第二部 人造人間編
第三章 目的
86 ラスボス
一見すると白い雪が降ったあとの大地のように見える。
しかし一度足をつくとその大地は割れ、底なしの沼のように足がのめり込んでいく。
大地ではない。沼だったのだ。
ぬかるんだそれは進ませないよう勇者を掴んで離さない。
剣をつきたて、もがくように蹴ると弾力のある感触に身を仰け反らせる。
なにかが潜んでいる。
そのまま進むのは危険だと思われた。振り返ることもできず、ついに勇者は手をついた。
沈み行く目の前に現れたのは、大きなはさみを構えた――――、
海老だった。
「あら、美味しそうに焼けたわね~」
品のある声に我に返った。パンチーさんはまじまじと出来上がりを見て満足そうに微笑む。
そんな彼女が見ていたのはあれだ。例の星を眺めるパイである。
トランクスさんが神様の宮殿に向かった日の晩。
せっかくだからと以前お願いしていた作り方の指南を交え、ご飯支度を手伝うことにしたのだ。
教えてもらった星を眺めるパイの作り方は比較的簡単。
パイ生地しいて、その上にパン粉、茹でた魚詰めて、たまねぎとベーコンをのせ、ホワイトソースをかける。
パイ生地かぶせて焼けば完成だ。
あらかじめ茹でればそりゃあ魚臭くもなくなる。
ブルマさんは香辛料で消したからなんともいえない味になったのだな。
「頭を出せばいいの。海老でも貝でも」
それもどうなんだろうなと思いながら作ったのがこれ。
ロブスターに似たエビが、ラスボスみたいにどんと一匹鎮座している星を眺めるパイである。
思わずRPG風にモノローグを考えてしまうほど衝撃的なビジュアルだった。
パンチーさんに習って安易に海老をチョイスしたのだが……これ絶対食べにくい。
どうせだったらかち割って並べたほうがおいしそうに見えると思う。
「ブルマさんは一緒にお料理してくれないからうれしいわ~」
野菜を選別している時にそう言われたのだが、なんとなく引っかかる。
しかしよく考える暇もなく奥様は続けて申された。
「あのねサーヤちゃん。サーヤちゃんの料理も食べてみたいなーなんて。だめかしら」
目をきらきらと輝かせてお願いされると断ることもできず、私は頷いた。
+ + + + + + + + + +
ドラゴンボールでいう〈西の都〉は近代的な都市だ。
周りは車輪がついた車もあればついていない車も飛んでいる。
空には筒状の道路が敷かれ、建物も近未来的。
その中で最先端をいくCC社――の、社長宅兼会社。
キッチンはわりと普通だが、ほぼロボットを使用し料理を作っている。
うらやましい。
ロボットを見ての第一声がそれだった。
調理用と補佐の二体が働くキッチンはとっても効率よく稼働してる。
皿洗いは全自動、コンロはオール電化で火を使わない。
驚いたのはゴミ箱だ。壁にある扉にゴミを入れると吸い込まれるように集積所に落ちていく。
ひえー快適。
我々人間が作りたいものだけ作れば、片付けはロボットがやる。むしろロボットが作ってくれる。最高じゃん。
いいなーって言ったら「平和になったらきっとこうなるよ」って博士に言われた。
いや……私、両親生き返らせたらCC出て行こうと思ってるから、CCがすごくても意味ないというか。
所詮ないものねだりですよ。
晩御飯を食べながらそういったら皆がきょとんと目を丸くした。
「出てくの?」
「ずっといればいいよ。ボクらは生きてるかわかんないけど」
「いえ、厚かましいじゃないですか。ずっと世話になるなんて」
そう言ったとたん、そこにいた人々は申し合わせたかのようにじっと一人に視線を向けた。
一身に注目された王子は我関せずと貪り食っている。
「気にしなくていいわよ」
「そうそう」
サイヤの王子はしょうがない。
しかし私は一般庶民ですから、一緒にしないでほしい。
会話もそこそこに、ロボットが作ったミートローフを口に入れた。
……。
これは……ブルマさん料理しねーや。
出来がよすぎる。
肉汁がじんわり出てきて、練りこまれた野菜の食感も素晴らしいし、中の卵がバランスを整えている。
美味しーい。
これほどのものが指示すればできてしまうなら、人間は働く必要なんてないのでは?
なおかつせっかく作った料理をヤムチャさんにダメだしされたんでしょ?
そりゃあ作らなくなるわ。
しかし料理スキルレベル1で星を眺めるパイは無理すぎるのに、未来のブルマさんはよく作ったなあ。そんなに食べたかったのかな……。
「あ、ちょっとお母さん! なんでパイ盛るのよー。嫌いなのにー」
「ぶふっ」
ブルマさんがぐちぐち言いながら魚の頭を突いている隣で、博士が堪えきれず噴出した。
和やかだなあ。
表面上は。
ええ。〈西の都〉からパイについていろいろ考えていましたが、つまりは逃避なんですよね。
「おい」
「はいはい」とパンチーさんが王子に給仕する。
その様子を見ていたら睨まれた。
……ぞくっとして毛穴開いた。
もうやだ。恐い。
会ってないから今まで忘れてたけれど、私この人に攻撃されたんだよ。
つまり。
トランクスさんいない=自分で守らなきゃならない。
自衛=ばれる=死ぬ。
攻撃なんざされたら一発アウトだと思う。
気弾なんて放たれたら避けられない。〈壁〉張らないと死んでしまうが、〈壁〉を張ったら諸々終わる。
――早く食べ終わってこの場から去りたい……。
「アンタ服足りないんじゃない? 明日買いに行きなさいよ。母さんと一緒に」
「え、いっぱいありましたけど……」
「楽しみだわー。かわいいのいっぱい買いましょうね~! フリルのついたワンピースに靴も揃えて、お姫様みたいに~」
「いや、それは……」
「それはお母さんの趣味でしょ! ついでに髪も切ってきたら?」
「結ったほうがかわいいわよ~。せっかく長いんだから~」
きゃいきゃい楽しそうな女性たちになにを言っても通じている気がしない。
ブリーフ博士はニコニコしながら眺めるだけ。
ベジータさんは大口開けて切り分けていないローストビーフに齧り付き、小さいトランクスさんはあむあむとタオルを齧っている。この親子め……!
そもそもここはアウェー。
プーアルさんはヤムチャさんの所に行ってしまったらしく、目覚めてから会ってないし、CC一家しか居ないこの場所で繰り広げられる話し合いに新参者でかつ居候な私に発言権など皆無だ。
トランクスさんがいれば、盾的な意味でベジータさんがいても耐えられるんだけどなあ。早く部屋から出てこないかなあ。
唯一の味方に思いをはせつつ、あきらめた私は意見を言う口を食べ物で埋めた。
相槌すら打たなくても勝手に進んでいくんだもの。
流されやすい日本人の典型だよね……。
そのまま明日のことや〈かばん〉について話していたら、逃げるタイミングをなくした。
それを今呪っている。
「貴様、どういうつもりだ」
部屋に帰るつもりだったのに、私はベジータさんと対峙していた。
ご飯を食べ終わって部屋に帰ろうとしたら声をかけられたのだ。
こんな庶民のことなど気にかけてもらわんでもいいというのに!
ベジータさんは腕を組み、鋭利な刃物を思わせる眼差しを私に向けた。
心臓が痛いぐらい脈打ち、きゅっと胃は縮み、手足は冷たくなった。
―――やっぱり、ばれていたのだろうか。
再び毛穴がぶわっと開き汗が噴出す。
こんなことになるぐらいなら言いつけ破って亀ハウスに行ったほうがましだったかもしれない。
〈壁〉が出ないように押さえるのが精一杯で、私は腕を震わせた。
「ただ飯ぐらいか。いい身分だな」
「申し訳ありません!」
地を這う声に耐えられなくなり思わず謝った。
最敬礼で。
45度の角度のまま固まっていると、舌打ちをされた。
「一体いつになったら作るんだ。さっさとしやがれ、愚図!」
ベジータさんはそう言い捨てると立ち去った。
愚図って。地球人に上がったってこと?
いや、そんなところに突っ込んでる場合じゃない。
脅威はひとまず去ったが、意味がわかりません。
いつ作る? さっさとしやがれ?
……なにをだ。
会った記憶すらないというのに。
まさかの夢遊病再来?
大事なことだからもう一度言おう。
全く意味がわからない!
誰か! 通訳! 通訳してくれ! じゃないと私の身が危ない!
私は180度回転し、ダイニングに走った。
「ブルマさーん!」
奥さんならばわかるだろう! そう思って泣きついたが、肝心のブルマさんは「さあ?」と首を傾げるばかり。
そしてパンチーさんはのほほんとおっしゃった。
「ベジータちゃんはサーヤちゃんが一緒にいて照れているのよ~」
なぜそうなる。
ベジータさんの意味不明さも恐怖だが、パンチーさんの言うことに私は混乱した。
だめだ。
ちゃん付けって似合わねえ。
照れてるって想像できねえ。
そんで誰もベジータさんの意図がわからないとか!
突っ込みどころが多すぎて処理できない!
け、賢者ー! トランクスさーん! 本当早く帰ってきて!!
