、という後に続く言葉は口にしなかった。
いや、元々そうじゃないかなーとはうっすら思ってたんだよ。
物や服が重いと思ったことはあれども、体が重いと思ったことはない。
だって脱げば解決するんだもん。気にしたことなんてない。
それがそもそもおかしいじゃん。
……でもまあ、いいや。
これで重力では死なないということがわかったのだ。少しは外野も落ち着くだろう。
私は口角を上げて笑った。
悟空さんは覗き込みながら「へぇー」と感心したように呟き、首を傾げた。
「体質かあ……全然平気そうだ」
ほう、そう見えるか。
なら私は女優になれるんじゃないか?
「……平気です。大丈夫です」
実は重いには重いんだ。
服が。眼鏡も耳の付け根が少々どころではなく痛い。
しかし持てない重さではない。
動けないほどではないのだから、許容範囲内である。
本当は重さのほかに少しばかりの息苦しさも感じたが、私は悟られないように平常時を装った。
これでつらいですなんていったら連れ戻されてしまうだろうからな。
「伊達に旅してきたわけじゃねえってことか」
悟空さんはにやっと笑って私を下ろすと、部屋に置かれている道具などの説明をし始めた。
食料庫に置かれている壷の中身についてや水の在処、バスルームの使い方。
食料と水があるなら楽そうだ。
大体のことを教えてもらったあと、悟空さんは「こんなもんかな。じゃあ」というと背を向けた。
速攻で帰ろうとしている。
ドライなひとだな。
私は今後二年は見ることがない背中に向かって声をかけた。
「あの! 外に出たらトランクスさんを鍛えてもらえないでしょうか!」
悟空さんは驚いたふうに振り向く。
たたみかけるように続けた。
「未来にはあの人しかいないんです。だからどんな方法でも試して強くなってもらいたいんです。お願いします!」
この人に教えてもらえば、この世界の悟飯さんのように強くなるかもしれない。
そうなったら未来は安泰だ。できる限りの強化をしてもらいたい。
私は深々と頭を下げた。
「そうか……そうだな。わかった。おめえは無理すんなよ? あ、紐はさんどくか。なにかあったら引っ張れ」
……紐?
がばっと頭を上げるその一瞬の隙に、どこからか紐……ってか長い布?を持って来た悟空さんは、ずるずると引き摺りながら片手を挙げた。
「じゃっ。死ぬなよ!」
「いや、それ、いいんですか?」
「だいじょうぶだろ、たぶん」
「頑張れよー」って言いながら肩に布を担ぎ、そのまま扉に一部を挟み悟空さんは出て行った。
それ、の所で布を指差したままの私の手が虚しい。
……すげえな主人公。まさか挟んでいくとは。
ちょっと格が違うわ。
私は閉まった扉の前まで歩き、まじまじと布を見た。そして少しだけ引っ張ってみた。
ちゃんと閉まっているようでびくともしない。
……無意味だったのでは?
そう思うが扉の向こうに伝えることはできない。
私は長くため息を吐くと、気を取り直して振り返った。
部屋の外には白い景色が広がり、水平線がうっすらと見える。
それを見据えつつ私は、とりあえず服に手をかけた。
+ + + + + + + + + +
さて、おさらいをしておこう。
ピッコロさんは精神と時の部屋のことをこう示した。
『中の気温は50度からマイナス40度まで変化し、空気はここの四分の一。重力は10倍』
まずは温度。
差がありすぎだろ。
入ったときは夕方前で暑いほうだった。それは別にいいんだけど夜になるにつれてすごーく寒くなってくる。
ストーブなどがあればいいんだけど、ただでさえ薄い空気。緑は皆無。火はつけられない。
かといってマイナス40度なんて備え付けの布団だけではしのげるはずがない。
なのでまず私は扉という扉、窓という窓をふさいだ。窓枠には布を丸めて詰め込み、扉の前には板を置く。
空気穴みたいなのが天井付近に開いているからそれ以外は塞ごうという魂胆だ。
そして大きな寸胴鍋にお湯を入れ、温度が変わらなくなるナウネ産付箋を貼り布で巻く。それを体の回りにいくつも置いた。
寝具を鍋の上にのせれば完成だ。
あったかい!
そうして寝たら今度は暑さと息苦しさで目が覚めた。
日中は暑くてとても外には出られなかった。そもそも出るつもりがないけれど。
そんな昼夜の温度差が激しい環境は、確かに苛酷だった。
まあ、あれだな。
寝込んだ。
トランクスさんの言うとおりだったというわけだ。
鍋に囲まれて一人ベッドにうーんうーんと唸りながら横たわるのは精神的にくるものがあった。
寒いし暑い。その環境は寝ているだけでも体力を削った。
なので私はソタ豆を食べて水を飲み、できる限り簡易的な歌わずとも出せる〈壁〉を常に張り続けた。
それが功を奏したのだろう。
3日ぐらいで回復し、2週間かけて体が慣れた。
〈壁〉があれば寒さも暑さも生きていけるレベルに緩和される。
しかし、張り続ければ息苦しくなる。
ここの空気は地上の四分の一だ。
入った当初こそ少しの息苦しさしか感じなかったのに、動くとすぐに息が切れる。
ガンガン頭が痛くなることもしばしばだった。
……酸素はさすがにどうにも出来ない。
ないものは仕方がないのでそのまま過ごしていると自然と慣れた。
たくさん吸い込もうと肺が活発に動いたのかもしれない。
2ヶ月も経つと平然と暮らしていくことができるようになっていた。
最後に10倍になった重力だが、やっぱり体自体には負担がない。
しかし物は重い。
食料だと教えてもらった壷は、封をしているのが布じゃなかったら食べることも出来なかっただろう。備え付けか?ってくらいびくともしないし、粉クソ重い。
服も重い。
今や私はもっぱら短いキャミソールと薄いスカートだけで過ごしている。
一枚脱ぐごとに人間としての尊厳を失っている……というよりも文化を逆行している気がする。
持ち込んだ〈かばん〉すら手に取るのが億劫になるくらい重いんだ。
しかしながらどれだけ重くても生きていくためには物を持たなければならない。
だからかな。筋肉がついた気がする。
そんなこんなで3ヶ月過ぎたころ、ある日突然ピッコロ大魔王が来襲してきた。
そして出会いがしら叫ばれた。
「なんだこれは!!」
いきなり来たものだから驚いて文字通り飛び起きてしまった。
朝だったのだよ。ご飯食べて、一日のうち温度が殺人的じゃない時間帯にゆっくりごろごろしていたのだ。
「え? えっと?」
大魔王様の発する気迫で白いマントがたなびくほどだったが、私は内心それ所ではなかった。
〈壁〉を見られた? 咄嗟に解除したけど、ばれたんじゃなかろうか?
冷や汗をかきつつ、ベッドから降りるとピッコロさんはさらに声を張り上げた。
「白い部屋は!?」
あっそっちか。
今しがた降りたばかりのベッドを見やった。
カーテンで仕切ることができる寝具は、最初確かに白かった。
「なぜこんな色とりどりに! どこから出た!」
降りたカーテンの止め具は黄色く、白い枕には青いカバーが掛けられ、布団の上には三色の編んだシーツが丸まっている。
元の部屋よりも生活感溢れる部屋に変わってしまっていた。
いや、私だって当初はここまでやるつもりはなかったのだよ。
しかし勉強ばかりしていると鬱々としてくるので部屋を掃除したり、着れなくなった服でつくろってたらいつの間にかこんな部屋に変わっていたのだ。
あと埃っぽいからマット敷いてるんだけどそれもまたカラフル。
前の部屋を知ってると違和感半端無いだろうな。
大魔王は部屋を見回したあと白い世界へ続く扉を開けた。
「しかも外にあるのはなんだ!? 実!? 海草!?」
あ、それは未来でできなかった梅干しと、亀ハウス前で取った昆布を干している最中のものです。
昼間は比較的湿度が低く乾きやすいから、乾物作るの楽で並行して作ってるんですよね。
説明したらワナワナ震えだし、怒鳴られた。
「死んでるかと思って来てみれば!! 貴様は一体なにをしているんだ!!」
まあまあ落ち着いて、と〈かばん〉の中から冷たい水が入った水筒を取り出し、コップに注いで渡す。
すると大魔王は面食らった顔をしてしぶしぶ口をつけ、そのまま飲み干した。
様子を見ていたけれど、〈壁〉については言及してこないのでよっぽど部屋の現状に驚いていたらしい。
やっててよかった。気を逸らせて万々歳。
しかしほつれてるとはいえ勝手に直してしまったのはまずかったか。
でもさ、シーツなんて破けてたよ? いろんなところに穴も空いていたから繕うでしょ。寒いんだもん。
落ち着いた頃合を見計らって謝ると大魔王は神様に代わっていた。
ああ、よかった。捧げ物が効いて。水で済むなんてなんて簡単……いや、エコな神様なんだ。
ピッコロさんは盛大なため息をつき、大きな手で顔を覆った。
「今まで生きてきて、精神と時の部屋をこのように使う人間なんぞ初めてだ……。こんな……部屋になったのも……くっ」
「す、すみません?」
ちょっと色がついたくらいで大げさな。
頭を抱えて呻く神様を見ると、すごく悪いことをしたような気分になるじゃないか。
ピッコロさんは恨めしそうに私を睨んだ。
「……お前はいつまで入っているつもりだ」
「限界までです。二度と入りたくはないので」
「そうか……そうだな。二度と入らないほうがいい。なら二年ぎりぎりまでいるということか」
ピッコロさんが顎を引いた。それに応じるように私は頷き、自らの服を掴んだ。
「勉強が終わって自分が納得できたら出ます。ですけど、ちょっと問題が起こりまして……」
いぶかしげに眉を寄せるピッコロさんが来たのは幸運だと思える。
私は身長差でどうしても上目使いになってしまいながら手を合わせた。
「お願いです。お力をお貸しください」
実は買ってもらった服がぱつんぱつんになってきたのだよ。
太ったんじゃないし、筋肉もりもりになったわけでもない。
身長が伸びたのだ。
嬉しい反面、服がない悲しさ。
かくしてピッコロさんは服屋さんにジョブチェンジした。テレレッテレー。
冗談はさておき、数着新調したあと部屋から出るときもよろしくお願いしますと頼んだ。
なにか言いたそうな顔をしていたが、出るときに着る服がないと猥褻物になってしまうと言ったら頷いてくれた。
しかしな。さすがの服屋さんもね、下着まではくれなかったのですよ。
まあ完備でもピッコロさんにブラとパンツを用意させたと思うと、申し訳なさで頭を床にこすり付けると思うから良いんだけど。
「悟空は布を引っ張れと言っていたらしいが、そんなものなんの意味も無いから用があるときは呼べ。俺には聞こえる」
ピッコロさんはそういって扉に挟まっていた布を回収し、出て行った。
呼べば聞こえるとかなんでだ。時間の流れ違うじゃん。
不思議に思ったが、そういえば魔人ブウのとき部屋の中のトランクスさんや悟天さんと普通に話していたことが思い浮んだ。
神様と合体したんだからそういうことも出来るはずさ。うん。
私は深く考えるのをやめた。
+ + + + + + + + + + +
身体的な苦痛というものは、時とともに薄れる。
否応無く適応さぜるを得ないからだ。
しかし、慣れると今度は精神が疲弊し始める。
自分の発する音しか耳にすることがない世界。
自分以外の気配がない世界。
静けさとは無縁の人生を過ごしてきた私にとって、どんな過酷な環境よりも無音というのが堪えた。
それでも部屋から逃げなかったのは、家族のことを考えたからだ。
前世の家族や今世の家族のうち、特によく思い出したのは双子のことだ。
ブルマさんに迷惑をかけていないか。
〈かばん〉の中身を食べ過ぎたり、人造人間と戦ったりしていないか。
未来でどう過ごしているのかはいつだって気になることだった。
しかしもっとも考えたのはそこじゃない。
私は姉だ。
〈壁〉という能力が使える母から生まれた子どものうち、その力は私にしか受け継がれなかった。
そして唯一の能力なのに、私は磨かなかった。
トランクスさんが双子を鍛えているとき、私はただ日常を過ごしていた。
その間に二人は力の使い方を覚えていた。
チルは前よりも体力がつき、早く正確に気配を察知できるようになった。
トーガは今までは力任せに千切ることも多かった動物の解体を、刃物を折ることなく綺麗にこなすようになった。力加減ができるようになったということだ。
そして、どちらも格段に気の使い方が上手くなった。
それはいうなれば強さだ。
二人は強くなった。
じゃあ私は?
私を鍛えた母はいない。
今のまま未来に帰っても、私自身なんの進展もないのだ。
このままでは家族の中で最弱になってしまう。
いや、最弱は構わない。
私が危惧しているのはお荷物になるのでは、ということだ。
攻撃から身を守る術はあるのだからせめて自分の身は自分で守りたいし、できることなら母に褒められつつ姉の威厳を保ちたい。もうないかもしれないが。
むしろ姉ちゃんすごいって双子に言われたい。
ぶっちゃけ私は焦っていたのだ。
だから、時に寂しくて泣きそうになっても、骨が痛んで起きたときも耐えた。
ひたすらノートに書き記し、教科書に載っているすべての歌をそらで歌えるようになるまで私は部屋から出なかった。
そろそろ二年になってしまうというとき、ついに私はピッコロさんを呼んだ。
最初の頃一度だけ部屋に来て以来会っていなかったかの人は、出会うなりまぶしそうに目を細めた。
「約束どおり、よろしくお願いします」
いそいそとブルマさんから貰った服の中で気に入っているものを見本として提示すると、そっくりそのまま、しかしサイズだけ大きく変わった衣類が私の体を覆った。
体験するのは二回目なわけだけれど、相変わらず神業だ。流石である。
「ありがとうございます! これで表を歩けます! あっ、そういえばこのラグとかどうしましょう」
足元に敷いているカラフルなラグやシーツなどは回収したほうがいいのだろうか。
そうしたらピッコロさんはまるで苦虫でも噛み潰したように顔を顰めた。
「構わん……くっ」
そんな顔をされるくらいなら元に戻しておいたほうが良かったのかもしれない。
しかし今更だし、次に部屋を使うのはピッコロさんだ。嫌なら処分するだろう。
私は小綺麗になって満足したので、さっさと扉を開けて出ようとした。
すると引き止められた。
「ちょっと待て。さっきからちょろちょろ動いているその……赤い毛玉はなんだ」
+ + + + + + + + + +
久しぶりの外に出た途端、空気がおいしいことに気付く。
大きく息を吸わなくても入ってくる酸素の量が多い。そしてその空気は熱くも冷たくもない。
踏みしめる足が、体が軽い。
気分が高揚しているのがわかる。私は片手で眼鏡を持ちあげながらにっこり笑った。
「お待たせしてすいませんー」
自分でも間延びした声がでたなあ、と笑いがこみ上げる。
悟空さん、天津飯さん、悟飯さん、トランクスさんにブルマさんもいる。ポポさんも相変わらず表情が読めないな!
みんな変わっていなくて懐かしい! もうそれだけでテンション上がる!
「サーヤ……? ほ、本当に?」
久しぶりに聞くトランクスさんの声だった。
視線を向けると心底驚いているという様子で、私はたまらずドヤ顔になってしまったと思う。
はははは! 驚いただろうそうだろう! 私は成長したのだ!!
高いテンションのまま返事をしようと口を開けたら遮られた。
ブルマさんが飛び出し、肩を揺さぶったのだ。
「ちょっとお! すっかり女になってるじゃない!」
ど、どういうことだ。
私は生まれてこの方女以外になったつもりないぞ!
ぐらぐらする頭でそんなことを考えていると、いきなり頭をつかまれた。
「うぐ!」
「背も大きくなってるし……大人になってるー!!」
頭をぶつけるくらい顔が近づいてきたかと思うと、手が離れ今度は胸を鷲掴まれた。
「ひぇっ!? ……な、やめ、やめて!」
なぜ出会って早々、胸を揉まれねばならんのだ!?
頭の中は驚きと羞恥心で大混乱である。
意味不明の言葉を発しながらその腕を掴むが、力が強くて離れない!
うそだろ!? 筋肉がついた私よりも強いってあなたどんだけ力あるの!?
私身長も体重も力だって二年前よりあるんですけど!?
力で抵抗するのはあきらめて身を引くも、手はまだ追いかけてくる。
「やめてくださいってば! 揉むな!」
「いいじゃない。二日前まで全くなかったのにCくらい?に変わってるんだもの。気になっちゃうわ……なんでブラしてないのよ。垂れるわよ」
そういいながら腕で押さえている隙間から手を差し込まれる。
ひいいいい!? なぜ触っただけでサイズがわかる!?
いやそれよりも、ブラしてないとか! 言わないでよ!
しつこいブルマさんから逃れようと、さらに身をよじるがどこまでも追いかけてくる。
「いやだー!! 来ないでくださいよ!!」
「あっもしかしてピッコロに服貰ったの? じゃないとおかしいわよね。それ、私が買ってあげた服でしょ」
そうだよ! だからなんで追いかけてくるんだ!!
飛ぼうとするが、強い力で引っ張られ、敵わない!
「天津飯、ブラってなんだっけ? オラどっかで聞いたことあるんだけど」
「そんな破廉恥なことを俺にきくな!」
外野がうるさい! そんなことしゃべってる暇があったら助けろ!
「あっチチがつけてるやつか! なるほどー! ピッコロ、服くれっけどパンツまでは出してくんねえもんな」
聞こえてきたセリフは、石化と即死の両方の効果を持つかのごとき強烈な攻撃だった。
ノーブラノーパン宣言じゃないか!
皆の前でバラすなんてなんの拷問!?
今すぐここにいる全員の頭に〈氷礫〉を落として記憶を消したい!
なんて物騒なことを思ってる間にも、手は胸をまさぐってくる。
「あー若いおっぱいだわ。うらやましい」
ブルマさんの年寄り臭いセクハラとあまりのしつこさに石化は解けた。
切れたというほうが正しいか。
「いいかげんにしろ!! 痛いんじゃー!!」
叫んで身を翻すと、手が離れた代わりに、いつの間にか後ろに迫った扉にガツっと頭をぶつけた。
衝撃でとっさに扉に手をつく。
痛くて頭を押さえていると、後ろからブルマさんの「ギャ!」という悲鳴が聞こえた。
「いやー! なにこれー! いやああああ!」
ゆるゆると後ろを振り向くと、ブルマさんの顔には赤い毛玉がくっついていた。
セクハラをした罪人はそれを引っつかんでもがいている。
「ざ、ざまあ……」
思わず口をついたのは悪くないだろう。
乙女の体をもてあそぶからそうなるのだ。
「とってとって! なんかぎちぎちいってるー!!」
「か、かあさん!」
「ブッブルマさん!? 大丈夫ですか!?」
「害はない。とったら許さない」
ブルマさんに駆け寄るトランクスさんと悟飯さんを、恥ずかしさと理不尽さでもってぎろっと睨んだのも悪くないと思う。
お前らブルマさんは助けようとするのか。私のときは黙ってたくせに。
私は息を整えて、服を見下ろすとボタンが一個外れてた。
……おのれ……さらし巻いてなかったら更に大変な思いをするところだったじゃないか。
忌々しげに衣服を整えていたら空気が漏れる音が聞こえた。悟空さんだった。
「ははは! 頭が毛玉になったみてえにみえる! おもしれー!!」
「笑うな! 取ってよ!!」
「ぶはっ! 毛玉人間が喋ってる!!」
……悟空さんと私の笑いのポイント一緒だ。
チラっとトランクスさんをみると、なんとも言えないような複雑そうな表情をしていた。
親子そろって毛玉人間になったね! 揃えて写真撮りたいよ。まったく。
「あ、あの、この赤い毛玉なんですか? ブルマさん本当に大丈夫なんですか?」
見上げてくる悟飯さんを見る目も細くなるのは仕方ない。
「大丈夫です。その毛玉はアカネちゃんです。卵放置してたら孵っちゃったんです」
「か、孵ったって、それ。色違いのシロじゃないですか!?」
ピッコロさんと同じ質問をしてきた悟飯さんに答えると、トランクスさんが毛玉を指した。
――赤い毛玉。アカネちゃん。
部屋にいたときに卵食べようとおもって、置いておいたのがそもそもの始まりだった。
忘れちゃって、さすがに食べれなくなってそうだったので生ごみを入れている壺にそのまま捨てたのだ。
その壺は畑の肥料を作ろうと生ごみを溜めておいている壺だ。
暑いところに置くと発酵が進む進む。
壺は毎日出る生ごみを入れて部屋の隅にそのまま放置していた。
それがよかったのか、数日たったある朝ごみを捨てようと蓋を開けたらなんかいたのだ。
絞った雑巾みたいな灰色のグネグネしたものが。
その時の私は反射的に蓋を閉めて見なかったことにした。
「環境がよかったみたいでですね。気がついたら勝手に這い出て粉を食い散らかし部屋の端でさなぎになって羽化してました」
「あの環境で生まれるのもどうかと思うけど、虫以下は死滅するんじゃなかったんですか」
トランクスさんは呆れたような顔をしながら言った。
それは私も思ったさ。
むしろ死んでると思って今まで食べてきたさ。
虫や菌は〈かばん〉に入れると死んでしまうのは確認しているんだ。
ヤドカリみたいな甘い虫の卵と、りんごの酵母菌で試したからね。
でもシロの卵はその枠に入らないようだ。
―――生食しちゃったじゃん。
私は2日くらいそれで悩んだ。
「説明書にはそう書いてあったんですよ」
「その説明書見せてください。不安すぎます」
「そんなこといいから、早く取りなさいよ! トランクス! 取って!」
反射的に手を伸ばしたトランクスさんに視線を向けた。
取るなと力をこめて。
するとトランクスさんはびたっと止まって、決まりが悪そうに自らの腕を掴んでいた。
「もー!」と手を上げてアカネちゃんをわしゃわしゃしているブルマさんの姿に、いい気味だと思いながら腕を組んでいると、悟空さんがアカネちゃんに帽子をかぶせて、どこから出したのかサングラスをかけた。
「お、お父さん、それ……」
「もしかして、武天老師様の……い、いつのまに」
「さっき! ひー! ハラ痛ぇ!!」
瞬間移動でわざわざ取ってきたのか。
その発想は無かったな。カメラも持ってくればよかったのに。ちっ。
だんだんと床を叩き、笑い転げる悟空さんをみんな呆然と見ているが、ブルマさんだけは肩を震わせ徐々に前屈気味になっていく。
「いいかげんにしろー!!」
やがて爆発した。
「まあ私もそういったんですけどね? ははっ」
乾いた笑いでそういうと、悟空さんの笑い声が止まった。
「……どっちもどっち、痛みわけ」
ポポさんの抑揚なく言った言葉が図らずも締めの合図になった。
